魔法少女リリカルなのはStrikerS もう一人のストライカー   作:藤月沙月

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6.5 05:シーリング・ファイト

 その時、秋月静真は自室の窓からその光景を見ていた。闇色に染まっているはずの空が、蒼氷色に包まれた瞬間を。

 

「今日もやってんな……」

 

 あの後――妹やその同僚との交流から抜け出した彼は、帰宅早々母親に泣きつかれた。曰く『夕食の時間を過ぎても帰って来ないから、誘拐されたのかと思って不安で仕方がなかったの』と。聞いた瞬間、静真が嘲るような笑みを浮かべたのは言うまでもない。だいたいいつも夕食時はバイトに入っているのだから、この母親は何も学んでいない。

 父親の説教も聞き流し、静真は足早に自室に戻る。名目は「勉強」だ。高校三年生、テスト間近となるとこの言い訳は非常に便利である。もちろん勉強などするつもりもない。参考書を広げて振りだけをしていると、視界の端に蒼氷色が映り込んだのである。そして僅かに離れた所からまた別の、そして覚えのある気配が近づいている。

 

「……秋葉……深琴……」

 

 今、後輩は戦っている。きっと、深琴も。この機会を逃せば、次に出会える日まで遠い。そこまで考えて、静真は部屋を飛び出した。

 ――何故、自分には彼女のような力がないのだろう。

 ――何故、彼女だけがその力を持って生まれてきたのだろう。

 

(何で俺だけ、何も無いんだよ……!)

 

 深琴がミッドチルダへ渡ったその日から、何度この無力を呪っただろう。自分に力があったなら。自分がもっと大人で、両親と決別できるほど強ければ、深琴を守ることもできただろう。もっと普通の兄妹として、普通の家族らしい生活を送れたはずだ。

 

 その日から、静真はずっと両親を嫌っていた。バイトして金を貯め、18年間自分の扶養にかけた金を支払い、家を出る。幸い、理解ある先輩と後輩に出会い、バイト先と家出先を確保できた。

 そして知った。妹が遠い異世界で、「魔導師」になったことを。この世界にもその異世界の事情を知る人間が自分たち以外にもいることを。

 

「はあっ……はあっ……」

「静真君!?」

 

 荒れた呼吸を整え、静真は額に流れた汗を拭った。静真に気づいた影――彼方は目を丸くしている。その手には刀――紛れもなく真剣が握られていた。その現実に、静真は唇を噛む。

 ――ああ、何故、自分だけが無力なのだろう。

 

「先輩、逃げて!」

 

 地上に降りていた秋葉が、声を飛ばした。静真の後方からカプセル型の兵器が飛び出してくる。センサーと思しきパーツが鈍く輝いた。

 ――ああ、自分は死ぬんだ。その現実を、誰よりも冷静に静真は受け入れる。四年前、異世界へ渡ってすぐの妹が、そうしたように。

 

《Circle Protection.》

 

 しかし放たれた青い熱線は、静真に届くことはなかった。淡紅色をした半球型のバリアが静真を包んでいる。

 

「な、なんとか間に合った……」

 

 そしてその上空では白い防護服に身を包んだ、秋月深琴が立っていた。

 

 

 ◇

 

 

 時は、海鳴スパラクーアからコテージへ戻ろうとした瞬間まで遡る。シャマル先生のクラールヴィント、キャロのケリュケイオンが反応し、リイン曹長のエリアスキャンによると例のロストロギアが発見されたという。そしてガジェットと、現地協力者――それも魔導師一名、民間人二名の反応もあった。ロストロギアの封印はスバル達に任せ、私は一人現場に急行したというわけだ。

 そこで見たのは三人の男女。一人は零さんによく似た男性。もう一人はうちの兄。そしてもう一人――赤毛にサイズの合ってない、やや意匠は異なるが本局航空隊の防護服を纏った女性。そしてガジェットⅠ型十機。うち攻撃してきた二機を地上で撃墜して、私は肩越しに振り向いた。

 

「遅くなりました。古代遺失物管理課機動六課所属の、秋月深琴三等空士であります」

「時空管理局嘱託魔導師の、霜月秋葉です」

 

 女性が応える。霜月秋葉さん、と私は彼女の名前を確かに刻み込んだ。

 

「こいつらの目的は、十中八九ロストロギアです。そちらの方は六課の隊員達が現在封印を行っています……っので!」

 

 アームケーブルを振り回してきたガジェットを破壊して、私は続ける。

 

「申し訳ないんですが、援護をお願いできますか? ちょっとこの数は厳しいんで」

「了解しました。指示を」

「はい。っと、その前に……ロゼット」

《Divide Energy.》

 

 秋葉さんの、杖を握る左手の震えが気になった。魔力不足時によくある症状で、私も何度か経験している。とはいえそれが握力にまで影響するのは、初めてだ。

 私の魔力をほぼ半分ほど、秋葉さんに渡す。

 

「あ、ありがとうございます」

「いえ、こちらこそ……『兄』がご迷惑をおかけして、申し訳ありません」

 

 ロゼットを構え直し、私はガジェットを見据えた。

 

「……見てて、『お兄ちゃん』」

 

 バリアの向こうで、兄が目を見開いたのが分かる。自分から、彼に「お兄ちゃん」と呼びかけたのは今日で二度目だ。

 

「――もう、『守られるだけ』の私じゃ、ないんだよ!」

 

 

 

(すごい……)

 

 白い防護服を纏った少女――秋月深琴は、ショートソード型のデバイスを携え、躊躇せずガジェットの群れに突っ込んでいった。カートリッジは今のところ使用していない。デバイスに強化魔法をかけている様子もない。平行して発射している魔力弾は、多重弾殻。それも一発二発ではない。自分に魔力のほぼ半分を渡して、あれだけの行動が取れるなんてさすがは『ポジションフリー』と言うべきか。

 

『深琴の相手をしてると、昔のお前を見ているような気分になる。……まあ深琴は、お前ほど生意気じゃないがな』

 

 つい先日、そうメールを送ってきた師であり、兄貴分の言葉を思い出す。

 

(……ティーダ……)

 

 そして同時に、柔和な笑みを浮かべる親友を、秋葉は思い出していた。杖を構え直し、その周囲に蒼氷色のスフィアを30発ほど生成する。数発で限界だった先ほどとは大違いだ。環状魔法陣で独立制御された魔力弾は、複雑な軌道を描いてガジェットへと向かった。 

 

 

 

 ◇

 

 

 モニターの向こうに映し出されたのは淡紅色のバリアに守られた息子と、四年ぶりにこの世界に戻ってきた娘の姿。懐かしいと思うより前に、娘の成長に女性――秋月遥(あきづきはるか)は感嘆の息を吐いた。記憶に残る彼女は年齢不相応に幼く、華奢だった。にも関わらず今はどうだ。自分の力を制御し、空を飛び回り、大地を駆けているではないか。そして何より、「自分の意思で」戦い、生きている。

 その成長が遥には誇らしく、そしてどこか寂寥感を抱かせた。本来なら自分が、この命に代えてでも守らなければならなかったのに、と。

 異端であり続けるため兄を束縛し、彼が異世界へ姿を消せば生まれて間もない娘に毒を盛り、支配下に置こうとした父――娘・深琴から見れば祖父にあたる人物を、遥は恐れ、何よりも嫌っていた。

 そして何より、遥は娘を愛していた。そんな娘がその人生を、命すらも秋月の再興のために捧げなければならないことは、何よりも許しがたいことだった。もし対象が静真であってもそれは変わらない。

 そして異世界へ渡った兄・英史と連絡を取った遥は、彼に協力をとりつけた。深琴が自身の力を制御し、自分の意思で将来を選択できるその日まで、そして何より父が深琴を諦めるその日まで、預かっていて欲しいと。

 だが当時の深琴と静真に、その全てを話すのは酷だった。純粋無垢なその心に一生の傷を負わせかねない事実を、遥は口にすることはできない。だから、突き放したのだ。

 

『私は、あれの母親になった覚えはありません』

『あなたなんか、生まなければよかった』

 

 無論深琴の心を傷つけたのは分かっている。しかし結果としては大成功だった。現に彼女がミッドチルダに渡ってからこれまで、遥は彼女と連絡を取っていない。だから深琴は、祖父が既に亡くなっている事も知らないままだ。

 

「……もう、いいんじゃないか? 深琴は、強くなった」

「……そうですね」

 

 夫の言葉に頷いて、遥は僅かに笑みを浮かべた。

 

「でも、まだです。今はまだ仕事中ですから」

 

 だから次、休暇でこの地を訪れるその日が来れば、全てを話そう。そしてできることならば、その体を抱きしめよう。秋月でも魔導師でもなんでもない、普通の親子として過ごせる日々を夢に見ながら、遥はそっとモニターを閉じた。

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