魔法少女リリカルなのはStrikerS もう一人のストライカー 作:藤月沙月
第一士官学校講堂に、学校長の長く、ゆったりした話が響き渡る。今日で最後になる(少なくとも一年は着ないだろう)紺色の制服を身に纏った私・秋月深琴は大人しく祝辞を聞いていた。
思えば、これまでの人生で『卒業式』というものに参加したのは初めてで。昔兄から聞いた話では、「すっげえ眠くなる」とのことだったが、今の私は睡魔に打ち勝っている。むしろ睡魔より緊張感が強すぎて、指先が既に紫色に変っていた。
(深琴、大丈夫?)
気遣わしげに視線を向けて、ルーチェが念話で問う。
(顔色悪いよ。っていうか真っ青)
(……血の気が引いてるのが自分でもわかる……)
緊張のあまり、貧血一歩手前の状態だ。いっそこのまま倒れてしまいたいくらい。しかし過去、ある人は言ったそうだ。『時間はいずれ過ぎるが、同時に必ず訪れるものだ』と。
そして、その時は訪れた。
『卒業生代表、挨拶。卒業生代表 秋月深琴』
「……はいっ!」
列を離れ、私は足早に登壇する。落ち着け、大丈夫だから、とルーチェ、そしてレオンが念話をつなぐが、返事する余裕なんかありはしない。そもそも二人も、返事がくるなんて思っていないだろう。
『卒業生代表挨拶。卒業生代表、秋月深琴』
スピーカーに、自分の声が乗った。
『……本日をもちまして、私たち時空管理局第一士官学校61期生は卒業し、それぞれが目指す道へと進み始めます。思えば、あっという間に二年間が過ぎたような気がします』
そう、あっという間だった。試験をパスして、チームを組んで、夢を見つけて。あまりにもあっという間すぎて、卒業するという実感がわかない。
『今日から私たちは時空管理局の一員として働き始めます。管理局員としての心構えと誇りを胸に、平和と市民の安全のための力となるために』
そして同時に、「首席卒業チーム」だからという理由で、なぜ私が代表挨拶をしなくてはならないのか小一時間ほど教官と話し合いたい。
『……最後になりましたが、教官、そして両親、お集まりいただいた来賓の皆さま。まだまだ若輩者ですが、これからも変わらぬご指導、ご鞭撻の程よろしくお願いします』
拍手が響く。降壇して、列に戻って、ようやく息を吐くことができた。同期のみんなが「お疲れ」と念話を繋げてくれる。ああとっとと終わってほしい。ほんとに倒れそうだ。
◇
まあ無事に式は終わり、時間は過ぎ、新暦75年4月。遺失物対策部隊機動六課隊舎。陸士部隊の制服に身を包んだ隊員とバックヤード陣(といっても全員ではないらしい)が整列して、その時を待っていた。
「機動六課課長、そして、この本部隊舎の総部隊長、八神はやてです」
八神二佐が登壇し、集まった面々を見渡す。
「平和と法の守護者、時空管理局の部隊として事件に立ち向かい、人々を守っていくことが、私たちの使命であり成すべきことです。――実績と実力に溢れた指揮官陣。若く可能性に溢れたフォワード陣。それぞれ優れた専門技術の持ち主の、メカニックやバックヤードスタッフ。全員が一丸となって、事件に立ち向かっていけると信じています。……まぁ、長い挨拶は嫌われるんで、以上ここまで。機動六課課長及び部隊長、八神はやてでした!」
全員からの拍手を受け、八神二佐は微笑んだ。
「そういえば、お互いの自己紹介はもう済んだ?」
なのはさんが半ば振り返って、後ろを歩く私たち六課フォワード(見習い)に問う。
「え、えっと……」
「名前と、経験やスキルの確認はしました」
「あと部隊分けと、コールサインもです」
返事に詰まったショートカットの少女――スバル・ナカジマ二等陸士に代わって、ツインテールの少女――ティアナ・ランスター二等陸士と赤毛の少年――エリオ・モンディアルが答える。
「そう。……じゃあ訓練に入りたいんだけど、いいかな?」
「「はい!」」
姿勢を正し、私たち五人は声をそろえた。
所変わって、機動六課陸戦訓練場付近。フォワード陣はいったん解散し、それぞれ訓練用ジャージに着替えて訓練場に集合することになった。私も白シャツとズボンに着替え、腰のベルトに返却された自作デバイスを戻す。
「珍しい形ね」
「そう、でしょうか?」
「うん。自作?」
「はい。一応……」
言って、スバルとティアナは私のデバイスを見つめた。かくいう二人のデバイスだって珍しい形だ。スバルは拳型、ティアナは拳銃型。ポジション的にもスバルはフロントアタッカー、ティアナはセンターガードか。ちなみにエリオは槍型、キャロはグローブ型のデバイスだ。
「今返したデバイスにはデータ記録用のチップが入っているから、ちょっとだけ大切に扱ってね。それと、メカニックのシャーリーから一言」
なのはさんから話を振られたメカニック、ロングアーチ所属のシャリオ・フィニーノが口を開いた。
「えー、メカニックデザイナー兼機動六課通信主任の、シャリオ・フィニーノ一等陸士です。みんなは『シャーリー』って呼ぶので、よかったらそう呼んでね」
ちなみにロングアーチ所属である私にとって、同僚であると同時に先輩でありある種上司でもある(あくまでも直属は八神部隊長だ)。
「みんなのデバイスを改良したり、調整したりもするので時々訓練を見せてもらったりします。あ、デバイスについての相談があったら遠慮なく言ってね」
「「はい!」」
「……じゃあ、早速訓練に入ろうか」
なのはさんは言うものの、はっきり言ってこの場所に訓練できるようなスペースはない。目の前には海が広がっている。
「は、はい……」
「でも、ここで、ですか?」
スバルとティアナの問いに、なのはさんは不敵な笑みを浮かべ、シャーリーを呼んだ。呼ばれた本人は右手を挙げて笑っている。そして右手を振り、九種類の空間モニターを開いた。
「機動六課自慢の訓練スペース。なのはさん完全監修の、陸戦用空間シミュレーター。――ステージ・セット!」
その細い指が、スイッチを押した。同時に目の前の海に、ビルの山が現れる。その光景は、Aランク試験会場にも似ていた。
◇
「ヴィータ、ここにいたのか」
「シグナム」
桃色のポニーテールを揺らし、ライトニング分隊副隊長のシグナムが言った。その隣にはスターズ分隊副隊長のヴィータが立っている。
「新人たちは早速やっているようだな」
「ああ」
二人の視線の先で、新人魔導師の五人がそれぞれ互いの状況を確認していた。フロントアタッカーのスバルとガードウィングのエリオ。センターガードのティアナとフルバックのキャロ。
そして唯一の『ポジションフリー』であるが故に、一人で黙々とデバイスの状況を確認する深琴。
「お前は参加しないのか?」
「五人とも、まだよちよち歩きのひよっこだ。あたしが教導を手伝うのはもっと先だな」
「そうか」
「……それに、自分の訓練もしたいしさ」
言って、ヴィータの瞳が僅かに陰った。しかしそれは次の瞬間には強い輝きへと変わる。
「同じ分隊だからな。あたしは空で、なのはを守ってやんなきゃいけねえ」
「……頼むぞ」
「ああ。……そういえばシャマルは?」
家族であり共に戦う『湖の騎士』の姿が見えないことを疑問に思い、ヴィータが問う。そんな彼女にシグナムはただ一言だけを告げた。
「自分の城だ」
「んー! 良い設備」
一方その頃、湖の騎士・シャマルは、シグナムに「自分の城」と評された機動六課医務室でその瞳を輝かせていた。
「これなら検査も処置も、かなりしっかりできるわね」
「本局医療施設からの払い下げ品ですが、実用にはまだまだ十分ですよ!」
「みんなの治療や検査。おねがいしますね、シャマル先生」
「はーい!」
機器の調整をしながら言ったルキノ・リリエとアルト・クラエッタに、シャマルは笑顔で答えた。
◇
『よし、と。みんな、聞こえる?』
「「はい!」」
陸戦訓練場の、とあるスペース。なのはさんとシャーリーは既に別の場所に移動していた。
『じゃあ、早速ターゲットを出していこうか。まずは軽く10体から』
『動作レベルC、攻撃精度Dってとこですかね』
『うん』
何が出てくるのだろう。無意識のうちに私はデバイスに手を伸ばし、体の重心を低くしていた。
なのはさんの声が響く。
『私たちの仕事は、捜索指定ロストロギアの保守管理。その目的のために私たちが戦うことになる相手は……これ!』
地面に、複数のミッドチルダ魔法陣が現れる。輝きを増した魔法陣から、カプセルを大きくしたような機械が10機、現れた。
『自律行動型の魔導機械。これは近づくと攻撃してくるタイプね。攻撃も結構鋭いよ』
シャーリーが軽く説明する。
『では、第一回模擬戦訓練。ミッション目的、逃走するターゲット10体を破壊または捕獲。15分以内』
「「はい!」」
『それでは』
『ミッション、スタート!』
なのはさんとシャーリーの声が響くと同時に、ターゲットは全機、逃走を開始した。
「うおぉぉぉぉぉぉぉ!」
逃走する4機のターゲットをスバルは追跡し、跳躍すると同時に拳に纏わせた魔力を一気に放出する。
しかし、いとも容易く避けられた。
「何これ、動き早っ!?」
その視線の先では、エリオがターゲットの攻撃を回避しながら壁を跳躍し、接近しているところだった。槍を振り魔力を放出するも、その攻撃もまた外れる。
「駄目だ……ふわふわ避けられて、当たらない……」
「前衛二人、分散しすぎ! ちょっとは後ろのこと考えて!」
『あ、はい!』
『ごめん!』
ティアナの声が飛ぶと同時に、眼下の地上ではターゲット10機が合流して逃走を続けていた。
「ちびっ子、威力強化お願い」
「はい。――ケリュケイオン!」
《Boost up. Ballet power.》
威力強化を受けたティアナが放ったオレンジ色の弾丸は、ターゲットに届く前に、消えた。
「バリア!?」
「……違います。フィールド系!?」
『魔力が消された!?』
『そう。ガジェット・ドローンにはちょっと厄介な性質があるの。攻撃魔力をかき消す、アンチマギリンクフィールド。通称AMF。普通の射撃は通じないし……それにAMFを全開にされると、飛翔や足場作り、移動系魔法の発動も困難になる……スバル、大丈夫?』
どうやらスバルが追跡に失敗したらしい。状況確認のため開きっぱなしにしていた回線から、ガラスの割れる音がしたから、窓に突っ込んだようだ。怪我はなさそうだけど……。
『まぁ、訓練場では皆のデバイスにちょっと細工をして擬似的に再現してるだけなんだけどね。でも、現物からデータをとってるし、かなり本物に近いよー』
『対抗する方法はいくつかあるよ。どうすればいいか、すばやく考えて、すばやく動いて!』
なのはさんの言葉を聞いて、私は先日のAランク試験を思い出す。あの時用意されたオートスフィアも似たような機能が搭載されていた。あの時は何の用意もしてなかったけど、今回は違う。今日までに、一応の対抗策は編み出している。今頃四人とも、手近のターゲットを叩いている頃合だろう。
分散したターゲットが2機、こちらへ向かってきた。デバイスを構えて、私はティアナへ通信を繋ぐ。
「こちらロングアーチ04。ターゲットの迎撃に移ります」
『了解。確実にお願いできる?』
「了解しました」
私が立っている場所は、ビルとビルを繋ぐ橋の上。スバル達四人からは離れているのは、設定された「最終ライン」がここから数メートル後方だから。ティアナの言葉は意地悪でも皮肉でもなんでもなく、ここを突破されると、ミッション失敗という単純な話。そんな場所に私を配置したのは、他のフォワード陣より魔導師ランクが上であること、そして私のポジションと経歴に由来する。
「ロードカートリッジ……!」
カートリッジを二発ロードして、銃口の先に魔力弾を生成した。淡紅色のそれを、同色の膜が包み込む。合計三発の多重弾殻弾をそれぞればらばらに誘導し、ターゲット二機の進路を妨害した。軌道も速度も甘いから命中しない。けれど、それでいい。あくまでもこの魔法は、一時凌ぎなのだから。
(――魔力が消されて通らないなら、『発生した効果』をぶつければいい)
そしてカートリッジを三発ロードすると同時に、淡紅色のベルカ式魔法陣が浮かぶ。それはターゲットよりも前に。そこに踏み入れた1機の動きが鈍くなった。周辺の水分が凍結し、ターゲットを包み込む。氷の足枷が、ターゲットの動きを止めた。
「っ……!」
残るはあと一機。跳躍して逃げ惑うターゲットの頭上に飛び降りる。そして右手のデバイスでターゲットを切りつけた。実体刃を噛むように、AMFが発動する。同時に後方から多重弾殻弾の中身がAMFを突破した。
左手で握ったデバイスの銃口に、魔力スフィアが形成される。
「ディバイン……っ……バスター!」
引き金を引き、淡紅色の魔力砲がガジェットを貫いた。
◇
淡紅色の爆発が起こった。
「うっそぉ!?」
「んー、また無茶するなあ……発生効果で足止め、はいいんだけど」
モニターの向こうには無傷の深琴と氷の檻に囚われたガジェットドローン、そして無残にも破壊されたもう1機の姿があった。
多重弾殻射撃は本来AAランクのスキル。それをカートリッジ二発で三発も生成し、短時間とはいえ全弾誘導状態を維持するなんて、まず難しい。
「でもあの子、先天資質はもってないはずですよね?」
「うん。まあ士官学校で温度変化魔法は習ってるはずだから、可能といえば可能なんだけどね」
「……まあ新人の中で唯一の空戦A+ランクですしね。よく引き抜けましたね」
「オフィス勤務はロングアーチだから、面倒見てあげてね。シャーリー?」
「もちろんです!」
だが、先日のAランク試験から一ヶ月も経っていない。その短期間で資質のない、それも凍結系の魔法を習得する魔導師なんて聞いたことがない。似たような事例にクロノ・ハラウオンがいるが、彼が闇の書事件で広域凍結魔法を使用した際は、彼が長年培った魔力変換・温度変化技能と氷結技能に特化させたデバイスがあったからだ。彼女が度を越した努力家なのか、『ポジションフリー』故のプライドか。
(無理をする傾向があるから心配だけど……)
内心で呟き、なのはは通信待機中のモニターに指を伸ばした。
◇
訓練は一日中続き、空はすっかり暗くなっていた。
(想像以上に疲れた……)
シャワーを浴び、自室のベッドに倒れ込むと途端に睡魔が襲ってきた。動き回ってくたくたで、空腹のはずなのにまったく感じられない。
(……でも、ちょっと楽しかったかな)
絶対嘘だ、化けものかと友人には言われそうだけど。目標があれば、ある程度の辛いことは乗り越えられる。少なくとも何もないのにただ痛くて、辛かったあの頃に比べたら。
夢を見ていた。空港火災の後、伯父夫婦から魔法を教わり始めた日の夢を。
私の魔法術式――『特殊型の近代ベルカ式ミッドチルダ混合ハイブリッド』を活かすための戦い方と、魔法の数々。それと平行して飛行魔法の練習と、『剣閃』と呼ばれる格闘技法の修得。
そして夢の風景は三年前――インターミドル・チャンピオンシップのそれへと姿を変える。歓声を受けてフィールドに立つ私は、三年前の自分そのままだった。
(……また、世界代表戦か)
何の因果か初出場ながらストレートに世界代表にまで選ばれた、当時の私。しかし初の世界戦であっという間に敗退している。戦績は世界代表10位。
そもそもの原因は、進学先で伯父と揉めたことだった。
当時、私が希望していたのは航空武装隊。一方伯父は士官学校への進学を希望していた。あくまで「預かっている姪っ子」を、危険な部署に行かせられるかと伯父は繰り返していた。私を預かったのは、魔法に関してちゃんとした指導をするためだと。
当然揉めに揉めた結果、「インターミドルで世界代表に入れたら、航空武装隊へ行ってもいい」という今思えば非常に無茶な結論に落ち着いた。インターミドルの出場者は全員魔導師であり、管理局やその関係機関に所属していない。その中で上位の成績で勝ち残れなければ、本局直属の航空武装隊に合格しても続かないだろう――と伯父が考えていたことを、伯母が教えてくれた。
結果は条件は満たしたものの、日々のオーバーワークで体を壊した私は半年の治療の後士官学校へ進学し、以降のインターミドルも欠場した。
だが、ふと思う。何故伯父が私に対して過剰に反応するのだろうかと。
(父さんと母さんが、私のことを気にかけるはず無いのに……)
それを、伯父は誰よりも知っているはずだ。
目を開けると、暗闇に包まれた寮の自室。寝返りをうって、私はきつく目を閉じた。これ以上両親のことを思い出さないように。脳裏に過ぎる家族の姿をかき消して。
――ほら。少し耐えさえすれば、何も悲しいことなんて無いのだから。そう言い聞かせた。