魔法少女リリカルなのはStrikerS もう一人のストライカー 作:藤月沙月
例えば、兵器として生み出されても。
例えば、肉親の死が無意味なものだと蔑まれても。
例えば、誰かのコピーとして生み出されても。
例えば、その力の強大さ故に故郷を追われても。
それは全て、自分たちが望んだことではない。他人に押しつけられたそれらの事実を、その人たちは一生背負い、生きなければいけない。
それでも、その人たちは言っていた。きっかけや、思い一つで変われるのだと。諦めるのではなく、受け入れるのだと。
今も、その人たちは戦っている。理由はもちろん、破壊なんかであるわけがない。
その願いはただ一つ――「悲しい今」を撃ち抜くために。
私がまだ地球に住んでいた頃。ある時期までは魔力素をリンカーコアに取り入れ、自身の魔力に変換することができた。……とはいえ当時は自分が魔法を使えることなんて知る由もなかったのだから、「不思議な夢」を見るしかできなかったけど。
それが一変したのは、4歳の時。春にジュエルシード、冬に闇の書――『闇の書の闇』が海鳴市に現れた年のこと。
春、来年から通う予定の幼稚園を見学した日の夕方。小学校から帰ってきた兄と遊んでいた時――私は急に意識を失った。原因不明の意識喪失。全身をくまなく検査しても見つからない異常。「原因不明の病」を負った私は、入院先の病院で突発性意識喪失という名の発作を繰り返すようになった。
それでも夏から秋にかけては、順調に回復の兆しを見せていた。それまでは寝ても寝足りなかったのに、ある時から急に体中に力が駆け巡るあの感覚を、今でも覚えている。念のため移動には車椅子を使用していたが、自由に動き回れることに喜んだ。
けれど冬――クリスマスイブの夜、私は数ヶ月ぶりの発作を起こすことになる。その翌日、初めての帰宅を許されていたが、もちろん中止。それから1ヶ月に数回発作を起こすようになり、それが理由で小学校も通えなくなった(近所のボランティアや兄が勉強を見てくれたので不自由はしなかったけど)。
それから6年後。ミッドチルダへ移住してから発作を起こすことが無くなって、一ヶ月ほど。私は自分の「異常」と、その結果を知ることになる。
元々の「異常」はジュエルシードや闇の書の闇が現地の魔力素に干渉し、リンカーコアが未成熟な上、体も成長していない私はその影響を十二分に受けたこと。だがそれでも、私のリンカーコアは魔力素を取り入れ、発作を起こしつつも魔力に変換していた。
その結果、私のリンカーコアの魔力素収集速度、魔力変換効率はエース級の魔導師のそれを大幅に上回るものになり、その代償として「魔力過剰供給による処理落ち」という欠点になっていた。
それを解決――というか、今思えば先延ばしにしていただけにも思うが――するために、私と伯父は一つの方法を見つけた。一挙手一投足、動作の一つ一つ全てに魔力を消費させれば不足することはあっても過剰供給は起こらないだろう、と。士官学校を卒業し、機動六課でローゼンクランツを受け取るまでは、伯父手製の制御アイテム(って言っても見た目普通のリストバンドだったけど)で負荷をかけ続けていた。六課での訓練も最初はちょっときつかったけど、問題はなかった。
私にとって、その制御を解くということは文字通り「全力全開」であると同時に、自身を傷つける諸刃の剣であるということ。それは伯父からも、六課隊長陣にも厳しく言われ続けてきた。
けれど、「本当の本当にどうしようもなくなった時」には解除も已む無し、という扱いである。――それがこのフルドライブ『エクセリオンモード』だ。
リンカーコアを全開放し、押さえつけていた魔力を全身に廻らせる。同時に纏っていた防護服は形を変えた。より強く、より速く。
防御に回す魔力を節約し、攻撃と速度に転化させるフォーム。それが今、私が纏うバーストフォームだ。
インナーは上下に分かれ、まるでスバルのそれのように。上着部分は袖を無くし、裾はずっと短く。外装のスカートも短くなるなど、ロングアーチスタイルにあった装甲と呼べる装甲のほとんどを、このフォームでは排除していた。
そして手にしていたロゼットもまた、その姿を変えていた。広域制圧戦を目的に用意されていた大剣・フォルム・フィーアの、もう一つの姿。
細く鋭く、洗練された一振りの刀へと。
《Load cartridge.》
ロゼットがカートリッジを一発、ロードする。そのままフェアと空中で対峙すること数秒。
《《Drive ignition.》》
互いが構える愛機がその機能を全開放させる。それと同時に、私たちは斬り合いを再開した。
◇
「………………」
その頃、秋月静真は自室で塞ぎこんでいた。机には参考書やノートが広がっているが、手を着けた様子はない。その眼はただ、銀色の通信端末を見つめていた。
「……っ、あー、ったく!」
沈黙に耐えること五秒。叫んだ静真は枕に顔を埋める。
「秋葉のやつ着拒しやがって……マジで繋がらねえし……今忙しいのは分かるけどよ……」
それでもメールの送信すら禁止されるとはどういうことだ、と静真は呻く。秋葉も彼方も、深琴も今頃異世界で戦っている。それは分かっている。けれど。
「残された方の身にもなれってんだよ……」
連絡もなく、ただ待つことがどれだけ虚しく、悲しいか。
自分はずっとそうだ。いつも待たされ、残され、置いていかれる。巻き込まないため、と言われてもそれが納得いかない。自分が無力なのを痛感する。
じっとしていることにも飽きて、静真は部屋を出た。その瞬間、彼の耳にすすり泣く様な声が入り込む。
(母さん? また泣いてんのかよ……)
静真の進路に未だ納得していない母は、三者面談以降も部屋に閉じ籠って泣くようになっていた。今も「どうして……」と繰り返して。
けれども、その声の方向は母の部屋ではない。
普通の一戸建てに住む秋月家は、それぞれ自分の部屋を持っている。それでも十分広い家では部屋も余り、客用寝室などに利用されていた。
母の声は二階の奥――いわば物置的扱いの部屋から聞こえてくる。
可能な限り足音を殺し、静真はその部屋の扉に手をかけた。
隙間から見えたのは、物置にしては片付いている部屋。窓に沿うように置かれたベッドに、床に座り込んだ母親は頭を預けている。日が差し込むカーテンも、新品同様のベッドも淡いピンク色。置かれた学習机はどう見ても小学校入学したての子供が使うようなもの。
だが静真は、この部屋のレイアウトに見覚えがあった。そして。
「……深琴……」
泣きじゃくる母は、捨てたはずの妹の名前を確かに呼んでいた。
「……深琴、どうか無事で……」
呟いて、母は顔を上げる。その手には小さな携帯端末が握られていた。
(……そういうことかよ)
そっと部屋の扉を閉めて、静真は自室へ戻る。深琴がミッドチルダへ渡った日に、秋月家はこの海鳴市に引っ越した。父の転勤先が海鳴市だということで。
だが母は実家を――実家の「異常さ」を嫌い、海鳴市から遠い、西の地方で結婚したのだ。
そんな母が父の転勤を理由に実家のある海鳴市に――この家に戻るだろうか。普通はありえない。その理由を、静真は「深琴から離れるため」だと思っていたが……どうやらそうでもないらしい。
母は何らかの手段を用いて、ずっと深琴を見守っていたのだろう。4年前に「産まなきゃよかった」と言ったその唇は、今はただ深琴の無事を祈る言葉だけを紡いでいた。
そして視界の端に捉えた、あの部屋に貼られた写真の数々。その全てに、軍服にも似た制服を纏う深琴が映っていた。
(なんだよ。俺の勘違いかよ……)
自嘲の笑みを浮かべて、静真はへなへなとその場に座り込む。
(深琴、どうか無事でいてくれよ……)
再会後、幾度となく交わしたメールで約束した。必ず一度は地球へ帰ると。その時はまた一緒に、どこかに遊びに行こうと。だから。
その時はかれこれ十年振りの、家族水入らずで食事でもしよう。
沈黙が下りた室内では、秒針が音を立てて進んでいた。
◇
地上での戦闘は、終局を迎え始めていた。
自分の力を恐れていた鋼鉄の走者は「悲しい今」を撃ち抜いて、不利な状況に追い込まれながらも、流星の射手は持ち前の頭脳で戦況を覆す。
若き槍騎士は何度も槍を交えた戦士と共闘し、黒竜の巫女は相対する少女を破壊と絶望から救いだす。
過去に苛まれていた狙撃手は再びその手に銃を取り、傷ついた魔導師は再び蒼氷色の翼を広げる。
――そして、彼らから少し離れた空の下でも、また。
◇
スカリエッティのアジトで、No.1ウーノは淡々と作業を続けていた。だがモニターに表示されていた数値――魔力値が徐々に大きくなっていることに気づいた時には、もう遅い。
「探しましたよ、お嬢さん」
軽やかに呼びかけたヴェロッサを、ウーノは驚愕の表情で見つめる。
「なっ……」
ここに至るまでの道中に配置していたガジェットはすべてあの多脚タイプ。百機以上に及ぶそれを相手にしてきたには到着が速すぎる。
(あの騎士は……)
先ほどまで彼の傍らにいたはずの騎士を、ウーノは探す。
モニターの向こうでは、多脚タイプのガジェットが全機破壊されていた。破壊し尽くし、焼き尽くされたそこには多くの刀が散乱し、そのいずれもがガジェットを貫いていた。術者であるらしい少年は、言葉一つ紡ぐことなく、そこに立ち尽くしている。
そしてその刀はいずれも、実体のない――魔力で構成された模造品であった。
「スカリエッティのもう一つの頭脳。戦闘機人12体の指揮官、No.1ウーノ」
不敵な笑みを浮かべたヴェロッサは、自身の右手を挙げる。
「君の頭の中――ちょいと査察させてもらうよ」
◇
剣戟を重ねること――あれ、何回だろう。少なくとも五十は既に超えている。事前に消耗していた分完全回復したとは言えないし、ベストコンディションではない私の体は悲鳴を上げていた。スタミナ切れとかではない。
露わになった皮膚が裂け、赤い雫が滴り落ちる。フェアの攻撃は捌き切っているし、追いつけなくてもロゼットが防御魔法を自動詠唱・発動させるから問題はない。
魔力の過剰生成による肉体ダメージ。神経が高ぶっている今は痛みも感じないが、きっと全部終わったらシャマル先生に怒られるだろう。怒られるだけで済めばいいけど。
っていうかきっとシャマル先生以外にも怒られる。フェイトさんは今にも泣きそうな顔で、なのはさんは澄ました顔で――それでも苛立った声で「駄目だって言ったのに」と言うに違いない。八神部隊長は「仕方あらへんなあ」と肩を竦めながらもその向こうに般若が降臨するだろう。スバルやエリオ、キャロは心配してくれて、ティアナは「何やってんのよ」と呆れながらもちょこちょこフォローしてくれて。零さんは「だから言っただろー?」と笑顔でスパルタ指導、アーウィング執務官は問答無用で説教からの完全回復まで隔離コンボに違いない。……やばい、笑えない。
《buddy.》
「大丈夫、痛くないよ。……これくらい、全然平気」
だが、治療に必要な魔力を残す気は毛頭なかった。あれを使うタイミングは一度だけ。治療して逃すことに比べたら、後で痛くて怖い思いをする方がマシだ。
だから――。
淡紅色の魔力刃が、ゆうに100以上生成される。それら一つ一つは同色の環状魔法陣を纏っていた。
《Stinger Blade--Execution Shift.》
そして至近距離からフェアに向かったそれは、一斉に爆発する。魔力刃の爆散による濃煙がフェアの視界を阻害した。だがすぐに彼は――聖王としての機能を発動させ、煙の範囲外にいた私を見つけ出す。
だがどれほど短くても、機能発動から私の発見までにロスはあった。一分にも満たない――もしかしたら30秒もなかったかもしれない。
けれど、それで十分だった。
《Restrict Lock.》
「行くよ、ロゼット!」
淡紅色の光の輪が、フェアの動きを完全に拘束する。
構えたロゼットの刀身が展開し、淡紅色の魔力刃へと変わる。同時に辺りの空間一帯の魔力を集束させた。
集束された魔力が、より密度を増していく。それをロゼットに纏い、距離を詰めた。その間も集束された魔力はより鋭く、力強い輝きとなる。
ロゼットの刃は、寸でのところで虹色の盾に防がれた。でも、諦めない。
皮膚が裂け、血が流れる。腕から、足から、胴体から、頭から――それでも私は魔力集束を続けた。
《Load cartridge.》
「いっ……けえぇぇぇぇぇ!」
空間の魔力だけでなく、リンカーコアの魔力をもかき集める。ここまで来て、負けるわけには――諦めるわけにはいかない。ロゼットも同じだったようで、カートリッジをマガジンの残弾全てロードする。
ピシリと音を立てて、盾に罅が入った。同時に限界を迎え始めた肉体は内側から耐えられない痛みを訴えた。内臓にダメージが入ったのか、反射的に少量の血を吐く。
それとほぼ同じタイミングで、盾の向こうから赤い結晶――レリックが姿を現した。ここまで来たんだ、もう後戻りはできない。だから。
片手で攻撃を維持しつつ、柄のマガジンを取り換える。再び両手でロゼットを携えた瞬間、魔力刃が膨れ上がった。
「一閃必倒!」
痛い。苦しい。逃げたい。でも――逃げたくない。
分かり合えないことは辛くて、存在意義を見いだせないことは悲しい。迷うのは嫌だ。真っ直ぐ進みたいと思うのに、私は弱いから、いつだって道を踏み外して迷い込む。
盾が割れ、ロゼットの刃がレリックに触れる。
でも、それでいい。それでいいんだ。
一緒に戦う仲間がいる。頼れる先輩たちがいる。一緒にいて楽しい友達、守りたい家族がいて、帰りたい場所があって。
一人で抱え込まなくていい。悲しい今は壊せなくても、誰かと共有すればいい。
だから、今度は私が誰かの――フェアの支えになる番だ。
「……フェア……」
――全部終わったら、たくさん話をしよう。自分たちの過去のこと、この事件のこと、これからのこと。全部話そう。それから一緒に探そう。進むべき道を、帰るべき場所を。
レリックが罅割れていく。その速度はだんだん速くなった。
「……っ、『桜華一閃』!」
撃ちこんだ魔力により、レリックは音を立てて消滅する。
そしてその次の瞬間、空間一帯は魔力爆発に包まれた。