魔法少女リリカルなのはStrikerS もう一人のストライカー 作:藤月沙月
「うっわー……」
「これはまあ……」
「その、何て言うか……」
「……ぶっちゃけなくても、なあ……?」
「っスねー」
「「…………」」
場所は海上隔離施設。ミッドチルダ海上に設置されたその建物は、年少者や若年者の犯罪者が収監される施設である。牢獄的な意味合いより厚生施設としての性格が強いせいか、面会や差し入れの手続きは非常に簡単だ。また更正プログラムが行われる場所は緑鮮やかな芝生と大樹が植えられている。また収監された人物は全員共通の服装を――白一色の収容服の着用が義務付けられていた。
そして今、一室に集まるのは、『戦闘機人』ナンバーズ。No.6・セインは目を丸くし、No.5・チンクは唇の端を僅かに上げ、苦笑とも微笑とも取れる微妙な表情を浮かべている。彼女達に続いてNo.10・ディエチが首を傾げながら眉を顰め、No.9・ノーヴェはNo.11・ウェンディに話を振った。ウェンディから視線を受けたNo.8・オットーとNo.12・ディードは二人揃って沈黙を守っている。そんな彼女達と少し離れた場所で、地面に肘と膝をついた少年、もとい青年――聖王教会騎士・渡辺零が爆笑していた。ちなみにルーテシアとアギトは面会中。
「ちょ、おま、フェア!? すっげ! マジありえねえよ! パネェ! マジパネェ!」
「うるさい! というより、これを持ってきたのはあんただろ!?」
中心から逃げ出した少年――フェアクレールトはその深紅色の瞳を細め、未だ笑い続ける零を怒鳴りつけた。
纏うのは、黒を基調にしたスーツ。……なのだが、ジャケットやシャツの袖とスラックスの裾には若干を通り越して遥かに余裕があるようだ。
「っていうか何で前日夜に持ってくるの!? 馬鹿なの!? 馬鹿だろ!?」
「仕方ないだろー、俺も色々忙しかったしさー」
「はいはい! 今日のお土産は何っスか!?」
「良くぞ聞いてくれた、ウェンディ! 今日はな……採れたての林檎をふんだんに使ったアップルパイだ喜べ手前ら!」
「いえーい!!」
「い……いえーい……?」
「もう、零ってば……」
零とウェンディの突き抜けたテンションに、フェアクレールトとフェイトを除く全員が訳も分からずに盛り上がっている。やれやれと言わんばかりに肩を竦めて、フェアクレールトはフェイトを見た。
「零から聞いてると思うし、また改めて説明するけど……明日は時空管理局本局で、テストを受けてもらいます」
「能力測定だよね?」
「そう。最初に筆記テストを受けてもらって、その後こちらで選んだ――フェア君と同等くらいの魔導師と、模擬戦形式で戦ってもらうの」
「へえ」
JS事件で収監されたもう一人の魔導師――ルーテシアには、その試験の話は来ていない。そう彼女から聞いていたフェアは、そっと瞳を伏せた。
フェアクレールト・ナハト。プロジェクトFで生み出された人造魔導師だ。その基になった人物は乱立する王たちを制した古代ベルカの王『聖王』の血を僅かに引く傍系の出身で、同じくプロジェクトFで生み出された『聖王』ヴィヴィオとは奇しくも同じ『ゆりかごの制御キー』である。古代ベルカ式の保有者は少なくレアスキル扱いのため、今回の措置が取られたのだろう――そうフェアは推測した。
もちろん、自分の出生などフェアは気にしていない。蟠りはあるが――それでも自分がしたこととその結果は消えないのも事実だ。
それでも未来を信じ、自分を助けようとした少女の姿を思い出し、フェアは静かに微笑む。
「……その人、強い人だといいけど」
そう、呟いて。
◇
「……こんな場所があったとはね」
呟いて、少年・藤月彼方は目を細めた。室内の床には、無数のガラスの破片と薬品、そして人間の脳が撒き散らすかのように放置されていた。その付近には三つのポットがケーブルに繋がっている。
場所は時空管理局本局、その中でもごく一部しか使用できないとされる一室だった。噂では「幽霊となった最高評議会出席者が出る」とか何とか。
「そもそも最高評議会の人の顔、知ってる人いるのかな」
「あの、藤月査察官……そういう問題じゃないと思います……」
「あれ? そうなの?」
平然と純粋な疑問を口にした彼方に、捜索に参加した局員は小さく突っ込みを入れる。
旧暦の時代を生き、時空管理局設立後に一線を退いた三英雄。その最期の姿を目撃した面々は一様に顔を青くしていた。
「気分悪い人、外に出ていいからね。僕に一声かけてからだけど、無理しないで」
言いながらも、彼方は破壊された内、中で最も高い位置に置かれたポットを検分する人物――執務官制服を纏う、ディバイン・アーウィングに近づいた。
「どうです? 凶器とか」
「ざっと見た感じだと刃物……刺突用の武器で破壊された、という感じだな。こう……」
言って、ディバインは右手を斜めに振り下ろす。
「なるほど。脳が傷ついてないのは……この培養液みたいな液体が、文字通り彼らの生命線だったから、ということですね」
コンソールで毎日一定時間に行われていたチェック。自らの命を残し、生かすための培養液から外へと出された脳は抵抗一つなく即死したらしい。
「検死鑑識は驚くだろうね。旧暦の時代を平定した三英雄が、こうして脳だけになってでもしぶとく管理世界の支配を企んでたんだって」
「騎士ゼストが残してくれたデータのお陰だな。場所まで記されていたことは驚いたが」
「後は彼らが関わった件について、データが出てくればいいんですけどね」
「期待はしていない。そもそも局員の誰もが――それこそ伝説の三提督ですら気づかなかったんだ。そこら辺はしっかりしていた、ということだろう」
そう、ディバインは肩を竦める。彼方も微笑んで、「そうですね」と頷いた。
「まあどうせ別にいてもいなくても困らない人たちの集まりですからね。この際ですから悪事は暴きつつ盛大に解体しちゃいましょうか。死人に口なし、とは言いますけど、自分達がしでかした事くらい責任取れって話ですよねー」
「……お前、本当に零の弟なんだな……」
「ええ、そうですよ?」
気楽に鼻歌を歌いながら作業に入ろうとした彼方は、ふと手を止める。鼻歌が止まった。
「そういえば今日って、深琴ちゃんのAAAランク試験ですよね? 行かなくていいんですか?」
何の悪意もない、親切心から生まれたその言葉に、ディバインは動きを止める。周囲で作業をしていた捜査官、査察官達が顔を青くしてあわあわ立ち尽くしていた。
さて、時は少し遡り。――本日早朝、機動六課隊員寮にて。
◇
この時間帯特有の空気は、季節柄もあってか冷気を帯び始めていた。隊舎周辺を一回り、ランニングしてきた私の体は汗だくだから、ちょうどいいくらいだけど。
いよいよ今日は、ランク試験当日。無事終了したら午後からもう半日分の有休で海鳴市に。それ以降は例の完全休暇だ。
本当は今日一旦帰還した後、半日だけ仕事をする予定だったのだが今月のシフト作成時に八神部隊長からそうするよう打診があった。六課に入って初めての半日休暇が潰されたから、と。
「それでは、八神部隊長。秋月深琴、ただいまより本局へ向かいます」
「うん。気をつけてな」
「二人とも、しっかりですよ」
《All right.》
八神部隊長とリイン曹長に見送られ、私とロゼットは時空管理局本局の特別訓練スペースに向かった。六課で使用する訓練シミュレーターと似たようなものを使用しているためか、建造物内とは思えない内装である。
そこは海と、そこに沈没寸前のビル群。海上戦闘空間だった。
(……これは初体験だなあ)
ひとまず待機していると、一枚のモニターが開かれる。そこにはなぜか、フェイト執務官が映っていた。
『本日の試験官は私、フェイト・T・ハラウオンが代理で担当することになりました。緊急ってことだったから、知らせが行ってなかったね。ごめんね』
「いえ。よろしくお願いします」
まあ、仕方ないと言えば仕方ないしね。代理が呼ばれるほどの理由が気になるけど。
『えっと、今回の試験は今までと違って――』
言った傍から、目の前に転送ポートが現れる。その中から現れた人物は、見覚えのあるとかそんなレベルを超越していた。
闇色の髪に、深紅の瞳。華奢で痩躯なその身はその二色を組み合わせた地味めなスーツに包まれていた。
そしてその手に構えるのは、ローゼンクランツと同型のデバイス・アインザッツの待機型。
「フェア……っ!?」
「って、深琴!? え、何で!?」
「こっちの台詞だよ! どういうことですか、フェイトさん!」
レリック事件、そしてJS事件で幾度と刃を交えたアンノウン――フェアクレールト・ナハト。今は海上隔離施設で更生プログラムを受けてる頃じゃ……!?
『簡単に言うと、フェアクレールトの正確な能力確認のためのテストも兼ねてるんだ。二人の戦績は一勝一敗二分け。しかも魔法体系も主体が違うだけで同じ混合ハイブリッド型だから……』
「計測相手にはもってこい、というわけですか」
しかもフェアは六課の隊長たち、そして交戦した零さん、アーウィング執務官から「最低でもニアSランクはある」と言われている。
「決着をつける日が来るなんてね」
「まったくもって予定外だったけどね」
「同感」
『さて、二人とも。そろそろバリアジャケットの着装を』
肩を竦めて、笑いあう。フェイトさんの言葉に従って、私たちは愛機を呼んだ。
「ローゼンクランツ!」
「アインザッツ!」
「「セットアップ!」」
《Stand by ready.--Set up.》
互いの体を、防護服が包み込む。最初から全力全開での戦闘は、今日が初めてだ。
「行くよ、深琴」
「うん。いつでも」
その言葉を合図に、深紅と淡紅がぶつかりあった。
そして戦闘時間は、合計して1時間27分。結果は双方魔力エンプティにつき――引き分け。
◇
「あー……動けないー……」
ごろごろごろ、と私は医務室のベッドで寝返りをうった。
「こっちは全身痛いよ……最後の最後で魔力集束砲は勘弁してほしい」
「やー……だってあれないと私、勝てないしさ」
「結果引き分けじゃん。っていうか最後のあれがなかったら僕が勝ってたし」
不服そうに言うも、フェアの表情は明るい。隣に用意されたベッドで、彼もまた横になっている。
「……この間ね、ギンガが言ってたんだ」
「ギンガさんが?」
「うん。これからのこととか、そのために必要なことを『心を持った命として考えて』って」
事件中に拉致されたギンガさんは、洗脳と改造を施されて私たちと敵対した。今はその治療と並行して、隔離施設のナンバーズ、ルーテシアとアギト、そしてフェアの更生プログラムを担当している。
「それがどうしたの?」
「チンクやディエチ、ルールーと話してたんだけどさ……いいのかなって。あんなことやらかしたのに、こうして許してもらえていいのかなって。他の……ノーヴェやウェンディ、オットーやディードのような後発組と違って、僕たちは最初から関わってたから」
深紅色の瞳が、揺れていた。
「たくさん壊して――殺しはしなかったけど……たくさんの人達を、深琴を怪我させたのに、捜査協力したってだけでいいのかなって」
「でも、怪我で済んだよ? 傷は残るかもだけど、それでも痛みはその一瞬。時間をかければ必ず癒える。……前に八神部隊長が言ってた。確かにしたことの責任は取らなくちゃいけない。でも、みんなにはそうしなくちゃいけない理由があった」
洗脳されてたり、それが間違っていると言えるような正しい教育を受けられなかったり、それを選択できなかったり。そしてその上でちゃんと反省している。自分の欲望にただ従うだけの犯罪者に比べたら、それだけでも考慮されるんじゃないだろうか。
「背筋伸ばして謝って、それらを全部受け止めて。そしてこれからを生きるならそれでいいんだって……少なくとも管理局は、許してくれるよ」
事件終結後から、私も可能な限り彼やルーテシア、アギト、更生組ナンバーズのみんなの罪が少しでも軽くなるよう管理局法を調べ上げた。もちろんそれはあくまでも法律の話であって、局員やそれに準ずる人たちの意識は別だけど(現に闇の書事件の首謀者と言われている八神部隊長は、地上本部ではいたく嫌われていたし)。
それでも六課の隊員や関係者達は、足しげく海上隔離施設に赴いては彼らと分かり合おうとしている。それだけでも、違うんじゃないかな。
「二人とも、入っても大丈夫?」
「あ、はい。どうぞ」
フェイトさんの声がした。シュッと圧縮された空気が排出されると、フェイトさんともう一人――非常に久しぶりに会う人物がそこにいた。
「伯父さん!?」
「少しは落ち着け。馬鹿者」
がばり、と起き上がった私の全身を、筋肉痛が駆け巡る。あまりの痛みに悶絶していると、伯父・秋月英史の呆れた声が降ってきた。この人といいアーウィング執務官といい、人のことを馬鹿馬鹿言い過ぎだ。馬鹿だけどさ。
「で、ひとまず結果なんだが……」
手にしたモニターに視線を落として、伯父は口を開く。
「フェアクレールトはともかく、深琴はギリギリ及第点で合格だ。魔力値はそれぞれSランク以上、それ以外も悪くはない」
だが、と伯父は私を鋭い目で見据えた。
「特にお前はその突撃思考を何とかしろ。集束魔力を刀に乗せるまではよく考えたが、その後の一発を右腕で放ったのは大問題だ」
そう。試験中、私は二度集束砲を放っている。一度目――ロゼットに乗せた『桜華一閃』は逸らされた。二度目、自身の右腕に纏った『剣閃・桜華』は直撃し(超ゼロ距離ということもある)、その反動でお互いK・Oされたけど。
「その点を考慮すれば深琴は不合格なんだが……まあ現時点での魔力値等を考えれば、このままシングルAでいさせるのは非常に危険だ――というのが私とハラオウン執務官の共通見解だ。何か質問は?」
「一度落としてから再試験受けさせればいいんじゃない?」
「そうしたいのはやまやまだが、生憎枠がない」
ですよねー。ちなみに一度落として云々はスバルとティアナがBランク試験に不合格となった際、なのはさんが提示したものだ。
「それと、もうひとつ」
言って、フェイトさんもモニターから視線を上げた。
「速報。ティアナも深琴も――執務官補佐考査、満点合格だって」
◇
「――って聞いたんですけど本当ですか、部隊長!?」
「ほんまやでー」
大急ぎで帰還した私は、報告も兼ねて部隊長室を訪れた。いや、襲撃した、が正しい。
あー、でもなあー。と私は冷静になる。
午後から半日休暇再び、そして翌日からは完全休暇。その間はさすがにアーウィング執務官に会えない。休暇後すぐに連絡を取ることも考えたが、そもそも彼が現在案件を抱えていることも考えられる。
「ま、いざとなったら私が間に入る。深琴は気にせず、休暇を満喫してこなな」
「……はい。それでは、行ってきます」
「行ってらっしゃい」
目的地は第97管理外世界・地球、海鳴市。足取りは、自然と踊っていた。