魔法少女リリカルなのはStrikerS もう一人のストライカー 作:藤月沙月
『深琴』
それは本局を出る少し前。フェイトさんはフェアを隔離施設に送るため先にミッドチルダに戻り、私と伯父はそれぞれの近況――JS事件のこととか、ルーチェの教官資格試験のこととか――話していた。入口が近くなったところで、伯父は私を呼びとめた。
『これから海鳴市に行くんだろう?』
『うん。静真お兄ちゃんと一緒に、兵庫まで』
『そうか』
外泊なので何か言われるかと思ったが、何も言われないまま時間は過ぎる。
『……遥に、よろしくな』
ただ伯父は小さく、そう呟いた。
青い空、白い雲。何一つミッドチルダと変わらないその場所。
転送ポートから出た私は、その風景にしばし見とれた。場所は海鳴市内のとあるマンションの最上階、ルーフバルコニー。所有者は霜月秋葉さん(ちなみにその書類関係は零さん、彼方さんが関わっているとのこと。何それ怖い)だ。
だから彼女の高校の先輩にあたる実兄・秋月静真が我が物顔でいるのはまだ考えられた。その隣に立つ女性は――はっきり言って想定外だったけど。
先ほどまでの感情は、一瞬で弾けた。
目の前の女性は、既に傷だらけの手の甲に爪を立てている。かれこれ会うのは4年振りだ。
「……お母さん……」
唇が震え、上手く声が出せない。足は動かなくて、視界がぼやける。――怖い。また拒絶されるのではないか、あの冷たい視線に晒されるのか――そう思うと、逃げ出したくなった。
だが、その人は。
「……謝っても、もう意味はないのかもしれないけど……」
記憶に残る頃よりずっと老いた――少なくとも精気の欠けた表情で、その人は――秋月遥は笑った。
「深琴、ごめんなさい。元気そうでよかった」
硬直していた私を、抱きしめて。
「ずっと会いたかった……お帰りなさい」
「……っ……」
視界が、涙で歪む。
――帰ってきて、良かったの?
――会いたかったっていうその言葉は、本当?
「……『お母さん』……っ!」
優しい『母』の腕に抱かれて、私は泣いた。
◇
「なんか早朝外出ってテンションあがるよな」
「そう?」
それから、私と兄、母、父は何年ぶりかの「一緒に夕食」を楽しみ、海鳴市の秋月家で一泊。現在は早朝。私は兄のバイクで新幹線の駅に向かっていた。大きな荷物は家に置いていて、背負った小型バッグには母が用意してくれたお弁当が入っている。
休暇二日目、完全休暇一日目。目的地は関西方面、兵庫。私が生まれ、10年間を過ごした場所。とまあ「関西人」である私だが、なぜか関西弁が喋れない。今の私が使用する言語は共通語に関西のイントネーション、表現が奇妙に混ざり合ったもの。これは兄も変わらない。……まあ関西弁だと八神部隊長以外には通じなさそうだからいいけど。
新幹線に飛び乗り、指定された座席を探す。窓際に私が、その隣に兄が座った。鞄からお弁当を取り出し、広げる。
「そういや、秋葉から聞いたぜ。試験二つとも一発合格したって」
おめでとさん、と兄は言う。
「まあ二つとも部隊の皆さんにギリギリまで見てもらってたからね。……お兄ちゃんの試験は2月だっけ」
「おう。学校は仮卒業期間だから休みだし、観光ついでにぎりぎりまでいようかと。案内頼むな」
「うん。ちゃんとお休みもらうね」
今のまま平和な状態が続けば、2月頃には完全に通常勤務に移行できるだろう。それは八神部隊長を始め、六課隊長陣、聖王教会の騎士カリムも言っている。
だが、平和というのはそう長くは続かない。少し前にクロノ提督、ナカジマ三佐とお話する機会があったが、何でも世界単位で大きな事件が起きずに済む平和な一時は、よくて10年程らしい。20年もったら奇跡、50年、100年というのはまず無理だ、とのこと。
確かに数多の世界の歴史をひも解けば、何十年から何百年の間に戦争や天災などがその世界を襲い、多くの犠牲者を出している。その要因は人為的なものもあればそうでないものもあって、その度に人は悲しんで。
そしてようやく復興を果たしたと思えば、長くは続かない――なんて嫌なサイクルだ。
けれど、ナカジマ三佐は言っていた。組織と人間を育てて維持して――後の世代に繋げなければいけないと。自分の子供や孫の世代のためにも、それが今を生きる人間にできることじゃないかって。
◇
「そういえばさ、フェア君ってこれからどうするの? 聖王教会的にも、管理局的にも」
「ん? あー、それなあー」
クリームをこれでもかと塗りつけた、焼きたてのスコーンを齧る。咀嚼しながらそう問いかけた藤月彼方は、向かいに座る八神はやてを見る。一口紅茶を飲んだはやては、数枚のモニターを立ち上げた。
「しばらくは更正組ナンバーズやルーテシア、アギトと一緒に更正プログラムの受講やね。そこでの素行や再教育の状況次第で出所は変わらへんな」
「報告によると素行はそれなりにまともだそうだ。唯一の男子っていうこともあって、ツッコミに磨きがかかっているが」
「それは零のせいだと思うけど?」
「同感です」
「それが妥当だねえ」
はやての答えに補足を入れた零が、カリム、シャッハ、ヴェロッサから総ツッコミを喰らう。唇をへの字に曲げて、零はサンドイッチに手を伸ばした。
「全員監視付だとしても、出てくるには10年もかからないだろ」
「まあね。あれから色んなデータがあがって来たから、情状酌量の余地はあると思うよ」
零の言葉に、ヴェロッサは頷く。フォークを片手に、イチゴのミルフィーユと格闘していた。
「みんな、いい子ですしね」
「そうね」
和やかなお茶会。弾む会話を聞きながら、零はそっと溜息を吐いた。
(問題はあいつらなんだよなあ……どうしたもんか)
◇
『新大阪ー、新大阪ー』
出発から2時間と少しが経った頃、新幹線は目的の駅に到着した。大勢の人でごった返す駅を抜けて、今度は電車に乗り換える。そしてそれから約30分が経過すると、駅前には見慣れない建物ができていた。
「ショッピングモールだよ。できたのは深琴が向こう行ってすぐのはずだから、俺も行った事ねえけど」
結構有名らしいぜ、と兄は続けた。確かに休日ということもあってか開店はまだのはずなのにたくさんの車が近くを走っている。
バスを乗り継いで、公園前で降りた。駅からのバスは本数は多いが、中心から外れたこちらの方面は案外少なかったりする。
「でも、このあたりとか全然変わってねえよなあ」
「そうだねえ」
道沿いに歩きながら、周囲の風景に目を遣る。穏やかな風、あちこちで咲く色とりどりの花。
そのまま公園を横切り、無言で歩くこと数十分。目の前に大きな建物が現れた。私が4歳の頃からほぼ6年間を過ごした、病院である。
「……変わらないね、ここも」
「だな。入るか?」
「止めとく。見てるだけで十分」
私がここを出て、もう4年が経つ。早いものだ。この4年間、いろんなことがあったっけ。
アーウィング執務官と出会って、自分の力を受け入れた。
強くなりたくて、伯父の売り言葉に買い言葉でインターミドルに出場することになって。初めて「勝つこと」の嬉しさと「負けること」の悔しさを知った。
士官学校に入学して、友達ができた。初めて学校というものを知った。
そして機動六課に入隊して、同僚が、大切な仲間ができた。再会したり、新たに出会ったり、とても忙しくてしんどいけど、それでも前を向いていける強さを知った。
八神部隊長。なのはさん。フェイトさん。ヴィータ副隊長。シグナム副隊長。スバルとティアナ、エリオとキャロ、そしてフリードとヴォルテール。リイン曹長にシャマル先生、ザフィーラ。アルト、ルキノ、シャーリー、グリフィス准尉、ヴァイス陸曹。アイナさん。ヴィヴィオ。ギンガさん。ナカジマ三佐。マリーさん。カルタス二尉。クロノ提督。騎士カリム。シスター・シャッハ。アコース査察官。
レオン。ルーチェ。零さん。彼方さん。楓さん、咲夜さん。秋葉さん。アーウィング執務官。ローゼンクランツ。そして――フェア。
ミッドチルダで出会った、大切な人たち。
「……私ね。自分はもっと強いって思ってた」
ただ、大事な人たちを守りたい。大事な人たちが悲しんでほしくない、傷ついてほしくない。だから、自分が悲しいのも、傷つくのも平気だった。それが強さなのだと自分に言い聞かせて。
「でも、私が傷ついたり、悲しんだりして……それを見て誰かが傷つくなんて、思いもしなかったんだ。誰にも心配されることなんかないって、ずっと思ってた」
「んなわけないだろ。俺や母さんだって事件中連絡取れなくて、神経すり減らしてたんだぞ」
「……ごめんなさい」
JS事件中、私もなのはさんやヴィータ副隊長ほどではないけど、それなりの傷を負った。一週間程度の安静でなんとかなったけど――ダメージが内臓にまで到達していたことで、零さんとシャマル先生に非常に怒られた(近くに病院脱走組がいたから、説教のほとんどはそっちだったけど)。
『一歩間違えたら、死んじゃってたかもしれないのよ……!』
涙声でそう訴える、シャマル先生の顔が過る。
ただあの時は、死んでも構わなかった。だって目の前には、自分の意志ではない破壊を強制されたフェアがいて、泣いていたのだから。そして自分の犠牲を厭うことなく主を救おうと呼びかけた、彼の愛機がいたのだから。
『だからって、お前が死んだら意味ないだろうが!』
いつになく鬼気迫る表情で、零さんは言う。
確かに、爆発に巻き込まれた時、秋葉さんとアーウィング執務官が助けに来てくれなかったら、私は確実に死んでいただろう。けれど特別恐怖は覚えなかった。ずっと、心のどこかではそれを望んでいたから。
――いつか死ぬのならいっそ、今この瞬間に。苦しいのも、痛いのも、一瞬で終わるから。
そのはずなのに、私は反射的に祈ってしまった。「生きたい」と。
「私は弱いから、失敗して、同じことを繰り返す。でも……それでもいいって言ってくれる人のために、生きようって思ったの」
それはきっと、機動六課が解散してからもずっと。
「進路、もう決めてるんだろ?」
「うん。……後は、その人とお話しするだけ」
もう守られるだけの私ではないと、認めてほしくて。せめて一歩後ろに立てれるだろうと、評価してほしくて――あの人を困らせてしまった。それは私が悪い。ちゃんと謝らないと。
この場所は、私にとって生と死の境界線。いつ死んでもおかしくない状況で、それでも生き続けた。窓越しに花を見て、日の光を感じ、月の光を浴びた。いつか青い空の下を気兼ねなく歩ける日が来ると信じて。
当時に比べたらどうだ。今の私は生きている。第二の故郷を見つけ、花に触れることも、空の下を飛ぶことだってできる。
だから、もう迷わない。
「……吹っ切れたか?」
「うん。ありがと、お兄ちゃん」
わざわざ付き合わせてごめん、と呟けば「気にすんな」と髪を混ぜ返すように撫でられる。
「帰るか」
「……うん!」
……本当に、ありがとね。お兄ちゃん。
◇
「はい。お待たせしました」
「ありがとうございます」
海鳴市に戻り、荷物を受け取った私は喫茶・翠屋を訪れていた。箱を四箱受け取り、清算する。
「あの、ケーキとコーヒー、とっても美味しかったです。ありがとうございました」
「いいえ、どういたしまして」
「またいつでも遊びに来てくれ」
「はい。ぜひ!」
桃子さんと士郎さんにお店の外まで見送られて、私は秋葉さんのマンションへ向かった。
「あ、お帰りなさい」
「おじゃまします。あ、これどうぞみなさんで」
二度もお邪魔して転送ポートを使わせてもらうのに、土産の一つもないとか失礼だろう。
「あ、いいのに。気にしなくて」
「そうだぞー。こいつ俺の後輩なんだし」
「すいません。馬鹿な兄がいつもご迷惑を」
「いえいえ」
「おいこらぁ!」
漫才のような会話に微笑み、私はそれでも転送ポートを目指す。
「……じゃあな。しっかりやれよ」
「みんなによろしくね」
「はい。それでは」
光が強くなり、弾けて消えた。