魔法少女リリカルなのはStrikerS もう一人のストライカー 作:藤月沙月
「えー、それでは」
12月29日、19時。仕事上がりの会社員達が集まって忘年会を繰り広げるミッドチルダ市内の居酒屋。その座敷の一席を押さえたグループは、時空管理局第一士官学校の61期生と有志参加の60期生。大半が本局勤務の管理局員のため懐かしい顔触れとは言えないが、3月に卒業してからかれこれ9ヶ月が過ぎようとしている事もあって盛り上がっていた。しかしそれでも、今回の「同窓会」主催者であるルーチェ・バイオレットが口を開くと同時に静まり返るのは性だろう。
「皆さん、お忙しい中集まっていただいて、本当にありがとうございます。60期生の先輩方ともお会いすることができて、私も嬉しく思います。今年も色々ありましたが、また来年もよろしくお願いします……っと、長い挨拶は嫌われてしまうのでこの辺で。最後に乾杯して、飲み食い始めちゃいましょう!」
全員が飲み物を入れたコップを持ち上げ、「乾杯」の合図に合わせて隣近所のコップを軽く鳴らした。
「……本当の意味で、『全員』集まりたかったけどね」
「無茶言うなよ。所属が違えば休みも違うんだし」
苦言を呈したルーチェのコップに烏龍茶を注いで、レオンが小声で制する。
「……深琴だって、ようやく家族と和解できたんだ。年末年始くらい家族と過ごしたって悪くないだろ」
「えー! 秋月さんいないのー?」
間延びした口調の声が上がったのは、60期生女子のグループからだ。最もその全員が件の少女の不在を喜んでいるようである。
「秋月さんのことだから、訓練でお忙しいんでしょうよ。協調性がないのはいつものことだし」
「執務官補佐考査に受かったらしいけど、どうせコネでしょ? いいご身分よねー」
きゃはははと可愛らしくも下卑た笑い声が響いた。彼女たちに反論するものはいない。恐れているのではなく、呆れていた。当の本人がいれば彼女達の父親が提督クラスであることを指摘しただろうが。以前にも似たようなことがあったが、彼女達の記憶からは抜け落ちているようだ。
「いい加減にしとけよ、お前達」
苛立った声が、笑い声をかき消す。声の主である少年は燃えるような赤毛を掻き上げ、グループの中心格である女子を睨みつけた。鋭い視線に射抜かれたグループは沈黙し、そうでないグループからは団欒の声が沸き上がる。グループの恨みたらしい視線に微動だにしない少年は、ルーチェとレオンに視線を向けた。
「相変わらずだよね、あの人も」
「ねー。本人の前では似たようなことしか出来ないのに」
「……いつものこと」
「だよねー」
アスカの言葉にシルフィが頷き、控えめなセレナの呟きにカリーナが笑って同意する。先程の少年――レックス・フォレスターも普段は女子グループと同じく「秋月深琴否定派」だ。しかしこういった「本人がいない集まり」となると一転して「秋月深琴擁護」に変身する。曰く、本人が目の前にいると素直にお喋り出来ないのだとか。
(……今日ばかりは、深琴は不参加で正解だったのかもしれない)
厳しくも和やかな機動六課で過ごした深琴にとって、この空気は耐え難いものだろう。自分を教え導いてくれた上司と、厳しい訓練と実戦を一緒に駆け抜けた同僚達との間にこのようなギスギスした関係は見当たらない。一度だけ一緒に行動したときの事を思い出したルーチェは、物思いに耽るように手にしたコップを弄ぶ。
その脳裏には、自分達が初めて出会ったあの日のことが過ぎっていた。
◇
新暦73年、6月。時空管理局本局直轄の第一士官学校では入校式が行われていた。青色をした制服を纏った男女が集められた講堂の壇上で、学長が祝辞を述べる。元気と若さに溢れる目で彼を見返すのは、入学試験を乗り越えた若き士官候補生達。
『志を持って本校に入校した諸君らであるからして、管理局員としての心構えと誇りを胸に、次元世界の平和と安全のための力となる決意をしかと持って、訓練に励んでほしい』
(眠い……)
欠伸をかみ殺して、私――ルーチェ・バイオレットは眠気覚ましに小さく周囲に目を向けた。男女で僅かに違いがあれど、その殆どがお揃いの制服。髪の色も、その背丈も何一つ違う――まだ名前も知らないが、きっとその胸に抱く夢も違うはずだ。
そしてその中でも一人、一際異彩を放つ女子がいた。私が並ぶ列の左隣に並ぶその体は筋肉はあるんだろうけども小柄で細い。最初は目を疑ったが、彼女が並んでいる列は私と同じ魔導学部の列である。
(うっわー……ちゃんとやってけるのかなあ、あの子)
もしかしてコネ入学か、とも考えたがそれはありえない。
魔導学部の入学試験は魔導知識の筆記と体力や魔力の検査を始めとした実技試験だ。筆記試験ならまだしも魔導学部に入学しようというのに、実技試験をせずに入学を認めたということはない。それなら技術学部に行けって言う話だ。
『それではここで、新入生代表の挨拶に移りたいと思います。技術学部――』
顔も名前も知らない少女を案じていた私も、そのアナウンスに反応して壇上を見遣る。先に呼ばれた技術学部の新入生代表――トップの成績で入学試験をパスした首席――の少年が、出席している来賓の方々に微笑ましく見守られながら壇上へ向かっていた。
『魔導学部、新入生代表。秋月深琴さん』
その名前に、講内の新入生、在学生共々興奮した様子で周囲に立つ生徒と視線を交わす。
――秋月深琴。前年度のインターミドル・チャンピオンシップに初参加で世界ランク10位にその名を刻んだ、少女の名前。管理外世界の出身で、しかもその魔法歴は約1年という彼女は恵まれた魔力量と近代ベルカ式とエミュレートしたミッドチルダ式の魔法を使いこなす実力者。レンジやポジションを問わないその戦闘スタイルは『ポジションフリー』と名づけられ、当時11歳にして「稀代の天才」として騒がれていた。
『皆さん、静粛に』
学長が、ゆったりとした声で語りかける。その声に冷静を取り戻した生徒たちは徐々に静かになっていった。
そして壇上には、いつの間にか少女が上がっていた。隣に立つ技術学部首席の少年と会釈を交わす彼女は、見間違えるはずもない。先程私が見かけた「あの少女」が、そこに立っていた。
所変わってホームルーム教室。入学式を終えた61期生はそれぞれ割り振られたホームルーム教室へ移動し、担当教官から教科や施設についての説明を受け、男女合計約20名の魔導学科A組はそれぞれの自己紹介を始めていた。
そして訪れた新入生代表にして『ポジションフリー』の秋月深琴の自己紹介は――。
「秋月深琴です。よろしくお願いします」
一分足らずで終わってしまった。どうやら彼女は他人と話す事、合わせる事が苦手らしい。話しかけられたら「はい」か「いいえ」。誰とも会話することなく過ごしている。奇遇にも寮の部屋が同じだったため何度か話しかけたが5分以上会話が続くことは無かった。
同時に分かった事は、彼女は朝早くから寮の門限ギリギリまでの時間を訓練等に費やしているという事。また基本無口だが芯はしっかりしているらしく、「売られた喧嘩は即座に買う」性格であるという事も判明した。
「秋月さんってさ、高町二尉と同じ世界の出身なんでしょ?」
放課後練習に付き合った帰り道、私はそう話しかけた。話しかけられた彼女は小さく「はい」と頷く。広がらない会話に小さく溜息を吐いて、私は続けた。
「やっぱり、秋月さんの家族も魔導師だったりするの? 遺伝とか」
「……さあ。正直に言うと、私は家族のことをろくに知りませんから。捨てられたようなものなので」
さらりと続けられた言葉に、私は思わず足を止める。目の前の――12歳にも満たないこの子が、捨てられた?
彼女が言うには、幼少の頃から彼女は入院していたらしい。それから10歳までは家族と会うことはできず、滅多に許可が降りなかったそうだ。
「病気の治療という名目で伯父に預けられましたが……連絡を取ったこともないので。向こうとしては、私はとっくの昔に死んだも同然だと思います」
それでもある人に救われたことで、彼女は変わったのだと言う。「死んでるも同然」だった自分を助け、生きていることを喜んでくれたその人に憧れて、彼女は魔導師の道を志したとか。「強くなる」ために、時間を費やしてきたと。
そう語る彼女の横顔はいつもとかわらない。けれどどこか柔らかい笑みを浮かべていたのは気のせいではなかった。――その日を境に私たちは名前で呼び合うようになり、深琴もゆっくりではあったがクラスに馴染み始めた。
それからレオン・アヴァンシアを含めた三人でチームを組んだ私達はいつしか歴代最強チームと呼ばれ、後には首席卒業を果たすのだが、それはまた別のお話。
◇
「……ルーチェ、どうした?」
「んー……ちょっとね」
物思いに耽る私を、レオンが呼び戻す。卒業してから一回だけ一緒に戦ったあの日感じた違和感が、口に出た。
「深琴の戦い方、変わってたよね」
今までの深琴の戦い方は、膨大な魔力と変換効率、それと放出速度を活かした切込み型。ぶっちゃけると私とレオンは深琴の後ろで、彼女が仕留め損ねた敵を相手することが殆どだった。
けれどあの時――下水路での深琴は、最前衛を務めながらも後方の私達を気にして、攻撃と補助を両立させていたのを覚えている。今までは戦うたびにポジションを変更していたが、機動六課に配属となってからはチームでの戦闘を重視していた。その事もあってか今まで以上に効率的な戦い方が出来るようになったのではないだろうか。
それに、内面も。
昔の深琴は頻繁に笑わなかったし、泣いたところだって見た事がない。年の近い人達や初対面の人に話すこと一つろくに出来なかった。
「何か寂しいなって。深琴がどんどん変わっていくのが……嬉しい半分」
「前にあいつが言ってただろ。『出来ないことを出来ないままにするのは大嫌いだ』って」
「言ってたね。それで難癖つけてきた先輩達を撃退してたっけ」
「後で教官に怒られたけどな」
売られた喧嘩を買っただけです――そう正直に答えた彼女に深い溜息を吐く教官の姿は、記憶に刻み込まれている。いい意味でも悪い意味でも真っ直ぐな彼女は、言葉に遠慮がない。おかしいことはおかしいとはっきり言うし、かといって武力行使は徹底的に打ち負かす――そんな彼女が敵を作らないはずが無かった。彼女の言動は間違ってはいないのだけど、認める事が難しいときもある。それでも最近は、少しは柔らかくなってはいるらしい。
この間は目標の一つであった執務官補佐考査とAAAランク試験に一発合格したし、勢いはまだ続いている。
「いいんじゃねえの、そういうのも。俺は俺で、お前はお前で、深琴は深琴なんだから」
「ん……そうかもね」
「深琴も、いつまでも子供でいるわけじゃねえしな」
言いながらレオンは、ルーチェの頭を軽く撫でた。それに目を細めたルーチェは小さく頷く。
「っていうか二人ともー、ちゃんと食べてるー?」
「どっか皿余ってない? こっちに回してー」
「というかプログラムに隠し芸大会とかあるけどマジかよ。聞いてねー」
「あ、この皿使ってないから平気」
「えー。隠し芸大会は連絡したよー?」
和気藹々に過ごすグループに笑顔で答えて、二人はテーブルに近づいた。
◇
夜、ミッドチルダの次元港。帰省する人の波に飲まれながらも確保した席に座った私・秋月深琴は沈み込むように身を埋めた。ついでに隣の席に上着と小さな鞄を置いてこちらも確保する。
あふ、とかみ殺し切れなかった欠伸が出た。今頃61期生は皆同窓会なんだろうなあ、と考える。会いたいのはこちらも同じだが、と同時に胸元の愛機・ローゼンクランツがメールの受信を告げた。
「レオンからだ……何だろ」
モニターに映し出されたメールには、添付画像が一つ。メール自体は「気をつけてな。土産よろしく」と簡素なものだった。画像を展開すると――そこには見慣れた同期生たちの姿が映されている。ほぼ全員が成人しているためか酔っ払っている者も若干名。しかし一様に笑顔を浮かべている彼らに、思わず笑いが零れた。
「ごめん、深琴。お待たせ」
「フェイトさん」
上着と鞄をどける。フェイトさんとは休暇も行き先も一緒なので、一緒に行動することになっていた。ここまでの車を出してくれたのも、フェイトさんだ。
「その写真……士官学校の?」
「はい。同窓会の真っ最中だそうで」
席に座ったフェイトさんも、この画像の雰囲気に笑いが零れる。
「お土産、忘れずにしないとね」
「はい! ロゼット、返信するからメールフォームの立ち上げお願いね」
《All right.》
出発するまでの間にさっさと書き上げたメールを送信する。無事送信できたことを確認して、モニターを閉じた。
『レオンへ。皆元気そうで、何よりです――こっちは今から出発です』
『今回参加できなかったのは、本当に残念です。お土産の件は了解しました。お楽しみに』
『また機会があれば、誘ってもらえたら嬉しいな。皆忙しいから難しいとは思うけど……今度は頑張って、お休み合わせるから。また皆に会える日を心待ちにしています』
『皆によろしく伝えてね。それじゃあ、また――深琴』