魔法少女リリカルなのはStrikerS もう一人のストライカー 作:藤月沙月
プロジェクトF。正式名称は『プロジェクト「F.A.T.E」』というその技術は、人造生命の研究、その中でも「記憶転写型クローン』を作り出す研究の総称だ。この技術を完成させたのはかの大魔導師プレシア・テスタロッサ――フェイト隊長の「生みの親」である。
だがこの技術をもってしても、死んだ人間を蘇らせることはできない。生まれるのはあくまでの「クローン」であり、また記憶転写に成功しても基になった人物の性格や利き腕、魔力資質まで完全に受け継がれることはないという欠陥が見つかっている。この技術で生み出されたのがフェイト隊長と、エリオ。
そして、クアットロの言葉が真実なら――フェアクレールト・ナハトもその一人となる。プロジェクトFの技術で生み出された、聖王の鍵の
『とは言っても、ドクターの技術を基にして生まれたってだけですけど』
残忍な笑みを浮かべて、クアットロは告げる。
「っ……フェア!」
「……………」
呼びかけるも、返事はない。ロゼットがフェアの愛機に接触をかけているが、こちらも反応なし。先ほどまでは深紅色だった魔力光は今や完全に虹色に、同色だった瞳は右だけが翡翠色に変色している。
(この状況は、正直想定外だった……)
僅かに視線を動かす。未だ結界に包まれたままの廃ビルと、虫型の召喚獣と、そして空に広がる青色の道。
(スターズもライトニングもそれぞれの相手で手一杯だし、迎撃部隊の人を巻き込むのは危険すぎる……私一人でやるしかない……!)
応援は期待できないし、しない。その上こちらはあのゆりかごの相手も残っている。ゆりかごの軌道ポイント到達まで1時間40分程。一分一秒も無駄にできない。
フェアがこのまま、自力で意識を取り戻せばよし。説得が通じれば御の字。だがまずは……。
「……魔力ダメージでノックアウトさせて、保護。やれるよね? ロゼット」
《Yeah. If you and me.『ええ。あなたと私の、二人でなら』》
「うん!」
ロゼットを構え直し、私は意識をフェアに集中させる。
「……絶対、助けるからね……」
◇
「レリックウェポン?」
一方その頃、スカリエッティのアジト。フェイトがスカリエッティとNo.3とNo.7、シャッハがNo.6の相手をしているその時、零はヴェロッサ・アコースと共にアジトの奥へと進んでいた。
「ってーと、あれだろ? 古代ベルカ王族にのみ許された人体強化技術とかなんとか」
「そう。厳密に言えば用いられるのはレリックのようなロストロギア――エネルギー結晶体なんだけどね」
「ぶっちゃけなくても人造魔導師ってことだよな……古代ベルカ鬼畜すぎるだろ」
「まあまあ、それ言い出したらキリがないよ。……で、本題はこっからなんだけど」
時折襲撃するガジェットは零が力づくで斬り伏せて、二人は進んでいく。
「前に君が言ってた、フェアって子……あの子が幽閉されていた施設って、人造魔導師関係の研究をしていたらしいんだ」
「情報源は?」
「関係者への『査察』」
言って片目を瞑ってみせるヴェロッサに、零は呆れと感嘆という両極端の感情を半々に込めた溜息を返した。
「その上彼は、基になった人物が存在する――プロジェクトFの被験者だって話もある。それも最高評議会が関与しているらしい」
「まぁた、最高評議会かよ。まあ評議会は人造魔導師計画を押してたって聞くしな。あり得ない話じゃない」
ヴェロッサの報告によるとフェアは――フェアの基になった人物は十年以上前に魔導実験事故で亡くなっているという。両親の手慰みのために生み出されたが魔力資質などの面から、本物と似ていないことを理由に研究施設に売り飛ばされたらしい。元々魔導師としての素質を秘めていた彼は施設での実験で頭角を現した。ロストロギアを始めとするエネルギー結晶体との適合率が高く、素体として優秀でもあった彼は、さらに過酷な実験動物としての人生を歩んでいく。
「本物のフェアの、両親は?」
「フェアを売った数年後に、事故死している。両親を調べてみた結果、遠いご先祖様レベルの傍流だけど、聖王家の血が入ってることも判明した」
「なんだよそれ! 思いっきり
「君だって教会騎士団だろう? ……ともかく今のフェアクレールトは、ヴィヴィオと並んでゆりかごの『鍵』に数えられるはずだ。……もし覚醒させられたら……」
「ピンチどころじゃねえよ。どちらかが生きていたら、回収さえすればゆりかごの浮上は継続できるんだからな」
先ほど来た機動六課ロングアーチからの報告によれば、ゆりかご内でヴィヴィオをなのはが、地上でフェアを深琴がそれぞれ相手しているという。
だが駆動炉の破壊や戦闘機人達の確保は遅々として進んでおらず、それどころか管理局側がじり貧状態だとも聞いている。しかも各地のAMF濃度が半端ない速度で上昇しており、通信が阻害されつつあった。ただでさえ膨大な数のガジェットと、量より質の戦闘機人を相手にせざる魔導師陣が不利である。数も足りなければ、人間であるが故に疲弊する。
「本局からの支援は、まだ……?」
「難しいだろうな。海で待機するだけならまだしも、地上へ直接支援するにはまだ時間がかかる」
「期待はしないほうがいい?」
「そうだな」
ヴェロッサにやや冷たく当たった零は、僅かに唇を噛む。自分にもっと力があったなら、こんな事件をさっさと終わらせられるはずなのに。
なのはもフェイトもはやても、深琴も秋葉も――誰も悲しませずに済むはずなのに。
「……とっとと終わらせるぞ、ロッサ」
「当然。祝勝会の準備だってあるしね」
「ああ」
頷いて、零は腰を低くして刀を振った。何もないはずの空間が揺れ、見慣れないガジェットらしき機体の残骸を二人の目の前に晒す。鋭い刃を装着した多脚型のそれを見て、零は舌打ちした。
脳裏に、血で全身を塗らした妹分とその同僚の姿が過ぎる。
「そういうことかよ……」
「……確かにこれは、君じゃなくても腹が立つよね……」
背中を合わせ、二人は警戒を強める。瞳には何も映らないが、何かが――恐らく先ほどと同型のガジェットが――いるのを感じていた。
「どうする?」
「決まってるだろ。一機残らずぶっ壊す」
仲間を失い、翼を折られた彼女が言っていた、機械兵器。
黒色をした剣十字が浮かぶ。輝きを増したそれに手を伸ばした零は、次の瞬間二本目の刀をその手に携えていた。
「こいつが……こいつらが『あいつら』の仇なんだからな!」
◇
『……懐かしいな。お前の防護服姿見るの』
「そうですね。私も、まさかミッドチルダに戻る日がこんなに早く来るなんて思ってもみませんでした」
ライフル型のデバイスを抱えるヴァイスに、秋葉は笑って見せる。ハッチを開けているとは言え空を飛ぶ秋葉に、ヴァイスの肉声は届かない。モニター越しがやっとである。
眼下の地上では陸戦・航空魔導師達がガジェットを迎撃している姿。だがガジェットの数は一向に減る様子を見せなかった。
『にしても、数が多いな。狙いをつける間に気づかれる……秋葉、やれるか?』
「やってみせます」
足を止め、秋葉は杖を構えた。それまで使用していた汎用デバイスではない杖を、頭上へ掲げる。
「――悠久なる凍土」
蒼氷色のミッド式魔法陣が強く輝きを帯びた。
「凍てつく柩のうちにて、永久の眠りを与えよ――凍てつけ!」
《Eternal Coffin.》
音声トリガーが発動すると同時に、眼下の地上が氷に覆われていく。しかし凍りついたのはガジェットのみで、迎撃部隊の魔導師達には温度変化による寒気を与えただけだった。
《Excellent.》
『……相変わらずだな、お前』
「広域魔法は苦手ですけど」
はにかむように言って、秋葉は手にした杖を胸元へ下した。
「
同時に地上では青磁色の縄と藍白色の檻が、廃ビル群の中でも一際小さいビルの屋上を覆う。
流星の射手は茜色の、鋼鉄の走者は空色の星を。巨大な黒竜が心優しい巫女の声に応え、若き槍騎士はその腕に雷を纏う。
均衡は、崩れ始めていた。
◇
「っ!」
斬撃に弾き飛ばされ、地上へ落下する。腕が重い。魔力の限界が近い。
(やっぱり……ここまでなのかな……)
視界がぼやける。立ちあがることもできないほど、魔力も体も限界を迎えていた。
攻撃の殆どは通らないし、通ったと思ったらそれ以上のカウンターが飛んでくる。時間が経てば経つほど勝機は見えなくなった。
斬撃も、砲撃も通らない。ならばと空間ごと巻き込んでも意味はなくて、防御の上から通るダメージに心が折れる。
(もう無理だよ……勝てっこないよ、こんな……)
立ち上がるのも億劫になる。攻撃は通らない。魔力も体力も底を尽いた。大剣へと変形させたロゼットを握る手に、力が入らない。
逆に鋭敏になった聴覚が、マガジンの回転音を拾う。助けるとかなんとか言っておきながら、何もできない自分に涙が出てくる。
(ごめん、みんな……)
弱くて、守れなくて、助けられなくてごめん。
(零さん……アーウィング執務官……)
絶対帰るって、約束したのに。絶対帰ってこいって言われたのに、それすらも守れなくてごめんなさい。
ぎゅっと目を瞑り、私は最後の瞬間を待った。――待って、いた。
だが待てども待てども、そんな瞬間も痛みもやってこない。恐る恐る目を開けると、虚ろな瞳で立っているフェアの姿が目に入った。
(……フェア、泣いてる……?)
気のせいだろうか――いや、そんなことはなかった。フェアは泣いている。一筋の涙が煌めいていた。同時に彼が手にしている愛機から小さな悲鳴が聞こえる。
(アインザッツ……まさか……)
《Master...Maste...r...Mas...ter...》
初めて聞いた、アインザッツの声。ノイズに混じって聞こえた言葉は、主を呼び戻そうと必死なもの。そのボディが悲鳴を上げているにも関わらず彼は主を呼び続ける。深紅色の宝石が、悲しげに輝いた。
《...buddy.》
その声に答えるように、ロゼットが淡紅色の宝石を弱弱しくも輝かせる。
《We can still fight,You and I.Not finish yet. Is that right?『私もあなたも、まだ戦えます。まだ終われない。そうでしょう?』》
「ロゼット……」
《Please call me,buddy.Please let me keep, an appointment with you.『私を呼んでください。私に、あなたとの約束を守らせてください』》
言いながらも、ロゼットはカートリッジを一発ロードした。まだ彼女は、戦うつもりでいる。フレームだって破損して、限界が近いはずなのに、それでも戦おうとしていた。
《Buddy!》
「……そうだね。私が諦めちゃ、駄目だよね……」
ふらつきながらも、私はフォルム・フィーアを支えに立ちあがる。涙を拭って、残った魔力をかき集めた。罅が入っていたフレームを、修復させる。
「ローゼンクランツ、フルドライブ!」
《Ignition.》
現れた淡紅色の魔法陣が輝く。もう迷わない。使うなら、今しかないんだ。
「……魔力リミッター、フルリリース!」
《Pressure mode,off.》
リンカーコアにかけられていた負荷が、一気に消え去った。一挙手一投足に費やされ、押し込められていた魔力が全開放される。溢れんばかりの魔力が全身を駆け巡った。同時にこれまで押し込めていた分の圧力が肉体を軋ませる。瞬間に訪れた痛みをやり過ごし、傷を治癒させた。
僅かに目を丸くしたフェアが、アインザッツを構え様子を窺っている。虹色の魔力光が辺りを漂っていた。
「行くよ、ロゼット……」
《Stand by ready.Barrier Jacket,Burst form.--Mode "Exelion".》
同時に浮かんだ淡紅色の魔法陣が、その輝きを一層強くする。その中で、私の体は空へと浮かんだ。
「……バーストフォーム……『エクセリオン』!」
光が、弾ける――。