魔法少女リリカルなのはStrikerS もう一人のストライカー 作:藤月沙月
「はーい、全員集合ー」
早朝、陸戦訓練場。今日も私たち新人フォワードは訓練に勤しんでいた。
「じゃあ、朝練はここまで。――今日は目立ったミスもなく、いい感じでした。今後も、この調子でね」
「「ありがとうございましたっ」」
ヴィヴィオが機動六課預かりになって、早数日。あれから出動はほとんどなく、平和な日々が続いています。
「セカンドモードも、だいぶ馴染んできたかなぁ」
「そうですね」
寮への帰り道、話題は自然と現在練習中のセカンドモードについて、になっていた。
「変化の少ない私やキャロはともかく、深琴とティアとエリオは大変そうだよね」
「形から変わっちゃいますし」
「あたしは、別に。ダガーモードはあくまで補助だしね」
言って、ティアナは私とエリオを見る。
「複雑なのは二人の方でしょ」
「ストラーダのセカンド、過激だもんね」
「ローゼンクランツに至っては、形どころか戦闘スタイルだって変わるんだし」
「まあ、それが目的だしね」
状況に合わせてデバイスと戦闘スタイルを変更し、臨機応変に対応する――それが私の、『ポジションフリー』の役割だ。
なんだけど。
(……平和だなあ……)
嵐の前の静けさだとは考えない。考えたくない。頭の上には雲ひとつない青空が広がっていた。
◇
本日、ライトニングは現場調査、ティアナは八神部隊長と同行で本局行き、ということになっていた。副隊長達はオフシフトのため、オフィスに残っているのは私とスバル、なのはさんだけである。
「前線メンバーは私とスバル、深琴の三人だけだね」
「何も起きないことを祈ります……」
そんな話をしているのは、なのはさんとスバル。一方今日も今日とて六課に滞在中の零さんはふと顔を上げた。
「そういやヴィヴィオって、夜までどうしてるんだ?」
「あ、寮ですよ。なのはさんとフェイトさんのお部屋で」
とは言っても、数少ない子育て経験者にして寮母のアイナさんが面倒を見てくれている。ザフィーラはガードだ。
理由はまだ判明していないが、ヴィヴィオがケースと共に行動していたことや言語能力とかから、『プロジェクトF』や関係する技術で生み出された「人造生命体」だという検査結果が出ている。施設から逃げ出したのか……いずれにしても、寮内とはいえ一人にしておくのはまずい。
そんなオフィスの片隅で、私は一人古代ベルカ語と向き合っていた。それも聖王統一戦争付近のものではない。――正真正銘の、先史ベルカの詩文だ。持ってきた零さん曰く、「予言」だという。
「カリム・グラシアって知ってるか?」
「一応は。聖王教会騎士団の騎士で、時空管理局本局の理事官ですよね」
この機動六課の後見人の一人で、八神部隊長と同様に古代ベルカ式のレアスキル――『
「で、それとこれに何の関係が?」
「これが大ありだ。なんせこれは騎士カリムから、お前あてに預かった予言なんだからな」
「……はい?」
思わず聞き返してしまった。なんでも、この間の会合で語られた六課創設の理由がこの予言に関係しているらしい。本来参加予定だった私はヴィヴィオに懐かれたため行動不能に陥ったため欠席。で、騎士カリムは零さんに、この予言について私に説明してくれと頼まれたらしい。
だがここで一つの問題が発生した。
「……俺古代ベルカ語、分からねえんだ」
「仮にも教会騎士ですよね?」
「いや、聖王統一付近はできるんだぞ一応。ただ先史ベルカが無理なだけで」
古代ベルカは元々他国併呑の歴史を持っている。言語はその最たる例で、一つの単語でも気が遠くなるほどの意味が――それも時には矛盾したものが――ある。
私も、読み書きできるのは聖王統一付近だ。先史ベルカは単語毎でなら訳せるが、文章ははっきりいって無理。しかも詩文形式なんてマジ勘弁してほしい。
「まあやってはみますけど……」
モニターに映るデータを見る。えーっと、これがここにかかって、こうなるから……。
「古い……あ、違う。『旧い』か。『旧い結晶』……『無限の欲望……交わる地』」
文章に直すとこうなる。『旧い結晶と無限の欲望が交わる地』、『死せる王の下、聖地より彼の翼が蘇る』。『死者達は踊り、中つ大地の法の塔は虚しく焼け落ち』、『それを先駆けに数多の海を守る法の船は砕け落ちる』。――ちなみに所要時間は、三時間。昼休みを告げるチャイムが鳴っている。
しかし、今の私にはそんなこと気にならない。手は震え、目はモニターに固定された。考えるのはこの詩文――予言のこと。
(『旧い結晶』がレリックだとして……)
根拠はないけど、『彼の翼』とは聖王伝説に関する何か――恐らく『聖王のゆりかご』だろう。一応聖王は「かつて実在していた人物」のため、ゆりかごの存在を信じて疑わない学者たちはこぞってその秘密、場所を探している……が、今はそれよりも、後半の文章だ。
(『中つ大地の法の塔は虚しく焼け落ち』、『それを先駆けに数多の海を守る法の船は砕け落ちる』……)
それが意味するのは一つ――地上本部の壊滅と、管理局システムの崩壊。何が怖いって、ガジェットがあればそれが容易だという点だ。管理局法では質量兵器――実弾銃とか、核兵器とか――の保有は全面的に禁止されている。比較的クリーンで安全な力として魔法文化が推奨された分、ガジェットが持つAMFに対抗できる魔導師は少ない。
「魔法文化もどうかと思うけどな、俺は。結局才能が無い奴は使えないわけだし。魔力至上主義っていうのもな」
「それ、オーバーSランクが言う台詞じゃないですよ」
「事実だろ? まあ永遠のテーマだろうさ。『力無き正義は夢物語、正義無き力はただの暴力』ってな。ほら、シュークリーム。カスタード、チョコ、生クリームな」
「古代ベルカの人の話を聞きたいですね。あ、頂きます」
カスタードクリームが零れないよう、慎重に口に運ぶ。残っている隊員たちに配り歩く零さんの背中を見送って、私はモニターに視線をやった。もうすぐお昼休みだというのに、私はなんで食べているのだろうか。
だがそれ以上に気になるのは騎士カリムの考えだ。ただの一管理局員でしかない私に、何故こんな重大なことを……。
「あ、深琴。ちょうどよかった」
オフィスの向こうから、スバルが声をかける。彼女がモニターを見る前に、大急ぎでモニターにロックをかけ、閉じた。
「どうしたの?」
「……ううん。なんでもない」
「そっか。深琴、デスクワークも得意だもんね」
羨ましいなあ、と呟いたスバルは、私の手を取る。
「お昼まだでしょ? なのはさんが寮でヴィヴィオと一緒にお昼にするんだけど、深琴もどうって」
「う、うん! 行く!」
頬が引き攣った気もするが、私はなんとか笑顔を浮かべた。
◇
同時刻、第97管理外世界<地球>海鳴市。梅雨も終わり、本格的な夏が近づいていた。
「……やっぱり……」
そんな中、暗闇に包まれた――まるで外界を拒絶するようにありとあらゆる鍵をかけ、カーテンを閉め、倒れない程度に休息と空調を利かせた室内に、霜月秋葉はいた。その目が睨みつけているのは――本人達が知る由はないが――深琴が見ているのと同じ、『
「どこをどう訳しても、これ以上のものはない、か……」
現在は管理局の嘱託魔導師といえど、身寄りのない彼女は聖王教会の騎士に引き取られた存在である。騎士カリムとも顔見知りだ。――だが何故、これが自分に送られてきたのだろう。
まさか、自分にも関係あるというのか。レリック事件――そこに繋がっているだろうジェイル・スカリエッティと、自分が。
「そうだとしたら……」
「……なんだこれ!?」
秋葉の呟きをかき消した声の主――秋月静真はどたどたと音を立てて、玄関からリビングへと目指す。
「せめて電気点けろ馬鹿野郎! 外めちゃくちゃ晴れてっぞ! つか何だこの部屋、エアコン効きすぎじゃなねえか風邪ひくぞ!?」
「先輩、うるさいです。っていうか鍵持ってるからって遠慮なく人の家に入らないでほしいです」
「おま、それがわざわざ来た先輩に対する言葉か!?」
「来てくれ、と言った覚えはないです」
言いながらも秋葉は立ち上がり、カーテンを開ける。そのままキッチンへ移動し、彼が愛用するマグカップを取り出した。
「それに先輩、今日は三者面談でしょう? 進路相談、無事に終わったんですか?」
「……終わったからいんだよ」
とは言うものの、静真の表情は固い。
「……あいつがさ」
「先輩の母君がどうかされました?」
「母君とか言うな、気持ち悪い」
反射的に言い返して、静真は瞳を伏せた。今度は茶化すことなく、秋葉は言葉を待っている。
「……留学は認めないって言いだした」
「……あー、まだ『留学』ってしてたんですね……」
「今回は違えよ。けどあいつに……」
言って、静真は銀色の携帯電話――にも似た通信端末を握りしめた。それはつい先日、彼の妹から届いた「ちょっと遅くなった誕生日プレゼント」である。
「ミッドチルダに……深琴のとこに行くって正直に話したら……『絶対だめ!』って盛大に泣かれた」
「……ほんとに親子ですか、あんたら」
あまりにも弱すぎる、と秋葉は吐き捨てた。静真とは約二年、深琴とは数十分とは言えど共に戦ったからこそ分かる。「似たもの兄妹ではあっても、似たもの親子ではない」と。魔力資質云々ではなく、その意思と、目に感じる何かがあった。
「……で、面談後親子喧嘩勃発の後、ここに退避したと?」
「戦略的撤退と言ってくれ」
「キリッ、じゃないですよ」
静真から『土産』ことチョコミントアイスを受け取った秋葉は、付属のスプーンを取り出す。チョコの甘さとミントの爽やかさが見事にマッチしたそれを口に含んだ秋葉は、目を細めた。
「先輩はどうするんです?」
「どうって……決まってるだろ。俺は絶対、家を出て、ミッドチルダに行く」
揺るぎない意思を、静真は口にした。二年前、出会った当初から変わっていない彼に安堵すると同時に、秋葉は不安を覚える。
でもね、先輩。と言葉にできない思いは、彼女の胸の内を駆け巡った。
あなたの母親は、きっとあなたが思っているような人ではないですよ。だって私のことに、内心では気づいているようですから。
「っつーわけで今日は泊めろ。メシは俺が作る」
「当然です」
ちょっと買い物行ってくるわ、と言って静真はリビングを出る。その背中を見送った秋葉は、まったく、と言いたげに肩を竦めた。
◇
「でも、ヴィヴィオって…この先、どうなるんでしょうか?」
「ちゃんと受け入れてくれる家庭が見つかれば、それが一番なんだけど」
「難しいですよね。やっぱり、普通と違うから」
寮へと続く道で、なのはさんとスバルはヴィヴィオのこれからについて話している。しばらく時間はかかるだろうから、なのはさんがヴィヴィオの「保護責任者」になろうって話。
「深琴、どうかした?」
「あ、いえ、なんでも……」
「ちょっと元気ないみたいだけど……大丈夫?」
歩きながら予言のことを考えていたせいか、表情からいつもの元気(どんなだ?)が消えていたらしい。……そりゃ、元気も無くなる。多分他のフォワードには伝えられていない予言のこととか、色々と。
そんな私の心中を察してくれたのか否か、なのはさんがまるでチェシャ猫のような笑みを浮かべる。
「アーウィング執務官も、本局に戻っちゃったしね」
「っ!?」
「み、深琴、大丈夫!?」
前につんのめった私は、スバルの背中に激突する。全然察してくれてなかったよなのはさん!?
「な、ななななななのはさん!? いきなり、えっ!?」
「あれ、違うの? てっきりそうだとばっかり……」
それもあるけど……って違う! そうじゃなくって!
――そう。アーウィング執務官は今朝方、本局に戻った。ホテル・アグスタから始まった捜査は、108部隊と機動六課、聖王教会に正式に引き継ぐ形で。元々彼の担当は「凶悪事件」だから、専門外の事件だったのだ。それでもここまで帰還を長引かせたのは、執務官本人の希望だったらしい。私はその理由を知らされていないけど……。
(……夜、メールしてみようかな……)
一応、連絡先は本人から聞いている。いきなりメール、というのもあれだが今は正直、頼れるものには全力で頼りたい気分だ。
「おねーちゃん」
「ヴィヴィオ、こんにちは」
とてとて、と小走りで駆け寄ってきたヴィヴィオを、私は抱き上げる。その軽さに、内心で驚きながら。
こんなに小さい子だって、頑張ってるんだ。
私が頑張らなくてどうする。
(……そうだよね? お兄ちゃん)
けれど不安なことに変わりはない。なのはさんを「ママ」と呼ぶヴィヴィオに微笑みながらも、私の手は震えていた。