魔法少女リリカルなのはStrikerS もう一人のストライカー 作:藤月沙月
その時、地上本部の内外は恐怖に包まれていた。突然のシステムクラックに侵入者、砲撃に召喚されたガジェット。
後に、この日はこれから一週間ほど先に起こる事件の「予兆」として語られる。
その事件は『ジェイル・スカリエッティ事件』――略して、『JS事件』と。
「うわあああああ!」
悲鳴を上げて、陸士制服のままの警備組が逃げていく。辺りには召喚された無数のガジェットⅠ型とⅢ型。頭上に聳える地上本部からは煙が上がっていた。既に何十機かがバリアを突破している。
それらを可能な限り破壊していたのは、誰でもない。私たち機動六課のフォワードだ。
(八神部隊長、シグナム副隊長、なのはさん、フェイトさん!)
念話を繋ぐが、返事はない。
(っ、零さん! アーウィング執務官!)
こちらも、同じだった。建物内のAMF濃度はこれまで以上に高く、飛行すらままならない状況だ。
「ガスは致死性ではなく麻痺性! 今防御データを送るです!」
報告によると、建物内ではガスが充満しているらしい。私たちの防護服は衝撃もしくは熱変化や魔力攻撃に対して高い防御性能だが、気体兵器についてはごく一般的な遮断機能しか持ち合わせない。そのため防護服のデータを更新することで万全の防御を行うのだ。
また通信妨害がきつく、六課本部との連絡すらままならない状況である。ここまでの経過から考えると、一味は最初から事前に情報を得ていたに違いない。それも適切かつ、正確な情報が。それに戦闘機人のハイスペックが加われば、向かうところ敵なし、だ。
……ああ、非常に腹が立ってきた。ここまでしてやられているという事実や、その他諸々全て含めると余計に。……どこかで戦闘機人と遭遇したら、一機や二機ほどぶちのめすかもしれない。それほど私のストレスは溜まっていた。
けれど今優先するのは、内部に残っている人たちの安否確認だ。そしてそこには内部に侵入した敵の排除も加わっている。だが今、地上本部に向かって推定オーバーSランクのアンノウンが向かっているという――この中で空戦ができるのは私か、副隊長しかいない。
「副隊長、私たちが中に入ります!」
そう言ったのはスバルだった。なのはさんから預けられていたレイジングハートを握りしめている。
「なのはさんたちを、助けにいかないと!」
フォワードチームは頷く。スバルの案にヴィータ副隊長も頷いた。
「
◇
「落ち着いてください! こちらは大丈夫です! 心配はありません!」
局員が、声を上げているのが聞こえる。その様子に零は肩を竦めた。
「この状況で落ち着けるかっての」
「お前が言うな」
「あはは」
「無理もないかな」
なんせ窓の外にはガジェットが、中は隔壁でロックされ閉じ込められるという状況だ。その上エレベーターも動かないし、外との通信も繋がらない。念話ですら繋がらないのだから、これで慌てない方がおかしい。
「で、どうする?」
「一応、緊急時の移動ルートは指示してあるよ」
「目標合流地点は地下通路、ロータリーホール」
「……問題は、そこまでどうやって行くかというだけか」
なのは、フェイト、ディバイン、零はほぼ同時にある一点に視線を向けた。そこでは有志がエレベーター前で作業している。システムを解除して、扉をこじ開けようとして。
「……なあ、俺、今思いついたんだが」
「うん。多分みんな同じこと考えてる」
「心読むなし」
零の呟きに気を留めることなく、なのはは三人を振りかえった。
「ちょっと荒業になるけど……みんな、付き合ってくれる?」
「ああ」
「当然」
「おい俺は無視か……ちょっと行ってくる」
おーい、ちょっと離れてろよーと、間延びした口調で、零は有志達を遠ざけた。
「あ、あの、騎士零……何を?」
「決まってんだろ。危ないから下がってろよ」
言って、零は刀に手を遣る。腰で溜め、集中すること数秒。一歩踏み出すと同時に刀を抜き、薙いだ。
「……また、つまらぬものを斬ってしまった」
その呟きと同時に、扉は無残にも瓦礫と化した。おお、とどよめきと歓声が上がる。
「いいよねえ、零くんは。その刀、デバイスじゃないから」
「まあな」
「……この修繕費はどうなるんだ?」
「ど、どうなんでしょう……?」
「え、まさか俺持ち?」
「……うん。これなら」
「ちょ、おま、フェイト! 無視すんなよ! 後マジでやんのか!? 結構高さあんぞこれ!」
どうやらエレベーターは一階より下まで降りているらしく、中は暗闇に包まれていた。
◇
『……また、つまらぬものを斬ってしまった』
(何やってんですかっ!)
どこからともなく聞こえてきた零さんのボケに、私は反射的にツッコミを入れた。向こうはどういう状況なのか、分かるようでわからない。
一方こちらは、赤毛の戦闘機人コンビ――ノーヴェとウェンディと戦闘中。それでも余裕があるのは、今私がフルバックとして支援に集中しているためだ。……同時に攻撃が手薄になっているけども。
エリオがウェンディの攻撃を引きつけている。目の前ではティアナのシルエットが消え――私たち5人全員のシルエットが何十体――目視確認だけで五十体以上――と現れたところだ。その動きはどこか無機質――言ってしまえばゾンビじみていて、ちょっと怖い。
《The load by the silhouette control increases.『幻影制御 負荷増大』》
《The limit of the energy boost is near.『エナジーブースト、リミット間近です』》
それぞれクロスミラージュ、ケリュケイオンが告げる。
(……ロゼット。あなた単体で、どのくらい持ちそう?)
《It lasts for 5 minutes.『五分は持ちこたえて見せます』》
(ごめん、助かる)
幻影の制御・維持にいっぱいいっぱいのはずのティアナが、念話を繋いだ。
けれど、何故ティアナは戦闘機人の――幻術に対する知識があるのだろう。そして先ほど赤毛コンビが言ってたタイプ・ゼロ――多分、スバルのことも。
「幻術だろうがなんだろうが……要は全部潰しゃいいんだろうが!」
言って赤毛の少女――確かノーヴェと呼ばれていた――は、その右手に黄色いスフィアを6つ生成した。
が、それも無意味に終わった。幻影に紛れ込んでいたスバル(勿論本物)が背後から突撃し、彼女を吹っ飛ばす(一瞬見えた横顔が非常に怖かったことは内緒)。そして彼女に加勢しようとしたウェンディは、ストラーダのサードモードからのサンダーレイジに倒される。
「てったーい!」
その指示に従って、私たちと幻影集団は走りだす。とはいえ制御限界を迎えていた幻影は、すぐ消えてしまったけれど。
◇
「高町一尉! 騎士零!」
「シスター・シャッハ」
「どうかしたか?」
地下一階、ロータリーホール。エレベーターのワイヤーを利用して降下したなのは達の後ろから、シスター・シャッハが駆け寄った。
「はやてちゃん達は?」
「お三方とも、まだ会議室にいらっしゃいます。ガジェットや襲撃者たちについて、現場に説明を」
「意味はないだろうがな」
言って、零は肩を竦める。そんな彼にシャッハは厳しい視線を向けるが、反論しなかった。
と、5人の反対方向から見慣れた姿が5人分+1匹やってくる。
その光景にフェイトが笑みを浮かべた。
「あ、いいタイミング」
◇
視線の向こうには、なのはさん、フェイトさん、零さん、アーウィング執務官、シスター・シャッハの姿があった。よかった、無事だった。
「深琴、無事か?」
「何とか。途中、戦闘機人2名と交戦しました。赤毛の女の子で、一人は格闘型、もう一人は射撃型でした」
「女の子……?」
「そう言えば、前に交戦したのも女だったよな。……開発者って、もしかしなくても変態?」
執務官にアルカディアを渡しながら、全員に報告する。零さんの呟きはあえて無視することにした。
「……ギン姉? ギン姉!」
「スバル?」
悲痛な声で、スバルはギンガさんを呼んでいた。彼女を呼んだなのはさんに、スバルは不安そうな表情で答える。
「ギン姉と通信が繋がらないんです! まさか、あいつらと……」
「っ!」
その言葉に不安を覚えた私は、急いでロングアーチと通信を繋ぐ。
「ロングアーチ、こちらロングアーチ04」
『……深琴? こちらロングアーチ……』
応答したグリフィス准尉の声のほとんどが、ノイズで遮られていた。
「グリフィス准尉? まさか、そっちも……」
『……こっちは今、ガジェットとアンノウンの襲撃を受けて……持ちこたえているが、もう……』
『防御システム……もう持ちません!』
「ルキノ!」
ノイズを掻い潜って、ルキノの声が聞こえる。六課に残っている魔導師はシャマル先生とザフィーラ、ヴァイス陸曹と交代部隊だけだ。
「分散しよう。スターズはギンガの安否確認と襲撃戦力の排除」
「ライトニングは六課に戻る。深琴は……」
「六課に戻ります。……私だって、ロングアーチだから……」
一瞬、執務官は心配そうな目で私を見たが、気づかない振りをした。
「うん。零くんとディバインは、こっちで私たちと一緒に」
「……ああ」
「了解。シャッハ、カリム達を頼む」
「もちろんです。あなたも、気をつけて」
「深琴も、無茶するなよ」
「はい!」
幸い、魔力にはまだ余裕がある。それに、いざとなったら……。
地上へ戻り、そのまま飛翔する。
「フェイトさん、先行してもよろしいでしょうか?」
「うん、気をつけて!」
「了解!」
不安でたまらない。みんなが無事かどうか心配で、それ以外のことはあまり考えられなくて。
(ヴィヴィオ……)
きっとヴィヴィオも、不安で泣いているだろう。
(待ってて。お姉ちゃんが、すぐ行くから!)
◇
「あっれー?」
倒れている局員を軽く蹴って、フェアは首を傾げた。その赤い眼はきょろきょろと周囲を映している。
「なんか全然楽勝なんだけど。いいのかな、これで」
楽であることに越したことはないが、あまりにも楽すぎる。
「っていうか弱すぎ? ……深琴はどこだろ」
つい先ほどまで、彼女の魔力を感じたというのに。今はどこを探しても感じられない。愛機にも探させているが、反応はない。ノーヴェとウェンディの報告によれば、彼女たちと交戦した魔導師集団の中に深琴がいたという。それからあまり時間は経ってないはずだから、探査範囲外に出ることはほぼないはずだ。
「……何者だ、お前は……」
「あ、まだ喋れる?」
フェアが踏みつけていた局員が、彼を睨みつける。その視線を意にも介さず、フェアは笑った。
「まあ、今日のところはドクターに感謝してね? 誰も殺すな、って命令だから」
「ふざけるな……!」
「うるさいなあ。弱い犬ほどよく吠えるっていうけど、本当なんだね」
言って、フェアはアインザッツの銃口を局員の額に押しつけた。
「でもね、『殺すな』とは言われてるけど『怪我させるな』とは言われてないんだよね。――言ってる意味、分かる?」
笑顔とは裏腹に、フェアから放たれる殺気は本物である。気づいた局員が震えだした。
「ああ、ようやく分かった? そういうことだから、大人しく倒れててよ。平和と法の守護者だかなんだか知らないけど……綺麗ごとだけで全部解決できるわけないでしょ?」
言ってフェアは、局員の鳩尾に拳を叩きこむ。局員の体がぐったりと倒れ落ちたのを確認して、更に歩を進めた。
その背後で、魔力が揺らめいた。銀色をしたそれは十数発の魔力弾となって、躊躇いなく彼へと飛んでいく。
「せっかくのプレゼントなんだから、喜んで受け取ってほしいものだよね」
魔力弾を弾き返したフェアは、呟いて口角を上げた。その視線の先には、銀髪の男が立っている。
「誰が受け取るか。熨斗つけて返品してやる」
「まあそう言わずに、さ!」
アインザッツをショートソードに変形させて、フェアは男――ディバイン・アーウィングに斬りかかった。
「あんたがいるってことは、深琴もここにいるんでしょ? どこ?」
「教える馬鹿が……どこにいる!」
銀色の魔力刃を展開させて、ディバインは腕の力だけでフェアを弾き飛ばす。
「そう言わずにさ。ね?」
「――いっそ定番でこれはどうだ?」
「っ!?」
声と同時に、背後から斬りかかられた。深紅色のバリアが刀の刃を噛む。乱入した黒髪の男――渡辺零は微笑んだ。
「俺たちを倒したら、教えてやるよ」
◇
機動六課が、燃えている――。
目の前の光景を、私は信じられなかった。いや、信じたくなかった。
交代部隊のみんなも、バックヤードスタッフも息はある。でも、動かない。
「みんな……ヴァイス陸曹……」
《Round Guarder Extend.》
私の視界の端で、人型の召喚獣が動いた。その腕にヴィヴィオを抱いて。
「……ヴィヴィオ……」
「この子で、間違いない?」
『はい、間違いありません。保護してくださって、ありがとうございます。その子もとても可哀想な子なんです』
召喚師の少女が、確認している声が響く。――保護、だって!?
「……っ、ふざけんなあああ!」
少女たちへ斬り込もうとした瞬間、横から現れた別の少女に邪魔をされる。
「……ありがとう、ディード」
「いえ。お嬢様、お早く」
「うん」
「……な……」
全身の血が、沸騰したように熱くなる。炎に包まれる隊舎、戦って、傷ついた同僚たち、そしてヴィヴィオ―――。
「邪魔を……っ!」
《Form vier.》
ロゼットがサードモード――身の丈ほどの大剣へと変形する。
「するなあぁぁぁぁぁぁぁ!」
「っ!?」
「ディード!」
ナンバーズの髪の長い少女が吹き飛んだ。
「……返せよ……」
別の戦闘機人の一声で、ガジェットが動き出す。それらを大剣で一薙ぎして一掃した。
「……六課を、みんなを……ヴィヴィオを……返せえぇぇぇぇ!」
◇
「いい加減、投降したらどうだ」
「……誰が」
ディバインの提案に、吐き捨てるように答えたフェアはデバイスを構え直した。諦める様子を見せない彼に、零は肩を竦める。
「これ以上やっても無駄だと思うけどな。俺たちだってプライドってものがあるし」
「深琴の居場所を教えてくれたら、すぐにでも離脱するよ」
「それじゃ意味ねえっての。とにかくお前は深琴の名前を出すな。こいつ、深琴に関しては親馬鹿な上に過保護だから。今マジで気が立ってる」
「黙れ、殺すぞ」
地を這うような低い声が響くと同時に、銀色の砲撃が零の髪を僅かにかすった。
(こいつら……)
まるで漫才のような光景を見つめながら、フェアは腰を低くする。
(騎士も魔導師も、個人技能でオーバーSランク……連携戦においては、それ以上ってとこか)
戦闘スタイルの違いと、息の合った連携。
(スタン設定の魔力弾といい、バインドを挟みこむタイミングといい……魔導師の方は手慣れてる……)
何度か接近戦を挑んでみたが、それも全てダガーモードに変形させたデバイスで捌かれた。その動きに不慣れ故の無駄はない。その動きは何より、深琴のそれとよく似ていた。
(これ以上長引かせるのは危険、だね)
「まだやるか?」
未だ失われない戦意に、零は溜息を吐く。負けず嫌いは好ましい性分ではあるが、引き際を間違えるのはただの愚か者だ。
零の足元で黒い剣十字が輝くと同時に、先ほどまで感じられていた気配が消えた。それが示す事実を、零は一瞬受け入れることができなかった。
「……深琴? ……どうした。なにがあった!?」
「お前も落ち着け! 深琴がどうした!?」
そして零以上に、ディバインはその事実を受け入れることができなかった。主に代わって、デバイスが告げる。――ローゼンクランツがシステムダウンした、と。そして消えた深琴の魔力反応――それらが示すのは至極簡単なことだ。
「深琴が、墜ちた……?」
「……マジかよ……」
だが、まだ確定したわけではない。零はそう思考を切り替える。
深琴はそれほど軟ではない。毎日自分やなのは達が鍛えているのだ。きっと今のだって、妨害が強化されただけだ――最後は現実逃避だったが、それでもまだ確認したわけじゃない。
「零」
「……わーってる。先に行け。俺もすぐ行く」
「すまない」
「って、勝手に話を進めないでほしいんだけど!?」
戦闘を離脱するディバインに、フェアは銃口を向ける。そこに切り込んだ零の足元で再び、黒い剣十字が輝いた。そして剣十字は複数展開され、さらに輝きを増す。
「悪いな。出し惜しみは無しだ」
無限に生まれる輝きに、零は手を伸ばした。
◇
炎に包まれた機動六課で、巨大な黒い竜が暴れている。ガジェットを破壊し続ける竜とは別の方向に、深琴はいた。外装を完全に失い、アンダースーツから素肌のほとんどが露出し、白い肌には無数の傷を負っていた。手にしていた愛機はこの激戦に耐えられなかったのだろう。――メインシステムが完全に落ちていた。周辺に残骸となって残されたガジェットには大量の血液が付着している。愛機を失ってもなお、彼女は戦い続けていたというのか。
「深琴……」
「………………」
しかし、それでも深琴は立っていた。魔力も疲労も限界を超えているはずなのに、その体から戦意は消えていない。
「……ヴィヴィオ……ごめんね……」
呟くと同時に、深琴は崩れ落ちた。