魔法少女リリカルなのはStrikerS もう一人のストライカー 作:藤月沙月
聖王医療院も、クラナガンと変わらない混乱ようだった。次々とやってくる救急車に乗り、安全な医療施設まで搬送される患者たち。そして見舞客はそれぞれの手段で安全な場所へ逃げていく。
無理もない、と霜月秋葉は溜息を吐いた。
空間モニターにはガジェットⅢ型と呼ばれる自動機械と、戦闘機人が三機。第七廃棄都市からクラナガンに向かっているとの情報がニュースになっている。案内放送と局員の誘導に従って、落ち着いて避難しろとニュースキャスターは言うが……。
(それはそれで無理がある、かな)
人間というものは一瞬でもパニック状態に陥ると、何をしでかすかわからない。火事場の馬鹿力を発揮すれば、時として殺戮を厭わない。ただ逃げまどい、集団の中で転倒し圧殺されることだってよく聞く話だ。
(その知識のほとんどをテレビゲームで得た……とは言えないけど)
それを考えたら自分は、平和な世界で、平和な時間を――「幸せ」と呼べる時間を過ごしてきた。帰る場所があって、帰りを待ってくれる人がいる。守りたい世界があって、守りたい人がいる。そのためなら死んだって構わない。心情的には、そう表現しても大げさではないほどに「霜月秋葉」という人間は幸せだった。
看護師が、見舞客であろう少女を連れて病室から消えていく。それを確認した秋葉は、廊下の角から病室の表示を確認した。
そして廊下から姿を現そうとした瞬間、中から声が響いた。
『……なんともまぁ、情けない話でね。てめぇの失敗から逃げて、責任から逃げて、未だに向き合えてねぇから、またしくじって、この様だ』
聞き覚えのある声より、僅かに低くなった声。後悔をこれ以上ないほどに湛えた声には、湿り気が帯びている。
そして扉が、内側から開かれた。見慣れない狼が、包帯を巻いた姿で病室から出ていく。
「旦那、そんな身体でどこへ?」
「やらねばならぬことがある」
旦那、と呼ばれた声に狼は答えた。
「旦那! っ……!」
彼を追うようにベッドから降りようとした男は、痛みに顔を顰めている。
「……つい先日まで集中治療室にいて、動く馬鹿がどこにいるんですか?」
溜息混じりに、秋葉は口を開いていた。
「うるせえ! ……秋葉……っ!?」
「……お久しぶりです。ヴァイス先輩」
ぺこり、と軽く一礼して、秋葉は手近にあった椅子に腰かける。
「怪我は残ってるようですが、その様子だと元気だけは有り余ってるみたいですね」
「だけってなんだよ、だけって! つか、お前、その服装……」
「制服です。一応向こうでは学生ですので」
黒を基調にした、聖祥大学付属高校の制服。目立たないように季節外れを承知で、秋葉はその上からベージュのコートを羽織っていた。
「嘱託とはいえ、私はもう管理局の――首都航空隊の人間ではありませんから。制服も処分しましたし」
「じゃあ、なんで戻ってきたんだよ」
「八神二佐から、協力を依頼されまして」
言って、秋葉は窓の外を見る。
「過去の事件に関係するかもしれないから、力を貸してほしいと」
「過去……ティーダのことか?」
「でしょうね。……まあ彼のことがなくても、協力するつもりでしたけど」
「嘘つけ。お前、いつ便利屋になったよ」
「似たようなもんですよ、魔導師なんて。――だから管理局では一時的に戦闘機人計画や、人造魔導師計画が採用されかけたんですから。私だって元を正せば似たようなものですし」
その言葉が、病室いっぱいに広がる。
『ほんとうです』
『わたしは、あのひとにたすけられるまで”しせつ”にいました』
今よりずっと幼い、舌足らずな口調で――それでもどこか大人びていた、過去の秋葉の姿がヴァイスの中で蘇った。
『このなまえも、あのひとにつけてもらいました。それまでは”11ばん”と』
「……違うだろ。お前とあいつらは」
「違わないです。あの人に出会うまでは――そして皆さんと出会うまでは、結構似てます。自分でも言いきれます」
「言い切んなよ!」
「言い切ります。過去を認めなければ、今の私も認められないって知ったから」
淡々と、それでいてどこか温かみのある表情で、秋葉は言う。
「だから戻ってきたんです。過去に決着を着けるために。あの子達を守るために」
「……ティアナと……深琴か?」
「はい。二人には――二人のお兄様には、お世話になりましたから」
「変わったな、お前」
「よく言われます」
言って、秋葉は立ち上がり。
「偶然、操縦者がいないヘリが一機あるそうです。……元気が有り余っているなら、ついでにどうでしょう?」
「言うねえ……行くぜ、ストームレイダー」
(変わってないですね、先輩も)
そう内心で呟いて、秋葉は微笑んだ。そして握りしめたドッグタグを見つめる。
「私たちも行こう、『フリージア』」
その声に、ドッグタグにあしらわれた蒼氷色の水晶が煌めいた。
◇
《Defenser.》
《Load cartridge.》
「……前に言ってたよね?」
淡紅色の盾が深紅色の魔力刃を阻む。カートリッジロードにより斬撃の威力は増したが、まだ耐えられる。その状態で私は口を開いた。
「スカリエッティは恩人だって。だからレリックを集めてるって」
「うん、言ったね。それが?」
「……勝手で悪いけど、あなたのことを可能な限り調べた」
盾が破壊され、同時に私は後方へ跳躍する。追撃は、ない。
「……どうやって?」
そう言ったフェアは、目を丸くして――本気で驚いているようだった。
「夢を見たの。まだ幼いあなたが、違法施設に囚われている夢」
「……何それ。深琴って、そういうオカルト的なもの、信じるタイプ?」
「信じてないよ。でも、『そういうこと』もあるって、知ってるだけ。……何より、あの夢を『ただの夢』だって思いたくなかった」
だって、夢の中の彼は涙一つ流すことがなかった。空虚なままで、施設を壊し、研究者を殺した。まるで自分が体験したようにリアルな夢。それや一般的に言う「第六感」は、秋月の家では緻密な計算や常識よりずっと大事で、重要視されていた。――もちろん今となってはあり得ない話である。
「そんな過去があって、スカリエッティに救われて……彼らのために力になりたいっていう気持ちは分かる。……でも、だからって誰かを傷つけたり、悲しませたりさせちゃダメなんだよ……」
「……そんなの、詭弁だろ? 僕たち人間はどんな時代でも競争する。誰かを傷つけ、蹴落として、少ない席を取り合う。それと同じじゃないか」
「違うよ!」
加速して距離を詰め、私たちは再び斬り合った。
「まあよく先生とか言うけどね! 『大事なのは点数じゃない、どれだけ頑張ったかだ』とか! でも実際努力したからいい点数が取れるとは限らないし、判断基準は数字なわけでさ!」
《Load cartridge. Divine Shooter.》
ロゼットが二発分、カートリッジをロードする。私の周囲に魔力スフィアを生成した。そこから生成された八発の魔力弾がフェアへと向かう。
「でも、それと誰かを傷つけたりとか、殺しちゃうとのは全然違うよ!」
「それ、平和ボケって言わない?」
「それこそ詭弁って言うの!」
《Form Dri.Load cartridge.--Cross Fire Shoot!》
空中に新たに生成された魔力スフィアから、20発以上の魔力弾が生成された。ロゼットの引き金を引いたまま、一斉に発射する。
「死んだ人は帰ってこないし、傷は癒えるのに時間がかかる。傷つくことにも、傷つけることにも、誰かを殺すことに慣れるって、自分を殺すことと同じじゃないの!?」
――それは、私がなのはさんに言われた言葉だった。
◇
「深琴のそういうまっすぐな所って、とてもいいことだと思うよ。でもそれと自分を傷つけることはイコールにしちゃいけない。『自分が傷つくだけなら』とかそんなこと、考えちゃだめ。死んじゃったら元も子もないんだよ? ――あのね、深琴。深琴の力はね、自分のことも、みんなのことも守れるくらいずっとずっと強いんだよ」
言って、なのはさんは私の頭を撫でる。――それは聖王医療院に入院していた時のこと。面会に訪れたなのはさんに、六課を、みんなを、ヴィヴィオを守れなかったことを謝罪していた時のことだった。
「ねえ、深琴。ヴィヴィオが転んだ時、フェイト隊長が言ってたこと、覚えてる?」
「えっと……転んで怪我したら、ママやお姉ちゃんが悲しむ、としか……」
「そう。深琴も同じだよ。深琴が怪我したら私やフェイト隊長や八神部隊長だって悲しいし、ロングアーチスタッフやスターズ、ライトニングのみんなだって心配する。零くんやアーウィング執務官は、今みたいに付きっきりで傍にいるだろうし」
「余計なことを言うな。誰のせいだと思っている」
「深琴のせいじゃないんだよね?」
あはは、と笑って答えるなのはさんと絶対安静状態の私を、同席していたアーウィング執務官は睨みつける。
「確かに深琴は色々あって、自己犠牲とかに慣れてる部分があるのは分かってる。でもそのままだと、どんどん心が枯れて、死んでいっちゃうんじゃないかって私は思う。死んだ人は帰ってこないし、一度付いた傷は、癒すのに時間がかかる。手遅れになる前に救うのが、私たち魔導師のお仕事だよ」
「……はい……」
「って、なんかお説教みたいになっちゃったね、ごめん。――でもね、深琴。逆に考えてみて。治療するのに時間がかかるってことは――」
◇
《Stinger Blade.》
発射された深紅色の魔力刃を、ダガーモードに移行させたロゼットで捌き切る。
「治療するのに時間がかかるってことは、逆に言えば『時間さえかければ』傷は癒えるってことで……」
《Chain Bind.》
そして無防備になったフェアを、淡紅色の鎖が縛り付けた。
「どれだけ時間がかかっても、『生きてたらやり直せる』んだよ!」
「っ!」
フェアが、深紅色の瞳を見開く。
「お願い……武装を解除して、投降して……」
「そんなことできると思ってんの? ……大体、どうやってやり直すのさ!? ドクターも、ナンバーズのみんなも、ルールー達がいない世界なんか、生きてる意味がない! 居場所なんか、あるはずないだろ!」
「そんなことない!」
――ああ、そういうことか。似たような魔力資質で、戦い方で、生まれ方で、どこか昔を思い出させる彼。
そっか。感じてたのはこれだったんだ。なんだ、すっごい単純。
――似てるんだ、昔の私とフェアは。
今生きてる理由も、意味も見つけられなくて。唯一見つけたそれに必死になって縋りついて――その理由が無くなってしまうことを恐れて、でもだからって何もできない自分がいて、迷い込む。あの時――アーウィング執務官と再会して、彼の重荷になってたと初めて知った時、魔導師を辞めようと本気で考えた私のように。
でも――!
「今更、どうやって――!」
「一緒に探そうよ!」
声が震える。涙混じりに叫んだ私を、フェアは呆然と見つめていた。
「私だけじゃない。六課のみんなも、零さんも、アーウィング執務官も……ちゃんと話せば、みんな分かってくれるよ。……あなたはどうしたいの? どこに行きたいの?」
「そんなの……分からない……っ、僕は……」
「今はそれでもいいよ。これから、一緒に探そう? 私も、ちゃんと手伝うから」
大事なのは手を取り合うこと。フェアの目から、一筋の涙が流れた。もう戦意は感じられない。
よかった、これで――。
『あー。フェア様、だめですよぉ』
安心した直後、一枚の空間モニターが開かれた。そこに映るのは栗色の髪と眼鏡をかけた女性。纏う白いケープとスーツに刻印されたナンバーは、「Ⅳ」とあった。
「あなたは……あなたも、戦闘機人?」
『もう、フェア様もルーお嬢様も困りますぅ』
質問に答えることなく、女性は底知れない何かを孕んだ、間延びした声で続ける。
『戦いの最中、敵の言うことに耳を貸しちゃいけません。邪魔なものが出てきたらぶっち殺してまかり通る。それがあたしたちの力の使い道。そうでしょう?』
「クアットロ……でも……」
不安そうな目で、フェアは私と、クアットロを交互に見た。その様子にクアットロは肩を竦める。
『無理もないです。無垢なフェア様に、そこの悪魔の言葉は耳触りが良すぎますね』
「悪魔だとか、あなたにだけは言われたくないんだけど!?」
『でも、もう大丈夫ですよ』
「人の話を聞いて!」
そして大丈夫というには程遠い邪悪な笑顔を、クアットロは浮かべた。
『フェア様が迷わないように、そのお力の全てを発揮しちゃいましょう!』
その言葉と同時にフェアは痙攣し、その足元には戦闘機人のテンプレートが浮かぶ。
「フェア!?」
『いいですか、フェア様? 目の前の女は私たちの――ドクターの夢を邪魔する敵です』
「……ドクターの、敵?」
言うや否や、フェアはバインドを解除して、私に斬り込んできた。空虚な瞳、けれど斬撃の一つ一つは先ほどよりもずっと重くなっている。ただの洗脳じゃない……?
『ドクターが仕込んでくれた、コンシデレーション・コンソールで誰の言うことも聞く耳を持たない無敵のハートをプレゼント!』
そして剣十字の魔法陣が浮かぶ。深紅色だったそれは僅かに様々な色が混じり合い――次の瞬間には虹色へと変わった。
(虹色の魔力光なんて……まさか!?)
嫌な予感が走ると同時に、斬撃の重さに耐えられなかった私は弾き飛ばされる。僅かな瞬間でみた彼の瞳には、また変化が起こっていた。――右目の色が、翡翠色へと変わっている。
真紅と翡翠のオッドアイ、そして虹色の魔力光。それらはかつて「聖王」と呼ばれた人物の血統に見られる特徴だ。
『簡単なことよ』
ふふっ、とクアットロは笑っていた。
『だって彼は――彼もまた、プロジェクトFで生み出された