魔法少女リリカルなのはStrikerS もう一人のストライカー 作:藤月沙月
ルーチェがケースを手にした瞬間、炎が舞った。自身を『烈火の剣精』と称した彼女・アギトは恐らくリイン曹長と同じ――古代ベルカ式の融合騎なのだろう。
だが、今はそんなことどうだっていい。
「ティア、どうする?」
「任務はあくまで、ケースの確保よ。撤退しながら時間を稼ぐ」
ガリューに吹き飛ばされたキャロはまだ気を失ったまま。ルーチェが簡易的な封印をかけたが、完全な封印処理には敵わない。フォワードの中で最も速く、かつ確実に封印処理を行えるのはキャロだけだ。
なら私たちにできることは、キャロが目覚めるまでの時間を稼ぎ、かつ封印処理を行えるだけの安全圏を作り出すこと――それだけだ。
「そう上手くいくと思う?」
聞き慣れた声が響いた。同時にティアナを、背後から深紅色の短剣が襲う。
《Tri Shield.》
淡紅色の盾が、刃先を噛んだ。
「久しぶりだね、深琴」
言って、少年はその赤い目を細める。
「ええ。フェアクレールト」
盾を解除し、ロゼットは変形した。右手をショートソード、左手を銃型のダガーモードで構える。
そして私たちは、互いに斬り合う。
「『フェア』でいいよ。みんなそう呼ぶし」
「……少しくらい、真面目にやってもらえる?」
「嫌」
笑って、フェアクレールトは後ろへ飛ぶ。そのままデバイス――確か『アインザッツ』と言ったっけ――をロゼット同様フォルム・ドライへと変形させた。
(あれ、深琴と同じ……!?)
(彼が例のアンノウンってことね……)
「……こいつの相手は私がする。ヴィータ副隊長とリイン曹長が合流できるまで、召喚師連中を頼んでいい?」
私一人で勝てる相手じゃないけど、みんなを危険に晒すよりいい。最優先はレリックの確保だ。幸いにも副隊長とリイン曹長の魔力反応はすぐ上から確認できる。そして別ルートから、また二つの魔力反応が確認された。味方は多い。大丈夫。
「付き合ってあげてもいいよ。今日は僕も暇だし」
「……そう……」
満面の笑顔に、腹が立つ。――なら、ちょうどいい。うげっ、とレオン、ルーチェが身を引いた。
「生憎、何度もしてやられて大人しくできるほど、私って人間出来てないんだよね……」
足元で、淡紅色のベルカ式魔法陣が輝いた。――今日ばっかりは逃がさない。
「徹底的にぶっ潰す!」
《All right!》
心なしか、ロゼットもノリノリで反応してくれたような気がした。そうこなくっちゃ、とフェアは微笑む。
「ルールー、アギト、ガリュー。邪魔しないでね」
「……わかった」
ルールーと呼ばれた少女が頷いた瞬間、天井の一部が崩壊した。
「捕らえよ、凍てつく足枷!」
リイン曹長が氷の足枷を召喚してルールーとアギトを拘束し、
「ぶっ飛べーーーーー!」
煙の中から飛び出してきたヴィータ副隊長はグラーフアイゼンでガリューをなぎ倒した。
「……ねえ、深琴。場所変えない?」
その光景を横目で見ながら斬り合うこと数回。フェアクレールトは提案した。
「ここ、狭い上に人が多いしさ。どう?」
(行ってこい、深琴)
逡巡する私の背を、ヴィータ副隊長が押す。
(よろしいでしょうか?)
(うん、大丈夫だよ)
(いつでも援護できるから)
地上にいるなのはさんとフェイトさんから言われたら、上がらないわけにはいかない。
「アインザッツ」
「ロゼット!」
《《Drive ignition.》》
所有者の呼びかけに、互いの愛機は同時に答えた。飛行魔法を展開して、ヴィータ副隊長が作った穴から地上へと向かう。
飛び出した先は人気のない、寂れた場所――第八臨海空港近隣の、廃棄都市区画だった。
廃棄都市区画。私がここを訪れるのは今回で三度目。一度目はまだここが廃棄都市になる前に。二度目は魔導師ランク試験に。そして三度目の今日――思い返せばここは私の原点でもあるためか、全てにおいて「魔法」に縁があった。
憧れと目標を見つけた場所。私を見つけてくれた場所。そして今、私はここで戦っている。
「前々から気になってたんだけど、目的は何!?」
「別に、特にないよ」
そうあっさり言われても、困るのだけど。
「レリックに関しては、ドクターに頼まれてるんだ。ドクターにはお世話になってるから」
「ドクターって……ジェイル・スカリエッティのこと?」
「そ。一応恩人なんだ」
そんな誇らしげに言われても、困惑しか生まれない。
「そうそう、ドクターが言ってたよ。『よかったら一度、遊びにおいで』って」
「……馬鹿にされてるの……?」
どう見ても敵対関係にある人間を「遊びにおいで」と誘う神経が分からない。しかしフェアは唇を尖らせて「まさか」と口を開いた。
「ドクターがそんなこと思うわけないじゃん。君もある意味では、僕たちと『同じ』なんだから」
「何よ、それ……」
同じ、って何が。問いただそうとした瞬間、突然地面が揺れた。
見れば黒い――カブトムシを巨大化したような謎の――生き物が、電撃と共にその重量で地面を押し潰そうとしていた。モニターで表示するまでもない。あの場所――地下にはまだ、みんなが――!
「っ、させるかああああ!」
跳躍し、召喚師――ルールーを背後から狙う。しかし追ってきたフェアに妨害された。
「邪魔しないでって言ったよね、ルールー」
「……邪魔、してない」
桜色の魔力弾が援護に入り、私たちは再び距離を取る。虫は未だに地面を押し潰そうとはりきっていた。
(――深琴、聞こえる!?)
(ティアナ! うん、聞こえてるよ)
足を止め、視線はフェアに固定する。同時に聴覚はティアナからの念話を拾うのに神経を磨り減らしていた。向こうから聞こえるのは、天井が崩れ落ちる音。
(こっちはちゃんと脱出するから心配しないで。それと、キャロが目を覚ました。レリックは封印処理と、私が幻術を加えておいたから……)
(……心配しないで、自分の戦いに集中する)
(そ。脱出したらすぐ零さんとアーウィング執務官に、そっちに行ってもらうから……気をつけて)
(……うん。ありがと、ティアナ)
念話が切れると同時に、地面は陥落する。その光景を見て、フェアは肩を竦めた。そして一気に距離を詰め、私を瓦礫の際まで追い込む。首筋で交差するように、ショートソードを瓦礫へと突き刺した。
「面白いものが見えるよ。ほら」
笑って示された方角。その空の下には――機動六課のヘリと、ヘリを狙ったエネルギー砲の一撃。誰もが息を呑んでその光景を目にした。
そして逃げ場のないヘリの胴体に、砲撃は着弾する。
「ヴァイス陸曹! シャマル先生!」
「ディエチもクアットロも、派手だよねー。ケースとマテリアル無事かなー?」
間延びした声で言ったフェアを、私は睨みつけた。涙が滲んで、視界が揺れる。
爆煙が晴れ、同時に見えたのは――無傷のヘリと、ワンピースにも似た防護服を纏った、なのはさんの姿だった。
『スターズ2とロングアーチ04、そしてロングアーチへ』
ノイズの向こうから、なのはさんの声が響く。
『こちらスターズ1。ギリギリセーフでヘリの防御、成功!』
『市街地での危険魔法使用、及び殺人未遂の現行犯で、逮捕します!』
《Enchant Defence Gain.》
なのはさん、フェイトさんの通信と同時に、ロゼットが補助魔法を発動させた。刃が当たるすれすれの首筋にバリアを張ると同時に、カナリア色の魔力弾と露草色の魔力砲がフェアの背後に現れた。深紅色の盾で防ぎ、フェアは私の首筋に当てていたショートソードを引き抜く。
その場から離れ、ルーチェとレオンと合流した私は重心を落として構えた。一方のフェアは不機嫌そうな目でこちらを見ている。
「……邪魔だ、って言ってるのになあ……どうしたら良いんだろうね?」
「……深琴、下がってろ」
言って、レオンとルーチェが前に出た。その様子に、更に機嫌を降下させたフェアは次の瞬間、笑顔を浮かべた。
「捨てられた人間同士、仲良くしたいだけなのにね?」
「捨てられたって……深琴が?」
「反応するな、ルーチェ。六課のフォワードが合流するまで、俺たちでもたすぞ」
捨てられた、ってまさか。デバイスを構えたレオンとルーチェに構うことなく、フェアは笑顔とは裏腹に無感動の声を、響かせる。
「『あなたの母になった覚えはない』」
言葉と同時に、母の顔が過る。最後に見た冷たい表情で。
「『私から、あなたみたいな化け物が産まれるはずないもの』」
「……嫌……嫌……」
「深琴、聞いちゃ駄目!」
記憶の中の母とフェアが同じ言葉を紡ぐ。やだ、聞きたくない。二人に、みんなに、あの人に聞かれたくない――!
「『あなたなんか、産まなければよかった』」
「言うなあああああああああ!」
突撃し、フェアの首へと腕を伸ばす。触れるか触れないかの瞬間、深紅色の砲撃が直撃した。
(あ、やばい……)
意識が、飛ぶ。何も見えなくて、何も聞こえない。同時に視界の端でケースが奪われたこと、誰が奪ったのかを確認することすらできない。
けれど。
《buddy!》
「――深琴っ!」
――けれど、その声だけは、初めて名前を呼んでくれたその声だけは聞き取れた。体を捩じって、右足を跳ね上げる。同時にダガーモードに移行したロゼットの魔力刃を叩きつけた。もう片方のロゼットは銃のまま、カートリッジを搭載していたマガジンに残っていた残弾八発、全てロードした。そのまま私の両手を、深紅色の鎖が縛り付ける。
「ロゼット!」
《Form Zwei.》
ロゼットが腕輪型へと変形した。同時に『
「ちょ、嘘でしょ……?」
「生憎、笑えない冗談は嫌いなの……!」
「っ!? やめろ、深琴!」
バインドを仕返し、周辺全域の魔力をかき集める。それでも足りない分は、自分の魔力で補う。何をしようとするのか察知した零さんが、悲鳴混じりの声をあげる。
「……ごめん、ロゼット。かなり無茶するけど、付き合ってくれる?」
《Anyway to me, please.『私に構わず。どうぞ』》
……ああ、なんてできた相棒なんだろう。自分の弱さに、不甲斐なさに涙すらでてこない。
「一閃必倒……っ!」
零さん、ごめんなさい。『約束』、破ります。
周辺の残存魔力と私自身の魔力が集束し、私の右腕を覆った。同時にフェアとの距離を詰める。
「……『剣閃・桜華』っ!」
淡紅色の集束砲が、ゼロレンジで爆発する。
――『剣閃・桜花』。私が持つ中で最強の威力を誇る
「深琴、容赦ないよね……」
息も絶え絶えな様子で、けれどまだ余裕があるような口ぶりで、フェアは言う。しかし彼の防護服も、私と似たような状況だった。距離を離し、様子を確認する。
「でも、こうでなくちゃね……!」
「っ!」
視界が歪む。けれどここで逃がすわけにはいかないし、倒れるわけにもいかない。加速し、接近してきたフェアがショートソードを振りかざす。でもなぜか、体は動かない。
動かなきゃ。でないと私は死ぬ。――なのに、体は動かない。
思わず目を瞑った瞬間、刃がぶつかる音が響いた。恐る恐る見開いた視界には、黒い防護服を纏った背中が映っていた。銀の髪が揺れる。
「また、邪魔する気?」
「ああ。何度でも、なっ!」
勢いで弾き返した先には、黒い笑みを浮かべた零さんが刀に手をかけていた。
「とりあえず、いっぺん死んでみろ。な?」
「いや、普通断るし」
冗談混じりの口調で答えたフェアは、零さんの斬撃を捌ききった。同時に地面から人の手が伸びる。
「うっわー。フェア様ぼろぼろじゃん」
「……セイン、うるさい。あと遅い」
大丈夫ー? と軽い口調で問うのは、水色の髪をした少女。セインと呼ばれた彼女がフェアの体を抱きかかえ、そのまま地面へと潜る――って、え?
「……逃がしたか」
「まあ仕方ないだろ。全員無事なんだし……いや、一人例外がいたな」
言って、零さんは私を見た。その視線を、見つめ返すことができない。
「まあ言いたいことは山ほどあるが、ひとまず治療だな。キャロ、頼んでいいか?」
「あ、はい!」
「いえ、大丈夫です……自分で何とか……!」
「あ、馬鹿、動くな!」
立ち上がった瞬間、右腕を発端に全身に激痛が走る。よろけて、その場に座り込んだ。
「いっ……!」
右腕が動かない。打撲と骨折、発射の反動で受けた軽度の脳震盪――クラッシュエミュレートで慣れたはずの痛みは、耐えがたいものだった。
「っの馬鹿! 少しは自分の体を考えろ!」
「あ、あの、アーウィング執務官、治療は私が……!」
キャロを押しのけて、執務官は私のすぐ傍で膝をついた。その顔には怒りしか見えない。
《Physical Heal.》
銀色の魔力光が、右腕を包み込む。執務官から視線を感じるが、目を合わせることができない。先ほどの言葉は全部聞かれていたようだ。レリックを奪われ、一味は取り逃がして――散々な状況にも関わらず、みんなが私に気遣わしげな視線を向けているのが分かる。
「……深琴」
執務官に溜息混じりに名前を呼ばれ、私は反射的に身を竦めた。ごめんなさい、と呟くようにしか答えられない。何に対して? ――全部に対してだ。
母から最後に贈られた言葉は、いまだに残っている。レオンにも、ルーチェにも、伯父や伯母にさえ話したことはないそれが、こうもあっさり暴かれるなんて。
怪我をしてごめんなさい。無茶をしてごめんなさい。言うことを聞かなくてごめんなさい。――生まれてきて、ごめんなさい。
そう呟いた瞬間、私の体は抱きしめられていた。誰に? 決まっている、執務官にだ。
視界一杯に、黒が広がる。
「ひとまず泣き止め。……誰も、お前が『産まれてこなければよかった』なんて思っていない」
「……でも……」
誰もそう思ってないなんて、わからないじゃないですか。
そう反論しようとした次の瞬間、体に回された腕に力が込められた。そして執務官は、私の耳元で囁く。
「そんなこと、俺が言わせない。絶対に、誰にも」
声音も、腕の力も、あの日と何も変わっていない。何一つ変わらない優しさに、私は声を上げて泣き出した。
そして私が落ち着きを取り戻した頃。
「ケースは、シルエットではなく、本物でした」
奪われたレリックに施した「仕掛け」を、フォワード陣は説明していた。ちなみにこれは隊長、副隊長は知らない私たち現場の独断である。……まあ私も、念話で参加した程度なんだけど。
「私のシルエットって衝撃に弱いんで、奪われた時点でばれちゃいますから……」
「なのでケースを開封して、レリック本体に直接厳重封印をかけて……」
「その中身は……」
キャロの帽子の中から、ヘアバンドにも似た形の、花が咲いた髪飾りが出てきた。
「こんな感じで」
ティアナが指を鳴らす。ヘアバンドが元の――レリックへと姿を戻した。
「敵との直接接触が一番少ない、キャロに持っててもらおうって」
「帽子もありますし、見た目のシルエット次第では簡単にばれないんじゃないかなーって」
「なるほどぉー!」
感心しきり、といったリイン曹長とは正反対に、ヴィータ副隊長は乾いた笑い声を上げていた。
◇
それから数日後の夜。一日の訓練を終え、ふらふらになりながらも寮に戻った頃、そのメールは届いた。差出人は秋月静真。……端末、届いたんだ。
『端末、ありがとな。すっげー嬉しい』
その言葉から始まったメールは、兄の学校で最近あったことが中心に書かれていた。添付されていた画像は、兄と彼方さん、秋葉さんのスリーショット。気を利かせたロゼットが、メールソフトを立ち上げる。
その日から、私の日課に「兄へのメール送信」と「添付するための写真撮影」が加わった。