魔法少女リリカルなのはStrikerS もう一人のストライカー   作:藤月沙月

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01:空への翼

01:空への翼

 

 あの日の出来事は、今でも覚えている。

 燃え盛る炎と、崩れ落ちる世界。そして私を救いだした銀色の光。

 涼やかな青い瞳に、纏う漆黒。暖かい腕の中でかけられた優しい言葉も、全て覚えている。

 その時願ったのは、諦めるだけの自分を終わりにしたいこと。そのための力が欲しいと。

 その時知った。そのための力は、既に私の中にあるということを。

 

 

 ◇

 

 

 新暦75年、2月の中頃。風は冷たいけれど澄み渡った青空の下――厳密に言えば、ミッドチルダ臨海第八空港近隣。今では廃棄都市区画と呼ばれているその一角である廃ビルの屋上に、私・秋月深琴はいた。

 この近辺が廃止されたのは、4年前あった空港火災が原因である。そして私がここを訪れるのも4年振りのことだ。

 

(……もう、そんなに経つんだ……)

 

 あの時はこの世界に初めて来たばかりで、目標を見つけることができた。そして、失った記憶の一片を思い出すことができた日でもある。

 あの時の私は幼くて、何も知らなくて、ただ諦めることしかできなかった。でも、今は違う。

 

「……というより、違っていたい……」

 

 そう呟いて、私は自分の姿を確認する。

 ――手にしているのは、リボルバー式拳銃の銃身の下に片刃のナイフを組み合わせた、二振りのアームドデバイス。

 纏うのは、航空武装隊共通の防護服。デザインはありふれたものだが、性能は自分に合わせて、そして納得のいくまで調整を加えている。邪魔にならないように一つに結んだ髪の毛の先が、風に揺れていた。いっそ短くすればいいのだけど……3年前、腰に届くまで伸びた髪を見て、「お揃いだ」と笑ってくれた人がいる。その時点では切るつもりだったけど、願掛けとして伸ばし続けるのもありなんじゃないかと提案してもらって、今のスタイルとなった。

 

(でも、やっとここまでこれた……)

 

 あれから4年。長いようで短かったその時間を、私は強くなるために費やしてきた。魔力運用に関しても勉強したし、見合うだけの実技訓練も行った。これでも、士官学校でも成績はトップの方である。

 ふと、右手の中指に嵌めた黒い指輪に視線を向ける。魔力制御機能を有しているこれは、あの空港火災から数日後、伯父から渡されたものだ。ブラックアウト時でも最低限の生命維持ができるよう余剰魔力を蓄え、ある程度の防御魔法を自動発動できる仕組みになっているらしい(・・・)。暇さえあれば構成要素を解読しているが、なかなか複雑な仕組みになっているので、未だに全容は把握できていなかった。

 とはいえ、分からないものは仕方ない。公私問わずスパルタ気質の伯父だけど、さすがに害になるものは渡さないはず。多分、きっと。

 ――そんなことより、今は開始直前の試験に集中しないと。

 

(大丈夫……ちゃんとやれる……)

 

 デバイスを握る手に自然と力が入る。そろそろ、この試験の運営を担当する試験官が姿を現す頃だ。呼吸を整えて、閉じていた目を開くと同時に、空間モニターが現れる。

 

『おはようございます』

 

 画面に映っていたのは、幼い――というよりは文字通り小さな少女だった。空色の髪と、交差するように留められた黄色い髪留め。そして私の目が正しければ普通の人と異なるサイズ。その面影は、どこかで見覚えがあるような、無いような。誰かの使い魔だろうか? いや、今はそんなことより。

 

『さて。魔導師試験の受験者さん、到着していますか?』

「はい!」

『確認しますね』

 

 言って、少女は情報を記録しているであろう本を手に取った。見覚えのある装丁の本。一瞬見えた剣十字の表紙に懐かしささえ感じた。

 

『時空管理局第一士官学校に所属の、秋月深琴士官候補生。所有している魔導師ランクは空戦Cランク。本日受験するのは空戦Aランクへの昇格試験で、間違いないですね?』

「間違いありません」

 

 やっぱり順を追ってBランクの取得にするべきだったか、なんてちょっと後悔する。けれどもモニターの向こうの少女は、笑顔のままで確認作業を終えた。

 

『はい。本日の試験官を務めますのは私、リインフォースツヴァイ空曹長です。よろしくですよー』

「よろしくお願いします!」

 

 少女――リインフォース(ツヴァイ)曹長と、敬礼を交わす。

 

『それでは、試験の内容について説明しますね。ここからスタートして、空陸問わず各所に設置されたポイントターゲットを破壊。ダミーは破壊しちゃだめですよ』

 

 説明に合わせて、ターゲットの画像が浮かぶ。ポイントターゲットには○、ダミーには△の目印がついていた。それから妨害装置の画像が表示される。浮遊するタイプで、実際動くようだ。

 

『妨害攻撃に気をつけて、全てのターゲットを破壊。制限時間内にゴールを目指してくださいです。何か質問はありますか?』

「ありません。大丈夫です」

 

 今回の試験内容は、士官学校の同期が受けた陸戦Bランク試験と内容はよく似ている。それに比べて妨害装置の数はおよそ3倍で、しかも回避行動を取るタイプ。ダミーターゲットも2倍くらい増えていた。制限時間も10分程短縮されているが、その辺りは想定の範囲内。

 けれど、空戦ランク試験なのに陸戦要素があるのは気にかかる。空戦魔導師でも、最初は陸戦から学ぶ人もいるというから、多少の陸戦要素は仕方ないのだろうけど……まるで、私がどこまで陸戦ができるか、把握したいという意図を感じる。把握したところで何も得るものはないだろうに。陸士部隊は、私の様な魔導師を必要としていないだろうから。

 ……試験内容はランダムに決まるから、きっと運が悪かったのだろう、と思うことにして。なんにせよ、落ち着いてさえいれば大丈夫のはず。

 

『では、スタートまであと少し。ゴール地点で会いましょう! ですよ』

 

 空曹長のウインクと同時に、空間モニターが閉じられる。代わりに現れたのは試験開始を告げるシグナルだった。青から黄、そして赤色へと変化していく。

 

(3、2、1……!)

 

 シグナルが赤色へと変わり、試験開始を告げるブザーが鳴り響く。それと同時に走り出した私は、屋上から飛び降りた。

 両足に淡紅色の翼が生まれる。そのまま体を空中で静止して、同時にデバイスの銃口を向けた。

 

「ロードカートリッジ……!」

 

 両手に構えた自作のデバイスに組み合わせた、カートリッジシステムを発動させる。マガジンが一発分回転し、近代ベルカ式魔法陣が足元で輝いた。10発の魔力スフィアが急速に空へと向かう。

 

「アクセルシューター……シュート!」

 

 

 ◇

 

 

「おお、始まった始まった」

 

 同時刻、廃棄都市区画の上空ヘリ内部。Aランク試験の様子を写した空間モニターを見つめていた栗色の髪をした少女が、そう呟いた。

 少女の名は、八神はやて。管理局内の階級は、二等陸佐。

 モニターの向こうでは、深琴が形成した10発もの魔力スフィアの半分が空に設置されていた妨害装置を撃ち落としたところだった。それと並行して残りの半分がダミーに混じるポイントターゲットを撃ち落とす。

 

「妨害装置の攻撃範囲外から、誘導射撃魔法による先制攻撃。弾数はもちろんやけど……誘導制御も、速度も中々のもんやな。現在Cランクの近代ベルカ式魔導師とは思えへん」

 

 モニターの向こうで深琴が発動させたのは、中距離誘導射撃魔法<アクセルシューター>。彼女がミッドチルダ式をベースに古代ベルカ式をエミュレートした近代ベルカ式の使い手であることは周知の事実だが、一般的に魔力の遠隔運用が苦手な近代ベルカ式の使い手が、ミッドチルダ式の魔法をここまで操れるというのは珍しい。

 

「インターミドルを見てても思ったけど……深琴、大きくなったよね。元気になってよかった」

 

 はやての隣に座っていたフェイト・T(テスタロッサ)・ハラオウン執務官が、当時を思い出して微笑んだ。空間モニターの一枚に、10年前の自分たちが深琴と撮っていた写真を映し出す。

 背景は、海鳴大学付属病院の病室。フェイトやはやて、そしてここにはいない彼女達の友人に囲まれて、ベッドに横になった深琴の姿は幼く華奢で。およそ4年前にインターミドル・チャンピオンシップに出場していたことを知った関係者一同は驚きこそしたものの、順調な回復に安堵していたことは記憶に新しい。

 その写真を見ていたはやてが、指折り数えて小さく呟いた。

 

「私たちと最後に会ってから……あれから、もう10年か。月日が経つんは速いなぁ」

「3年くらい前だっけ。なのはが高高度飛行適正試験の教官と試験官してた時に『深琴が試験受けに来た!』って連絡くれたけど、みんな忙しくて会いに行けなかったよね」

「あったあった。八神家(うち)もそうやったけど、なのはちゃん以外の関係者全員、まったく都合がつかないことあるんやなって。あの火災の日はともかく、ここまで会われへんことあるんかな……誰かに妨害されとんのとちゃうかって、何回疑ったことか」

「ただの偶然だよ。みんな忙しいからね」

 

 はやてが肩を竦めたと同時に、フェイトが苦笑しながらまた新たな空間モニターを開く。それからモニターに表示された深琴の情報を確認した。

 

「……でも、はやての言う通り、魔力の遠隔運用が上手いね。それに、飛ぶのも」

「なのはちゃんが言ってたもんな。高高度飛行訓練、全過程を一週間でクリアしたって」

「うん。映像見せてもらったけど、あの時よりも飛ぶのが上手くなってる。あれから士官学校でも、訓練頑張ったんだね」

「魔力量も出力も、ついでに制御能力も士官学校では常にトップ。でも、まだまだ上を目指せるポテンシャルはある、と……なのはちゃん喜ぶやろなあ。ずっと『深琴に魔法を教えたい』って言ってたし」

「そうだね」

 

 頷いたフェイトが、空間モニターに映った試験中の深琴を拡大表示させる。

 続いて開かれたモニターを見て、はやてが微笑んだ。

 そこには、この春から運用が開始される新部隊と、そのフォワードチーム候補のデータが表示されている。

 その中には、深琴の顔写真が載せられていた。

 

「そういえば、深琴はもう内定?」

「最終的な判断はなのはちゃんにお願いしとるけど、うちとしてはそのつもりでおるよ。能力的にも、人格的にも問題ないのは、10年前から分かっとるしな。ただまあ……ちょーっと立場がややこしくてなぁ」

 

 フェイトの言葉に頷いて、はやては深琴が在籍中の第一士官学校が本局管轄の各部隊に提出した推薦状を表示させた。

 

「このデータな、クロノくんから提供されたんよ」

「クロノが?」

「うん。どうも士官学校の後輩に当たるらしくてな。うちもそこで、深琴が士官学校に入学してたことを知ったんよ。んで、まだ卒業後の進路が決まっとらんこともな」

「えっ……この時期に?」

 

 表示された成績は、実技はもちろん、素行面も優秀であることを証明している。にも関わらず卒業が近い季節になっても進路が決まっていないとは、とフェイトは首を傾げた。

 

「この成績なら、どの部隊でもやっていけそうだけど……もしかして、深琴自身が希望する方向性と、学校側の希望が合ってないとか?」

「ご明察。深琴は武装隊の一般局員希望。こっちとしては、それは大歓迎やねんけどなー。どうも学校側は、このまま決まらんのやったら、次元航行部隊……それも、クロノくんの部隊に入隊させる方向らしいんよ」

 

 とはいえ、友人でもあるクロノ・ハラオウンも存外乗り気であることをはやては知っている。彼も新部隊の立ち上げに関わっているため、「優秀な人材」の情報提供はしてくれたが。

 

「さすがに、後輩っていう理由だけならクロノも断りそうだけど」

 

 公私ともに真面目な義兄の顔を思い浮かべながら、フェイトは言う。義兄――クロノ・ハラオウンも10年前に深琴と友人に近い関係にはなっているが、その上で母校からの頼み事とはいえ、深琴本人のためにならないルートでの入隊を受け入れるだろうか。

 そんな様子のフェイトに対して、はやてはこのデータが送られてきた日の通信内容を思い出す。

 

「その本人が、『3月までに進路が決まらないなら受け入れる』って言っとったんよなあー。最低限の研修を受けさせたら、うち(・・)に出向させるとは言ってたけど……クロノくんも深琴に構いたいんやろな。鍛え甲斐があるって言いながら、このデータくれたんよ」

 

 試験の動向を映すモニターの向こうの深琴は、自身の周囲に形成させた魔力スフィアを同時に発射し、妨害装置の反撃を正確に打ち消していた。同時に誘導状態だったシューターが、回避行動を取る妨害装置を的確に破壊していく。

 その動きに無駄はない。けれどどこかまだ伸びしろを感じさせた。鍛えれば鍛えただけ、彼女は成長してみせるだろう。

 試験の動向を映すモニター以外の全てを消し、はやてが笑った。

 

「ま、今は現時点でのお手並み拝見、といこか」

「うん」

 

 

 ◇

 

 

 空と地上の両方で、破壊されたターゲットの破片と爆風が消え去る。

 

(……うん。ある程度撃破できたかな)

 

 青い空には、自分だけ。

 空を飛ぶことは、魔法を習い始めた時から苦手ではなかった。その訓練はとても楽しくて、時間があっという間に過ぎたことを、今でも覚えている。それはとても珍しいことだと伯父は言っていたし、実際インターミドルでも、士官学校でもそうだった。才能があってよかったと、心底安堵したことは忘れられない。他人の評価は気にしない方だけど、期待を裏切ることはできるだけ避けたかった。難儀な性分だと自分でも思っている。

 試験と関係ない方向に進む思考を追い払うように、口を開いた。

 

「よし。それじゃ、後は……」

 

 視界に敵影は見えない。残るは――。

 一気に加速して、廃ビルに突入する。窓ガラスを割った音に気付いた複数のターゲットが照準を合わせ、攻撃を開始した。飛行魔法を解除して床に着地し、私は走る。

 

「……アクセル……っ!」

 

 加速した勢いで跳躍。ターゲットとの距離を一気に詰めて、実体刃で切りつける。撃破を確認して着地すると同時に、背後に回った妨害装置を左足で蹴り上げた。魔力を込めていない、純粋な脚力で。撃墜し損ねた装置を、単発の魔力弾で追撃して撃ち落とす。

その間も敵の攻撃は続くから、命中地点を頭に入れて動かないと死ぬ可能性だってある。

 これは試験だから、本当に危なくなったら試験官が出てくるだろう。けれど……!

 

(大丈夫、ちゃんと動けてる!)

 

 敵に狙わせない。攻撃が当たる位置に長居しない。そして何より正確・確実に敵を倒す。

 何度も繰り返した基本に則って、ターゲットを殲滅する。残されたダミーターゲットが音もなく浮遊していた。広がるのは、奇妙な沈黙。大きく息を吐いて、私は周囲に視線を遣る。

 

(……これで、終わり?)

 

 時間はまだ充分残っている。ペース配分を間違えただろうか。

 いや、そんなはずない。仮にもこれはAランク試験だ。こんな簡単に終わるはずが――。

 

「っ!?」

 

 嫌な感覚が背筋を走る。後ろに大きく後退した次の瞬間、青い砲撃が天井を貫いた。見上げると大きな穴が開いている。視覚補助魔法を発動し、目標の姿を可能な限り映し出す。

 

「……嘘でしょ……?」

 

 そこには、大型オートスフィアが音もなく鎮座していた。

 

 

 ◇

 

 

「ついに出ちゃったね」

 

 眉を潜めて、フェイトは呟いた。その視線は空間モニターに表示された――深琴が現時点で見ているものと同じ球体のオートスフィアに固定されている。

 

「受験者のほとんどが脱落する最終関門、長距離射撃可能の大型オートスフィア……」

「しかも今回のAランク試験には、Bランク試験までとは一味違う機能が追加されてるって噂や」

 

 苦笑混じりに頷いたはやてが、肩を竦めた。同時にフェイトが首を傾げる。

 

「それって、やっぱり『あれ』?」

「そう、『あれ』」

「試験内容に陸戦要素が含まれてるのもそうだけど……なのは、また無茶して……」

 

 Aランクの魔導師は、本局内でも数は少ない。その魔導師はいずれもエースと呼ばれて遜色ない実力者たちだ。

 深琴も彼らの仲間入りを果たすか、それとも眼前の敵に為す術もなく敗北するのか。

 ――それでも、と二人はすぐに視線をモニターに戻した。自分達が知る深琴は、この程度の障害に怯みはしても、諦めることはない。例えそれがどんなに困難なことだったとしても、深琴は諦めないことを自分たちは覚えている。

 

「どうやって切り抜けるか――知恵と勇気の見せどころやで」

 

 唇を噛んで敵を見据える深琴に言い聞かせるように、はやては呟いた。

 

 

 ◇

 

 

(オートスフィア……大きい……)

 

 唇を噛み締めて、私はデバイスを握る手に力を込めた。

 大きいし、それ以前の問題として、距離がある。私が覚えている魔法であの場所まで届くものは、数えるほどしかない。

 それも、ちゃんと通るのだろうか。

 

(でも、やってみるしか……)

 

 カートリッジを一発ロードしたデバイスを銃のように構え、銃口に魔力スフィアを練り上げる。発射されたそれはまっすぐ敵の前に届き――跡形もなく消えた。着弾した様子はない。オートスフィアがバリアやシールドを展開した様子もなかった。

 だとすれば、発動したのは恐らくフィールド系の防御魔法。その中でも魔法を無効化するものといえば……私が記憶している限りで、該当するものは一つだけ。

 

(……まさか、AMF? でも、なんでAランク試験に出てくるターゲットが、AAAランクの防御魔法を……?)

 

 考えていると、青色の砲撃が何発も発射された。それを回避して、空へと飛び出す。巨大ビル6つ分まで離れると、ようやく砲撃は止まった。

 

(ロングレンジには砲撃、クロスレンジにはAMF……)

 

 遠近問わず、生半可な魔法は通用しない。砲撃の射程範囲に入らないように逃走してゴールに向かおうにも、最悪なことにあのオートスフィアはゴール地点まで射程圏内に入れている。

 なら、妨害装置扱いにして撃墜した方が手っ取り早い。「ダミーは壊しちゃ駄目」と試験官は言っていたけど、ダミーじゃないものを壊しちゃ駄目とは言ってないし。

 しかし砲撃を搔い潜って敵の懐に潜り込んだとしても、あのフィールドを突破し、オートスフィア本体を破壊できるかどうか……。

 

(やるしかないんだけど……)

 

 つい弱気になりそうな心を叱咤する。

 

『いいか、深琴』

 

 伯父の声が脳内で繰り返された。続くのは耳にたこができるほど聞かされた言葉。

 それはあの火災から数日後。魔導師としての訓練を受け始めて間もない頃の記憶。

 あの人――4年前に私を救助してくれた魔導師さんへの憧れの影響か、私は近代ベルカ式でありながらミッドチルダ式の魔法を使いたがっていた。たった一度見ただけの魔法を再現しようと、自分一人でプログラムを組んでは、自分が使いやすいようにエミュレートする毎日で。

そんな私を危なっかしく思ったらしい伯父は、適性テストなるものを課した。そのテストは戦技教導隊で使用されているものと同じだったと知ったのは、およそ3年前だったりする。

 当時の結果は可もなく不可もなく――言ってしまうなら「どっちつかず」だった。

 近代ベルカ式の『騎士』と呼べる程近接戦ができるわけじゃなくて。かといってミッドチルダ式の『魔導師』と呼べる程魔力集束や制御が得意なわけでもない。

 結局のところ、私は『魔導師にしては』近接戦ができて、『騎士にしては』魔力収束や制御ができて、『管理外世界の出身にしては』魔力があるだけの子供なのだと、伯父は宣告した。

 

『器用なのは認めるが、どのポジション適性も低い。今のままで魔導師や騎士となるのは非常に難しいとしか言えないな。一言でいえば弱すぎるんだ、お前は』

 

 突きつけられた現実。突き刺さるような言葉に、涙も出なかった。

 だって冷静に考えてみたら、それは当然の結果である。当時の私は魔法を習い始めて一ヶ月も経っていない。自分の術式が近代ベルカ式に該当すると知ったばかりなのだ。そんなよちよち歩きの雛が、本局教育隊の現役教官に敵うわけがない。経験年数の違いを分かっているのかこの人は、と、苛立ちのあまりクッションをベッドに投げつけた日々は、忘れられるはずがなかった。

 ――けれどそれと同時に、生まれて初めて、負けたくないと思った瞬間。

 ずっと白い部屋に閉じ込められて、死ぬことを恐怖よりも諦めていた私が、その時初めて負けたくないと思ってしまった。

 

(……記憶してる限りで初めて、「悔しい」って思ったんだよね……)

 

 負けたままでいたくない。こんなところで終わりたくない。何もできないまま諦めたくない――あの人に会いたい。あの人の――”時空管理局本局執務官”ディバイン・アーウィングのように、誰かを救える自分になりたいと。

 だから今は、自分にできることを全力で遂行するだけ。

 

「――ここで諦めたら、何もかもが無駄になる……そんなの、絶対に嫌!」

 

 叫ぶように宣言して、深呼吸。心臓とパニック寸前だった頭を落ちつかせる。冷静さを取り戻した頭で、状況を再確認する。残った敵は、AMF機能を有した大型オートスフィア一機。

 AMF――正式名称は『アンチマギリンクフィールド』と呼ばれるそれは、範囲内の魔力結合・魔力効果を無効にするフィールド系の上位魔法。フィールド内では魔力結合が問答無用で解除されるため、対応は非常に困難だ。攻撃はおろか、飛行魔法だって使えなくなる。

 それでも、古代近代問わずベルカ式なら多少は対抗できるらしいが、魔力でブーストできないただの刃物で、あのオートスフィア本体を破壊するのはまず不可能だろう。少なくとも今の私にはできないし、そもそもやりたくない。

 次に考えるのは対抗手段。過去に勉強した記憶を思い出す。

 

(一番有効なのは、範囲外で発生させた魔法効果での攻撃だけど……)

 

 例えば物質加速型魔法とか、天候操作による雷とか。けれど悲しいかな、私はそれらの類の魔法を覚えていない。適性の低さを理由に、最初から習得を諦めていたというのが正しいが。正直、AMFの存在と一般的な対処法を知識として持っていたことが幸運なのだ。

 

(……そうだ。AMFの範囲、どのくらいなんだろう?)

 

 私がいたフロアから、オートスフィアの設置場所まではおよそ5フロア。お試しで放った射撃魔法の結合解除のタイミング的に、AMFの範囲はオートスフィアから半径5メートルもないはずだ。

これが実戦なら急に範囲を広げることもあるだろう。あくまでもランク試験である今回は、その辺りも事前にプログラムされていると考えて。

 

(AMFの効果範囲が近接戦闘の間合いだとしたら、プログラムに介入するのは危険か……)

 

 接近して斬撃と妨害魔法でごり押しをするには、反撃の砲撃が怖い。5フロアを一気にぶち抜ける威力から考えても、私が使用できるバリアやシールド魔法が、砲撃に耐えられる時間は非常に短いだろう。

残る敵は恐らくあのスフィアのみ。その上時間は限られている。なら、方法は一つ。

 

(この距離から、フィールドごと破壊する!)

 

 左手に携えていたデバイスを、鞘を兼ねた腰のベルトに納める。

残した右手のデバイスを構え、カートリッジ二発をロード。銃口の少し先で淡紅色の魔力スフィアを形成する。足元に、同色の近代ベルカ式の――正三角形と剣十字の魔法陣が浮かび、強く輝き始めた。魔力スフィアを取り巻くように浮かんだ環状魔法陣が、魔力集束制御の補助を開始する。

 この対処法が正解かは分からない。けれどこの魔法の威力と、付随効果を考えたら、今の私にとっては最適解のはずだ。

 

「――一閃必倒!」

 

 設定していた音声トリガーに反応して、スフィアが一際強く輝いた。

 

「ディバイン…………ッ、バスター!!」

 

 カチリ、と引き金を引き、発射された砲撃は一直線に大型スフィアの方へ飛んでいく。轟音を立てて、ビルの壁が破壊された。

 そして、淡紅色の光は壁を貫通する。

 

「やった……?」

 

 表示させたモニターの向こうでは、大型オートスフィアの残骸が音と火花を立てていた。

 

 

 ◇

 

 

 モニターに映るのは、淡紅色の閃光がビルの壁ごとオートスフィアを破壊する光景。

 

「あー……」

「わかってはいたけど、深琴も結構無茶するね……」

 

 ことの次第を見守っていたはやてとフェイトは、そうコメントするに留めた。

 

「まあ結果オーライやね。オートスフィアは破壊したし」

「うん。AMFの上からってところが、すごいところだけど……」

 

 本来、フィールド系の防御魔法は一定範囲内に等しく効果を齎す。AMFの場合、それは一定範囲内の魔力結合解除ということになり、フィールド内に入った時点であの砲撃に使われた魔力は多少なりとも結合を解除されるはずだ。いくら<ディバインバスター>が強靭なバリア貫通能力を持っていたとしても、例外ではない。

 しかし、モニターには無残にも大破し、無力化されたオートスフィアが映っていた。

 

「見たところ、バリアブレイク系を併用してなさそうやしなあ……単純な魔力砲であれをぶち壊したとしたら、ある程度のダメージが残る筈やけど」

 

 はやてが小さく呟く。

 モニターの向こうで深琴は息を荒げてはいるものの、深刻なダメージは残っていないようだった。すぐさま時間を確認し、飛翔して全速力でゴールへと向かっている。

 と、フェイトが小さく微笑んでいた。

 

「フェイトちゃん?」

「あ、ううん。……さっきのバスターの発射プロセスがミッドチルダ式に近かったから、ちょっと驚いちゃって」

 

 フェイトは立ち上がって窓に近づく。ゴール地点に向かって飛行する深琴の姿を確認して、口を開いた。

 

「試験は合格だとは思うけど……はやて、どうする?」

「もちろん、話はするよ。立ち向かうための意志は強い子やもの……深琴本人が覚えていなくても、うちらはそれを知ってるから」

 

 言って、はやてはモニターを切り替える。それに気づいたフェイトが席へと戻った。そして表示された深琴の個人情報を見た彼女の表情が曇る。

 

「……やっぱり、まだ思い出せてないんだね」

「私らのことは覚えてるっぽいけど、ちょうどその頃の記憶自体が曖昧らしいんよ……無理もあらへんけど」

 

 今から10年ほど前、彼女たちが海鳴市で関わった事件。詳細は関係者を始めごく少数しか知らないその事件に、彼女――秋月深琴は巻き込まれていた。本人も知らない間に。

 

『……ごめんなさい。発作を起こしていたみたいで、ここ数日の記憶がなくて』

 

 しかしその記憶は、彼女の中から消されていた。事件解決後に会いに行った病室で、記憶がないことを告げた寂しそうな深琴の表情を、はやては今も覚えている。

 何より気がかりなのは、とはやては思考を続けた。

 

(士官学校への進学はもちろん、進路のこともそうやけど……まるで、深琴の存在を隠そうとする動き……)

 

 深琴自身が、はやて達と接触を図ろうとしなかった理由は、おおよその推測はできる。友人とはいえ自分達と年は離れているし、当時から内向的だった深琴が、立場や部署の垣根を越えてまで連絡を取るとは考えにくい。

 けれども、はやてもフェイトも、そして友人である高町なのはも、時空管理局ではそれなりに名前が通っている。

 そんな自分達と距離を置かせようとする理由として、思いつくのは。

 

(深琴が、記憶を取り戻すことを恐れている……?)

 

 考えすぎかもしれないが、一抹の不安は拭えない。そんなはやての思考に気づいたのか、「でも」とフェイトは首を振った。

 

「きっと大丈夫だよ。時間はたっぷりあるし、これからは私たちだって傍にいるんだから。それに新しい部隊で出会う人達もいる。もう深琴は一人ぼっちじゃない。あの事件もそうだったけど……深琴なら、絶対に乗り越えられる」

 

 フェイトの強い眼差しに、はやては頷いた。

 

「そやね。ほんなら、うちらの……文字通りの後輩を迎えにいこか」

 

 モニターの向こうでは、深琴がついにゴールへと到着していた。

 

 

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