魔法少女リリカルなのはStrikerS もう一人のストライカー 作:藤月沙月
思い出すのはいつだって、彼の最期。それは逃走した違法魔導師の逮捕という、とても簡単な任務。けれど実際はそうではなかった。敵は、魔導師だけではなかったのだから。音もなく近づいた機械が、その刃で私の胸を貫く。それに気を取られた彼もまた、
だって自分は、彼のコンビパートナーだから。彼と共に戦うことが、彼とともに生きることが自分の存在意義だと思っていたから。
蒼氷色に輝く魔力が、彼に流れていく。同時に自分の体から赤い血が滴り落ちた。
「もういいよ……」
弱弱しい声で、彼は言う。
「これ以上は……きみが、危険だ……」
「っ……喋らないで……まだ、大丈夫だから……」
もちろん大丈夫なはずはなかった。けれどその時、自分のことなんか考えていなかった。ただ、彼が生きてくれればいい。私なんかより、彼の方がずっと大事で、大切で。
「……ありがとう……」
彼が、微笑んだ。血に濡れた手の平で、私の髪に触れる。まるで撫でるように何度も、何度も。
「……君は強いから、この先も……大丈夫だよ……」
「……この先って……何、馬鹿なこと……」
お互い限界が近いことは分かってる。でも、認めたくなかった。
「……秋葉……」
彼は、笑っている。出会った頃と何も変わらない、優しくて、暖かいその笑みを浮かべて。
「約束、守れなくて、ごめん……」
――そして笑顔のまま、彼は逝った。
彼は、自分の夢をよく話していた。執務官になって、これからも妹を守り続けると。そして。
『その時は、秋葉に補佐官をしてもらおうかな』
『……寝言は寝て言え、とでも言えばいいの?』
『僕は本気だよ。秋葉、結構事務得意だし』
入ったばかりの私の「教育係」だった彼は、言った。「約束だよ」と、笑って。
そう。いつだって、記憶の中の彼は笑っていた。
屋上に吹く風が、更に強さを増した。揺れる髪を押さえるのを合図に、足下に幾何学模様の魔法陣が輝いた。
(……ねえ、ティーダ)
今は亡き友に、思いを馳せる。
(今度こそ、守れるかな?)
答えのない問いを繰り返しながら、秋葉は転送ポートへと足を踏み入れた。
◇
「っ……!」
意識が、浮上した。ゆっくりと広がった視界で、銀色が揺れる。見間違えるはずがない。
「……アーウィング、執務官……?」
「……目が覚めたか」
ほっとしたのか、執務官は大きく息を吐いた。
「……ここは……?」
「聖王医療院だ。他の隊員も、運び込まれている」
「みんなも……?」
ガジェットに囲まれ、ナンバーズと召喚師に襲撃された機動六課。炎に包まれる隊舎に、倒れていた同僚たち。そして――連れて行かれた、ヴィヴィオ。守れなかった。助けられなかった。
体を起こすと同時に体全体に鈍い痛みが走る。だが、耐えられない痛みではない。制止を振り切って、私は立ち上がった。
「そんな体で、どこに行くつもりだ」
「……六課へ、戻ります」
みんな大なり小なり怪我をしていているのなら、尚更だ。それに、今ロングアーチは……。
「アルトも、ルキノも、シャーリーも、シャマル先生も、ザフィーラも、リイン曹長も、グリフィス准尉もヴァイス陸曹も……みんな、いないのに……!」
と声を荒げたと同時に崩れ落ちた私の体を、執務官は受け止める。そのままベッドまで横向きに抱きあげられた。ベッドに到着すると、執務官は溜息を吐いた。
「だとしても、今の状態では危険すぎる。せめて今日一日くらい安静にしてろ」
「でも……!」
「少しは俺の言うことも聞け!」
いきなりの大声に身を竦めると、執務官は悪い、と小さく謝罪した。
「だが、今の状態ではあまりにも危険すぎる。覚えてないだろうが、つい数時間前まで集中治療室にいたんだぞ。……それに、ロゼットの破損状況も酷い」
そうだ、ロゼットは、とベッドに戻されると同時に思い出す。六課の隊舎が壊されて、みんなが怪我をして、ヴィヴィオが連れて行かれて――散々な状況に、私は俗に言う「暴走状態」に陥っていた。ただ目の前の戦闘機人やガジェットを倒すためだけにサードモードを起動させ、短時間とはいえ「奥の手」を使ってしまうという事態。後先考えない魔力消費や相手の攻撃などの蓄積ダメージで、ロゼットは武装のほとんどを破壊され、そのシステムは完全に落ちた。
けれど、
なのに、私は……ロゼットのことを、なにも考えてなかった。自分勝手に道具扱いして……。
「……奪われたものは奪い返す、必ず助け出す。それだけは忘れるな」
「……はい」
執務官が言うと同時に、部屋の扉が軽く叩かれた。開いた扉から顔を出したのは、ティアナだった。
「よかった。目、覚ましたんだ」
ほっとした様子で、ティアナは言う。ちょうどいい、と執務官は腰を上げた。
「しばらく外に出ている。こいつが羽目を外さないよう、見張ってもらえるか?」
「はい」
執務官の背を見送って、ティアナは椅子に腰かける。ほら、と袋からジュースと菓子パンを取り出した。
「起きたばっかで、ご飯ろくに食べれてないでしょ? ちょっとお腹に入れときなさい」
「うん。ありがと、ティアナ」
紙パックのジュースの口を開け、ストローを刺す。よかった。もし缶だったら開けられないところだった。
「……体、まだ辛い?」
「動かしにくいけど、大丈夫。……ねえ、ティアナ」
「何?」
缶ジュースを一口飲んだティアナは、首を傾げる。
「あのね……スバルと、ギンガさんのことなんだけど」
◇
所変わって時空管理局本局技術部。そこを訪れた零は、修復用ポットに浮かぶ淡紅色のクリスタルを凝視していた。脳裏に過るのは重傷を負った妹分の姿。
「「れーいー」」
そして現在、自分に抱きつく女性二人に、零は溜息を吐いた。会わなくなって早数年が経つというのに――そして互いにいい年なのに、この二人のスキンシップは昔から変わらない。
「……で、ちゃんと直るんだろうな」
「まあ、一応はね」
そう答えたのは髪の長い女性――
「っていうか言われなくても直すし」
「シャーリーお手製、マリー先輩改良っていう、血統書つきの
うんうん、と髪の短い女性――
「問題は、どっからデータが洩れたかってことなんだよね。六課は本局の部隊だから、登録デバイスは全部本局でデータ管理してるんだけど」
「でも
それ以前に、彼はその時点で使いこなしているんだから。そう言って、咲夜はカフェオレを飲み干した。
「スカリエッティが開発したデバイスが、偶然同じ形だったという確率は?」
「「かなり低い」」
「少しは悩んでくれ」
間髪いれずに即答した義姉二人に、零は深い溜め息を吐く。
「……可能性としては、本局側にも『内通者』がいるってことか?」
「「じゃないの? 知らないけど」」
「だからハモるな!」
しかも知らないのかよ、とツッコミを入れて、零は視線をローゼンクランツに遣った。つい先ほどディバインからの連絡によると、深琴は無事目を覚まし、魔力回復も順調だという。
(肝心のこっちがなあ……)
と、別のモニターが一枚開かれた。膨大なデータが整理され、やがて一つのそれに組み上げられていく。
「ロゼット? どうした?」
《Favor to ask and then repair.『修理ついでに、お願いしたいことが』》
表示されたモニターに目を通した楓、咲夜は口を閉ざした。
「……本気か? ロゼット」
《Yeah.Afford to lose more than this I'm not going. --Whether,thank you for your cooperation.『ええ。これ以上負けるわけにはいかないのです。――どうか、ご協力を』》
◇
『こちらは、昨日テロ事件の被害を受けた時空管理局ミッドチルダ地上本部の上空です』
ニュースアナウンサーの言葉に、私はデータを纏めていた手を止める。そこには瓦礫と化した施設の一部やガジェットの残骸、それの調査をする局員の姿が映し出されていた。
『施設の被害や負傷者の数、事件の詳細については、未だ管理局側からの発表はありません。事件直後に犯人らしき人物からの犯行声明があった模様ですが、その内容については慎重な検討の後に公表する、と広報部からの報告がありました』
「……そっか。システムにクラッキングしたんだから、そこから犯行声明が流せるもんね……」
だが、地上本部のセキュリティはそんなに脆いものだったのだろうか。もしそうだとしたらこれまでの事件でよくその隙を突かれなかったものだ。
それとも……。
(戦闘機人が優秀なのか……手引きした人間がいた……?)
ニュースを流し続けるモニターの電源を落として、私は纏めていたデータに目をやる。
一つは『戦闘機人事件』。今から八年前――新暦67年に発生した事件で、地上本部首都防衛隊が担当していた事件だという。違法施設の摘発を行っていた同隊が壊滅した事件でもある。だが事件の詳細は隊員たち家族にはもちろん本局にも知らされていない。スバルとギンガさんのお母さん――クイント・ナカジマ捜査官が亡くなった事件で、スバルとギンガさんは事件中ナカジマ夫妻に保護された「戦闘機人の実験体」だそうだ。
そもそも戦闘機人とは、鋼の骨格と人工筋肉を持ち、遺伝子調整やリンカーコアに干渉するプログラムユニットの埋め込みによりその戦闘力を大幅に強化させた人型兵器である。ここミッドチルダでも人工骨格や人工臓器の使用は珍しくない。だがそれはあくまで「身体機能の代わりを務める」レベルのもの。それだって拒絶反応や長期使用におけるメンテナンスなどの問題だってある。
それをクリアするために、ジェイル・スカリエッティは「素体になる人間の遺伝子を調整」することでこの技術を完成させた。その技術の根底には、「プロジェクトF」が関わっているらしい。
ちなみに似たようなものに、「人造魔導師」というものもある。遺伝子操作とか人工的な手段で「強力な魔導師」を生み出すそれは、遡れば古代ベルカの時代から研究されている。もちろん私達秋月家も、遡ればこの種類に該当する。古代ベルカの技術はあらゆる望みが叶う理想郷・アルハザードからの提供があったとか言われるくらいのものだから、かなり異常だ。古代ベルカの書物――聖王統一戦争付近のそれをひも解けば、一目瞭然である。分かりやすい具体例を挙げるなら「聖王のゆりかご」だろうか。
聖王のゆりかご。長く続いた戦乱の最中、高い武力を誇った古代ベルカ聖王家はこの船を居城とし、王家の血族のうちある一族の者たちはこの戦船の内部で生まれ、育ち、子を残していった故に、「ゆりかご」と名付けられた戦船。それは軌道上――「二つの月」の魔力を受けられる位置まで到達すると、なんと地上への精密狙撃や魔力爆撃まで可能となるのだから。
(先史ベルカ時代から、既にロストロギア扱いされてた理由も分かる気がする)
現在の魔導理論では、軌道上の月が魔導師の魔力や魔法に与える影響はないとされているし、魔導師達の実感もない。だがごく一部の魔法では、月の位置の影響を受けるという実験結果も残されていた。ゆりかごもその一つ。……なんか、ファンタジー小説を読んでる気分だ。
もちろん、今はそんな悠長なことを言ってる場合でもないのだけれど。
情報を整理していたモニターを閉じて、私は横になる。鈍い痛みはまだ全身を駆け巡っている。清潔感しか感じられない空間にただ一つだけ置かれた白いベッド。それはかつて、地球で暮らしていた頃と何一つ変わらない。
違う点を挙げるとすれば、眠っているときに感じる気配があること。自分のものではない、今となっては感じられない時はつい視線を彷徨わせてしまうほど。
穏やかな眠りが、リンカーコアに集められた魔力をさらに結合させ、自身の体を巡っている感覚。指の先、細胞の一つ一つに送られる力の感覚。
――そして体中に負った傷が、時間の経過と共に、常人の倍に近いスピードで癒されていく感覚に、自嘲の笑みを浮かべながら、私は瞳を閉じた。
(……待ってて、ヴィヴィオ……)
だからこの時、私は気付いてすらもいなかった。
囚われたヴィヴィオに、赤い旧き結晶が埋め込まれる様を。
そして恐怖に怯える彼女が、ずっとママを呼んでいたことに。