魔法少女リリカルなのはStrikerS もう一人のストライカー 作:藤月沙月
過去と今は、切り離せない。過去が無ければ今が無いし、今が無ければそもそもそんな概念も存在しないだろう。……それでも、独立したものに変えることはできるはずだ。『過去は過去、今は今』と言い切れる強さが欲しかった。
それまでの私は過去から逃げてばっかりで。向き合うことを恐れて、拒絶した。ただ肉体的な強さを求めて自分を追い詰めて、怪我をして、心配をかけてばっかりで。そんな自分が嫌いだけど、だからと言ってどうすればいいのか分からなかった。……ずっと、一方的な私を受け入れてくれた同期の優しさに甘えていた。
――六課で出会った人々が眩しく見えたのは、そのせいかもしれない。
厳しくも優しい隊長達。過去を受け入れ、それでも真っ直ぐに夢に進む同僚達。ずっと自分を守ってくれた憧れと、教え導いてくれた師範。自分によく似て、過去に縛られていた好敵手。時には耳に痛いその言葉は優しくて、差し伸べられた手は温かかった。それが嬉しい反面、心苦しくなったのはいつだろう。変わりたいと、変わるんだと決めたのはいつのことだったか。それすらももう覚えていない。
それでも、ふとしたきっかけで足は止まる。途端に不安になってしまうのは、私がまだ弱いから。
だったらそうなっても大丈夫なように、出来る事はしておきたい。過去も今も全部受け入れるには、私はまだ幼いのだと言われるだろうから……可能な限りバレない様に。
それを伝えた時、共に駆ける相棒はこう答えた。
《Is possible. --you and I.『出来ますよ。私とあなたの、二人でなら』》
海上に設置された訓練スペースに、潮風が運ばれた。冷たいはずの風は防護服やそれに類するフィールド魔法で、微塵も感じない。
(残りのライフは私が1000、先輩が2000……)
きっかり倍の差があった。制限時間は30分を切っているが、それでも不安を感じない。
《I thought at first that there will, RF6 guess good.『最初はどうなるかと思いましたが、RF6は順調ですね』》
「だね。……一気に返上するよ。やれるね、ロゼット」
《Yes,of course.『もちろんです』》
ロゼットが同意すると同時に、魔方陣を輝かせる。レックスが身構えたことを確認して、対峙すること数秒。どちらからともなく距離を詰めた。銃身で拳を弾かれ、距離が離れる。
《Snipe shot.》
《Blaze Cannon.》
直射弾と炎熱を纏った魔力弾が相殺された。一瞬の隙を与えることなく、互いのデバイスが再度同じ魔法を自動で詠唱する。その間を縫って、術者は再度距離を詰めた。繰り出される長銃による打撃を、バリアを展開した両腕で捌く。
《Calibur Shot.》
蹴りと拳による打撃コンビネーション。スバルが使用するシューティングアーツの技としても、装備型のデバイスとの連携としても「基礎中の基礎」らしい。それでもロゼットの詠唱に合わせてコンビネーションを打ち込むのは、何度も練習を重ねた。
ティアナが使うフェイク・シルエットとオプティックハイド。スクリーンも偽装の寿命も短すぎて、彼女が使うものと同じとは思えない。
エリオが保有する雷への魔力変換。時間もかかるし効率はよくないし、資質の有無はともかくとしてまだまだ勉強が必要だ。
キャロが使うホイールプロテクション。距離も発生時間も、強度も彼女には敵わない。
けれどそれらの出力や制御は、全てロゼットが担っている。
フォルム・ツヴァイは元々後方支援――ブーストや防御魔法に特化したフォルムだ。特別な理由がなければ攻撃に回ることが無いため、カートリッジは使えない。使わなくても、私が本来持ち合わせている魔力で充分補えるからだ。
そもそも愛機・ローゼンクランツは他のデバイスと違って、私のリンカーコアへのリミッターでもある。形態問わず身につけることで、魔力を制御できるように製作されていた。しかし彼女が破壊されたら同時にリミッターは強制解除され、制御を受け付けなくなった魔力は私の中に戻り、状況的にもいわば「暴走」してしまう。それが、機動六課が襲撃されたあの日の出来事だった。
その後ロゼットが自分で組み上げた改良プランには、このフォルムにいくつか機能を追加するものがあった。カートリッジが使えず、小型であるが故にボディの装甲も保障されたこのフォルム。ならば私の魔力制御に特化させましょう――と、今思えばとてつもないことをこの相棒は言ってのけ、そしてやってのけた。
JS事件後、ランク試験でフェアと再戦し引き分けたあの日。就寝前の反省会で出た意見は、「フォルム・ツヴァイだと攻撃力に欠ける」というものだった。将来的にどれくらいの頻度で使用するかは不明だが、備えておくべきだと進言された私が考え出した結論が――「六課の皆の技を使う」というもの。ツヴァイの記憶領域にそれらの魔法を記憶させ、使用時には制御している魔力で出力を強化させる。もちろんオリジナルである皆には敵わない。それでも目くらましにはなるのでは、という意見に、ロゼットは賛同した。
(『お前馬鹿だろ』とか、絶対言われるだろうけどね……!)
使う機会がなくても勉強にはなるし、というか六課運用終了まで使うことは無いと私は思っていた。しかし今回使うことになり、また相手は士官学校時代の知り合い。撹乱にはなっている。
(始末書程度で済めばいいけど……!)
とはいえ本人達には無断なので、処罰は免れないだろうけど。
◇
「あいつ馬鹿だろ!?」
ほぼ同時刻、実況スペースには零の叫び声が響き渡った。モニターの向こうでは六課や関係者の魔法を使用してレックスを追い詰める深琴の姿が映し出されている。残りライフは深琴が950、レックスが1400。じわじわと追い詰めているが、深琴自身のライフも危険水域に近づいている。
そんな中、モニターの一枚は深琴の愛機・ローゼンクランツのデータが表示されていた。そこには以前彼女が組み立てた改良プランと、「RF6」と名づけられた魔法システムと記憶領域の存在が示されている。それもつい先日、バーストフォームの調整時に提出されていた……ひっそりと。
「そんな理由でシステムの組み立てとか拡張とか聞いたことねえよ! 馬鹿なの? 頭のいい馬鹿なのあいつらは!?」
「真っ直ぐなだけだよ……多分」
頭を抱えて叫ぶ零に、フェイトが自信無さげな声で答える。
「静真先輩。兄として一言どうぞ」
「否定できないな」
「静真君もそんなところあるしね。血は争えないっていうか」
妹の規格外な行動について、秋葉に問われた静真は即答した。そして彼方の一言に崩れ落ちる。ちなみになのは、はやて、ディバインの三人は「またあの子は……!」と頭を抱えていた。
「でも、何で……」
「ティア?」
「何で深琴は、『私達の』魔法を使うんだろう……」
ティアナの言葉に、スバルが首を傾げる。
「今の所、隊長陣や零さん、アーウィング執務官の魔法をあの子は使っていない。でも本当に勝ちたいんだったら強力な魔法を使っても不思議じゃないと思うんだけど……」
「『友達を侮辱されたから』じゃないの?」
フェアの発言に、面食らった様子でその場に集まる彼以外の全員が視線を向けた。一方のフェアは久しぶりに再会した愛機・アインザッツをショートソード型に展開し、暇つぶしと言わんばかりに手の内で遊ばせている。
「……理由は?」
「だって、深琴が怒ったのは六課の人達が見下されてたからなんでしょ?」
そしてその中でも真っ先に復活したディバインが口を開いた。そんな彼に、フェアは事も無げに言う。
「その人達の魔法で負けたらさ、相手としたら悔しいし、認識も変わるんじゃないかなあって。まあ『認識を変える』んじゃなくて、『力押しのごり押しで書き換えさせる』だと思うけど……そんなに驚く?」
「……いや。お前の成長に驚いただけだ」
「一応、真面目に更正プログラムを受けてるからね」
えっへんと言わんばかりに、フェアは胸を張った。しかし次の瞬間には、その紅色の瞳はモニターに向けられる。
距離を取って対峙する両者。その足元にはそれぞれの魔方陣が輝いている。残りライフは深琴が700、レックスが1200。制限時間まであと10分に迫っている。後がない状況だ。深琴が勝つには1000以上のポイントを一気に削れる様な高威力の技を使用するしかない。
「……終わったな」
「……うん。深琴の負けだ」
レオンの言葉に、ルーチェが同意する。深琴自身がその魔法を記憶していても、残り10分では覆すことはまず不可能だ。何より六課フォワード陣の魔法には、その条件を満たすものが無い。あるとすればなのはのブレイカー等だが、言わば『新人フォワード縛り』の状況では……。
「確定するには、まだちょっと早いんとちゃう?」
「みたいですね」
落胆する61期生を見遣ったはやてに、シャマルが苦笑混じりに同意する。
「……そうだね。はやての言う通りだ」
「一か八かだけどね」
モニターに集中していたフェイトが頷き、なのはは肩を竦めた。その状況を信じられない61期生が動揺する中、はやてが笑う。同じ頃、モニターの向こうでは再び接近戦を再開した二人が、同時に展開したバリアがぶつかりあっていた。響く独特の音はお互いが流し込んでいる割り込みプログラム特有のものである。銃身の上から二重に防御を固めるレックスに対し、深琴は左腕だけで対抗していた。デバイスである長銃にも魔力をこめる必要があるレックスに比べて、深琴の割り込みプログラムの侵入は若干早い。
モニターに映し出された深琴の足元で、淡紅色の魔方陣が輝きを増した。同時に同色のこれまでに訓練場の空中に拡散した魔力が、彼女の周囲を漂い始める。いつしかその魔力は深琴の右腕に集められ、まるで篭手の様な形となった。しかし留まることなく、周辺の魔力が流星のごとくその右腕に集束されていく。
その事実に、61期生とほぼ同時にレックスもまた目を丸くした。
「経験積ますためや、言うてもな。……深琴やって、『新人フォワード』の一人やで」
柔らかな笑みを浮かべ、はやては呟いた。
◇
「左手一本で、持ちこたえるつもりかよ……!」
「当然です。それが出来るように、鍛えてもらったんですから!」
二色のバリアが同時展開され、お互い流し込んでいる割り込みプログラムが反発した。自分か相手か、集中力が先に途切れたほうが負ける。
「……ふざけんなよ……」
カートリッジを1発ロードし、群青色のバリアが強化された。負けじとプログラムの進行を急がせるが、バリアの強度も合わさって僅かにライフが減少していく。
強い意志を秘めた青い瞳が、私を射抜いた。
「負けるわけにはいかねえんだよ。お前なんかに……今のお前には、負けられないんだよ!」
「だったら尚更、こちらとしても負けるわけにはいきません」
士官学校時代――入学当初は、あまりいい記憶が無い。教官からは過剰に期待され、先輩たちからは妬まれて、同期には持て余されていた頃。
確かに、私は扱いにくいと思う。期待されるだけの理由があって、それなりの実績もあった。大勢の人と生活すること自体初めてで妥協ができず、生意気で扱い辛いと思われていても仕方が無い。当時はそれすらも寂しいとかは思わなかった。ただひたすら力を磨いていくことでその感情を消そうとした。それの繰り返し。
だから当時の私に比べて、今の私が「変わった」と評される。他人と話せるようになった、妥協できるようになった……それから、『笑えるようになった』と。私自身、昔の私よりも、今の私の方が好きだったりする。
――だったら、皆にもそう思って欲しい。そう思ってもらえるようになりたいと、心底から思う。
だから、負けられない。嫌いでも何でもいいから、今の私がいるということだけでも知って欲しいから。
「ブレイクっ……!」
最後は魔力で無理矢理、群青色のバリアを打ち抜く。そのまま一瞬の隙も与えず、銃身の上から右の拳を叩き込んだ。バリア展開と割り込みプログラム開始と同時に魔力集束を始めていた右腕は、既に淡紅色の篭手に覆われたように魔力を纏っている。拳が触れると同時に、銃身は砕け落ちた。
「っ!」
「一閃必倒……!」
デバイスの再構成する時間も与えない。防御フィールドを強化して反動ダメージを阻止する。剣に見立てた右腕の魔力が先輩の防御フィールドを打ち抜いた。集束魔力と武器のコンビネーション技能、『剣閃』の真髄はここにある。
「――桜華一閃!」
刀折れ、矢が尽きようとも。その胸に不屈の心がある限り、例えどんな絶望的な状況でも覆す一閃の輝き。そして勝利を齎すその輝きは、揺るがない。
試合終了のブザーが鳴り響き、残りライフの算定を行う。結果先輩のライフは0、対する私のライフは50というギリギリの決着となった。
「……怪我は無いですか?」
「……何とかな」
吹き飛ばされた先輩が立ち上がり、デバイスを復旧させる。お互い防護服もボロボロだ。そのほとんどがRF6で負ったダメージなのだから、彼も発言を撤回せざるを得ないだろう。
「お前、やっぱり馬鹿だろ」
「どうぞご自由に。そんな私に負けたあなたはもっと馬鹿ということを認めることになりますけど」
負けじと言い返して、私は笑った。しかし返事が無い。不思議に思う暇なく皆と合流し、治療を受ける。
「そうだ、深琴。さっき新技見せてくれたお礼に、『切り札』見せてあげる」
「いいよ、わざわざ。そういうつもりじゃないのに」
「行くよ、アインザッツ」
《Yes,master.》
「聞いてる!?」
治療と休息の傍らで、フェアがアインザッツを手に笑った。嫌な予感がして制止の声をかけるが、遅い。
深紅色のベルカ式魔方陣が展開し、その輝きを強める。どんどん強くなった光は虹色に変色し、変更を加え白と赤を基調にした防護服を纏う。そして瞳を開けたフェアの右目は翡翠色に変わっていた。……もしかしなくても、これは……?
「そんなわけで『切り札』、聖王モード!」
「っ!? 深琴さん、しっかり!」
じゃじゃーんと口ずさむフェアの姿に、私は一瞬意識を手放した。慌てたキャロの声に反応して意識を取り戻すが、早速現実逃避したくなる。
JS事件も終盤、私は地上でフェアと交戦していた。説得もあり和解寸前、と思われたところで戦闘機人、ナンバーズNo.4・クアットロの策謀によって妨害される。その際『コンシデレーション・コンソール』と呼ばれる洗脳から、フェアは自身の出生でもある『聖王の鍵のレプリカ』として覚醒した。
言わずもがなその力は強大で、リミッター全解除してようやく勝てたのである。……つまるところ。
「悪夢再び……!」
「だ、大丈夫ですよ。深琴さんなら絶対!」
「そうですよ! 私も、しっかり治療しますから!」
嘆く私に、エリオとキャロが声をかけてくれる。1時間のインターバルを全て休息に回し、万全の調子で迎えた模擬戦。試合時間は30分。お互いの全てを出し尽くしたその戦いは――負けました。
◇
体が重い。全力を出し尽くしたその体は、思うように動かない。それでも自分は負けたのだ――その事実が、レックスの中で消えては浮かんでいた。だが、彼はその結果に納得している。
『自分たちは負けて当然だ』
練習不足を棚に上げて、かつての自分たちは言った。だが今回は違う。デバイスも防護服も最適化した。魔力も体力も充分。万全の状態で挑んで、負けた。以前とは違い、1対1で。ここまで対等な条件で戦って負けたのだから、文句も言えない。発言の撤回も行った。
重い体を引きずって訪れたのは、海岸沿いの訓練スペース。模擬戦を二本こなした深琴の姿は、さすがになかった。今頃寮でぐったりしているのだろう。魔力も体力も使い果たした彼女は立ち上がることすらろくに出来ず、同席していた局員に抱えられて寮に戻っていた。
冬の風が、海面を揺らす。控えめな靴音が響いた。
「……こちらでしたか」
振り向けば、水色の髪の少女――セレナ・ソネットが立っている。その手にはレックスのコートがあった。気が利くような利かないような……複雑な顔で、レックスはそれを受け取る。
正直、彼女が部下に配置されるとは思っていなかった。人事部としては同じ士官学校卒業で顔見知りだからという単純な理由だっただろう。大人しく優秀ではあるが、異なる立場の自分はやり辛い相手でもあった。
「何の用だ?」
「……深琴から、『ありがとうございました』と伝えて欲しいと」
「……そうかよ」
かつて3対1で戦ったあの日も、彼女はそう言ったのを思い出す。不利な戦いも模擬戦だと……これだから、彼女には敵わない。
深い溜息を吐いて、レックスはセレナを見た。
「戻るぞ」
「……はい」
小さくもしっかりとした声。その姿に昔の深琴を思い出し――止めた。今は今だと、呟いて。
二人分の足音が響き、電灯で照らされた道を歩く。迷い無く、晴れた笑顔で。