魔法少女リリカルなのはStrikerS もう一人のストライカー   作:藤月沙月

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06:探すべきもの、それぞれの夜

 夕方。ベルウィードホテルの火災はあれから無事、鎮火した。防災担当や捜査官が現場調査を始め、解散の指示が出された私とエリオ、キャロは一先ず解散。犯人――マリアージュの自爆からティアを庇い負傷したフェアは、スバルの口添えもあって湾岸特別救助隊の医療班に引き渡され、治療を受けている。古代ベルカ王族が遺伝子レベルで受け継いだ、「鎧」に等しい身体強化と防衛機能。傍流とはいえ聖王の血を引く人間を基に生み出された彼も、もちろんこの能力を所有している。そのためか、火傷などの傷は「見た目の割にはたいしたことは無い」らしい。しかし念のため今日一日は安静だ。

 見舞い兼監視は、零さんの双子の弟である藤月彼方査察官が引き受けてくれた。ちょうど火災の初期対応した部隊の内部査察の途中だったらしいが、火災対応のため中断。「やること無いし、家が北部のベルカ自治領近くで戻るのも面倒だから」と二つ返事で了承してくれた。

 

『トレディアとイクスか……聞き覚えはないね』

 

 所変わって、クラナガンに建つマンションの一室。執務官の自宅だ。包丁片手に私は、モニター越しに彼方さんの言葉に「そうですか」と頷く。あの後ティアが送ってくれたデータにあった、マリアージュが探しているらしい『トレディア』と『イクス』という単語。

 

「私が交戦したマリアージュは、『イクス』の在り処を探してたんですけど……」

 

 今回現れたマリアージュは「トレディアの居場所と、イクスに向かう手掛かりは掴めた」と言っていたらしい。

 

『聞いた感じだと……トレディアはマリアージュからイクスを奪い、隠して逃げたって感じだよね。隠し場所はトレディアだけが知っている。だからマリアージュはトレディアを追って、イクスを確保したいと考えている、と』

「イクス……」

 

 あの日――初めてマリアージュと交戦した日から見る夢。どんなに短い、微睡みの中でもあの光景が蘇る。黒と赤で彩られた世界。マリアージュらしき人物と戦っている自分の祖先(クオン・アルティス)。そして彼に「冥王・イクス」と呼ばれた少女……。

 その事を伝えると、彼方さんは目を細め、厳しい表情を浮かべた。しかしそれも一瞬のこと。次の瞬間には彼方さんは気まずそうな、気遣わしげな表情を浮かべる。

 

『普通に考えたら分かることだけど、深琴ちゃん達――秋月の家は、クオン・アルティスの遺伝子をそのまま受け継いでいる。当時の地球に遺伝子操作技術があるわけないから、当然なんだけど……僕や楓姉さん、咲夜姉さん……それに兄さん以上に、刃王アルティスの直系だと言われても過言じゃないからね。そういう夢……というか記憶を引き継ぐのは無理も無いよ』

 

 私が祖先の出自――ひいては連なる親族の現状を知ったのは、三年前。機動六課を卒業して、アーウィング執務官の補佐について初めて担当した事件でのこと。とある世界にある古代ベルカ時代の遺跡が、集団による盗掘を受けていた。犯人グループの中には違法魔導師が多数確認されたため私達が呼ばれたのだが――その遺跡はアルティスの人間に作られたもので、中央に行けば行くほどアルハザード提供と思われる対侵入者用トラップやAMF発生装置が未だ稼動していた……というか解除できず、研究員ですら近づけない状態で。

 対魔導師用のトラップはご丁寧にも「遺跡製作者一族以外のリンカーコア反応」で発動するタイプ。当然一緒に行動していたアーウィング執務官に反応して攻撃。一方古代ベルカ関連のため急遽呼び出した零さんと私には反応せず。ついでに事件後に受けた遺伝子検査の結果、私と零さんの遺伝子が「親戚レベル」で酷似していたこと――ここでようやく、「私もアルティスの血を引く人間だ」ということを零さんが話してくれた。

 外見的特徴は、黒い髪に黒い瞳。身体的特徴には「1%でも魔力が残っていたら傷を治療できる」こと。零さんや彼方さん達は操作を受けた遺伝子を可能な限り「普通に」戻した一族で、最低限の魔力で古代ベルカの秘技『剣閃』を扱うことに特化したタイプ。

 一方私や伯父、兄――秋月の人間は、クオン・アルティスが保有する遺伝子の殆どを受け継いでいる。クオンが地球に漂着した当時に遺伝子操作技術があるわけがない。

 聞いてすぐは納得できなかったけれど、よくよく考えてみれば私と零さんには少なからず共通点がある。それに零さんがこのことを黙っていたのは、私のためだった。六課に入ってからの一年間で強くなったとは言えど、零さんから見た私はまだまだ未熟者。

 それに、判明したことで私が何らかの義務を背負い、不利になるということはない。……まあそれでも、私よりも先にアーウィング執務官が知っていたことには驚いたけども。

 

「できるなら、もっと早くから夢に出て来いって感じですけどね」

『あはは。だって僕たちのご先祖だよ? 無理だって』

 

 さらりと笑顔で、彼方さんは一蹴する。――ああ、やっぱり零さんの弟だ。

 モニターを閉じると同時にタイマーが作動して、鍋を温めていた火が止まる。中身はブラウンソースのシチューだ。先ほどキャロから教えてもらった、保護隊でも人気の料理らしい。ブラウンソースで機動六課風の味付け。機動六課の隊長陣が日本出身ということもあってか、六課では和風の味付けが好まれていた。夜と翌朝、残しても大丈夫なようにパンやサラダも用意している。

 

(買い物した。掃除した。ご飯は温めるだけだし、お風呂の準備も出来てる……よし、全部できた)

 

 指折り数えて、私は確認する。

 ――ティアの指示で解散後、私とエリオ、キャロはスーパーで買い物をしていた。スバルは残って協力するということなので帰宅も遅くなるだろうから、自分たちで夕食を準備しておこうと。私も本当はそのままスバルのマンションに行く予定だったのだけど、まだ執務官が帰宅していないこと、そして記憶が正しければ冷蔵庫の中身が空っぽに等しかったことを思い出し、一人別行動をすることになった。というか、つい昨日まで異世界に出張していたのだから、冷蔵庫に中身が入っているわけが無い。思い出してよかったと内心で冷や汗かいたことは内緒だ。多分中身が無いなら無いで、あの人は放っておくだろうけど。この辺り、似た者同士なんだよなあお前ら、と零さんの言葉を思い出す。

 メモを残し、マンションを出る。時間は19時。スバルとティア、まだ仕事かなあ……。

 

 

 ◇

 

 

「さて、と……」

 

 通信モニターを閉じた彼方は、目の前のベッドで眠り続けるフェアを見た。古代ベルカ王族の血を引く人間にとって、火傷などはどうということはない。自分や零、深琴の様な人並み外れた回復力を持つ肉体でも痛みは感じるし血も流れるが、それは同時に「自分たちがまだ人間の枠から外れていない」という僅かな安心感をもたらしている。聖王統一戦争で名前が挙がる聖王や覇王達王族に比べたら、だいぶまともな人生を送ってきた。

 

(『過度な力は争いを呼ぶ。しかし力がなければ、何一つ、誰一人守れない』)

 

 だから自分や零達――ゼロ・アルティスは子孫にその遺伝子の殆どを受け継ぐことを許さなかった。最低限の魔力と『剣閃』で充分だと。そして彼はクオンの生存を信じて疑わなかった。彼や彼の子孫と自分達が手を組み、背中を預けることができれば敵は無い。

 手にした刀が折れぬよう、心の刃が絶てぬよう鍛錬に打ち込んだ日々は、遠い昔の話。

 

「気分はどう? フェア」

「……あ、やっぱりバレてた?」

 

 片目を開けて、フェアは彼方を見る。フェアの無邪気な様子に彼方は肩を竦めて微笑した。

 

「まあね。具合は?」

「運ばれてすぐに比べたら大分良好。面倒だから痛覚は遮断してるけど」

「あー、それ、僕もよくやってた。どのくらい回復したか分かんなくなって、動いて傷開いたことあるよ」

「へえ」

 

 聖王教会に保護されてからの彼は、元来の無邪気さや素直さを発揮して修道騎士見習いとして目覚しい成長を見せている。既に完成された戦い方と、それを活かす為の勉強も苦に思わないらしい。セイン、オットー、ディードと並んで、年配の信者からは孫の様に可愛がられているとか。

 

(兄さんがウザいほど自慢してたっけ……)

 

 とはいえ自分達が保護した人物がこうして他人に受け入れられているという事実は、純粋に嬉しい。

 そして保護した人物が、これまででは到底想像できないような――例えばフェアが今日、爆発からティアナを庇った様な――行動を自然と取れるようになったということは、関係者に準ずる者として誇らしい。

 

「……みんな、心配してた?」

 

 ――そして、こうして他者の気持ちを察して案じることも。

 

「ちょっと席外すね。大人しくしている様に」

「はーい」

 

 まあ一歩でも動けば即座に拘束できるようトラップを仕掛けてはいるんだけど、と彼方は内心で呟いて医務室を出た。6月の終わりとはいえ、20時を過ぎれば空は闇色に染まる。食堂で二人分の注文をしていると、彼方の耳にある言葉が聞こえた。

 

「――それでもやはり、自分からすれば夢の様に平和な世界に感じます。食料と友愛がそこら中に溢れて……絶望なんか見当たりません」

 

 小さく、どこか冷たさを感じさせる声。その声で紡がれた言葉に、相対していたティアナ・ランスターは「ぐうの音も出ない」と肩を落とした。声の主――ルネッサ・マグナスの表情は、氷の様に冷たい。

 

「じゃあ、『幸せ』の定義って何なのかな?」

 

 口を衝いて出た彼方の言葉に、ティアナとルネッサは目を丸くして彼方を見る。二人の視線を集める彼方にいつもの笑みはなく、ただ瞳を細めるだけだった。

 

「彼方さん……」

「確かに戦場に比べたら、ミッドチルダは平和だね。食料もある、文字も読めるし書ける。みんな親切だし、法に背きさえしなければ一定以上の生活が出来る。なら何で人は犯罪を起こし、争って、人を傷つけるんだろうね?」

 

 空いていた椅子に腰掛けて、彼方はルネッサを見る。口調は穏やかそのものなのに、表情は伴っていない。敵意さえ感じられる。いつもの彼からは想像つかない状況に、ティアナは口を閉ざした。

 

「でもこの平和ってさ、大勢の人が一生懸命創り上げたものでしょ? これまでの人たちの意思を受け取って受け継いで、繋いでいく。――その努力もしないで絶望がどうとか言わないでもらえるかな?」

「……それでも、あの世界に比べたら……ここは、夢みたいな世界です」

「戦争の話を聞くたびに思うよ。人を殺すことは子供だって出来る。ナイフや銃、魔法……時間はかかるけど素手でも殺せるか。でもそれよりも、話して理解しあうことのほうが簡単じゃないかなって思うんだ」

 

 絶望を絵に描いた場所でも、平和への希望を抱く人がいる。同時に平和を絵に描いた世界でも、世界への絶望を抱く人もいる。

 

「言葉にした思いは受け継がれるよ。平和のありがたさ、戦争の愚かしさ……百聞は一見にしかずとは言うけど、人の口から語られる争いの経験ほど、衝撃なものはないよ」

 

 争いを嫌い、殺害を拒み――それでも守るべき者のため戦地に身を置き、侵略者の血で刃とその手の平を濡らした自身達の祖先。その背中を見ていた彼らの民は、王と同じく争いを嫌った。

 

「争えば血が流れ、大地が汚れ――人が死ぬ。その怒りと恨み、嘆きはまた争いを呼び、血を流し、人を殺す。始められた争いを止めるには力で制するしかないかもしれない。……でも始まっていない、芽吹いていない種なら――誰も傷つけることなく、殺すことなく刈り取れるんじゃないかな」

「……いずれ記憶は風化します。その時は?」

「風化させないよう、記録を残す。それも破壊されるというのなら――これは僕個人の意見だけど、そいつらは争う事で得られるものが欲しいんだよ」

 

 言うだけ言って、彼方はにこりといつもの笑みを浮かべる。

 

「ごめんね、勝手にぐだぐだ言っちゃって」

「い、いえ……こちらこそ、分を弁えない発言でした。ランスター執務官も……失礼いたしました」

「いいのよ。気にしないで」

 

 和らいだ空気に安心したのか、ティアナがそっと息を吐いて笑った。二人の光景を眺めていた彼方は、注文が出来たと告げる声に返事をして立ち上がる。

 

『生きてたら――その意思があればやり直せるって、教えてくれたから』

 

 フェアが聖王教会に引き取られることが決定した日。立場上では無理だと分かっていながらも、彼方は反対の立場にいた。

 確かに彼もまた被害者だ。けれど同時に加害者でもある。いくら洗脳に等しい状況に置かれていたと言えど、簡単に許してしまえば局内には少なからず反発者が出るだろう、と。

 そんな自分と面会したフェアは、「何故引き取られることを良しとしたか」という質問にそう答えた。

 

『その人は自分が怪我をしてまでも、僕を助けようとしてくれた。迷っている僕に手を差し伸べてくれて……まるで自分のことのように心を痛めてくれた。思い一つで、きっかけ一つで変われるんだって聞いて、思っただけだよ。”もう二度と、この人を悲しませたくない”って』

 

 罰せられて当然の自分に差し伸べられた手。その手を取りたいと――変わりたいと願ったのなら、手を伸ばしてくれたことを後悔させないようにと。

 

(なら、僕にできることはその子達を見守って……はぐれないように道を教えることだけだしね)

 

 さしあたっての問題は、一連の事件を起こしたマリアージュが捜し求める、『トレディア』と『イクス』の情報だ。いくら深琴でも、「夢で見た」なんて言葉で受け入れられるはずが無い。

 

(でも無限書庫は行ってすぐ帰れる場所じゃないし……)

 

 二人分のトレイを両腕に乗せて、彼方は歩く。その脳裏に一人の少年の顔が浮かぶまでは。

 

(……そうだ。静真君なら……最近レポートが忙しいとか言ってたし)

 

 間に合うならば事件後にレポートを手伝うとして、捜査協力という形で許可してみようか。そんなことを歩きながら、彼方は少年・秋月静真に送るメールの文面を、鼻歌混じりで考えていた。

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