魔法少女リリカルなのはStrikerS もう一人のストライカー 作:藤月沙月
茜色の星が天井を撃ち抜いた。その向こうから見えるのは闇に浮かぶ星空。そしてその空に繋がる道を、イクスはスバルの腕の中で見ていた。
(何か、昔を思い出しちゃった)
(空港火災のこと?)
(うん。私もイクスの様に、なのはさんの腕に抱かれてこの空を見たんだよなあって)
ボロボロになりながらも、イクスを落とさないようにスバルは抱える。念話を通して聞こえる彼女の声は、嬉しそうだった。
「スバル! 空に、星が見えます!」
「えっ?」
「それに、海も空気もこんなに澄んで……」
目を丸くするイクスの言葉に、私の脳裏には古代ベルカのデータが過ぎる。海も空も濁りに濁ったベルカの大地。その世界で生きていたはずの人々が、動物が、まるで消えるように死滅した世界。これまで見てきた世界のどことも異なるその環境は、地獄そのものだった。
「でも、今の世界はこんな感じです。そうじゃない場所もまだまだあるけど……減らしていくよう、皆が頑張ってます。……生きる希望、出てきました?」
「……その……」
ちらりと私を見て、イクスは俯く。迷っている、のかな。やっぱり。
イクスの表情を見て、スバルも心配そうに瞳を伏せた。
(いきなりは難しいかな……)
(……そう、だね。特にイクスは昔の記憶を持ってるから……多分余計に)
激変した世界の環境に、イクスの体は……心はすぐ馴染めるだろうか。争いだらけの、それこそ血と炎で彩られた世界しか知らない彼女にとって、その幸福を受け入れることは難しい。
――自分は、ここにいてもいいのだろうか。それは海鳴市で目覚めたクオンも通った道だ。でも……。
「ゆっくりでいいんじゃないかな。焦っても何もならないし、生き急ぐことになっちゃうから」
「あ……」
思わず口から漏れた言葉に、イクスは顔を上げる。まだ不安そうな彼女に、私は微笑みかけた。
「……少なくとも
もちろん周囲の協力があったわけだけど、それは彼女だって同じ。私やスバルがいるし、ティアや皆だっている。
「ヴィヴィオ、喜ぶだろうね。また友達が出来たって」
「だね」
「友達……?」
イクスが首を傾げ、スバルは笑った。同時に力強いローラーの音が響き、私たちのすぐ傍で止まる。
「スバル! ……この馬鹿! 心配かけやがって!」
「ノーヴェ……」
スバルによく似た赤毛の少女。N2Rの一人であるノーヴェが、勝気な声と顔でそう言った。とはいえ本当に随分心配していたらしく、通信履歴にはダントツで彼女の名前が上がっている。私でこれなのだから、スバルにはその倍と見ても過言ではない。
現に今も、スバルの怪我にノーヴェは驚いている。もちろん、イクスもだ。
「んだよその怪我! ほれ、二人まとめて連れてってやるよ」
「……あの。お顔も声もそっくりですが……ご姉妹で?」
「んあ?」
照れくさそうに、けれど加減ができなかったのかノーヴェはイクスに鋭い視線を向ける。こらこら、とディエチが通信でノーヴェを窘めた。
けれどスバルは、それはそれは嬉しそうに笑っている。
「えへへ。妹ー」
「不本意ながらな!」
その様子に肩を竦めて、私はスバルからイクスを預かった。一方のスバルはノーヴェに背負われて、後方で――いつの間にか前線管制付近まで展開していたけど――待機している救護班とマリエル技官まで向かう。スバルの怪我を見たマリエル技官は顔を青くして、一緒にいたギンガさんも慌てていた。
「マリアージュの反応が消えたそうだ」
防護服の再装着を行っていると、アーウィング執務官がモニターの一枚をこちらに飛ばす。先程まで無限にも等しい増殖を繰り返したアイコンは、綺麗さっぱり消滅していた。とはいえ迎撃にあたっていた皆の疲労は限界寸前で、立っているのもやっとの状況で。秋葉さんに至ってはチンクの肩を借りている状態だ。これは酷い。
「じゃあ周辺警戒しつつ現場の確認と、自力で戻れなさそうな迎撃メンバー拾って来ましょうか」
「あ、あたしも手伝う」
「悪いな、二人とも」
立候補したノーヴェと二人、執務官に見送られて私は現場に戻る。――結局全てが片付いたのは、闇色の空に太陽が昇り始めた頃。限界まで作業を続けて、スバルの部屋で泥のように眠る頃には既に朝日は昇っていて。
「……これで、良かったんですよね?」
夢の中に現れたクオンは私の言葉に頷いて、あっという間に消えてしまった。
そしてその日から、彼が夢に現れることは――二度となかった。
◇
翌日のほぼ真昼から再開された捜査活動は、大忙しだった。
今回の「マリアージュ事件」は、ルネッサ・マグナス執務官補による複合事件として扱われることになって――それが厄介にも物議を醸した。
連続殺人はトレディアの生存を匂わせるためと、証拠隠滅のため――彼女自ら、手を下していた。
管理局員が、そして臨時とはいえ自ら選択した副官が犯罪を犯していたという事実。ルネッサの計画そのものや、計画の一部だった都市襲撃を未然に防いだということでティア自身は重大な処分を免れた。とはいえ活動自粛と減俸処分は免れなかったけれど……この程度で済んだ、と見ていいのか。それは私にも分からない。
一方のイクスは、救出されたその日から海上隔離施設に保護されて、ずっと眠り続けている。その原因は分かっておらず、スバルとヴィヴィオが様子を見に行っているけれど……起きているイクスと会うことはできていない。
事後処理と報告、その他諸々含めて、事件が終結したのは火災から一週間と少し。今日でその日を迎える。
「じゃあ、ティア。お疲れ様でした」
「うん。……悪かったわね。結局最後まで付き合わせちゃって」
「気にしないで。それが仕事なんだし」
報告書を提出して、ティアと並んで救助隊の更衣室に入る。とはいえティアはこの後私用で108隊に向かうらしく、ベンチで休憩していた。
「お礼って訳じゃないけど、夕食奢るわ。スバルも一緒だから」
「いいよ。そんな気にしなくても」
……と、一応言っておく。スバルと一緒ということは、八割方の確率で逃走不可能だ。嫌いじゃないんだけどね。
「そういえば、静真さんのレポート……大丈夫そう?」
「まあ、提出まで二週間はあるしね。七割程はもう書き終えてるし」
何だかんだで、兄は計画的に物事を片付ける性格だ。今回のレポートも資料は提供されたし、内容も「オルセアの内戦の原因だと考えるもの」。考えられる原因を片っ端から調べ上げ、解決策を考える。現在はアーウィング執務官のマンションに入り浸っているとか。伯父夫婦の家では資料が置けず、研究室では健康に悪い――という判断だ。零さんと彼方さん、そして秋葉さんが交代で見守っている。……まあ妹としても、見張りが大勢いるほうが安心ではあるが。
しかし今一番の気がかりは、ティアの横顔に翳りが見えること。丁寧に畳んだ制服を鞄に仕舞い、アイボリーのシャツと黒のシフォンスカートに着替えた私は、思わず口を開いていた。
「……ティア、無理してない?」
信頼していた――それこそ事件後には正式な補佐官への指名も考えていた人物の裏切り。戦いの意味とその虚しさを世界に知らしめるその計画を知った時、私は驚いたし――同時に「やっぱり」と納得した。他人を疑う仕事とはいえ、世界が綺麗事で回るはずが無いことを知っている。
でも、まだ私だからいい。これがヴィヴィオや彼女の友達、果てはこれからの命まで巻き込むとならば話は別。彼女達の目に映る世界が平和で安全で……希望に満ちたものにするために自分は戦っているのだと、胸を張れるから。
そしてそのために戦っている人を、知っているから。
「無理、と言うか……もっと早くに、ルネの悩みに気づいていたら……とは思ってる。後悔しても仕方ないとは分かってるけど……」
――一緒にいる間、もっと話し合えたらよかった。そう呟いて、ティアは顔を俯かせる。そして隣に座った私の右肩に、こてんと頭を乗せた。額を乗せる形で、その表情は見えない。
「……ごめん。ちょっと、肩借りるわ」
「いいよ。私のなんかで、よかったら」
「……ありがと」
呟く様なティアの声は、湿り気を帯びていた。
◇
それからしばらくして、場所はスバルのマンション。2週間ぶりのオフを満喫しているだろう彼女へのお土産はアイスクリームだ。
「ただいまー」
「あ、お帰りー」
慣れた足取りでリビングまで来た私を出迎えたスバルに、袋を手渡す。中身を見て目を輝かせるその様子に、思わず笑みが零れた。何だかんだでずっと泊り込んでいた身としては、土産の一つでもないと申し訳なくなる。
「ごめんね。何だかんだで泊り込んじゃって」
「全然いいよ。楽しかったし、料理も美味しかったし。あ、お茶淹れるね」
言って冷蔵庫へと向かおうとしたスバルの首に下がるマッハキャリバーが、通信を告げた。
「また着信……はい。スバルです」
『あ、マリーです。スバル、今空いてるかな?』
「はい! 二週間ぶりのオフですよー」
通信の相手はマリエル技官。何事かと首を伸ばすと、技官はややぎこちない笑みを浮かべていた。心臓が早鐘を打つように、鼓動が速くなる。
『あのね、イクスが目を覚ましたの。会いに来れる?』
――何でだろう。嫌な予感がする。マリエル技官の表情とか言い方が、いつもと違う気がして。
そして、その予感は的中した。喜ぶスバルに、申し訳なさそうに技官が口を開く。
『ただね……伝えておかなきゃならないことがあるの。二人とも……落ち着いて、よく聞いてね』
続けられたその言葉と、それが示すだろう意味と未来。
それらを否定するように、私は瞳を閉じた。