魔法少女リリカルなのはStrikerS もう一人のストライカー 作:藤月沙月
その世界の色は黒と深紅――暗闇と血と燃え盛る炎の色だけ。周囲の建物は破壊され瓦礫と化している。見覚えのあるはずのないこの光景が、なぜか懐かしい。
「……まだ、戦いますか?」
機械染みた女性の声が響く。赤く染まった地面に片膝をついた男性は、女性を睨みつけて立ち上がる。黒いベルカ式魔方陣を浮かばせ、新たな刃を生成すると同時に全身に負っていた傷が癒えた。
「そんな馬鹿なこと、わざわざ聞くのか?」
「あなたは、『王』でありながらも争いを否定する――それは、何故ですか?」
柔らかい、少女の声が響く。悲しげに顔を歪ませた少女に、男は溜息を吐いた。
「争いは争いしか生み出さない。争えば人が傷つき、血が流れ、命が消える。争いを制するために生み出した兵器は、この大地を汚染する。その汚染は広がり、いずれは世界が消滅する」
「ですから、我ら王は戦うのです。自分の勝利で争いを制し、領土を広げ、また新たな命を芽吹かせるのです」
「自分たちが汚した世界を放り出して、か? なら芽吹いた命が再び領土を求めて争いを始めたら、どこを奪いあうというんだ?」
男の殺気に、女性が身構える。少女はぐっと唇を噛んだ。
「国は……王は、民がいるから成り立つものだ。民が今を幸福だと喜ぶなら国は繁栄し、逆に不幸だと嘆くなら国は壊滅する。それは当然のことだ。俺たち王だけじゃ、国は回らない」
刃を構え、男は続ける。
「この世界だって同じだ。俺たち王の数に比べて、民のほうが圧倒的に多い。俺たちは民によって支えられ、王を名乗ることを許されている。そんな民たちをわざわざ戦地へ送り、『死んで来い』、『殺し合え』なんて俺は、俺と兄は口が裂けても言えない。お前だってそのはずだ……『冥王』イクス」
今回だってそうだ、と男は内心で続けた。今、片割れの王と民は異世界へ逃げている。自分が残ると知った時、民は口々に言い出した。
自分たちも戦わせて欲しい。自分たちが残ります。この命、今こそ返すべき時です……それを一喝したのも、この男である。
『ならお前たちが死んだとき――誰が我が兄を支えるというのだ! 民なくしては、王も国も成り立たないとお前たちが良く知っているはずだ!』
そう。自分は間違ってなどいない。民を守るために、自分たち王が存在するのだから。
「残念です。
燃え盛る炎の中で、屍兵器が動き出す。周囲を囲んだ兵器たちは、ゆっくりと距離を詰めていく。
その向こうに、クオン・アルティスは見た。忌わしい、巨大な船を。
両目に大粒の涙を湛えた少女は、小さく唇を開き、身を震わせた。
「……あなたなら、あなたとなら……分かり合えると、信じていたのに……!」
切り替えられた意識が、異なる空間を認識する。青い空に浮かぶ白い雲。爽やかな風に乗って運ばれる、女性の声。振り返った男――クオン・アルティスに微笑んで、女性は彼の隣に腰を下ろした。
その光景を見ていた私は、唇を噛む。
男の笑みは、刀を振るう自分の師匠に。女の笑みは、自分の母――ひいては、自分によく似ている。
(これは、記憶なんだ……)
私の――私達の遺伝子に刻み込まれた、記憶。戦う理由とその代償、後悔を刻み込んだこの記憶は、血を引く子孫たちに永遠に受け継がれるもの。
『力の意味を履き違えるな。その力は破壊でも、争うためのものでもない』
防御力よりも機動性を追求した鎧を身に纏うクオンと私は向き合う。
『争いは争いを呼ぶ。説いた声は甘き幻想と蔑まれ、御すために得た力は暴君と詰られる。何故か?』
……前に零さんが言っていたっけ。「力無き正義は夢物語、正義無き力はただの暴力」だと。
意見の衝突はいいことだと思う。この世界に生きる人は、誰一人として同じ人はいない。ならばこの世界に生きる人の数だけの意見があって当然だ。
「あなたの『理想』と他の人の『理想』が異なっているから。そして話し合うことなく、その力をぶつけ合ってしまったから」
アルティスが望んだ理想は、「争いなく、領土を奪うことない平和な世界」ただ一つ。しかし当時の古代ベルカの現状はその理想とは程遠いものだった。それでもこの人は――この人達は世界に絶望することなく、自分の願いと役割を果たして、命を散らした。
いつか自分達と同じ思いを抱く末裔が生まれること、そして誰もが協力して作り上げる平和な世界を夢見て……。
『愛する者を守るために共に戦う、それもまた一つの道だ。だが忘れるな。力というものは意思一つで姿を変える。破壊と守護、両方に』
「忘れるはずがありません。もとより間違えるつもりもありません……私だって、秋月の人間なのだから」
反射的に言い返す。「誰かを守れる自分になりたい」と願って、私は強くなろうと誓ったのだから。
口調の厳しさに驚いたのか、クオンが眼を丸くした。しかし、それも一瞬のこと。肩を竦めたクオンの姿が、陽炎のようにかすんでいく。
――ああ、夢が終わる。
「……あなたは、
そんな言葉が、私の口から零れた。答えは求めていない。こうして出来の悪い子孫の夢に出てきては導こうとする彼に、私にできることをしたい。不幸だったと嘆くなら、可能な範囲でその原因を取り除きたい。親孝行もろくに出来ない私が言うのはなんだけど。
薄れゆく彼は口を開かない。代わりに淡く、そしてどこか誇らしげな笑みを浮かべて――闇の中へと消えた。
◇
『6月25日、午後二時になりました。お天気情報です。ミッドチルダ中央では今朝までの雨は現在上がっていますが、夕方から夜まで雲が多く、時折雨が降るでしょう』
女性のアナウンスを聞きながら、合流した私とエリオ、キャロはスバル達との待ち合わせ場所に向かっていた。
「でも、本当に久しぶりですよね。こうして会えるのは」
「そうだね。映像通信とかはするけど、実際会うのは……だいたい1年半振り?」
「ですね。中々お休みも合わないですし」
そんな話をしていると、クラクションが聞こえてきた。その方向を見るとヴィンテージカーに乗ったスバルとアルトが手を振っている。
久しぶりに再会した二人の成長に、スバルもアルトも驚いていた。エリオもキャロも背も伸びたし、顔立ちだって三年前とは違っている。エリオに至ってはスバルと頭半分も変わらなくなっていた。……エリオが零さんを追い抜くのも、時間の問題かもしれない。
「深琴は背も髪も伸びたよねー。ぐっと大人っぽい感じ」
「そうかな……? なるべく服装とかは気を使ってるけど……」
アルトの言葉に、私は首を傾げた。今年で17歳だから、年齢相応の服装を心がけてはいるけど……そこまで大人びているとかは思えない。
「さて……初日からマリンガーデンもいいんだけど、今日はお天気良くないみたいだし……」
「あの場所は晴れた日の方がいいもんね」
海の上に建築されたレジャーランド・マリンガーデンは、深海付近まで伸びた海中トンネルと海と湾岸部の景観を一望できる遊園地とイベントホールが並ぶ大型施設だ。陸地とは「アクアライン」と呼ばれる海底トンネルと海上橋で繋がっていて、道中の景観も観光名所の一つになっている。
紺碧の海を眺めるには、やはり晴れた日の方がいい。
「深琴さん、行ったことあるんですか?」
「うん。三回ほど」
「結構なリピーターじゃん!」
「そんなことないよ。内一回は同期生とプレオープンに招待されたってだけだし」
というか、同期生の親戚(非局員)がマリンガーデンの建設に携わったというので「友達とぜひ一緒に」という言葉に甘えて第一士官学校61期生Aクラス25人で参加したという話だ。
残り二回は、完全なプライベート。アーウィング執務官と一緒だった二回目。そして初めて両親と兄、私とで出かけた三回目。父と私の休みが偶然合う日があったため、両親共々ミッドチルダへ来て、一緒に出かけたのがつい2ヶ月前だ。アルトがまだ何か言いたそうにしているが、私はリピーターでは決してない。
「じゃあさ、ミッド湾岸部食べ歩きツアー! ……とか、どう?」
「賛成です!」
「ぜひ!」
スバルの提案に、エリオとキャロが元気よく頷いた。育ち盛りの食べ盛り、すばらしい。もちろん私も異論はない。
「じゃあ荷物、後ろに載せちゃおっか!」
言って、アルトが車のトランクを開けた。
◇
「服飾強盗……ってあれ? 深夜の」
「そう。E-37の衣料品店でね」
雨の中、軒先で港湾警邏隊とその指揮を取るギンガ・ナカジマと合流した秋葉は首を傾げた。昨夜遅くに発生した強盗事件の詳細データを、ギンガから受け取る。
「ショーウィンドウの破損と、衣類数点の窃盗。深夜で店舗や周辺の目撃者、被害者は無し……」
「監視カメラの画像も鮮明に残ってるわ。顔面上部にバイザー、ボディスーツ系の衣服を着用した175くらいの大柄な女性よ。盗んだサマースーツやブーツを着用してるかも」
「なるほどね……」
画像を切り替え、秋葉は息を吐く。そこには深琴から報告があった「マリアージュ」とほぼ同一人物と思われる女性が映し出されていた。
「どこかに潜入でもするつもりかな?」
「ティアナはそう見てるわ。普段の姿だと目立つ場所なんでしょうね」
魔法文化が発達し、異世界との交流も盛んなミッドチルダは異文化の服装等にも寛容だ。とはいえ施設によってはドレスコードのようにある程度の正装が義務付けられているし、そもそも異世界からの渡航者は最初からその世界に合わせた服装をしてくるのが一般的である。
(……まあボディスーツだとどこでも目立ちそうなんだけど……)
内心でツッコミを入れて、秋葉はモニターを閉じた。
「警告、どこまで進みました?」
「リストの半分はなんとかね」
古代ベルカの遺跡研究機関や遺跡関連の骨董品ブローカー……結構な数を纏め上げたリストは、半分を消化したといえど喜べる数字ではない。むしろこの短時間でここまで調べ上げたという事実に、秋葉は驚いていた。
「アーウィング執務官からの提供もあったみたい。この間の案件、ここら辺が関係してたって話しだし」
「あ、納得」
一人が駄目なら二人、それでも駄目なら三人で。三本の矢は折れにくい――という話を思い出し、秋葉は納得した。
「私も手伝います。ナカジマ捜査官、よろしいでしょうか?」
「ありがと、秋葉」
手伝いを申し出た秋葉は、リストを受け取って空を見上げた。
雨はまだ、止みそうにない。