魔法少女リリカルなのはStrikerS もう一人のストライカー 作:藤月沙月
青い空、白い雲。夏の太陽が本格稼動する前の海鳴市は、ミッドチルダ同様やや汗ばむ気候だった。季節は7月。無理も無い。
そんな海鳴市は、秋月家が所有する土地に設けられた墓地――というか、秋月家が代々信仰している氏神を祀った神社の敷地内に設けられた墓地の一角。太陽が上がりきる前のその時間に、私はそこを訪れていた。とは言っても私だけではない。他にも静真お兄ちゃんやアーウィング執務官、そして零さん、彼方さんが一緒だ。
「つうかさ、『秋月』って名前だけで複数あるってどういうことなの」
「そういうことです。いわゆる本家や分家ですね」
その中でも一番目立っているのが、本家――クオン・アルティスも眠る墓である。
マリアージュ事件から半月。事件中臨時補佐についていた私は、事後処理やら何やらでようやく休暇を取得した。お兄ちゃんは休日で、零さんと彼方さんは公休日。零さんの「使い所がいまいち分からない有給休暇を使って墓参り行こうぜー」という一言を発端に、この計画が実行された。ちなみにチケットは既に零さんが入手済みだったりする。
「そういえば、秋葉さん大丈夫でした? あの後だいぶぐったりしてましたけど……」
マリンガーデンを襲った火災とマリアージュ。その迎撃に当たった一人である秋葉さんは自力で立ち上がれないほどに疲弊していたことを思い出す。
「今までに比べたら回復も早かったよ。様子観察含めて3日以内に現場復帰したし」
「……多少の無理やり感が否めないがな」
彼方さんの言葉に頷きながらも、執務官が小さく呟いた。一方彼女の師匠に当たる零さんは「大丈夫だろ」と軽い調子である。
「あいつももういい大人だしな。余計な口挟む必要は無いだろ」
「とか言いながら、一番心配してたのは兄さんだけどね」
「そうだったな。医務室前で不審人物のごとくうろうろと」
「るっせーよ!」
零さんは格好つけてはみたものの、あっという間に彼方さんと執務官によってその調子を崩された。心配性なのか、優しいのか――恐らくは前者だろう。
「……仲いいよなー、相変わらず」
一方レポート地獄に打ち勝った兄は、やや寝不足な顔で呟いた。それでも頭は冴えているのか、無駄の無い動きで墓に水をかけていく。手入れは怠っていないらしく、汚れやゴミは何一つ見当たらない。
そして諸々の作業を終わらせ、手を合わせる。
(……本当に、これでよかったのでしょうか)
イクスは、いつ目覚めるとも分からない眠りについた。クオンの願いは彼女たち古代ベルカの王を、その宿命から解放すること。確かに解放することは出来た。イクスはもうマリアージュを生み出せないようプログラムされており、彼女と量産された母胎を無くしたマリアージュは生み出されることは無い。
だけど、それはあくまでも「冥王・イクスヴェリア」を普通のイクスヴェリアにしただけで……今の技術では治療できない肉体はまた別問題ではないだろうか。今の状況では、どんなに頑張ってもイクスヴェリアをヴィヴィオの様な「普通の少女」にすることは出来ない。
それが、私には気がかりだった。
ほんの僅かな時間だけど、言葉を交わし、触れ合って。今でも座った時とか、ふとした瞬間にイクスのぬくもりが思い出されて――寂しくなる。
ヴィヴィオと友達になって喜んでいる顔とか、泣いているスバルの額を弾いた事とか、この世界を「綺麗だ」と喜んでいるその姿が、今でも鮮やかに蘇るのだ。
もっと出来る事があったんじゃないのかと、答えの無い疑問が渦巻いて消えない。
『いいんだよ、これで』
穏やかな、クオンの声が鼓膜を刺激する。声を聞き取ったことに気づいたのか、その声は優しく続けた。
『彼女は笑っていただろう? それが答えだ』
――大好きだと、ありがとうとイクスは笑っていた。眠りにつくその直前に、けれどしっかり鮮明に。それを思い出すと同時に、その声はまた遠くなる。
『兄さんの子孫の顔も見れたし――これで、少しは休めそうだ。……ありがとう。お疲れ様』
「深琴!」
声が掻き消えると同時に、右腕を引っ張り上げられる。……あ。足に力が入ってない。そんな私の顔を、執務官が覗き込んだ。
「大丈夫か? どこか具合でも……」
「すいません……大丈夫です」
ぼーっとしながらも、墓を見遣る。何の気配も感じないし、声も聞こえない。
けれど、そこに彼の――クオン・アルティスの姿が見えた気がした。
「……で、この後どうするよ」
「ひとまず静真君たちのご両親に挨拶でしょ」
「土産ついでに翠屋行きましょうか。店長達に挨拶したいし」
既に先を歩く三人は、この後の予定を考えている。さっきの声は、私にしか聞こえなかったらしい。
「深琴?」
「いえ……行きましょうか」
最後にもう一度墓に礼をして、先を行く三人を追いかける。雲ひとつ無い青空は、まるであの日見上げた空と同じで、少し寂しくなってしまうけど……それでも笑顔だったイクスを思い出した。あれからスバルも訓練や出動の帰り道、青空を見るとイクスのことを思い出すらしい。
会って話ができたのはほんの少しの間だけど――その時間は、消えることが無い大切な思い出。いつか彼女が目覚める日まで、私もまたその時間を忘れることはないだろう。
隣を歩く執務官の手をそっと握って、小さく呟いた。
「大好きです」
「……知ってる」
さらりと返されてしまったけれど、その手が解かれることは無い。その事実に安心して、私は瞳を閉じた。
(イクス……ずっと、待ってるからね)
――青空の下でまた会える、その日まで。