魔法少女リリカルなのはStrikerS もう一人のストライカー 作:藤月沙月
紺碧の海が炎に包まれ、星が煌く夜空が赤く染まる。大地は黒い燃焼液で汚され、そう容易には人の立ち入りを許さなかった。この光景を、私は何回目撃しただろう。
一度目は、10歳の頃。密輸されたロストロギア『レリック』が爆発し、飛行機内はおろか空港をも巻き込んだあの火災。なのはさんに救われたスバルと、アーウィング執務官に救われた私に訪れた転機。その姿に憧れ、変わりたいと――強くなりたいと願い、その道を決めたあの日。
二度目は、14歳。地上本部の襲撃と時同じくして襲撃を受けた、機動六課での光景。ヴィヴィオは攫われ、交代部隊やロングアーチスタッフ、バックヤードスタッフが傷つけられた。彼らを守れず、居場所を壊された怒りと悲しみと後悔で埋め尽くされたあの日。
何度見ても慣れないし、そもそも慣れていいものじゃない。にも関わらず、どこかの世界で、「人を傷つけるため」の炎は上がる。
6月26日、夜。ミッドチルダ南部の海上施設マリンガーデンにて上がった炎は今も尚、海と空をその牙にかけていた。
◇
『こちら港湾警備隊本部! 火災の規模はコンディション7! 燃焼剤で燃えてる分、内部温度の上昇が激しい!』
至る場所で、火災を告げる警報が鳴り響く。特別救助隊と応援の陸士部隊、航空武装隊の隊員達が装備を整え、未だ炎に包まれたマリンガーデンを目指していた。不幸中の幸いとは言ったもので、出火時点で既に営業時間を終えていたマリンガーデン内部には従業員が僅か。しかしマリンガーデンの広さや火災状況、その上燃焼剤使用というこの状況は、救助隊だけでは対処しきれない。そしてマリアージュの件もある。ティアはマリアージュ対策で武装隊の指揮。エリオとキャロはスバルと一緒に現場作業。私はこの二組を始め、東側に展開する部隊の前線管制を担当することになった。本部からの通信モニターを開きながら、必要なデータを表示させる。
『特救はツーマンで人命検索! 防災は水利要請、化学火災用の消火剤! 空隊はエリア区切って消火弾! 指示を待て!』
特救のヴォルツ司令の命令に沿って、隊員達は動き出した。一足先に空に上がっていた秋葉さんが、指定された範囲に凍結効果を付随させた砲撃を撃ち込む。炎の勢いが弱ったと同時に、控えていた空隊がツーマンで消火弾を撃った。該当地点の温度は低くなったが、それでも400度を超えている。秋葉さんに空間系の魔法を使用してもらうという手もあったが、現時点で対応できるほどの液剤車や消火剤タンクがない。
この状況で、マリアージュの襲撃を受けたら……。
「深琴!」
モニターを見つめ、唇を噛んだ私を呼ぶ声。振り返ると、カノンを携えたディエチがこちらに向かっているところだった。彼女とチンク、ノーヴェ、ウェンディの四人――通称ナカジマ四姉妹は、戦闘機人特有のデータ共有等の特性を生かして、『N2R』というユニットを組んでいる。こうした大規模な災害が発生した時は四人の保護責任者であるゲンヤ・ナカジマ三佐の権限で召集・活動することができた。
「ごめん、遅くなった。状況は?」
「若干ではあるけど、炎の勢いは弱まってる。でも油断は出来ないし、従業員達……逃げ遅れた民間人がいる。救助しようにも崩落地帯は多いし手が足りない。放火犯に関しては現在不明ってとこ」
「厳しいね。……今、ノーヴェとウェンディに消火剤タンクを持ってきてもらってる。カノンの使用も申請してるから、二人が戻り次第、私も消火の手伝いに」
「うん、お願い。……マリアージュに関してはティアが指揮担当だから、もし発見したら連絡を」
「了解」
ディエチが頷くと同時に、開いていたモニターに緊急通信が入る。映し出されたのは、零さんとフェアの姿だった。飛行しているのだろうか、零さんがフェアに抱えられている。発信者は零さんだ。
『俺だ。ヴォルツ司令に市街地飛行許可を貰った。全速力でそっちに向かってる。状況は?』
「秋葉さんや空隊の皆さんのお陰で、屋外の温度は600度前後で推移しています。ですが瓦礫の崩落が多く、民間人の救助は難航。屋内や海中トンネルはスバル達が突入していますが……屋内の温度は一番低いところで700度。現時点で確認された最高温度は900度ちょうどです」
『マリアージュは?』
「今のところ、確認されてません。イクスに関しても……108隊のソナーによる発見待ちです」
ついでに現状のデータを添付して、あちらに送信する。それを目にした零さんが唇を噛んだ。
『災害特例で四姉妹が召集かけられるくらいだからな。油断できないか。……彼方とディバインに連絡は?』
「既に入れています。お二人とも、遅くとも1時間以内にはこちらへ来てくださるそうです」
正直なところ、私が管制を担当することになってすぐした事というのは、この二人に連絡を入れることだったりする。彼方さんは「マリアージュと戦闘? 五体くらいまでなら大丈夫だよ。数字に根拠は無いけど」と言っていたし。アーウィング執務官に関しては、私も出動するとなれば管制の代理がいる。……実際には、私が代理のようなものなんだけど。
『了解した。この調子なら……30分もあれば装備込みで行動できる。引き続き、協力を続行する』
「お願いします。ではっ」
通信を切り、私は管制用のモニターに目を向ける。消火剤タンクを持ってきたノーヴェとウェンディが活動を開始し、タンクを背負ったディエチが本部から指定されたエリアに消火剤砲撃を開始した。徐々に消えていく崩落地点や未消火のエリアは、参加する誰もが「犠牲者を出すことなく終わらせること」を自身の誇りや生命、信条に賭けて活動していることを示している。
(私も、しっかりしないと……)
ただでさえ突撃思考なのに、ここ最近はその傾向があるのはいただけない。軽く頬を叩いて、私はモニターを見つめた。
◇
『嗚呼……この世界は何故繰り返すのか……』
彼女の記憶に残る声は、言う。地の底みたいな戦場で、共に戦った仲間。彼が語った未来は「平和な世界」そのものだった。誰も傷つくことなく、争うこと無い世界。夢の様な世界に殉じた仲間の顔は晴れやかなものだった。
しかし、そんな世界は所詮夢物語。救い出された世界は、人の数が多いだけ。食料も友愛もそこら中に溢れているのに、人は傷つけ――そして殺しあう。
『痛みを知って欲しい。……いや、知るべきだ!』
その痛みが現実となって人々が感じれば、争いは無くなるはずだ。彼はそう言っていた。かのアルハザードの遺物を発見し、その量産にとりかかる。自分は、そんな彼を止めなかった。空っぽな世界が作る偽りの平和など、『平和』ではないと。
『明けの星……再生の炎の中で、イクスは王として蘇る……』
彼の言葉を脳裏に浮かべ、彼女は微笑んだ。
美しくも冷酷な、その笑みを。
◇
『N2R赤毛1・2、崩落地帯破壊突破。ハチェット、マーリ、水利確保』
『ソードフィッシュ1、要救助者3名搬送』
『N2R栗毛、フロアX-23完全消火!』
炎で照らされた夜空で消火活動中の航空武装隊隊員が、その報告に喜びの声を上げた。かれこれ30分程休む間のなく消火弾を撃ち続けている彼らにも、疲労の色が見え始めている。炎の勢いは弱まり、屋内外の温度は600度を下回り始めていた。
「喜ぶのはいいけど、手は止めない」
「は、はい! すいません、霜月三尉!」
彼らを率いて活動していた秋葉が、マガジンを取り替えながら言う。その言葉に謝罪した隊員達は陣形を崩すことなく砲撃を再開した。とはいえ秋葉の口調は彼らを咎めるほど厳しくはない。その証拠に、彼女の表情も和らいでいる。疲労の色も大分濃いが。
(このまま、何事も無ければいいんだけど……)
最大の不安要素であるマリアージュは、未だ姿を見せていない。彼女たちの存在一つで勢力図は容易く引っくり返されることだろう。元機動六課のフォワード5名や彼女の師匠である零やディバイン、フェアなら何とかなるだろうが……。
そこまで考えた彼女の耳に、咆哮が届いた。獣の様であり、機械の駆動音にも似たその声に続いて固い靴音が響く。何十をも反響するその音はまるで軍隊の行進にも似ていた。
音は止み、地上を覆う炎から空を見る影がある。長身に纏うボディスーツと顔の上半分を覆うバイザー。見覚えのある姿をした『
右腕の銃口を、自分たちに向ける。
「全員、防御陣形! 隊列乱さないで、バリア張って!」
《Oval Protection.》
各自が張ったバリアの上から、蒼氷色のバリアが全方位を覆った。阻まれた砲撃を意に介さない様子で、マリアージュは再び、秋葉達に目標を定める。
「私が地上で迎撃します。クレスタ副隊長はランスター執務官に連絡を。他のみんなは消火活動を続けてください。以降の消火活動の指揮は、副隊長にお任せします」
「……分かりました。お気をつけて」
不安そうな顔で、副隊長は頷いた。しかしそれも一瞬のことで、落ち着いた様子で連絡と指揮を開始する。年下の上司、女の上司――どちらか片方だけでも男性は受け入れがたいらしい。その上秋葉は3年前まで現場を離れていた立場だ。にも関わらず、彼は秋葉の意思を尊重し、受け入れてくれる。
「あなたも……イクスの糧に……」
「お断りよ、そんなの」
愛機を構え、秋葉は周囲に魔力弾を生成した。そして二人はほぼ同時に動き出し、杖と銃身で鍔競り合う。距離をとっては蒼氷色の魔力弾がマリアージュを攻撃し、マリアージュはいとも容易く弾き返した。
「残念ですが、あなたでは私に勝てません」
「勝つつもりなんて、最初からあるわけ無いじゃない。まあでも……私に狙いを定めた時点で、ほぼ勝ったも同然かな」
言って、秋葉が微笑むと同時に複数の短剣がマリアージュの周囲に突き刺さる。同時に黄色のテンプレートが短剣の柄の部分に展開した。
「IS発動。――《ランブルデトネイター》」
凛とした声が響き、その声を合図に短剣が爆発する。爆風から身を守った秋葉は、声の主を振り返った。N2R全員共通防護服の上から、灰色のコートを纏う小柄な少女。元ナンバーズNo.5、チンクだ。
「ありがとね、チンク」
「いや。無事で何よりだ、秋葉」
背後から近づく影に振り返ることなく、秋葉は笑う。しかし徐々に近づいてくる多数の足音に、その表情は不機嫌なものとなった。
「諦めてくれたら手っ取り早いんだけどね」
「そうもいくまい。人形というのはそういうものだ」
それでも軽口を叩く彼女の視界の外から、一機のマリアージュが音も無く近づく。振り向きざまに、秋葉は笑った。
「勝つつもりなんかないけど、負けるわけにもいかないからね」
深紅色の光が輝き、マリアージュの刃を受け止める。マリアージュが息を呑んだ一瞬の隙に、光は斬撃を叩き込んだ。破壊されたマリアージュの残骸を見下ろして、深紅色を纏ったフェアは不服そうに唇を尖らせる。
「ちょっとは慌てるなりしようよ。危ないなあ」
「援軍期待して、迎撃に向かったんだもの。――さて、と」
奥より現れた十機編成のマリアージュを見て、三人はそれぞれポジションに着いた。最前衛にはフェアが、中衛にはチンクが。最後衛は秋葉がそれぞれ担当する。
一度も試す機会がなかったこのフォーメーションだが、不安は無い。
紅と蒼、そして黄。三色の光が強く輝いた。
◇
一方、その頃。17機のマリアージュをシングルアサルトで迎撃するエリオにも、援軍は訪れていた。
「しっかし、よく湧いてるねえ。どこから材料用意したんだろう?」
「俺らが知ったことじゃねえよ、絶対」
のんびりとした口調で首を傾げる彼方と、同じく緊張感に欠ける口調の零。二人の手にはよく似た日本刀があった。
「零さん、彼方さん……」
「エリオ、ここは俺達に任せておけ。安心しろ。これまでこんなフラグは片っ端から立てて折っていったからな」
「兄さんうるさい。エリオ君は今のうちに一旦避難して、バリアジャケットの再構築やっといで。深琴ちゃん達の計算が正しければ、そろそろ限界だと思うから」
彼方の言葉に頷いて、エリオは一旦安全地帯まで後退する。彼の姿を見送って、零と彼方はその表情を引き締めた。彼らを囲うマリアージュは10機。それらに対して、二人は互いの背中を合わせる。
そこにあるのは、血を分けた双子の兄弟への絶対的な信頼。アルティスの血筋に連なる者として責任と、騎士としての覚悟。
「兄さん。この事件が無事終わったらさ、また皆にご飯を作ってあげようよ」
「そうだな。皆疲れてるだろうし、空腹だろうしな」
「メニューは何にしようかな。喜んでくれるといいけど」
「――あなた方も、イクスの糧に」
空気を読まない会話に苛立ったのか、マリアージュの声は刺々しいものへと変わる。
「これ以上、無意味な争いを続ける気はない」
「争いを止めるために、争いは必要ない。守るためには戦うさ。そちらがその手に槍を携える限り」
『和平の使者は槍を持たない』。和平を申し出るなら武器を捨てろ。つまるところ平和な世界のために過度な力は不必要だと。
「我々はそのために、そのためだけに生み出されました。進軍は当然です」
「だからって、『はいそうですか』なんて言うと思ってんのか? 大体古代ベルカはとうの昔に滅んだんだよ。お前たちが進軍する戦場は、どこにもない」
吐き捨てるように言って、零はその瞳を細めた。
「――ゼロ・アルティスの末裔にして、聖王教会騎士団騎士、渡辺零」
「同じく、ゼロ・アルティスの末裔にして、時空管理局本局査察官、藤月彼方」
「我ら、王家の大地に実りを、民に平和を齎すため、ここに馳せ参じた」
認めないと、抗うというのなら。せめてもの手向けに、古代ベルカの戦に則ろう。刀を構えて、二人は同時に口を開いた。
「「アルティスの名の下に――推して参る!」」
二人の声を合図に、一斉に動き出したマリアージュより速く。
二閃の煌きと漆黒の輝きが、一帯を覆い尽くした。