魔法少女リリカルなのはStrikerS もう一人のストライカー 作:藤月沙月
雪がちらつく2月某日の午前9時。私はミッドチルダ中央次元空港に来ていた。朝早いのに、人通りは多い。
「深琴、大丈夫? 寒くない?」
「はい、大丈夫です。ありがとうございます、フェイトさん」
フェイトさんの言葉に、私は頷く。袖を通している白いコートはフェイトさんに見立ててもらった物で、非常に暖かい。ぬくまりながら、私は視線をきょろきょろと動かす。
「もうそろそろだね。静真君の到着は」
「はい!」
そう。今日は兄の静真が大学受験のため、ミッドチルダに渡航する日だ。本当はクラナガンの伯父夫婦の所に泊まる予定だったのだが伯父が教官研修で一週間、伯母も実家の用事で同じく一週間家を留守にすることになっている。さすがにそれでは大変だろうということで、今日から一週間と数日、兄は機動六課に身を寄せることになった。受験までは後一週間。最後の追い込みと、大学進学に際して必要となる法的後見人――管理外世界からの渡航者が入学する場合、ほとんどが必要となるらしい。何でも血縁や親戚は駄目だとか――の決定だとか、やることは山積みだ。
それでも家族一緒ということで正直、私は浮かれている。昔の事は時折頭をもたげるけれども、この数ヶ月でめっきり「家族大好き」な「寂しがり」になっていた。
そんな時、乗降口に繋がるエスカレーターから兄が降りてくる。視線がきょろきょろ動いているのは、好奇心からだろうか。その視線が私を捉えると兄は笑い、フェイトさんに気づいて会釈した。
「すいません、お待たせしました」
「ううん、気にしないで。長旅お疲れ様」
「荷物持ってくー」
そのまま駐車場へ戻り、機動六課へ。
(今日はルーチェ達が出向研修だし、零さんもアーウィング執務官も来てる)
それに午後からはフェアが来て、模擬戦をする事になっている。皆の仕事や研修の邪魔にならないようにしつつも今日は一日オフだから……と予定を脳内で組み立て始めた。これも六課に入った当初は出来なかった事を考えると、少しは成長したということになるだろうか。
そんな事を考えながら、ふと視線をドアミラーに向ける。当然と言えば当然なのだが、鏡の中の私も笑っていた。
◇
「なんと言うか、まあ……」
その頃、機動六課訓練場。教官枠で出向研修中のルーチェ・バイオレットは目の前の状況に絶句していた。本気で戦ってるとしか思えない機動六課隊長陣3名と、フォワード4名。ボロボロになりながらも個人の能力を合わせて強大な敵に立ち向かうフォワード側と、真っ向から迎え撃つ隊長陣。本来はこれにフェイト・T・ハラオウン執務官と自身の友人である秋月深琴が加わるのだから、とは考えたくも無い。
(……無理。こんなの勝てっこない)
(でも、あいつらも対等に渡り合ってるんだぞ?)
そうルーチェに念話を繋げたのは、捜査官枠で出向研修中のレオン・アヴァンシアだった。彼は以前臨時補佐についていた上司の意向で、数日間機動六課に滞在したことがある。その間に隊長戦も経験していた。
(……でも、普通は無理……)
(というか、ここまでしてたら強くもなるわな……)
続いたのは一般キャリア枠で出向研修中のセレナ・ソネットとアスカ・フォルクスだ。現在はオフィスで研修中のはずだが、二人も第一士官学校の卒業生。不真面目ではあるがマルチタスクはお手の物である。
(お疲れ様……の前に、二人とも。そっちの様子はどう?)
(……今のところは、まだ。気にしてはいるみたいだけど……)
(深琴は今日一日オフだからな。八神部隊長も気を使ってくれたみたいだし)
(そっか……ならいいんだけど……)
セレナとアスカの報告を聞いて、ルーチェは小さく溜息を吐いた。今回の出向研修で唯一の第一士官学校60期生のレックス・フォレスターと深琴は、学年が違うとはいえ同じカリキュラムを受講していたことがある。当然顔見知りだし、その仲は悪かった。
もとより深琴と60期生の仲は悪い。事あるごとにコネを持ち出す60期生と、彼らを「先輩と言うだけで敬う気は無い」と言い放った深琴――両者の印象は最悪だった。お互いにプライドがある以上、修復も容易ではない。
なら自分たちにできることは、この二人をなるべく接触させないという一点に尽きる。出向研修は1週間。
(やれる限りは全力を尽くすけどさ……)
深い溜息を吐いて、ルーチェは肩を落とした。
◇
いつになく、機動六課が賑やかだ。そう直感した渡辺零はそれとなく周辺に視線を向ける。見覚えの無い顔も多い。機動六課が運用を開始してからしばしば通っていた零はそれなりに馴染んでおり、隊員達一人一人の顔と名前を記憶していた。一方見知らぬ彼らも、零の傍を通る際には会釈し、時折話しかけてくる。恐らく自分の妹分もそれなりの知名度を誇っているのだろう――そう一人納得した零は、纏めていたデータを保存し、送信した。
「よっしゃ、終わったー」
「お疲れ」
サンルームの机に突っ伏した零が送ったデータを確認して、ディバイン・アーウィングは言う。二人とも機動六課の所属ではないが、JS事件では機動六課への協力を始め、深い所まで関与していた。そのツケは「関連情報の報告」から「隊員達・事件関係者の今後」まで残っていたが、とはいえ悪い気がしないという。
「そういや、今日だっけか? 深琴の兄貴がこっちに来るのは」
「ああ。今、深琴とフェイトが迎えに行っているらしい」
「……そっか」
JS事件が終わって、数ヶ月後。家族と和解を果たした深琴は、以前にも増して他人に甘えるようになったらしい。士官学校時代や六課に所属して間もない頃は口数も少なかった事、また他人と壁を作っていた事を考えると充分な進歩である。……本人がどう思っているかは不明だが、少なくとも六課の隊員たちは好意的に受け入れているらしかった。「家族に存在を否定された」という過去の呪縛を乗り越えたという事だと。
だが、零の表情は浮かないものだった。その様子に、ディバインは小さく溜息を吐く。
「深琴に話さなくていいのか? ……遠縁とは言え、血縁関係だろう?」
「……まあ、な」
古代ベルカの時代――聖王統一戦争以前に存在した『刃王』アルティス家。零は代々『二人で一人の王』として機能してきた王家の直系子孫に当たる。そして王はもう一人――民と片割れを生かす為に戦場に留まった人物がいた。
「それが『クオン・アルティス』。深琴の先祖……いや、『秋月』と交わった古代ベルカの王だ」
「……なら、深琴が古代ベルカの術式を使うのも納得がいく。術式を始め、遺伝子情報に刻み込まれているらしいしな」
「当時は遺伝子調整も珍しくない……というか、当たり前の時代だからな。単純な血の濃さはともかく、中身に関しては秋月家の方がオリジナルに近い」
そう言い切って、零は肩を竦める。そんな彼を、ディバインは横目で見つめた。
零の外見は、同い年とは――少なくとも19歳には見えない。よくて10代半ばが限度である。それも当然だ。何故なら零の体は15歳の誕生日を迎えて以降、成長すらしていないのだから。古代ベルカの時代に受けた遺伝子調整の影響だと言う。
「当時は王が戦場に出て何ぼな時代だったしな。戦えない王に存在価値は無い。民だって自分の国の王様が日に日に衰えていく姿は見たくない……だったら死ぬまで若い姿のままなら戦えるだろっていうのが当時の見解だったわけだ。そういう意味では、聖王家のシステムも悪くは無いな。ゆりかごの中とは言え生まれて、死んでいける」
「だが、そのシステムにも綻びがある。お前よりも血を濃く受け継いでいる筈の深琴やその身内は、まだ成長を止めてはいない」
だが、だからと言って楽観視は出来ない。いざその時を迎えた時、混乱するのは本人だ。
「正直な話、現時点では俺も彼方も姉さん達も、深琴にその話をするつもりはない。下手に話しても混乱するしな。……それに、あいつも薄々感づいている。肉体強度や自己治癒速度、それに遺伝子調整……アルティスの事は知らなくても、大体の予想はつく」
まあでも、と零はソファに凭れ込む。
「事情を知っている奴が身近にいるってだけでありがたいんだよ。特にお前は深琴にとってこれからの上司なんだし、付き合いだって長くなるからな。頼んだ」
「……言われなくても、そのつもりだ」
いつも通りの口調でおどけながらも、零の表情はどこか寂しげだった。それに気づいたディバインは、また一つ溜息を吐く。その音は、複数の足音で掻き消された。
◇
「機動六課へようこそ、秋月静真君」
所変わって、機動六課部隊長室。兄の到着と私とフェイトさんの帰還を報告していた。満面の笑顔で、八神部隊長は迎えてくれる。
「しばらくお世話になります」
「うん。受験大変やろうけど、ゆっくりしてってな」
「すいません、色々気遣ってもらって」
ちなみに六課に到着して部隊長室に移動するまでの間、ロングアーチスタッフを始めた隊員達があれこれ兄を気遣っていた。困惑した兄は私が何か言ったのではないかと疑っていたが、失礼な話だ。事務的にしか話せなかった私を気遣ってくれた人達なのだから、優しいに決まっている。
「……じゃあ深琴。休暇中で申し訳ないけどお兄ちゃんの案内、頼めるか?」
「はい!」
躊躇うことなく引き受けて、部隊長室を辞した私達はサンルームでグロッキー状態のフォワード陣と遭遇した。
「深琴さん、お帰りなさい」
「静真さんも、お久しぶりです」
「ただいま。皆もお疲れ様」
卒業まであと1ヶ月と半月程。なのはさんの話ではこれからは模擬戦中心で訓練を行うとの事。背筋に冷たい汗が流れた。
一方兄は同席していた零さんとアーウィング執務官に捕まっている。……まあ捕まえたのは零さんだけど。
「にしても、あれだな……」
零さんの視線が、私から兄に移動する。往復する事二回、その視線が「可哀想なものを見る目」になった。
「やっぱ、深琴は小さいな」
「放っといてください! っていうか、これでも身長は伸びたんですよ! 5センチ程!」
なので身長は念願の150cmを突破している。その主張がまずかったのか零さんは涙を拭い、アーウィング執務官が宥める様に私の頭を撫でた。……微妙に腹立たしい。
唇をへの字に曲げていると、これ見よがしに靴音が響く。それに気づいた私達が、音の発生源に視線を向けた。視線の先に立っていたのは、男。
「久しぶりだな」
紺色の本局制服に身を包んだその男が、私を見て言った。見覚えはある。けれど名前が思い出せない。沈黙をどう取ったのか、男は鼻で笑った。
「相変わらず、コネと媚売りだけは一人前だよな。まあ見た目はそれなりとは思うけど、実力が伴わないんじゃあ魔導師として失格じゃねえの?」
生憎、そういう中傷は聞き慣れている。半ば聞き流しながら、私は記憶から男の正体を探した。燃える様な赤い瞳に、紺碧色の瞳。小柄だが鍛えられた肉体と顔立ちは端整なのに口から出る言葉で全て台無しだ。
「……深琴さん、お知り合いですか?」
「俺としては認めたくないけど、『お知り合い』だ。なあ? 『ポジションフリー』さんよ……黙ってないで、何とか言え!」
「……どちら様ですか?」
キャロの言葉に男は答え、無言を貫いていた私を怒鳴る。大きなその声に気づいたのか、オフィスから隊員達が顔を出した。これ以上怒鳴られるのは避けたいので、私は口を開く。
「はっ?」
呆気に取られたらしい男は、間抜けな声を出した。しかしすぐさま持ち直す。
「とぼけてんのか? お前の永遠のライバル、レックス・フォレスターだ!」
「ライバル……?」
はて、私のライバルはフェアぐらいだが。そんなことを思ったが、男の名前に聞き覚えはあった。確か彼は……と、合点した私は軽く手を合わせた。
「あ」
「忘れたとは言わせねえよ。ふざけるのも大概にっ……」
「3対1の模擬戦で、5分持たずにやられた人!」
そうそう。確かそんな名前の人が60期生にいて、喧嘩を売ってきたんだっけ。
「え、あの……ライバルじゃ……?」
「そうなの?」
キャロの言葉に、私は首を傾げる。別にライバル認定したことはない。
そう考えていると、零さんが一人笑い転げていた。見ればオフィスから様子を窺っていた同僚達も「何だー」とか「やっぱり勘違いかー」と笑っている。一方のレックスとやらは項垂れていた。
「……悪意の無い一言って、残酷だよな……」
「だって事実だよ?」
「いや、『言っていい事と悪い事』な意味で」
呟いた兄は、哀れみの視線を送っている。
兄の言いたいことも分かる。事実とはいえ相手を傷つける事は言ってはいけない。だからって、言われっぱなしは性に合わないし、腹立たしく思う。
「また黙り込みやがって……」
かと言って話を聞いていたら「黙り込み」と解釈された。どうしろと。とはいえ私が思い出した事で調子を取り戻した彼は、意地の悪そうな顔で周囲を見遣る。
「『奇跡の部隊』とか聞いてたけど、大したことねえな。凄いのは隊長陣や協力者。……まあコネ入隊のお前がいる時点で分かりきったことではあるか。仲良しこよしで馴れ合ってるだけ。『類は友を呼ぶ』んだっけか?」
「ちょっと、あんた……!」
「二士は黙ってろよ。いくら年齢が上だろうと、俺の方が階級は高いんだぜ?」
「小さい癖に態度だけは大きいのって、充分困り者ですが」
――ぶちり、と血管が切れた気がした。言い返そうとするティアナを制し、私は軽く息を吐く。
正直な話、私だけを攻撃するならよかった。聞き慣れているし、「1対1じゃ勝てない癖に」と言える。けれどこいつは違う。部隊を、仲間を侮辱するだけでは飽き足らず階級まで持ち出した。士官学校卒業生として――何より個人的にも、許しては置けない。
「み、深琴さん……?」
「大体さっきから聞いてればコネコネコネコネ……馬鹿の一つ覚えにも程度があると思います。パン屋にでも転職される予定とか?」
何故か零さんが、私をさん付けで呼んだ。
「先ほどの階級に関してですが、階級が高いからって何ですか? 偉い事は認めますが、それ以外に何かありますか? そもそもそんなお偉方だけで組織が動くわけないじゃないですか。現場最前線で動いてくれる方がいるからこそ組織なんです。船頭が多くても、船は動きませんよ」
正論だな、と誰かが呟く。一方のレックスは唇を噛み締めていた。
「最後に、一つだけ訂正を要求します」
「……何だよ」
「六課の隊員達の評価です。彼らは八神部隊長を始めた六課隊長陣が直々に選んだ優秀な人達です。少なくとも、私なんか足元にも及ばない程に。……それをあなたがどうこう言う権限はありませんし、言わせるつもりもありません」
そう。あの空港火災からずっと、八神部隊長は「少数精鋭」の部隊設立のために尽力し、奔走してきた。エースと優秀なスタッフ、才能溢れる新人達。私なんか、彼らの足元にも及ばない。
「……そういうことは、一度でも私に勝ってから言ってほしいものです」
一度も私に勝てなかった人に、言われてたまるか!
沈黙が場を支配する。
「……勝負だ。午後に模擬戦を一本、俺とお前の1対1で」
「構いませんよ。今日は1日オフシフトなので」
出力制限はかかっているが、リンカーコアのリミッターは外されている。デバイスのリミッターが問題だが……それで負ける程、弱いつもりも無い。
「いいのか、深琴。お前午後はフェアとも約束してたろ?」
「先にこちらを片付けてから、で」
「逃げるなよ?」
「それはこちらの台詞です。いつぞやの様な真似はなさらないよう、お願い致します」
騒ぎに気づいたセレナが駆け寄る。そんな彼女に「退け」と命令してレックスは去った。気遣わしげな視線を向けるセレナに、私は頷く。一応、彼女は彼の部下だし。
「友達、心配してるんじゃない?」
「大丈夫……だと思う。前にもこんなことあったから」
同じく気遣わしげなスバルに、私は言う。降りかかる火の粉を払うのは慣れていた。……やや強引な手法で、だが。
「あのさ、深琴……言い返してくれたことはすっごくありがたいんだけど……」
「何、ティアナ?」
「……アーウィング執務官が息してない」
「……えっ!?」
そういえば先程から一言も発していない彼を見ると、小さく何事か呟いて現実逃避を図っていた。あ、でも息はある。
「……っていうかよ。誰も止めないんだな、模擬戦とか」
お兄ちゃんの呟きが、響き渡った。