魔法少女リリカルなのはStrikerS もう一人のストライカー 作:藤月沙月
03.5:新しい日々
ただ自分を縛るだけだった白一色の世界は、彩り鮮やかな自由な世界に。
ただ自分を生かすだけだった機械は、魔法という名の力へと。
ただ見上げるだけだった空は、今となってはとても身近なものになり。
ただ憧れていた日常は、あっという間に終わりを告げて。
――新しい日々を、「機動六課」で過ごすことになる。
時空管理局遺物管理部対策部隊、機動六課。私・秋月深琴が所属するその部隊は、特定遺失物――ロストロギアの保守管理が主な任務であり、同時にそれらを悪用しようとする犯罪者と戦う対策部隊でもある。一年間という期間限定部隊でありながら集められた
「秋月士官候補生、お茶をどうぞ」
「あ、ありがとうございます。ルシエ三士」
そんな部隊に私が配属されてから、早くも4日が経過しようとしている。本日の午前中は訓練がなく、各自事務処理の業務が割り当てられていた。フォワードチームとロングアーチを兼任する私も例外ではない。キャリアだろうが、魔導師だろうが事務仕事は必須だし。そもそも階級も持たない下っ端ではありますけども。士官学校の教官からも、『志望動機からして武装隊向き』と言わしめた上に、最後の最後まで進路が確定しなかった私である。
――などと考えつつ、隊員オフィスで、同僚のキャロ・ル・ルシエ三等陸士からお茶を受け取り、私は作成途中だった書類を一気に書きあげた。そんな私の様子を、ルシエ三士はぽけーっと見ている。
「え!? 深琴、もう終わっちゃったの!?」
半ば悲鳴に近い声を上げたのは、スバル・ナカジマ二等陸士。デスクワークは苦手なのか、その目には涙が浮かんでいる。
「あの、ナカジマ二士。私でよければ手伝いますが……」
「ほんと!?」
「駄目よ、深琴。こいつを甘やかしちゃ」
私の提案に、ナカジマ二士は背景に花畑さえ見えるほど一気に表情を明るくした。そんな彼女を、ティアナ・ランスター二等陸士が突き放す。
「うぅ……ティアぁー……」
「そんな目しても、駄目なものは駄目」
「ナカジマ二士、資料です。よかったらどうぞ」
「エリオぉ……」
資料を差し出したエリオ・モンディアル三等陸士に、ナカジマ二士はまるで抱きつくようなテンションでお礼を言う。そして五人で書類を書き進めること数分、そのアナウンスは響いた。
『隊員呼び出しです。スターズ分隊 スバル・ナカジマ二等陸士。同 ティアナ・ランスター二等陸士。ライトニング分隊 エリオ・モンディアル三等陸士。同 キャロ・ル・ルシエ三等陸士。ロングアーチ 秋月深琴士官候補生。10分後にロビーに集合してください』
……一体何だろう。呼び出しなんて、配属して初めてだ。あ、いや。私は着任当日に呼び出しはされていたけど……こう、全体アナウンスがかかるような呼び出しは、という話。ナカジマ二士とモンディアル三士、ルシエ三士がそんな話をしていて。ナカジマ二士が、未だ座ったままのランスター二士を振り返る。
「ティア、行こー」
「あー、今行く……」
気だるげに立ち上がったランスター二士は、左の二の腕を押さえていた。
「筋肉痛、辛い?」
「まあ少しね」
ナカジマ二士の言葉に、ようやく合点がいった。ランスター二士は射撃型で、拳銃型のデバイスを使っているから、腕には特に負担がかかるだろう。
「なのはさんの訓練、ハードだもんねぇ」
「今までも結構鍛えてるつもりだったけど、あの指導を受けるとまだまだ甘かったんだって思うわ……」
(分かるー)
二人の言葉に、私は内心で地球の郷土玩具の如く頷いていた。脳裏に浮かぶのは、なのはさんの満面の笑顔。さすがに教導内容もまだ序盤の序盤のはずだけど、毎日グロッキー状態で一日を終えている側からすると、「これまでの訓練は何だったんだろうね……」とぼやきたくもなる。個人的体感としては、伯父さんの訓練よりも厳しく感じている私であった。多分、訓練中の「大丈夫。深琴ならこれくらいすぐできるよ」という言葉がけだろう。なまじ期待されている分、その期待に応えないと、とか、越えなきゃいけないと、という重圧に胃を痛めそうになる。
なんて一人で現実逃避をしていると、ルシエ三士がおずおず口を開いていた。
「あの、ランスター二士。よろしければ簡単な治療をしますが……」
「あぁ……ヒーリングもできるんだっけ。お願いしちゃおうかな」
ルシエ三士の手の中で、ピンク色の魔力光が輝いた。
「あー……効く効くぅー……!」
治療魔法がいい感じに効いているのか、ランスター二士がそんな声を上げている。その様子を壁際で見守っていたナカジマ二士が、同じく壁際で待機していたモンディアル二士を見た。
「エリオは平気?」
「はい。何とか……」
一方こちらの
「さすが、小っちゃくても騎士だねえ。今度二人で組手とかしてみよっか」
「はい! お願いします、ナカジマ二士」
ナカジマ二士の提案に、モンディアル三士が笑顔で頷いた。その反応に、ナカジマ二士が眉を顰める。
「あー、楽になったー。ありがとね、キャロ」
「恐縮であります!」
治療が終わって楽になった両腕を回しながらのランスター二士のお礼の言葉に、ルシエ三士が笑顔で応えた。その反応に、ランスター二士は何かが引っかかったような表情を浮かべる。
そして、二人の視線は私に向けられた。
「深琴は平気?」
「あ、はい。大丈夫です」
お気遣いありがとうございます、と頭を下げると、ナカジマ二士、ランスター二士が二人そろって眉を顰めた。
……あれ。なんかまずいこと言った?
「あのさ、3人とも。なんつーか、こう……」
「チームメイトなんだし、もうちょっと柔らかくていいよー。そんな敬語とか、階級付きで呼ばなくても」
二人の言葉に、私とモンディアル三士、ルシエ三士が顔を見合わせた。そう言われても、正直に言えば困る。年齢は近いし、階級だってそう差はないのだから、敬語はおかしいのかもしれないけど……。
(昔、二人にも言われたっけ……)
まだ士官学校に入学して間もない頃、当時数少ない友人のルーチェ、そしてレオンに言われた覚えがある。
『立場は対等なんだから、敬語を使う必要なんてない。……いやまあ、伯父さんの教育方針は間違ってはないんだけど……』
『私たちがいいって言ってるんだから、それでいいの! チームメイトなんだから!』
そう言って、手を引っ張ってくれた二人を思い出した。眩しい笑顔に優しい声。その姿に、出会ったばかりの頃のなのはちゃん達を思い出して。
「名前でいいよ。“スバル”と、“ティア”!」
困惑する私たちにナカジマ二士――改め、スバルは言う。その提案に、エリオとキャロは「いいんでしょうか」とランスター二士――改め、ティアナを見遣った。
そんな二人に、ティアナは肩を竦めつつも笑顔を浮かべている。
「いいんじゃないの」
「……ではスバルさんと」
「ティアさんで」
「うん!」
エリオとキャロの結論に、満面の笑顔でスバルは頷く。同期達の微笑ましい光景に、私の頬も思わず緩んだ。仲良きことは美しい哉。仲良くできるなら、それに越したことはない。
「……って、何一人で佇んでんのよ。深琴、あんたも」
「えっ」
なんて(精神的にも)一歩離れて眺めていたら、ティアナから突っ込みを受けた。
「そうだよー。深琴の方が私たちと年近いんだし、是非とも名前で呼ばれたいなー。次の休憩時間、たくさんお話したいんだ。聞きたいこといっぱいあるの!」
言いながら、スバルが物理的に距離を詰めてくる。それをティアナは窘めつつも、「確かに」とスバルに同意していた。
「士官学校のこととか、空戦ランク試験とか……後はインターミドルのこととか……まあ、無理強いはしないけど?」
思っていたよりもかなりぐいぐい来た。スターズコンビ、意外と似た者同士だな?
「あ、えっと……うん。私で、よかったら」
それでも、気にかけてもらえることは単純に嬉しいので。
「えっと……スバル、ティアナ。よろしくね」
私の返事に、スバルは満面の笑顔を浮かべる。
「うん!」
「さ、行くわよー」
その光景を見守っていたティアナが号令をかけた。
「はい、みなさん集まりましたねー」
ロビーで待っていたのは、機動六課部隊長補佐・リインフォースⅡ空曹長だった。
「今日の午前中は訓練なしということで、5人に六課の施設や人員を紹介していくですよ」
「「はいっ」」
「ほかのみんなは初日にオリエンテーションをやったですが、5人はずーっとなのはさんの訓練でしたから」
「みっちりやってました」
スバルが笑顔で答える。
「でもおかげで最低限の基礎は終わって、今日からは本訓練のスタートだとか」
リイン曹長の言葉に、頬が引き攣った。「えっ」と漏れた声は、恐らくティアナのものだ。分かってはいたけど、実際言葉に出されると考えてしまう。
……最低限の、『基礎』? あれが?
◇
機動六課、部隊長室。
「訓練ももう4日目か。新人たちの手ごたえはどないや?」
「5人共いいね。かなり伸びるよ、あの子たち」
機動六課部隊長・八神はやて二等陸佐が、戦技教導官・高町なのは一等空尉に問う。はやての言葉に、なのははウインクを返した。
「取り急ぎ準備だけは終えたんだけど、伸ばしていく方向もだいぶ見えてきた」
言って、なのはは新人魔導師5人のデータをモニターに表示させる。
「高速機動と電気資質。突破・殲滅型を目指せるガードウィングのエリオと」
モニターの画像が、エリオからスバルへと変わる。
「一撃必倒の爆発力に頑丈な防御性能。フロントアタッカーの理想型を目指していくスバル」
今度は、スバルからキャロへ。
「
そしてキャロから、ティアナへ。
「射撃と幻術を極めて、味方を生かして戦う戦術型のエリートガンナーになってくはずの、センターガードのティアナ」
最後にティアナから、深琴へと。
「単独でもチームでも、臨機応変に攻撃と支援を切り替えて味方をバックアップする、ウィングバックの深琴」
言って、なのはは満面の笑みを浮かべる。
「どこまで伸びるか楽しみでねー。5人がしっかり完成したら、すごいことになるよ!」
「楽しみやー。リーダーは誰になるんやろ?」
「ティアナで決まりじゃないかな。ちょっと熱くなりやすいところがあるけど、視野は広いし指示も正確。自然と他の4人を引っ張ってるしね」
ただねぇ、となのはは続ける。
「ライトニングは経験不足以外は問題ないんだけど、スターズのコンビと深琴が3人揃ってすんごい突撃思考なんだよ」
ここは厳しく教えていかないと、と続けたなのはに、はやてが納得したように「あー……」と声を上げた。
「深琴に関しては、正直昔っからやけど……3人とも、なのはちゃんのちっちゃい頃みたいな?」
一撃必倒を地で行くスターズコンビと深琴、そして全力全開を地で行くエースオブエース(当時9歳)の姿がなのはの脳裏にも過ったらしい。複雑そうな顔で呻いた。
「今すぐでも出動できなくはないけど、全員まだあと1週間くらいはフル出動は避けたいかな。もう少し確実で安全な戦術を教えてからにしたいんだ」
「へーきや。そのための隊長・副隊長の配置やし、新人たちの配置についてはなのはちゃんの裁量に……」
と、はやては言い直す。
「『高町教導官』に全面的にお任せや」
「ありがとうございます、八神部隊長」
◇
オリエンテーションも終盤。食堂の入口でリイン曹長は足を止めた。
「はい! こちらの食堂で案内は一通り終了です。食堂の使い方はもうわかってますよね?」
「「はいっ」」
「ちょうどお昼休みです。これにて解散としましょう」
「「ありがとうございました!」」
退席していくリイン曹長を見送って、ティアナが振り返る。
「じゃあ、お昼食べちゃおうか」
「うん! 3人も一緒に……」
「スバルー、ちょっといいー?」
言いかけたスバルを、アルト・クラエッタ二士が呼んだ。
「先食べてて! すぐ合流するから」
「ん」
「はいっ!」
そして残された私たちを、沈黙が包み込む――その瞬間だった。ポケットに入れていた携帯端末が着信を告げる。
「すいません。お昼、お先にどうぞ!」
「席取ってるわね」
「すいません、ありがとうございます!」
足早に食堂を出て、一息つく。休憩室の一角で、ようやくモニターを繋いだ。発信者は、レオン・アヴァンシア。
『悪いな、急に。そっちはどうだ?』
「なんとかやってるよ。今のところは平気」
正直、一週間は彼らから連絡はないだろうと思っていたのだけど。思っていたよりも過保護な友人の様子に、私は肩を竦めていた。
そんな私の反応に、レオンは深い溜息を吐く。
『……お前の“平気”や“大丈夫”はあてにならないから聞いてんだよ。本局でも噂になってんぞ。Aランク試験のターゲットを完膚なきまでに破壊したって』
「やりすぎ?」
『分かってるなら自重してくれ』
自重してたら落第だったんだよなあ。今でこそAMFに対していくつか有効な魔法を即席で組み上げられるようになったけども、あの時は本当に慌てていた。
大型のオートスフィアを撃破できるだけの威力があって、尚且つAMFによる魔力連結無効化に対応できるだけの魔法として、バリア貫通機能がある〈ディバインバスター〉の存在を思い出して実際に発動させたことを正直褒めてほしいくらいなのだ。
内心でそう呟いていると、レオンが気まずそうに切り出した。
『本当に大丈夫か? 訓練もそうだが、同僚と上手くやれそうかとか……特にお前は、いろいろとアレだし』
アレ、とぼかされたがその中身は言われなくても分かっている。『管理外世界出身で本局教育隊教官夫妻の姪』、『新人のくせにAランク』、『士官学校首席卒業』――そして、『インターミドル・チャンピオンシップ世界ランク10位』。うち最初と最後だけでどれほどの人間を敵に回しただろう。士官学校に入学して間もない頃はやれコネだのやれお嬢だのやれマグレだの言われてたっけ。個人的には、インターミドルはもうちょっと頑張れたんじゃないかなあ……とは、今更ではあるのだけど。
機動六課でも、士官学校時代と似たようなことになっていないか――レオンは、それを心配しているらしい。
「……大丈夫」
そんなことない、と言い切れない自分が腹立たしくてついぶっきらぼうな口調になる。こちらを真っ直ぐに見詰める、モニター越しの碧眼がその感情を更に駆り立てた。
大丈夫だと思う。けれど確実かと問われたら否、と答えるしかない。
自分が覚えていない自分を知っている人がいる。その人たちが見出したのは、その誰もが才能を秘めているのを、この数日で既に嫌というほど思い知った。
そしてその誰もが、とても優しくて。先程のスバル達との会話を思い出す。
かつて伯父に叩きのめされた筈のプライドが、泣き叫ぶのを自覚した。負けたくないと。もっと強くなりたいと。そして、置いていかれたくないのだと。
それでも、無力であることを嘆くだけではあの頃の私と、何一つ変わらない。変わりたいと、あの日、あの空の下で願ったのだから。
(……私は、間違ってない)
そうだ、と自分で自分に応える。あの黒銀と並び立つその日――いや、再び出会うその日まで、私は無力でいるわけにはいかない。そう考えれば訓練も全然苦しくなかった。
それは同時に「ごく一般的な」十代女子でいられないということだけど、それでよかった。少なくとも今の私はそう思っている。そしてそれは、自分だけが分かっていればいい。
……ずっと、そう思っていたけれど。
『……ならいいけどな。ルーチェも心配してるし、暇なタイミングでいいからあいつにもメールくらい入れろよ』
「うん」
レオンの言葉に頷いて、通信を切ろうと端末に指を伸ばす。が、ふとその指が止まった。何故だが、無性にその言葉を伝えなきゃいけない気がして。
「……心配してくれてありがとう、レオン。でも、本当に大丈夫だよ」
先程のスバルの笑顔を思い出す。
『――名前でいいよ。“スバル”と、“ティア”!』
それから、機動六課に誘ってくれた日のはやてさんの言葉。
『自分が無力とか、独りぼっちなんてもう言わせへん』
そして10年前、なのはちゃん達に差し伸べられた手と、彼女達の笑顔。
『じゃあ、今から私たちは”友達”だね!』
彼女達の期待に応えたい。裏切りたくない。……だから、強くなりたい。今はそれだけの願いでも、未来に繋がっていくと信じて。
――そしていつか、失った記憶を取り戻す日が来たとしても、笑って受け入れられるように。
「一緒に頑張る仲間がいて……ずっと、私のことを気にかけてくれている人たちもいる。だから、心配しないで。私は大丈夫。ちゃんとやれるよ」
浮かべた笑顔はぎこちないものだったけど、画面の向こうの友人も分かってくれたようで。
『環境を疑ってるわけじゃないけどな。まあ、たまには連絡してくれ。愚痴ぐらいなら聞いてやるよ』
肩を竦めたレオンはそう笑って、通信画面を閉じた。
◇
「……本当に、疑っていたわけじゃないんだが」
宛がわれた自室の座席に凭れ掛かって、レオン・アヴァンシアは深い溜息を吐く。
士官学校卒業から一週間が経過しようとしているが、本局で同期達と顔を合わせる度に、全員が深琴の心配をしていた。
――配属先で上手くやれているだろうか。昔みたいにコネだなんだの言われてないだろうか。年が近い子がいるとしたら、彼ら彼女らと仲良くなれているだろうか……以下エトセトラ。
(……それでも、うまくやれているならそれが一番いいしな)
誰にも心を開けていなかった、かつての深琴の姿を思い出す。
休憩室だろう場所の一角で話し込む自分達の様子を気に掛ける隊員達が、入れ替わり立ち代わりこちらを窺っていたことに、深琴は気づいていないだろう。ちょうど休憩時間のはずだから、昼食でも誘いに来たのだろうか。そうであることを願いつつ、レオンは深琴の様子を綴ったメールを同期達に送信する。一瞬で既読を示す数字が増えたことに、小さく「全員暇人か」と呟いて。
――もしも休暇が合えば、顔を見にいくついでに近所まで遊びに行くのもいいだろう。自分一人で、となるとまたもや同期達にどやされるので、もう一人のチームメイトを連れて行くのも忘れない。彼女の同僚たちに挨拶ができればいいのだけれど。
その再会がそう遠くないうちに叶うことも、再会の形が思っていたようなものでなかったことも、今の彼には知る由もなかった。
◇
通信終了の音が鳴ったのを確認して、端末を仕舞う。相変わらず過保護なチームメイト達だ。慣れないうちは二人の気遣いが苦手で仕方なかったほどだったのを思い出す。今では心地よくなっているのだから、時の流れというのは不思議なものだ。いつの日か、自分も彼らのように立ち回れる日が来るといいのだけど。
そう考え微笑んでいると、後ろから頭を軽く小突かれる。振り返ると、そこには輸送隊制服に身を包んだ男性が立っていた。
「よ。お疲れさん」
「ぐ、グランセニック陸曹!? お疲れ様です!」
大慌てで背筋を整え、敬礼する。その様子に陸曹は「相変わらず固ぇな、お前」と苦笑していた。
「オリエンテーションは終わったのか?」
「はい。つい先ほど」
答えた私を、陸曹はじっと見ている。
「あの……」
「ん? ああ、悪い。……そういやお前、歳いくつだっけ」
「今年の夏で14歳になります」
「14ねえ……入局したての俺より年下かよ。まああいつはもっと年下だったか」
天才は怖いねえ、と呟きながら陸曹は歩き出す。ちなみに呟く前に「昼飯まだだろ? 一緒に行くか」と言われたため、私はその隣を歩いている。
「さっきのは友達?」
「はい。士官学校時代のチームメイトで……」
という振りから徐々に個人情報を暴かれていく。誕生日、血液型、趣味・特技に休日の過ごし方。4年前――インターミドルの頃は雑誌のインタビューもあったから慣れてはいるけど、口にするのはやっぱり苦手だ。
「あの……その質問に、何か意味があるんですか?」
「だってお前、ここに入ってから事務的な会話しかしてないだろ」
耐えかねて口を挟むと、陸曹はこともなげにそんなことを言った。
「アルトが気にしてたぜ」
「クラエッタ二士が? ……あ痛っ!」
聞き返すと、なぜか額を指で弾かれた。いけない、油断してた。
「他にもルキノやメカオタ眼鏡やお若い准陸尉殿やリイン曹長や八神部隊長がな。ついでにいえばなのはさんにフェイトさん、シグナム副隊長やヴィータ副隊長もだ」
「……ロングアーチと隊長陣全員じゃないですか」
「そんだけ心配かけてんだよ、お前は」
唖然とする私に、肩を竦めた陸曹は説明する。曰く入隊してから私が誰ともろくに話をしてないとクラエッタ二士、リリエ二士が心配していて、というかよそよそしいよねーとフィニーノ一士が輪に入り、そこからロウラン准尉、リイン曹長と輪は広がっていってシグナムさんと陸曹に伝わり、ほぼ同時にヴィータさん、はやてさん、なのはさん、フェイトさんに伝播していったとのこと。
……確かに、コミュニケーションを疎かにしていた自覚はある。教導で心身共に疲弊して、それどころではなかったというのもあるけれど。
隊長陣とは友人関係ではあると自覚しているけれど、それを理由に(表立って)必要以上に親しくしようとは思わなかった。具体的にいえば、呼び方とか。昔みたいにちゃん付けなど畏れ多いにも程がある。あくまで私は一介の隊員。その人事に関して「隊長陣のコネ入隊」と噂でも立てられたら、落ち込むどころの問題じゃない。判明次第退職届を提出する勢いで辞職もやむを得ないくらいだ。
そして、結局は最初の問題に立ち戻る。
「無暗に誰とでも慣れあう必要はねえけど、最低限のコミュニケーションは取れないとマズいんじゃねえの?」
「……そう、ですよね……」
けれど、どうすればいいのか。レオンもルーチェも私より4つ近く年上で、それでも同期生の中では私に次いで若かったのだ。けれど
だから……。思考と同時に足が止まった。
「……分からないんです。自分とあまり歳が変わらない人との、会話の仕方が」
「分からないって……」
そう、分からない。
地球では学校にも通えずにずっと入院してたし、士官学校に入るまでは伯父夫婦の下でひたすら魔法の力を磨いていた。インターミドルで対戦した人たちとも、ろくに話した記憶はない。士官学校ではレオンとルーチェがずっと傍にいたし、二人より私と年が近い人はいなかった。
年月を経るごとに友人と呼べる人達は増えたけど、自分から会話を振ることはしなかった……というよりは、できなかった。
何を話せば、相手は応えてくれるのだろうか。それさえ分からない。
(それでも……海鳴市にいた頃は、まだマシだった気がしたけど……)
海鳴市でなのはさん達と出会った頃は、もう少しまともにコミュニケーションを取れていたように思うが、当時の記憶は曖昧なまま。年齢的にも彼女達が私を気遣ってくれていた可能性が非常に高い。
「……そう難しく考えなさんな」
言って、陸曹は落ち込む私の頭をぽんぽんと優しく叩く。
「相手の事なんて、話していくうちに分かってくるもんだ。話なんて最初から合わないのが当たり前だしな」
「はい……」
「まずは敬語はやめろ。うちはそこまでうるさくないし丁寧語で十分だ、とは八神部隊長からな。ついでに言えば階級呼びもやめろ。もう言われたかもだが、せめてフォワード陣は呼び捨てでな。俺も『ヴァイス陸曹』でいい」
「……はい。ヴァイス陸曹」
「その調子だ。……ほれ、行ってこい」
視線の先には、宣言通り席を取って待っていてくれたフォワード陣がいる。
「遅いわよ、深琴」
「ご飯冷めちゃうよー」
「メニュー、何にしますか?」
「深琴さん、お茶どうぞ」
歓迎準備完了、と言わんばかりに4人は空席を示す。ヴァイス陸曹に背中を押された私はまずは一歩踏み出して止まり、今度は小走りで4人の元へ向かった。自然と頬は上気し、口角が上がる。
「――ごめん、お待たせ」
◇
「なのはちゃん的に、この機動六課はどーやろ」
「どうって?」
「いい部隊になりそうかなー、とか」
はやての問いに、なのはは笑みを浮かべた。
「人材は本当にしっかり揃ったと思う。ロングアーチやバックヤードまで本当にいい子たちばっかりだし」
が、そこまで言って、なのはの表情は曇る。
「新人たちも……特にフォワードたちはいろいろ重い子も多いけど……ライトニングの2人はもちろんスバルもティアナも、深琴も……」
「『立ち向かうための意志を持った子』。前線メンバー集める時に一番気にしたところや。あの5人はそこは絶対間違いない」
言って、はやてはなのはを見た。
「なのはちゃん、フェイトちゃんには苦労かけるし寄り道してもらって申し訳ないけど……」
「寄り道じゃないよ。前線で教官って立場は、私にとっては夢みたいな立場だし」
それに、となのはは笑顔で続ける。
「立ち向かうための意志に、撃ち抜く力と元気に帰ってくる技術をしっかり持たせてあげること。――それがわたしの仕事だからね」
◇
午後訓練の開始時刻、陸戦訓練場。訓練用のジャージに身を包んだフォワードチーム5人が整列する。
「さて、じゃあこれから第一段階に入っていくわけだけど」
整列する私たちの前で、教導隊制服に身を包み、その手にデバイス・レイジングハートを携えてなのはさんは口火を切った。
「まだしばらくは個人スキルはやりません。コンビネーションとチームワークが中心ね。5人ともそれぞれ得意の分野をしっかり生かして協力し合う!」
「「はいっ!」」
「個性を生かして能力をフルに活用して、まずはチームでの戦いをしっかり身につけよう」
「「「はいっ!」」」
準備体操に入りながら、私は空を見上げた。
新しい居場所と、そこで過ごす日々。仲間たちと、エースたちと過ごせるこの瞬間を大切に。
そしてきっかけを与えてくれたあの黒銀に、言いつくせないほどの感謝を胸に。
――秋月深琴、頑張ります!