魔法少女リリカルなのはStrikerS もう一人のストライカー   作:藤月沙月

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13:命の理由

「行っちゃやだああああああ!」

 

 ――その日、機動六課には幼女の泣き声が響き渡っていた。エースオブエースが勝てない最強の敵との遭遇である。……とは、言い過ぎか。

 

 

 初めての休暇にして廃棄都市区画、そして市街地上空での戦闘行為から早二日ほど。

 

「臨時査察って、機動六課に?」

 

 機動六課部隊長室で、フェイトさんは八神部隊長の言葉を繰り返した。

 

「うん……地上本部に、そういう動きがあるみたいなんよ……」

「地上本部の査察は、かなり厳しいって……」

「うう……うちはただでさえツッコミどころ満載の部隊やしなー……」

 

 満載どころか、むしろツッコミどころしかない、と思うのは私だけだろうか。

 オーバーS、ニアSランクの隊長・副隊長。しかもなのはさんもフェイトさんもそれぞれ本局次元航行部と教導隊からの出向扱い。八神部隊長の『身内』を除いた隊員は全員が新人扱い。そして――一年間という運用期間の限定。関西出身でなくても、思わずツッコミを入れたくなる。一応地球、日本は関西圏出身である私は、部隊員という立場でなかったら即ツッコミを入れている自信があった。

「ねぇ、これ、査察対策にも関係してくるんだけど……六課設立の本当の理由、そろそろ聞いてもいいかな?」

「……そやね。まぁ、ええタイミングかな。今日、これから聖王教会本部、カリムのところに報告に行くんよ。クロノ君も来る」

「クロノも?」

 

 クロノ・ハラオウン提督。機動六課の後見人の一人であり、フェイトさんの義理のお兄さんだ。次元航行部隊の所属で、私が卒業した第一士官学校の卒業生でもある。

 

「なのはちゃんと一緒に、付いてきてくれるかな? そこで、まとめて話すから……深琴も、私の補佐ってことで同行してもらうし」

「うん。……そういえば深琴は、クロノ提督とお会いするのは初めてだっけ?」

「直接お会いしたことは、ありません。遠目にお見かけしたことは何度か……」

「昨日の今日やからしんどいとは思うけど……気分転換にええと思ってな。北部はこことまた違ってええとこやし」

 

 気遣わしげな視線を私に向けて、八神部隊長は言った。

 ちなみに私を八神部隊長に紹介したのは、クロノ提督らしい。地球での私の経歴――入院のことや、発作のこと、そしてそれらとロストロギア事件の関連性についても調べたとか。

 ――と、モニターから盛大な泣き声が聞こえてきた

 

 

 ◇

 

 

 そして今、私は八神部隊長、フェイトさんと一緒になのはさん、フェイトさんの自室に来ていた。そこでは泣きやまない女の子に困惑しているなのはさんとフォワード達がいる。

 先の戦闘で保護された『レリックのケースを持った女の子』。――名前は、『ヴィヴィオ』。

 泣きやまないヴィヴィオは、なのはさんの足に縋りついている。年齢は五、六歳くらいだと聞いている……やっぱり寂しいものなのかな、と考え込む。

  ヴィヴィオの泣き声が止んで、同時に足元から熱を感じるまでは。

 

「……?」

「……………」

 

 見れば、私の足元にヴィヴィオがいた。なのはさんにしていたようにギュッと、スカートの裾を握りしめている。真紅と翡翠の瞳には、まだ涙が残っていた。思わず一歩下がろうとしたが、その瞬間ヴィヴィオの顔が歪む。

 

「行っちゃやだぁ……」

(深琴も、懐かれたみたいだね)

 

 お揃いだ、となのはさんは笑っていた。いやいやいや、懐かれたって、なんで!?

 

「ありがとね、ヴィヴィオ。ちょっとお出かけしてくるだけだから」

「『深琴お姉ちゃん』と一緒に、お留守番してくれるかな?」

「ええっ!?」

「……うん」

 

 フェイトさんの手から兎を受け取ったヴィヴィオは、空いていた手で、いまだに私のスカートを掴んでいる。

 

(ごめん、深琴。あとは頼むな)

(あんたの分の書類は引き受けるから、あとよろしく)

(え、あ……)

 

 とんとん拍子で決まっていく話に、水を差せるほど私に度胸はなくて。

 

「了解です……」

 

 内心でこれでもかと涙を流しながら、私は敬礼していた。

 

 

 ◇

 

 

 さて、それからどれくらいの時間が経っただろう。現在場所はなのはさん、フェイトさんの私室。部屋には私とヴィヴィオの二人きり――とはいえエリオとキャロがちょくちょく様子を見に来てくれているけれど。

 そして、今。

 

「……や」

 

 私の背後に隠れたヴィヴィオは、小さくもよく通る声で執務官の要請――曰く、私を少し貸してくれ――を断った。零さんはそんな執務官を指差して笑っている。そして「よく見てろ」と言わんばかりに、零さんはしゃがんで、ヴィヴィオに視線を合わせた。

 

「ほら、ヴィヴィオ。お菓子あるぞー。これやるから、お姉ちゃんをちょっと貸してくれるか?」

「やっ!」

 

 間髪いれず、ヴィヴィオは即答した。……っていうか零さん、お菓子で釣るのはやめましょうよ……。

 

「おかしいな……幼女って、お菓子くれる人は無条件にいい人扱いになるんじゃないのか?」

「嫌ですよ、そんな人。ただの誘拐犯じゃないですか」

「いや、俺の知り合いが昔こうして幼女を釣ってたんだが」

「おまわりさんこっちです!」

「お前、最近キャラぶれてねえ? 『真面目で大人しい後輩キャラ』はどこいった」

「最初からそんなキャラ作ってないですから! というかキャラ言わないでください!」

 

 全力でツッコミを入れる。というかほんとやだこの人。ぜーはーと肩で息をしていると、零さんは「まあそんなことは置いといて」と話を戻しやがった。

 

「はやてに頼まれたんだよ。定期的に様子見てくれってな」

「……もうそろそろ限界だと思ってな」

「……ありがとうございます」

 

 まさにその通りでした。そしてできることなら変わってほしいです。

 

「「それは無理」」

 

 ……ですよね。うん、分かってた。私を見上げるヴィヴィオが眉を顰めている。やばい、泣かれる。

 そう思った瞬間、執務官はヴィヴィオを抱き上げた。一気に急上昇した視界に喜んだのか、ヴィヴィオは笑っている。すごーい……。

 

「深琴、ロゼットを借りてもいいか?」

「あ、はい。大丈夫ですけど……」

 

 私からロゼットを受け取った零さんは、満面の笑みで地を這うような低い声を出した。

 

「前に言ったよな? 『剣閃・桜華(あれ)』は使えないようにしとけ、使いそうになったら全力で阻止しろってなあ……?」

《I'm sorry. I forgot carelessly.『すいません。ついうっかり』》

「何が『ついうっかり』だよ! お前仮にもインテリ型だろうが!」

 

 なんだよそのレイジングハート的思考! と零さんが叫ぶ。

 

(……まあ、仕方ないんだけどね……)

 

 あの技は、ほんとは伯父にも禁止されている。多分あの時あれを使わなかったら、インターミドルで、もう少し上位のランクに食い込んでいたかもしれない――とは言い過ぎかもしれないけど、それだけの力を、あの技は持っている。

 きっとあれが完成した時、そのダメージは計り知れないものになるだろう。

 

「……おねーちゃん……」

 

 執務官の腕の中で、ヴィヴィオが私を見つめていた。……あれ? もしかして、怯えてる?

 え、どうして? 困惑していると、溜息を吐いた執務官が人差指で私の眉間を突いた。

 

「……皺、寄ってるぞ」

「あっ……」

 

 気づかないうちに眉間に皺を寄せていたみたいだ。ヴィヴィオには「自分が睨まれている」と思わせたのだろう。……反省しないと。

 

「ごめんね、ヴィヴィオ。ちょっと考え事してただけだから」

「ほんと……?」

「うん、本当」

 

 にっこりと笑ってみせると、安心したらしいヴィヴィオも笑った。そういえば彼女の笑顔は初めて見る。

 

「……なにこの夫婦……」

 

 そんなことを思っていたせいか、零さんの呟きには気づかなかった。

 

 

 ◇

 

 

「遺伝子調整……ですか?」

 

 それは昨日、隊長達とリイン曹長、シャマル先生、ザフィーラが集まっていた会議室。私は到着早々に掛けられた言葉を繰り返した。

 

「ええ……」

 

 頷いて、シャマル先生は二つの遺伝子データを表示させる。一つは私、もう一つは私の伯父・秋月英史のものだ。実父の遺伝子だとか僅かな差異はあれど、二つはよく似通っている。

 

「より正しく言えば、『遺伝子調整された形跡がある』なんだけどね」

 

 言って、シャマル先生はデータを切り替えた。伯父のものから、兄・静真の遺伝子データを表示させる。そして三つを並べ、一部の情報を拡大させた。個人の魔力資質に関わるそのデータに、シャマル先生を除く全員が息を呑む。

 

「そんな……これって……」

「あり得るのか……?」

 

 そこに表示されたのは、私と伯父、そして兄の魔法術式。古代ベルカ式を根底に、独立したミッドチルダ式、混合部分の近代ベルカ式の三つで構成されているという事実。それぞれの比重は異なれど、その基本は三人共通かつ、完全一致しているというものだった。

 そしてそれは、伯父より兄、兄より私の順で段々と濃く、強くなっていた。

 

「もちろん、まずあり得ない。こんな……まるで、『魔導師にするためだけに』子孫と、その資質を残すなんてこと……」

「確か秋月教官って、高校生くらいまでは普通の生活を送ってたんだよね。静真君も、この年まで何もなかったってことは……」

「代を重ねる毎に――血が続けば続く程、魔導師の血を濃くするための遺伝子調整……」

 

 シャマル先生の言葉にフェイトさんが続き、私が口を開く。

 確かに衝撃は大きかった。けれども、頭のどこかでは「やっぱりそうか」と納得する自分がいる。そして私は右手で、そっと下腹部に触れた。先天的な病気で子供を生むことができない伯母と伯父の間に子供はいない。

 もし将来、私が誰かの子供を授かったとして、その子供はどうなるのだろう。

 そして母さんは、この事を知っているのだろうか。それだけを、考えていた。

 

 

 ◇

 

 

 そして日は暮れ、なのはさんたちが帰ってきて。ようやく解放された私は寮の裏庭――いつもの自主練スペースにいた。纏うのは、訓練用のジャージ。前回の反省を活かした結果だ。

 深く息を吸って、吐く。閉じていた目を開き、ショートソード型に展開させたロゼットを振るう。右腕の痛みもない。

 試しに右の拳を握って、そのまま勢いよく突き出す。後退して右足を跳ね上げ、再び前進。そしてまた拳を前へ。こちらも問題ない。

 

「あんまり、張り切り過ぎるなよ」

「アーウィング執務官」

 

 その言葉と共に現れた執務官は、少し不機嫌そうだった。

 

「一応完治したとはいえ、まだ全快じゃないだろう? 少しは休め」

「でも、なんかしてないと落ち着かなくて……」

「相変わらず、お前は……」

 

 言って、執務官は私の頭を軽く叩いた――違う、撫でた? 呆然とする私に気づかず、執務官は早口で呟く。――なんで俺も、こいつがいいんだか、と。

 

「あの……?」

「あ、悪い」

 

 ぱっと、手が離れる。それがなぜか名残惜しいような……あまりにもあっさりしていて、胸が締め付けられる。頭を撫でられたなんか、初めてだ。

 

「……そういえば、レオンも本局に帰っちゃいましたね」

「そうだな。文句の一つくらい言われても無理はないと思っていたが」

「文句なんて……」

 

 見送りに行った時の、レオンの言葉を思い出す。六課で上手くやれてるようでよかった。訓練、厳しいだろうけど頑張れよ。まあお前なら心配ないよな、『ポジションフリー』。それから……。

 

「レオン、言ってましたよ。執務官の補佐として一緒に仕事ができてよかったって。とても勉強になったと」

「ならいいんだけどな。かなり連れ回したが」

「レオン、根っからの捜査官志望ですから。いい経験になったし、むしろ大歓迎だったって」

 

 現にあの後、ギンガさんとかなり話しこんでいたのを思い出す。一方のルーチェだって、今の研修が終わって試験に合格すれば、正式な教官になる。仮にも総合成績上位三位。そうそう落ちることはないだろう。

 しばらく会うことができない。その事実に、少しだけ寂しくなる。

 

「……ヴィヴィオ、これからどうなるんでしょうか?」

「状況次第だな。六課の出動が少なければ、ここで保護児童とすることもできるが……」

 

 お昼寝中に、小さく漏れた「ママ」という言葉が突き刺さる。探して、会わせたいと思う反面、そう簡単に見つかるかどうかという不安もあった。

 

「姉として自覚が出たか?」

「それはどうでしょうか……今まではずっと、『妹』とかだったわけですし」

 

 妹として、姪として、無力な子供として。六課に来るまで、私はずっと『守られる対象』だった。エリオやキャロと出会ってから年上としての自覚が芽生えた人間が、いきなり「お姉ちゃん」扱いである。自覚するより以前に、訳が分からなくなる。

 

「っていうか、何でヴィヴィオって私に懐いたんでしょうか……?」

「さあな。案外似たものを感じたんじゃないのか」

 

 その言葉に、私は思わず口を閉ざした。アーウィング執務官も、「しまった」と言わんばかりに、自分の手で口を覆う。

 

「……悪い。そういうつもりで言ったんじゃないんだが……失言だな」

「い、いえ! まあ例の件は関係なくて……というか、その……私より、母の方が気になって」

 

 そもそも検査だって、元は私の術式と合うカートリッジを探すためだったのだ。非常に稀有なこの術式と合うカートリッジは希少価値が高い。今私が使っているのは伯父が教育隊で研究に研究を、実践に実践を重ねて「術式と比較的合致」して、かつ安価な弾薬とシステムだ。カートリッジシステムと術式の相性が悪いと、最悪デバイスの破損や術者の怪我、死亡の原因となる。だからこその検査だったんだけど。

 だが、と声無き声が思考を停止させ、方向を変えさせる。

 血が続けば続くほど、魔導師の資質を濃くなるはずの遺伝子調整。それから唯一外れた母にも、推測の域を出ないが私たちと同じように魔力資質、魔法術式を受け継いでいるという結果が出ている。にも関わらず、母だけはそれが表に出なかった。

 なのに血を分けた兄も、息子も、娘も秋月の異端を継いでしまった。それを知った時、母は何を思ったのだろう。嫌っていたはずの家を継いでまで、母は……。

 

(もしかしたら、私は何か勘違いしているのかもしれない……)

 

 もしも、母が「私たちのために」家を継いだのだとしたら。兄を魔法から引き離し、私を「捨てた」のも、秋月を継がせないためだとしたら。

 そしてそれは、ひいては私たちを「秋月の異端」から解放するためのものだとしたら。

 都合のいい『もしも』が泡沫のように生まれては消えていく。けれど、心の片隅では願っていた。

 

(……会いたいよ、お母さん……)

 

 同僚たちに食堂へと引きずられる最中も、私は笑顔の下でずっと願い続けていた。

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