魔法少女リリカルなのはStrikerS もう一人のストライカー 作:藤月沙月
ミッドチルダ西部、エルセア地方。ポートフォール・メモリアルガーデンを、赤毛の少女は歩いていた。纏うのは、黒を基調にした異世界の制服。足取りに迷いは無く、19号第5区画16番地へ向かっている。
「ここに来るのも、6年振りか……」
以前は、コンビパートナーだったティーダ・ランスターに連れられて。だが当時、16番地へ向かったのは彼とその妹――ティアナ・ランスターだけ。少女・霜月秋葉本人は19号第5区画の入り口で二人を待っていた。
目的の墓には、既に先客が花を置いている。
秋葉もそれに倣い、手を合わせた。
「ティーダとティアナのお父さん、お母さん……初めまして、霜月秋葉です。そして……久しぶり、ティーダ」
袖で涙を拭い、秋葉は続ける。
「……6年前の事件だけどね、色んな証拠が出てきたって。あなたを無能呼ばわりした奴は謝罪したよ。航空隊のみんなは最初からそんなこと思ってなかったから、それで充分かなって」
謝罪といっても、別に会見を開いてとか盛大なものではない。彼の当時のコンビパートナーである秋葉に謝罪のメッセージが届いただけだ。その場に居合わせた某騎士の双子の弟はいい笑顔で「埃の叩き甲斐がありそうだねあはははは」と怖い笑顔を浮かべていたが。
「それとティアナの進路だけど……この間、執務官補佐考査に満点合格したんだって。フェイト・ハラオウン執務官の二人目の補佐官として、執務官目指して頑張るって張り切ってた」
そしてエースオブエースが集束系魔法を教える予定だと話しているのを聞いて、俄然やる気である。
「それから……私もね、来年から首都航空隊に復帰することが決まったよ。機動六課のシグナム二尉が推薦してくれたの。リハビリもすごい順調だし、やっぱり凍結系は珍しいから」
本来復帰はもう少し先の予定だったが、意外にもリハビリが順調に進んでいるため4月から部隊復帰・任務活動が可能だと診断を受けた。もちろん最初から高難度な任務は無理だろうが……後方支援は秋葉の十八番でもある。
「一緒に空を飛べないのは残念だし、約束を守れなかったのは悔しいけど……私とティアナ、二人とも見守っててね」
立ち上がり、秋葉は「また来るね」と満面の笑顔で言った。
◇
「……ここ、だよね……」
私・秋月深琴は手にしたロゼットに表示される地図データと現場の状況を照らし合わせる。地球・海鳴市から戻ってきて早一時間。
場所はミッドチルダ首都クラナガン、地上本部すら徒歩圏内にある超高層マンションの入り口。もう片方の手に提げた翠屋の箱を揺らさないよう気をつけながらも、私はふと呟いてしまった。
「……飛んだ方が早くない?」
《I think so,buddy.》
市街地飛行許可貰ってないけどさ。赤縁の伊達眼鏡越しでインターホン用のコンソールとオートロック解除用の鍵穴を見る。しかもインターホンはこちらの顔が見れるようにカメラが取り付けられていた。安全第一だよねえ、と納得した私は改めて服装を確認する。
肩が出た、大きな赤のリボンがついたニットトップスに白のブラウス。スカートはチェーンのついた黒のフレアミニスカート。露わになる足はアーガイル模様のタイツで覆われ、足元は黒のスニーカー。
(……いくら休暇だからって、この格好はまずいんじゃあ……)
先方も休暇――とは協力者から聞いた話で――なので間違ってはいない、のかなあ。
でもなあ、と考えながらインターホンに指を伸ばし、部屋番号を押す。協力者は話を通していると聞いたけど、あの人のことだ。ちょっとばかし信用できない。
もし間違ってたらピンポンダッシュをも辞さない覚悟で謝罪してから逃げ出そう。そんなよくわからない覚悟を決めて、私は呼び出しボタンを押した。
ピーンポーンと呼び出し音が響く。あ、この音はどこの世界でも共通なんだ。そんなことを考える。そして待つことなくガチャッ、と通話が繋がる。
お久しぶりです、とかそんな言葉より前に、ある言葉が口を衝く。
「き……」
『き?』
「……来ちゃった?」
沈黙が流れた。当然、先方――ディバイン・アーウィング執務官だって返事に困るだろう。そしてそれをやってのけた私自身、恥ずかしい。何でこうウケ狙いに走っちゃうかな!?
穴があったら入りたい。いっそ埋めてほしい。っていうかもういっそ私を殺してええええええ!
◇
時は、少し前に遡る。場所はミッドチルダ首都クラナガン、地上本部すら徒歩圏内にある超高層マンションの一室で、ディバイン・アーウィングはしばらくなかった休暇を過ごしていた。
とはいえ普段は管理局本局の寮に滞在する彼がすることと言えば、部屋の掃除や資料整理くらいしかない。そして今日もまた、掃除を早々に片付けた彼は空間モニターを開いていた。
そこに映るのはジェイル・スカリエッティと彼が作り出した戦闘機人、そして協力者であるルーテシア・アルピーノとアギト、フェアクレールト・ナハト。その中から隔離施設に入った9人のデータを呼び出していた。
(……どうしたものか……)
未遂とはいえ、大規模テロリズムの実行犯とその幇助犯。その他殺人未遂などの余罪をすべて追及しては彼らが生きているうちに外の世界に出られる筈がない。そしてこれは本来彼が受け持つ案件でもないから、彼が頭を抱える必要はなかったりする。
だが。
『これまでのこととかたくさん話して、一緒に「これから」を探すって約束しましたから』
そう言った機動六課のフォワード陣――秋月深琴の顔が過った。そして現在、彼女は自分がもつ人脈――それもディバインを始めた知り合いではなく――時空管理局第一士官学校61期生達にかけ合っている。その現実が、非常に腹立たしい。
『深琴はもう自分の足で立っている。前に進むことが出来る。何よりその意思を持っている。それを潰してでも、お前はあいつを守ると言うのか?』
それは『守る』ということではない。そう頭では分かっていても、心が否定する。守りたいと――一人は嫌だと、幼い頃の記憶が蘇る。
時空管理局の一佐だった父と、魔導研究に従事していた母。厳しかった二人の笑顔が見たくて、自分は執務官を志した。だが父は輸送中だったロストロギアと運命を共にし、次元の海に消えた。研究所に篭って研究を続けていた母は、彼を追うように事故で亡くなる。
――執務官資格を取得し、現場で働くようになれば。誰か一人でも救えるのではないか。誰かの命を守れるのではないか……その考えは甘く、自分の手から零れ落ちる命の数が圧倒的に多かった。理解ある友人達を得ても、それは変わらなかった。
それでも、深琴だけは違う。その命を守ろうとすることは間違ってはいないはずだ。
けれど彼女は変わっていく。守られるだけの彼女ではいられない。ならば自分は、どうすればいい?
そこまで考えたディバインの耳に、メッセージ受信時独特のメロディが入った。
『おいっすー』
聖王教会を背景に、渡辺零が映っていた。
「……何の用だ」
『時間もなさそうだから単刀直入に行くぞ。今深琴がそっちに行ってるんだわ』
「……は?」
『ほら、秋月家、クラナガンに引っ越したって言ってたし』
「ちょっと待て。あいつは今休暇中じゃ……」
インターホンが鳴る。もしやと思い出ると、モニターに見覚えのある顔が映っていた。目深に被った黒いハンチング帽に赤縁の眼鏡という変装をしているが、――誰でもない、秋月深琴の姿が。
『き……』
「き?」
『……来ちゃった?』
乾いた声と、爆笑が響き渡った。
◇
「もう殺してください……いっそ飛び降りていいですか?」
『いやー、しかし「来ちゃった♪」をマジでやるなんて、お前ほんとに関西人なんだな。くっそ、めっちゃ笑った』
自己嫌悪に陥っている私と、モニター越しにげらげらと笑い続ける零さん。
「ほんとにいるとは思わなかったんですもん!」
『おいおい、俺はちゃんと言ったぞ? 今日はこいつも休暇で、クラナガンの自宅にいるって』
「零さんの言うことは、ことアーウィング執務官に関しては8割が冗談だって秋葉さんと彼方さんが言ってましたー」
『ああ、否定はしない。あ、土産届いた。サンキューな』
「いや、少しはしてくださいよ。そのドヤ顔やめてください。『自分の口と舌とを守る者は、自分自身を守って苦しみに遭わない。』って言うらしいですから。いえいえ、お気になさらず」
『今度は聖書か。お前の引き出しってどうなってんだ? メロンパン入れ? にしてもこのシュークリームマジ旨いわー。俺転職して翠屋にアルバイトで潜り込むわ』
「関西人としての嗜みです。おすすめだったんで買ってみました。先方の迷惑になると思うので実行しないでくださいね」
『いや、それ絶対方向性間違ってるだろ。つかお前って何気にそういうの得意だよな』
噛み合っているようで噛み合っていない会話が、部屋に響いては消える。そのやり取りに満足したのか、零さんは『そろそろ切るわ。じゃあなー』と何の躊躇いもなく通信を切った。
一先ず勧められるままにソファに座り、口を開く。
「あの……すいません。休暇中に押しかけてしまって」
「いや。ちょうどやることも無かったしな」
テーブルに置かれたコーヒーが湯気を立てる。流れた沈黙を、アーウィング執務官が破った。
「……そういえば、俺が執務官になった理由……話したか?」
「いえ。……あ、でも……」
彼の口から直接聞いたことは無い。だが前に一度だけ――フェイトさんが少しだけ話してくれた。『大事な人を亡くしたから、今度は守るために』と。
そう告げると、執務官は苦笑を浮かべながらも話し始めた。自分が執務官を志した理由と、家族のこと。
管理局でも名高く、強かった父親と、魔導研究(カートリッジシステムの研究だったらしい)にのめり込んでいた母親――厳しかったことしか記憶に無い二人の笑顔が見たくて、管理局入りを……それも難関とされる執務官を志した彼。
だが父親は輸送中のロストロギアの暴発事故に巻き込まれて次元の海に消え、母親は逃避のためより研究に没頭し……事故で亡くなった。残された子供は、当時7歳。彼もまた二人の死から逃避するように勉強と訓練に明け暮れ、2年後無事に執務官資格を取得した。
「当時は巻き込まれた人を助けられる、守れると意味も無く信じていたな。結果はこの有様だ。……この10年間、たった一人の命しか救えなかった」
凶悪事件をメインに担当するということは、必然的に任務の危険度は高い。今回のようなテロとかが一つの例だ――故に執務官の殆どはこの類の事件を忌避し、補佐官が滅多に付かないという状況だったりする。この辺りは人事部の頭痛の種らしく、私とティアナが二人揃って執務官補佐試験を満点合格したというニュースは彼らを沸かせた……らしい。
それでも彼は、担当を替えることは無かった。例え一人であっても事件を担当し解決する――毎日神経をすり減らして。
あの日……4年前、彼は事件後の休暇でこの家に戻っていた。溜まった疲労とすり減らした神経では何も出来ず、ただぼーっとしていたらしい。
そんな中発生したのは、ミッドチルダ北部臨海第八空港の大規模火災。救助に参加し、搭乗口で被災した私を救助した。後悔とかは無く、その時は純粋に「私が生きていたこと」、「それを自分が助けることができた」と喜んでいたらしい。
けれどそれからインターミドル、士官学校入学、Aランク試験、そして機動六課に配属となり、自分の行動が間違っていたのではないかと考えたそうだ。
「……おりゃっ」
語り続ける執務官の隣に移動し、彼の額を弾く。もちろんちゃんと威力は調整済みだ……いい音が響いたから不安になるけど。昨日兄とゲーム中にこれやって本気で泣かせてしまったから……反省。
「色々言いたいこともありますが、まずこれだけは言っておきます。あの時助けてもらったこと……それからかけてくれた言葉、私はとても嬉しかったです。血を分けた両親にも認めてもらえなかったのに、赤の他人は認めてくれたし、褒めてくれた。そんなこと、記憶にある限り初めてでした……伯父はそんなタイプじゃないんで」
あの言葉があったから、私は前を向けた。この人のように強くなりたいと、誰かを守れる自分になりたいと願った。……あの言葉が、あの温もりが無かったら今の私は存在しない。
だから、それが間違っていたなんて言わないで欲しい。
そっと、執務官の手を取って私の胸元へ誘導する。心臓はいつも通り鼓動を刻んで、その動きを伝えていた。
――ほら、私は生きているよ。危ないこともあったけど、ちゃんと乗り越えてここにいる。だから、そんな悲しい顔をしないで。
「繋いでもらった命と、大事な人達から受け継いで、育ててもらったこの力……それを憎んだことなんか、あの日からは一度も無いんです。そこだけは、何があっても変えるつもりはありません」
手を放して、私は満面の笑みを浮かべた。
「けれど私は弱くて、一度は道を間違えてしまうから……傍で、見守っていてください」
「……っ」
腕を引かれ、強く抱きしめられる。背中に回された腕と、押し殺す涙声。その背中にそっと腕を伸ばす。そういえば今まで誰かを面と向かって抱きしめたことが無い。力加減に気を使いながらも、肩越しに彼を見る。
この力は、破壊のためではない。守るための、救うための力。私の力もそうなのだと、機動六課に配属になってようやく分かった。それだけは絶対忘れないし、間違えない。一人では出来なくても、二人でならきっと出来る。スバルとティアナ、エリオとキャロ――仲間がそう教えてくれたから。
止まない雨はない。晴れない霧はない。いつかは晴れ間が見えるはずだ。そうなれば、どこまでだって羽ばたける。
(……ありがとう、みんな)