魔法少女リリカルなのはStrikerS もう一人のストライカー 作:藤月沙月
――ティアナがミッドチルダを訪れる半日前。第5管理世界《アリエル》の北部にある古代ベルカの遺跡群は夜の帳に包まれていた。発掘作業に従事する作業員のために照らされた明かりが、煌々と輝いている。
そんな遺跡群から少し離れた森の中。人気のないその場所から、銃声とそれを弾く音が響く。
「……邪魔を、しないでください」
体の線に沿うようなボディスーツを纏い、バイザーをした女性が、機械じみた声で告げた。相対する私――秋月深琴は防護服とデバイスを展開し、後方で怯える男をバリアで包み込む。
「生憎、目の前で脅迫する銃刀法違反者を見逃すほど、お花畑な頭はしてないの。彼に何の用があるのかは知らないけど……」
言って、私は男を見遣った。中肉中背、どこにでもいそうな姿の男は私と上司が追っていた、最近ここで連続する法定保護遺跡の盗掘とロストロギアの違法転売容疑がかけられている。
「然るべき法によって、彼は裁かれる。聞きたいことがあるというのなら、定められた手続きをしてからお願いしたいのだけど」
「それでは困ります。私たちは知りたいだけなのですから」
「ならその銃を下ろして」
「それはできません。この男は、かの王の墓標に捧げられるのですから」
「王、ね……」
どうやらあちらは何かを探していて、それは彼女たちに非常に深く関わる問題らしい。それを知るのはおそらくこの男で、例え知っても知らなくてもいずれは殺す――それは彼女たちの意思か、それとも「かの王」とやらの命令かは分からない。
「王というのは、もしかしなくても古代ベルカ時代の王様のこと?」
「ええ。我らを生み出し、我らを統べ、進軍する王です」
「……聖王、ではないね。聖王にそんな機能ないはずだし」
そもそも聖王は「ゆりかご」を所持し、その機能を発動させる鍵なのだから。他の機能があるはずはないけれど。
「あなたは、イクスの在り処を知っている」
「し、知らない! そんなもの、知らない!」
「……では、在り処を知る者は?」
女性の冷たい声に、男は首を振る。「そうですか」と頷いた女性は、その左腕を破裂させ刀へと変形させた。私のデバイス――ローゼンクランツが反応して、左をサードモードの拳銃、右を基本形態のショートソードへ変形させる。
「ならば、あなたもイクスの墓標の元へ……」
そう呟いて、女性は斬りかかった。真正面から右手一本で受け止めて、魔力を纏わせた左足で蹴り込む。僅かにへこんだ腹部に手を当てた女性が一歩後ろへ下がると同時にスタン設定の魔力弾を6発打ち込んだ。宙に浮いた女性の体が着地する寸前に、淡紅色の鎖で縛り上げる。やりすぎの感は否めないが、まだ彼女は本気を出していないことは明白だった。本気を出される前に捕らえなければ、こちらが危険だ。
「なるほど……あなたは稀に見る、優秀な騎士ですね」
「武装を解除して投降しなさい。抵抗さえしなければ、あなたにも弁護の機会が与えられます」
女性の褒め言葉に返事をすることなく、私はこの三年間で何度も繰り返した言葉を威圧的に紡ぐ。女性はバインドから逃れようとしていたが、数分もしないうちに抵抗を止めた。
「――ですが、マリアージュが虜囚の辱めを受けることはありません」
ぞっとするような冷たい声を響かせて、女性――マリアージュはその体を破裂させる。両手足、胴体からあふれ出たのは血液ではなく、黒い液体だった。
(この色、この匂い……もしかして……)
そして最後まで残っていた頭部が、火花を起こしながら地面へと落下する。その光景を目撃した瞬間、私は愛機を呼んだ。
「ロゼット!」
《Fire Protection.》
私本人と容疑者の男を、新たに生成した防火バリアで包み込む。同時に頭部は黒い液体で染められた地面に落下し――火花に引火した液体は、大爆発を上げた。
◇
「……しかしまあ……派手にやったな」
時間は過ぎて、お昼前。容疑者への事情聴取や戦闘に関する報告やら何やらを提出し、後はこちらの法務局に任せるという手筈で、私と上司――ディバイン・アーウィング執務官の仕事は終わりだ。
そんな中、私たちが訪れていたのは「マリアージュ」との交戦地。頭部から放たれていた火花に引火した燃焼剤は大爆発を起こし――交戦地から半径数100メートル範囲内の木々を焼き尽くし、マリアージュが立っていた地点の地面を抉った。呆れたような視線を向ける彼と、目を合わせることが出来ない。
燃焼剤火災は燃焼が早く温度が上がりやすいという特徴があり、消火は容易ではない……とは、現在防災課の特別救助隊に所属する友達・スバルから聞いた話。
「ですが、被害としては軽い方でしょう。たったお一人で、しかも30分足らずで完全に鎮火させるとは……さすがは秋月執務官補ですね」
「ありがとうございます」
駆けつけた北部の防災課隊員の言葉に、私は素直に返事をしておいた。「さすがは」と言っているがその視線には多分に悪意が含まれている。今回の消火活動は私の独断だし、常人では聞き取れない程の小声で「何してもコネがもみ消してくれるからな。いい気なものだよ」とか言っている隊員の姿だってある。実際の流れ、火災が発生し、バリアで身を守りつつ私は彼らに報告・出動要請を入れた。そこの誤差は5分にも満たない。にも関わらず彼らが到着したのは要請から45分が過ぎた頃。つまり彼らが現場に到着した時点で消火活動は終了していたのである。「そもそもあんたらがもっと早く来てくれたら!」という言葉を飲み込んで、私たちはその場を後にした。
「あー……何か腹が立つー……」
やっぱりどこでも地上と本局の仲は悪いのだろうか。っていうか私が魔導師をやっているのとコネは関係ないと思うんですけど。
「そんなこと考える奴ばかりじゃないんだけどな、実際は。魔導師だろうとそうでなかろうと、しっかり働けば認められるのが殆どだ。……まあお前の場合は特に周りが周りだからな。まだ若いし出世は早いしで、愚痴りたくもなるんだろ」
「それは分かりますけど……というか、知り合い皆をコネ扱いしないでほしいです。はっきり言って」
親戚や友達、元同僚に元上司。皆、本局でも有名な実力者だ。でも私は繋がり目的で知り合ったのではないし、コネだなんだと言われても対応に困る。唇を尖らせていると、アーウィング執務官は私の頭を乱雑に撫でた。
「お前一人が気にすることじゃないだろう。これからは特に」
「気にしてません。気にくわないだけで」
かれこれ7年ほど言われ続けているから、実を言うと慣れてはいる。ただ理性的に処理できないのはいつものことなので、余計苛立ちを感じた。
ふと視線が、アーウィング執務官の左手の薬指に留まる。嵌められているのは、シンプルなプラチナの指輪。同じものが、私も同じ場所に嵌められている。
(もうそんなに経つんだもんね……)
彼の補佐官になって三年。彼を異性として意識するようになって、付き合い始めたのが一年半前。婚約という形でこの指輪を嵌めるようになったのは一年前。周りの反対が皆無という状態だ。
もちろんミッドチルダの法律では、17歳の私はまだ未成年である。しかし女子は両親の許しと正当な手続きを行えば16歳で結婚はできるのだ。ここでいう両親は現地保護者ではなく法的保護者――私の場合は実の両親ということになる。なので海鳴市に帰った時、彼と一緒に報告をしたのだが……。
『本当にいいんですか? うちの娘のために人生を棒に振るということですよ!?』
――父は真顔で、そう言った。結婚は人生の墓場とは言うが、その言い草はどうかと思う。私はそこまで人として劣っているのだろうかと悩んでしまった。一方母はただ笑って、「お願い」という形で一言だけ口を開いた。
『秋月の家とか血とか……そんなこと関係なく、一人の女性として、娘を愛してください』
既に亡くなった私の祖父は、毒を盛ってまでしても孫娘の資質を確かめた。予想以上の資質を秘めていた私を当主として養育しようとして母と揉めに揉めて――母は、私をミッドチルダに送るという決断を下したらしい。だが普通に送ったのでは、祖父が何らかの手段を用いて干渉するだろうと、それでは意味が無いと考えた母は私にこう告げた。
『あなたなんか、生まなければよかった』
結果私は再会するまで一度も連絡を取ろうとせず、祖父が亡くなっていた事も知らなかった程だ。全ては仕組まれていたことだと知った私は何も言えず、動くことすらままならなかった。
けれど、もしあの時母がああ言わなければ。私は自分の力を嫌うことは無く、彼との出会いだってまた違うものになっていただろう。こういう関係になるまでには至らず、ただの憧れで終わっていたかもしれない。
そう考えると嬉しいような、なんか悔しいような、そんな感情に駆られる。
「どうした?」
「いえ……少し、考え事を」
軽く頭を振って、先ほどまでの回想を追いやった。
「あ、そうでした。提出したデータなんですけど、ティア……ランスター執務官にも同様のものを送ってもよろしいでしょうか?」
一年半前、ついに目標だった執務官資格を取得した元六課の同僚、ティアナ・ランスター。私たちと同じ凶悪事件を担当する彼女は今、「マリアージュと名乗る人物による連続爆破、殺人事件」を追っている。
三ヶ月前、<フォルス>で発生したその事件は<フォルス>で6件、<ヴァイゼン>で4件。被害者はいずれも古代ベルカの研究者や遺跡発掘に携わった人々で、「マリアージュ」と名乗る女性は彼らを拉致して脅迫を行い、そして殺害している。唯一の例外は私たちが追っていた容疑者のみだ。
本来は私達が担当するか、私がティアの臨時補佐に付いて協力体制を取る予定だったのだが……こちらの容疑者が中々曲者で、時間がかかってしまったのである。臨時補佐云々は以前にもティアが執務官になって初めての事件担当の時に付いたことがあり、以降も何度かこちらの案件が特別立て込んでいなければ、協力体制を取っていた。
「ああ、構わない。そこら辺の判断はお前に任せる」
「ありがとうございます、アーウィング執務官。じゃあロゼット、頼んでいい?」
《All right,buddy.》
ロゼットがティアのデバイス・クロスミラージュにデータを送ってすぐ、映像通信を受信した。
「プライベート通信……?」
誰だろう。というか、はっきり言って珍しいことだ。
視線を上げて、執務官の許可を貰う。後ろを向いて、私は映像モニターを表示させた。
「はい、秋月です」
『あ、深琴! 久しぶり!』
「スバル!」
画面に映ったのは、ショートカットの少女。特救の銀制服を纏った、スバル・ナカジマだった。
「久しぶり。元気だった?」
『深琴こそー。あ、今いい?』
「うん、大丈夫だよ。スバルは休憩中?」
『えへへー。これからオフなんだー』
そうスバルは笑っている。しかし次の瞬間には肩を落とした。
『でも三回に二回は出動がかかるのがいつものパターン……もう慣れましたー』
「あはは。災害担当は厳しいもんねえ」
スバルとの出会いは、四年前。一年間という期間限定で新設された部隊――機動六課だ。分隊は違うが同じ前線フォワードとして、年の近い友達として、一年間一緒に過ごしてきた。
『でね、実は今、ティアがミッドに来ててさ』
「ティアが?」
『事件捜査なんだけど、私の借りてるマンションに泊まる事になったんだ。まだエリオとキャロの返信待ちなんだけど、深琴ももしお休みだったりしたら、うちに来ないかなーって』
「一応、私も休暇ではあるんだけど……」
「いいんじゃないか? 久しぶりの休みなんだし、友達と一緒でも」
『あ、アーウィング執務官! お久しぶりです!』
ちゃっかり輪に入ってきた執務官とスバルが盛り上がる。まあ休暇は休暇だし、久しぶりに皆で集まるというのも悪くない。
『じゃあ決まりだね。どっか行きたいところとかある?』
『エリオとキャロはあそこに連れてってあげようよ。マリンガーデンに』
「アルト! 久しぶり!」
スバルの隣にもう一枚モニターが表示される。顔を出したのは六課の元同僚――アルト・クラエッタだった。
『いいね! 深琴は行ったことある?』
『スバルー……深琴だよー? 聞くのは野暮ってもんでしょー?』
「いやあの……ありますけど何か!? 何か問題でも!?」
怒鳴るような声で叫びながら、私は頬が熱くなってくるのを感じた。何の罰ゲームだろう。にやにや笑うアルトに腹立たしいものを感じつつも、いざとなれば彼女の黒歴史を暴露することでチャラにしようとも思ったりした。
『詳しいことはまたメールするね。お疲れ様』
「お疲れ様ー」
回線が閉じられたことを確認して、私は深い溜息を吐いた。
「……ティアがミッドに移動したってことは、ミッドでも同様の事件が確認されたってことですよね?」
「みたいだな。今朝方だそうだ」
関連情報を受け取って、再び溜息を吐く。ミッドチルダの湾岸部で発生したその事件は手口などからして、これまで通り――マリアージュと同一人物らしい。
「お前がそこまで気に病むことじゃないだろう。少しは肩の力を抜いて来い」
「……はい」
「その代わり、何かあったらすぐ連絡を入れろ。いいな?」
「了解です。……ディバイン」
久しぶりに口にした彼のファーストネームに照れつつも、私は微笑んだ。