魔法少女リリカルなのはStrikerS もう一人のストライカー 作:藤月沙月
10年振りに、家族でお正月を迎えた。ミッドチルダに渡ってからは伯父夫婦と一緒に過ごすか、休暇中に呼び出した友人と遊んでいるかのどちらかだったけれど。
赤い振袖に身を包んで町内を練り歩く羽目に合い、その途中で隠し芸大会に巻き込まれるなどハプニングはあったものの、どちらもいい思い出となった。
「気をつけて、しっかりな」
優しく笑って、お父さんが言う。その隣ではお兄ちゃんが忘れ物はないかと慌てていた。持ってきた荷物は最低限の着替え位のものだったが、それ以上の割合をお土産が占めている。
そんな二人を尻目に、お母さんが私を抱きしめた。
「六課の……いいえ、皆さんによろしく伝えてね」
「うん」
頷くと、母さんは腕に力を込める。
「向こうも寒いだろうから、風邪には気をつけて。女の子なんだから、体は冷やさないように」
「う、うん」
普通の人の腕力のはずなのに、苦しい。困惑していると更に力は強まる一方だ。息が詰まる。やばい。
「夜更かしも駄目よ。せっかく綺麗な肌なんだから、ちゃんと寝ること。それから……」
「母さん、母さん。深琴が窒息しそう」
「あら、本当」
解放されると同時に、深呼吸して呼吸を整える。「これを素でやってるから、うちの家族は全員天然入ってるんだよなあ」とお兄ちゃんが遠い目をしていた。咳払いをして、母さんは注意を集める。
「また連絡頂戴ね。いつでも帰ってきて良いんだから」
「……うん。『行って来ます』」
「はい。『行ってらっしゃい』」
あの時とは違う言葉に、転送ポートを通る合間に涙が零れた。
◇
新年を迎え、半月。休暇を取っていた隊員たちが帰って来た機動六課は、その活動を再開していた。
「はい、それじゃあ今日の訓練はここまで!」
「全員、防護服解除ー。しっかりクールダウンしろよー」
疲労困憊の体を必死に動かして、防護服を解除する。相変わらず訓練レベルは高いままで――正直死にそうだ。
「秋葉さん、大丈夫ですか?」
「な、何とか……」
その中でも秋葉さんの消耗は人一倍で、今は立ち上がることすら困難のようだった。デバイスに体をより掛けて、呼吸を荒げている。
「おーおー、今日もやってんなー」
「零さん……」
いつもの待機服に身を包んだ零さんがやって来た。その視線が、秋葉さんを射抜く。
「あんま無理すんなよ、病み上がり」
「……分かってます。あと、病み上がりっていうの止めてください」
「だが断る! そんでもって、深琴。フェアの事なんだけどな」
ドヤ顔で言い放った零さんが、今度は私に話しかけた。
「聖王教会入りはほぼ確定した。来月には一回外出許可貰って、教会と六課に顔を出させる」
「ほんとですか!?」
「おうよ。お前と決着つけるって張り切ってるとさ。『切り札』もあるとか」
そういえば、フェアとの戦績は初対面時を除いた分で1勝1敗2分けだ。ホテル・アグスタで1敗、廃棄都市区画とランク試験で2分け、JS事件で1勝が公式扱いである。ランク自体はほぼ同等扱いだが、それまでの経験で大分私が負けている。『切り札』かあ……。
「もちろん、受けて立ちますよ! 私だって負けません!」
「……って、何であんたは……そんなに、元気なのよ……」
未だグロッキー状態から回復していないティアナが呟いた。
◇
「秋葉の調子も、大分良くなっているな」
「うん、魔力量も順調に戻ってきてる。後は体を慣らしていくだけだね」
午後訓練を終えて、機動六課隊舎へ戻る道すがら。並んで歩いていたなのはとヴィータは先程の模擬戦の結果について話していた。最近参加するようになった霜月秋葉に関してである。
6年前の事件で負傷し、聖王医療院で数年入院した秋葉はここ2年間は海鳴市の学校に通う学生だった。それまで鍛えてきた体力も入院中に衰えている。こんな状態では、首都航空隊に復帰することは出来はしない。凍結の変換資質というレアスキルを保有する彼女が担当する現場は多いだろう……と本人の希望もあって最近ではフォワード陣に混ざって、同じ訓練を受けている。とはいえ彼らとは半年分の差があるため、数日でその差を埋めることになったのだが。最初は慣れなかったが本格的な訓練を開始してからは勘を取り戻しつつあった。今では訓練終了まで何とかやっていけている。
と、なのはは僅かに瞳を伏せた。
「そういえば、ヴィータちゃんは聞いた? 来月の出向研修受け入れについて」
「おうよ。あたしは、あんま気が進まねーけど」
なのはの言葉に頷いて、ヴィータはモニターを展開する。そこには、来月機動六課が受け入れる出向研修の情報が表示されていた。地上に隊舎を構えているとはいえ本局直属の部隊である機動六課が主に受け入れるのは、本局の隊員が多い。
1年間という期間限定で運用されているこの部隊は、本来なら出向研修を受け入れる必要はなかった。しかしJS事件での功績や各隊員達の活躍が知れ渡っていることから「そこを何とか」と人事部に頭を下げる関係者が多数存在したらしい。そこまでならよかった。
その中でも機動六課が受け入れることになった管理局員は10人。全員が本局所属だが――この内5名には、ある共通点があった。
「第一士官学校60期生が1人、61期生が4人か……」
「捜査官枠でレオン・アヴァンシア、教官枠でルーチェ・バイオレット。一般キャリア組でセレナ・ソネット三尉、アスカ・フォルクス三尉。それからレックス・フォレスター二尉。5人とも魔導科の生徒で、深琴とは同じカリキュラムだったって」
学生時代から優れた実力を持っていた深琴が飛び級で上級カリキュラムを受講していたことは、関係者は全員知っている。その事もあって士官学校卒業後の進路も引く手数多だったのだが――本人の希望とはかけ離れていたこともまた、事実。
「らしいな。深琴はこの話、知ってんのか?」
「うん。士官学校からメールがあったんだって」
そう話しながら並んで歩くなのはとヴィータは、小さく溜息を吐いた。
「……何も起きなければいいけどな」
「……ほんとだね」
◇
彼女と初めて出会ったのは、進級式の翌日のことだった。何でも午前中の実技テストで満点合格を出したとか何とかで、特別に上級カリキュラムに進むことになったらしい。とは言え実際は、同級生の中でも頭抜けた彼女が初級カリキュラムを受講することは「余りにも危険すぎる」という判断だ。
「……秋月深琴です。よろしくお願いします」
好奇の視線に晒されながらも、彼女は淡々とカリキュラムをこなしていった。魔力量もその放出も効率も、経歴も何もかも自分達より優れた彼女に浴びせられたのは賞賛。しかし余りにも淡々とした表情と口数が少ないせいか同時に嫉妬も呼んだ。自分もその一人である。
気にくわない、生意気だ、コネで評価されている――思いつく限りの罵詈雑言を彼女に放った。中には私物を荒らそうとした者もいたらしいが、寸でのところで阻止したこともある。これは技術学部に在籍していた女子にも共通している。理由は簡単で、自分達と違うというだけ。
それでも暴力に訴えようとしなかったのは最低限のプライドで、同時に敵わないことを悟っていた。正々堂々挑んでも負ける。かといって闇討ちの様な真似はプライドが許さないし、こちらも恐らく敵わないだろうという簡単な答えだった。
『逃げたりしねえよな? 世界ランク10位のお前が、負けるはずないしなぁ? どうせあっという間に終わるんだし……3対1で、いいよな』
そしてその予想が、現実になる。
合同授業の一環で行われた模擬戦。教官の制止を聞かず自分達は戦った。3対1と言う、卑怯な手段で。とはいえ自分達も強いと自負していた。良くても引き分けだろうと思われた勝負は5分もしないうちに「敗北」した。
前衛に突撃すると同時に生成した誘導弾で、後衛を視覚外から攻撃。フォーメーションを崩された自分達は立て直すことも出来ずに誘導弾の直撃を受けて、朦朧とする意識で喝采を聞いた。
危険行為とはいえ、誘導弾の制御や攻撃方法……そしてその処理もカリキュラムで修得済みである。にも関わらず自分達は負けてしまった。彼女に攻撃をかすらせることできずに。
(……負けた? 俺が……?)
一方の彼女は危険行為を教官に咎められたが、平然と「売られた喧嘩を買ったまで」と言い放つ。あくまで降りかかった火の粉を払ったに過ぎないと。深い溜息が零れた。同期生が口々に自分を慰め、彼女に対して悪態をつく声を聞きながら、反応しなかった。
絶対に敵わない。彼女の実力を甘く見ていたと――自分の弱さを、痛感して。
『――生意気なのよ、あんたは! そうやって澄ました顔して……何でもかんでも思い通りになるって、調子に乗ってんじゃないわよ!』
『さっきみたいな戦い方、最低よ! 謝って!』
『……黙ってないで、何とか言いなさいよ!』
同席していた技術学部の女子が、甲高い声で叫ぶ。そんな彼女達と相対して、そいつは言った。
『私が負けるはずないから、という理由でそちらが3対1を申し出たんですよね? 私は正々堂々戦いましたし、最低だと言われる理由が分かりません。……誘導制御魔法は既に習っていますし。まあ急所への直撃は危険行為ですので、それに関しては謝罪します。後、私は別に神様とかじゃないので。全て思い通りに出来るわけがありませんので訂正を要求します』
表情を変えずに、淡々と。呆気に取られる女子に、彼女は続ける。
『天才だとか言われていますが、そんなことはありませんしありえません。私より優れた人は世界中にたくさんいますし……ですが、それなりの努力というものはしているつもりです。そんな声で叫ぶだけの元気と余裕があるのなら、テキストを1ページでも読み進めることをお勧めしますが』
その言葉通り、彼女は人一倍の努力をしていた。朝は誰よりも早く訓練場に入り、終了時間ギリギリまで自主練習。夜は共用スペースで消灯時間まで勉強して予習・復習をする。最近では同級生も似たような行動を取るようになったらしい。
『私、負けず嫌いらしいですよ』
偶然を装って訓練場で遭遇した時、彼女は言った。
『できないことをできないままにしておく事が嫌い。できないからって諦めるのはもっと嫌い。そして諦めた癖に他人にとやかく言うのは論外です』
『お前はそうかもしれないけど、そうじゃない人間だっているんだよ』
『できるまで頑張ればいいじゃないですか。どんなに時間をかけても……いえ。時間をかけたからこそ、できるようになった時が嬉しいと思います』
私はそうでしたから、と小さく続けた彼女ははにかんでいた。思い出すように遠くを見る瞳は黒く、白い頬に赤色が差し込んでいる。その横顔を見て、自分は呟いていた。
『……俺さ、自分より成績の低い女とは付き合えないんだよ。会話が噛み合わないし、何かピーチクパーチク煩いしさ。……どうせなら、頭のいい奴と一緒になる方がいいだろ?』
馬鹿正直に言うのは恥ずかしいと、いつもの感じで言葉を紡いで照れ隠しをしてみる。その言葉に、彼女は僅かに首を傾げた。その目が自分を映しているだけで、鼓動は早鐘を打つ。
『それは思いますけど……でしたら、誰ともお付き合いできないと思いますよ』
『何でだよ』
『相手にだって、選ぶ権利ありますから』
その一言に、俺――レックス・フォレスターは崩れ落ちた。