魔法少女リリカルなのはStrikerS もう一人のストライカー 作:藤月沙月
――無限書庫。時空管理局が管理する世界の情報全てを集めた最大級のデータベース。当然規模が広く探すのには手間取るが、それでもここでなら何かしらの情報は入る。逆に言えばここで手に入らない情報が存在したとしたら、それはその世界に乗り込まないと発見できない――とは誰が言ったものか。
上に広がる無重力にも似た空間に、秋月静真は溜息を吐いた。
(だからってなあ……俺程度の検索魔法で見つかるわけないだろ……)
朝一で無限書庫に篭っている静真は、牡丹色に輝くベルカ式魔方陣を展開する。ミッドチルダでも屈指の難易度を誇る大学に入学して三年目。最初の一年はハイレベルな講義と自分の後ろ盾への嫌味でストレスを溜める毎日を送っていた。ちなみにそれを妹につい漏らしたところ「じゃ、ちょっと殺ってくるね」と歌う様に軽やかな声でマジレスされたことは心に深く仕舞っておく。その後何だかんだでオール優で全単位を履修した二年目では嫌味も格段に減り、前期の時点で目当てのゼミの教授から声がかかり始めた。レポートに必要な資料を探すため、検索魔法を覚えたのもこの頃である。
一応は秋月の人間である静真にも、リンカーコアは存在した。それも、かつては高校の後輩である秋葉に「魔力資質ゼロ」と言われたが、一般的に見たら割と高いレベルの魔力を秘めて。しかし現役教官の伯父と15歳で空戦S+ランクを取得した妹に比べると、訓練開始の遅さと期間の短さからか、まだまだ見劣りする面が多々あった。今年の春に初めての魔導師ランク試験を受けたが――取得したのは陸戦D+。一般局員と大差ない。
それでも遅くないと、学業と両立できる範囲ででもやりこめばそれなりのレベルには必ず到達する――というのが妹・秋月深琴の元上司にして戦技教導隊のエースオブエース、高町なのは教導官の感想だった。
と、そんな話は横に置いておくとして。検索魔法が条件に基づいて検出した書物を探し回る。読書はまったく苦にならない静真でも、さすがにこれだけの量の書物は見ていて気分が悪くなる。一時期は染髪などはあったが、根は真面目な男。学業もスポーツもそつなくこなしてきた。基本的に勉強も運動も苦にならない――そこら辺は、彼も秋月の人間ということである。
仕切り直しとばかりに、静真が溜息を吐いた直後だった。資料探しに悪戦苦闘する知り合い――執事服を纏った少女の背中を見つける。
「何してんだ、オットー」
「あ……静真さん」
おはようございます、と頭を下げたオットーが手にしている古代ベルカ関連の本を見た静真は「あ、調べ物か」と一人納得した。そして次の瞬間、「調べ物以外でここに来る人間がいるかっ!」と内心で一人ツッコミを入れる。
「少し、調べ物を。静真さんは?」
「俺も調べ物だよ。来月頭に提出するレポート、内容は決めたんだけど、中々資料が見つかんなくて」
「それは大変ですね。大学の方は?」
「全然。研究室にも無くて、教授に『無限書庫くらいにしかないんじゃないか?』って言われてさ。……管理局の施設を利用するには許可がいるっつうのに」
例外は聖王教会や自然保護部隊など管理局と協力関係にある組織や下部組織所属の人間だ。「妹の元上司の友人」で、これまでも何度か資料探しに協力してくれた司書長のユーノ・スクライアならば二つ返事で許可してくれたが、今日は彼はオフシフトのようだ。代わりに受け付けた局員は明らかに局員ではない静真の姿を見て訝しげに、そして刺々しく「何か御用でしょうか?」と告げたのはつい先程の話。
しかし今日はレポートとは別の資料探しも目的だった。起床してすぐ送られてきた、彼方からのメールには、最近ミッドチルダ地上で発生している連続殺人、放火事件に関するキーワードが添付されていた。『トレディア』と『イクス』……機材か人物か、それすらも分からないこの二つの単語を調べて欲しい。必要なら根回しもするから、よろしく――。相変わらず人使いの荒い人だ。
「つってもなあ……『トレディア』はともかく、『イクス』は聞いたことねえってのに……」
「っ! 静真さん、それって……知ってるんですか!?」
ぽつり、と零れた静真の呟きに、オットーが目を丸くする。それと同時に、書庫の入り口付近が騒がしくなった。
「あー、ヴィヴィオ。おはよう」
「おはようー、ヴィヴィオー」
「おはようございまーす! オットー、来たよおー……あっ!」
紅と翠のオッドアイをもつ少女――高町ヴィヴィオが、慣れた動作で待ち人の隣まで移動する。その途中待ち人であるオットーの近くにいた静真の姿に、ヴィヴィオは目を輝かせた。
「静真さーん!」
「おー、ヴィヴィオ! 久しぶりだなあ」
よしよしとヴィヴィオの頭を撫でて、静真は笑う。静真の実妹・秋月深琴を姉と慕うヴィヴィオは、彼にとってもう一人の妹のような存在だった。深琴と仲睦まじい「兄妹」として過ごしていた期間が長くなかった静真のヴィヴィオへの構い方は、実妹をして「自分を慕う年の離れた従妹、すなわち兄馬鹿ならぬ従兄馬鹿」と評されるが、その事実を彼は知らない。
「で、静真さん。さっきの話なんですが……」
「ああ、『トレディア』と『イクス』のことだよな?」
「え? 静真さんも知ってるんですか?」
検索魔方陣を展開しながら、ヴィヴィオが首を傾げる。無限書庫名物、現役小学生司書の肩書きを持つ彼女は、自称「普通の小学三年生」だ。聖王のクローン、ゆりかごの鍵として生み出された過去を清算し、人として遜色ない生活を送っているとはいえ――静真の中で「普通」の定義が揺らぐ。普通の小学三年生は確かに「陛下」と呼ばれることを嫌う……というか呼ばれることすらないとは思うのだが。
「知ってる、って言っても名前だけだぞ。詳細を調べるためにここに来たわけだし……俺が知ってる『トレディア』は人物だよ」
言って、静真はモニターを展開する。
「『トレディア・グラーゼ』。オルセア解放戦線の活動家……でもその行方も、生死も不明。現にオルセアは今でも内戦続きで、政府は管理局の介入を硬く拒んでいる。俺が知ってるのは――というか、資料で判明しているのはこれだけだ。マリアージュのマの字も出てきてねえし……俺の検索魔法の展開は四式が限界だし」
「あはは……でも、これじゃあ確かに絞込みが難しいねえ……」
「条件は、ロストロギアや兵器関連で探して欲しいと」
オットーの口から告げられた条件に、ヴィヴィオは肩を竦めた。「また物騒だね……」と眉を顰める。その様子に、オットーは苦笑を浮かべた。
「ランスター執務官からのご依頼ですから」
その一言に、ヴィヴィオは動きを止める。
「ふえ? ティアナさんから!?」
「言っていませんでした? そうです」
「早く言おうよー! あ……もしかして、深琴お姉ちゃんも!?」
「あー……何か巻き込まれたついでに臨時補佐についた、とは聞いてるけど……」
詳しいことは静真も聞いていない。というより深琴が事件に巻き込まれたとか臨時補佐云々の件は彼方からもたらされた情報である。
知り合い二人が――ひいてはそれ以上の人数が関わっていることを知ったヴィヴィオが、悔しそうな表情を浮かべた。しかしそれも一瞬のこと。思考を切り替えたヴィヴィオは「よーし!」と愛らしく気合を入れた。
「オッケー! 高町ヴィヴィオ、全力全開で調べちゃう!」
「お願いします」
「ルールーから頼まれてる資料もあるし、さくっと見つけるよー。……検索魔方陣七式、展開!」
宣言と同時に、虹色の魔方陣が展開される。次いでヴィヴィオは、検索条件を指定した。
「指定エリア、BCベルカから現在のベルカ自治区まで。本文含み、全文検索」
「おいおい、かなり重いだろそれは」
「大丈夫ですか?」
「朝ごはんしっかり食べてきたし、大丈夫。オットーと静真さんは、出てきた本の確認をお願い」
言ってヴィヴィオは心配しきりの静真、オットーに笑顔を見せる。
そしてしっかりと前を見据え、ヴィヴィオは検索開始を命じた。
「フルドライブ……オープン!」
◇
早朝、ミッドチルダ湾岸部のマンションの一室はスバルの部屋。キャロと並んで台所を占領した私は、朝ごはんを作っていた。昨夜にエリオが作ったパンの種の残りを焼いてチーズとハムを挟んだパニーニと、野菜と鶏肉を挟んだサンドイッチに。おかずはプレーンオムレツと温野菜の添え物。他にもツナとパスタのフジッリに軽く火を通したシソをオリーブオイル、塩、胡椒で和えたサラダに野菜たっぷりのスープ……。
「ほんと……スバルもエリオもよく食べる人だからいいよねえ……」
「ですね。どれもおいしそうに食べてくれるから、作り甲斐ありますし」
朝っぱらから大量の食事を作りながら、私とキャロは笑う。それでも手は止まらないのだから、料理を習ってよかったと心底思った。零さんと母さんに感謝しなくては。
「そうだ、深琴さん。昨日の火災のことなんですけど……犯人って、ティアさんが追っている事件の犯人と、同一人物なんですよね?」
「うん。一昨日、私が遭遇した人物と同一人物と言っても過言じゃない。多分、マリアージュは……」
人語を解し、命令に忠実だがお世辞にも高いとは言えない作戦遂行能力。死ぬためだけに生み出された壁の兵。そして500年以上は昔の『記憶』と寸分違わぬその姿。その名称は、現在コーラス・アルザス地方に伝わる「祝福」や「婚姻」とは180度異なる意味を秘めている。
「『人形』……マリアージュは、古代ベルカが生み出した機械兵器だと思う」
古代ベルカの時代、兵器関連の技術は
心配そうに私を見ていたキャロに微笑んで、私はフライパンを振る。
「フォワードが5人揃って、アルトやギンガさん達だっている。フェアや彼方さんだって手伝ってくれるし、ナカジマ四姉妹の協力だって取り付けてる。だから、きっと大丈夫」
そう、きっと……きっと自分達なら大丈夫だ。そう、私は自分に言い聞かせる。
一人では、この世界の悲しみ全てを撃ち落すことはできない。でも同じ思いを持った人が集まれば、理想は現実に変わるかもしれない。受け継がれた意思と願い、そして力は、また受け継がれていくものだから。
(だから、これで終わらせます。クオン……あなたの無念は、私がこの手で晴らします)
『涙を流し続ける少女に、青空を』
『運命に囚われた王達に、自由を』
(そして、この争いに終止符を……)
そっとガスを止めて、私は顔を上げる。内心の決意を悟らせない様、笑顔を浮かべて。
◇
場所は戻って、時空管理局無限書庫。秋月静真、高町ヴィヴィオ、オットーの三人は検索に引っかかった書物の翻訳を開始していた。
が、一通り文面を目にした静真が溜息を吐く。
「なあ、これ……俺の見間違いじゃなかったら、どう見ても先史ベルカ時代の文章だよなあ……?」
「ですね……まあベルカ戦乱期の物ですから……」
「あうう……」
うんうん唸りながら、三人であーでもないこうでもないと単語を訳していく。三人寄れば文殊の知恵。古代ベルカ語にある程度知識を持つ三人でも、文脈で躓き始めた。三人の心は一つに。曰く、「もう専門家に頼ろうぜ」。
そして最も頼りになる専門家――今は無人世界で母親と暮らすルーテシア・アルピーノに、ヴィヴィオが呼び出しをかけた。もう一人の専門家・アギトと一緒だったルーテシアは協力を快く引き受け、三人が苦労した翻訳を相談しながらもすんなりとこなす。
『死者達によって構成される、多数の軍列』
ルーテシアの小さくも凛とした声が、読み上げた。
『死したって騎兵を喰らい、その数を増やし、戦場を焼け野に変える――それがマリアージュ。イクスによって構成された無数の軍列は無限に増殖し続け、その進軍を止める事は不可能……』
それが示すのは、「マリアージュは増殖兵器」だという事実。しかも死体と『イクス』によって生成される、インスタント兵器だ。それを発見した人物が、『トレディア』のようだ。
続いて、ルーテシアが持ってきたのは友人・キャロからプレゼントされた稀少本。『イクス』に関する描写があったらしい。
『冥府の王。冥王……』
「冥王・イクスヴェリア……」
『静真、何か知ってんのか?』
ルーテシアの言葉に続くかのような静真の呟きに、場が騒然となる。
「……いや。何か聞き覚えがあるってだけだ。悪い」
『他には?』
「他って……んなこと言われても……」
小さく唸った静真の脳裏に、見覚えのないはずの光景が浮かんだ。漆黒の闇と、赤く滴り落ちる血と、燃え盛る炎。その向こうで、誰かが声を荒げている。一瞬でも気を抜けばすり抜けていきそうなその光景を、静真は必死に手繰り寄せた。
――無茶だ。声が響く。目の前で背中を見せる男に、呼びかけていた。
『一人では無茶だ! あれは――の王が……!』
かき消される寸前で、言葉を掴み取る。
「……『ガレア』。人名か地名かは分からないけど……」
多分、深琴なら。彼女ならこの全てに気づいているはずだ。兄妹間の、信頼にも似た何かが静真の中を駆け巡る。
静真がそう確信を覚えたと同じタイミングで、ヴィヴィオは更なる絞込みをかけていた。
「えっと、絞り込み検索。『冥王・イクスヴェリア』」
そのキーワードに反応して、一枚のモニターが原文データを映し出す。
「先史224年生誕。古代ベルカ、ガレア王国の君主。戦乱と残虐を好んだ、邪知暴虐の王……」
「人の屍を利用して生み出す兵器を駆使し、近隣諸国を侵略したとされる。……古代ベルカで『人形』を意味する『マリアージュ』と呼ばれた死体兵器とその製法は、聖王家の戦船やゆりかご技術と同等のオーバーテクノロジーによるものと考えられる……」
『あー!』
先ほどから一人唸っていたアギトが、声を上げてルーテシアを見た。
『トレディア・グラーゼって、あたし達聞いたことあるじゃんか!』
『……どこ、で……?』
『あれだよ! あの、変っ態博士のとこ!』
「ドクターのアジトで、ですか?」
変態博士ことDr.ジェイル・スカリエッティ。散々な呼び名と印象に、静真は一人笑いを堪えると同時に同情した。そういう状況じゃないと分かってはいるが、笑いと哀れみで目頭が熱くなる。
「オットー! 今の話、急いでティアナさんに!」
「はい」
「彼方さんと深琴には俺から連絡する。ついでに原文データを添付したいんだけど……ヴィヴィオ司書、何か問題は?」
「ありません! 遠慮なくやっちゃってください! 急いで資料を纏めちゃおう!」
『翻訳、手伝うよ』
『あたしもな!』
満面の笑顔で頷くルーテシアとアギトに、ヴィヴィオも同じく笑顔を浮かべた。
「――二人とも、ありがと!」