魔法少女リリカルなのはStrikerS もう一人のストライカー 作:藤月沙月
第1管理世界<ミッドチルダ>。その世界の首都中央から少し南の港湾地区に、『時空管理局 古代遺物管理部』機動六課の隊舎があった。交通の便は少し悪いが大抵の用件は近場で済ますことが出来るし、その周辺の雰囲気はどこか遠い異世界を思い出す。そんな世界に俺・秋月静真が来て早3日が経とうとしていた。
六課の人達はみんないい人で、いきなり異世界からやってきた部外者にも温かく接してくれる。初日、それも会って数分でそれなのだから、最初は妹が何か言ったのではと勘繰ったが――回し蹴りと共に否定の言葉を頂いた。
そんな彼女に言わせると、俺が生まれ育った惑星――管理局風に言うと「第97管理外世界・地球」という世界は管理外の割にかなり有名らしい。魔法文化や異世界渡航手段を持ちえない世界は時空管理局の管理外に当たる上97という数字から考えても「辺境の地」と言っても過言ではないが。
しかしそんな世界――特にその中でも話題に上げられるのが、現地・日本は『海鳴市』だ。
一時期頻発した異常現象と、それの解決に尽力した現地協力者の存在、そして協力者を始めた現地出身者の奇妙な共通点。ついでに辺境の地の独特な文化――それらが合わさって、今海鳴市は空前のブームらしい。機動六課ももれなくそのブームを支えており、その上先程挙げた異常現象解決に尽力した協力者やその関係者、現地出身者の姪で自身も同世界出身者の計4名が在籍していることから、今の俺は「異文化を知るための手段」らしい。
――そんな異世界・ミッドチルダ。『魔法』が認知され文化として発展したその世界のことを知ったのは、俺が高校二年生の頃だ。しかし魔法を――ひいては自分たちの異常性を認識し始めたのは、それからさらに過去の出来事である。
◇
物心ついた頃から、自分と「いい子」という言葉が両立していた。何でも、自分は俗に言う「手のかからない子供」だったらしく聞き分けはいいし人見知りしないし、周囲の母親はこぞって俺を褒めたらしい。
『静真君は本当にいい子ね。うちの子も見習って欲しいわ』
なんて台詞を聞くのは日常茶飯事。歩くのも文字を読むのも書くのも、話すことも同年代の子供達よりずっと早かった。知ってる顔が来たら「こんにちは」と挨拶し、何かしてもらったら「ありがとう」と礼を言う。率先して年下の面倒を見ようと頑張ってみたり、お礼を言われたら「こちらこそ」と謙虚になってみたり。今思えばかなり奇妙な幼稚園児がいたものだ。だが当時は幼いなりに「どうすればこの人は喜ぶのだろう」、「どうしたら泣かないでくれるだろう」と色々考えていたのである。それは専ら両親に向けられていた。「こうすればきっとこの人達は喜んでくれる」、「こうすればこの人達は自分を守ってくれるかもしれない」と。無意識の行動だったが、もしかしたら自分は恐れていたのかもしれない。自分はまだ幼くて、自分自身を守ることが出来なくて、一人では生きていけないから。身近にいる両親に嫌われないように、捨てられない様に、生きて未来に繋げる様に。
それでも褒めて貰える事は純粋に嬉しくて、誇りだった。
『妹の面倒をみれるなんて、いいお兄ちゃんね』
四つ下の妹・深琴が生まれてからは、その台詞を聞いても何とも思わなかった。何も無い場所で転ぶ妹は少々そそっかしく抜けていたが、それを差し引いても「いい子」だった。人見知りは「大人しい」と解釈される、そんな子供。自分を追いかけて転んでは、涙を浮かべながらも立ち上がる。そのこけっぷりを見た周囲は俺に「お兄ちゃんも大変だ」と苦笑していたけれど……そんなことを思った事は一度も無かった。
(深琴はまだ、慣れていないだけだから)
目に映る全てが真新しくて、その心を惹き寄せる。『力の使い方』が分かっていないから普通の人には見えないものも見えて気を取られるし、手を突いて転んだ次の瞬間、間違えて側転して着地するという奇妙な運動能力を見せた。
ただそれも全て「慣れていない」せいだと理解していた。遠くない将来、彼女が先にその力に目覚めるだろうと言うことも。
深琴がその予兆を見せたのは、3歳になって間もない頃だった。「孫と孫娘に会いたい」とせがむ祖父に頼まれて海鳴市の実家に帰省したその日のこと。
屋敷と言っても過言ではない敷地内に響き渡る母の悲鳴と、制止する人の声。絶句する父が立ち尽くし、その視線の先には指先一つ動かさない深琴が倒れている。妹を冷たく見下ろす祖父が唇の端に笑みを浮かべていたことは、今でも覚えている。幸い、深琴は次の瞬間には息を吹き返してすぐさま病院へ直行。特別異常も見つからなかったためその日の内に兵庫へ帰った。
『あんな性根だから、目覚めるはずの力も目覚めないんだ』
呆れた声が聞こえる。その言葉に納得した自分は、より一層妹を守ろうと決意した。――結局、叶わないままに終わったが。
翌年の春、幼稚園の見学から帰った深琴と公園で遊んでいるときだった。心臓の近くが突如激しく痛み出し、体の自由が利かなくなった。立っている事すらできなくなったその時、深琴が先に倒れたことは今でも覚えている。偶然近くを通った(近所に住む同級生のお母さんだった)人が俺達の異常に気づき母と救急車を呼んでくれて、病院へ運ばれた。その間一度も目を覚ますこと無かった妹は、昏睡状態に。まったく原因が分からないその症状は「突発性意識喪失」と名づけられ、6年間に渡る入院生活が始まった。
チューブに繋がれ、機械によって自動的に酸素を送られる。普段は静かに眠っているが、時折意識を取り戻しては激しい痛みに襲われるらしい。一度だけその現場を目撃したが、言葉を失った。
見開かれた目に溜まった涙。開かれた口から響く悲痛な声。痛みから逃げようと動かす体はチューブに絡まって、それから逃れようと動かして、危険を察知した機械が警告を訴える。
状況が落ち着いて、同席していた母は対応した医者と看護師に何度も謝罪と礼を繰り返した。その中の一人、年若い看護師はあることを教えてくれた。
「前にもこんなことがあったんですけど、その時深琴ちゃんが言ったんです。『死にたくない』って。……まだ4歳になってないのに。きっと一番辛いのは、深琴ちゃん本人なんだって……」
起きている時は本を読んでいるか、外を見ているということ。出された食事は好き嫌い無く、流動食も平気で受け入れること。苦い薬もワガママ一つ言うことなく服用し、時々泣き出す年下の子をあやすこと――そんな姿に、その看護師は思うそうだ。早く治療できるように、自分に出来る事をしてあげたいと。その看護師に、母は頷いた。迷いが晴れた、そんな顔で。
それから、6年の月日が流れた。地元の中学校に進学した俺は2年生になり、原因不明の病を抱える妹は一度も学校に通うことなく、10歳になる年の4月。学校帰りに病院へ顔を出そうとした俺を、母は呼び止めた。何でも父が海鳴市への転勤が決まり、引っ越すことを母は淡々と告げる。そして、深琴に伝える必要が無いことも。
「もう、深琴は病院にいないわ」
「……先に、転院したのか?」
「いいえ。お昼頃、海外に渡ったわ。兄さん……伯父さんが、預かってくれるから。合流したら連絡を……」
「……見捨てたのかよ……」
母の話によると、伯父が住んでる国では深琴の病気も治療できるらしい。……だからって、10歳の子供を一人で知らぬ異国に放り出すか、普通。
正直、俺は納得いかなかった。それ以降母は深琴の話題を出すことも無く、俺が話題を振れば無視。父も母の味方をした。連絡を取る手段も無く、どこに住んでいるかも、そもそも存在していた事も知らなかった伯父を疑っていた点もある。
――両親は妹を見捨てた。俺は、妹を守れなかった。その事実に愕然した俺はその日を境にある決意を固める。例えどれほど月日をかけようと、この家を出る事を。
◇
海鳴市に引っ越して聖祥大学付属中学校に編入した俺は、附属高校に進学するという、周囲と同じ進路を選択した。優秀な成績を維持し続ける俺を褒め称える両親にささやかな反抗心と、校則で禁止されていないこと理由に髪を染めて。進学早々「君、剣道部に入るよね?」と謎の勧誘をした藤月彼方先輩の紹介で、市内でも有名な喫茶店でバイトを始めた。聞いた話、主人の娘さんが「魔法使い」になって異世界に渡ったとか――にわかに信じられないその話を、その翌年再び聞く事になる。
翌年出会ったのは、一年下の後輩。『霜月秋葉』と名乗った少女は彼方さんの知り合いらしい。腰に届く赤髪は、日本人らしい名前に反して鮮やかな赤色。物静かな性格は妹を見ているような気分になる。そんな彼女は、異世界の出身らしい。その事実と彼方さんの知り合いであることから、俺達は一緒に行動する機会が増えた。
「……あんまり、妹さんとは似てないですね」
学校の帰り道、秋葉が小さく呟いた。彼女によると、妹の病気は既に完治しているらしい。というか実際は妹の魔力の源がこの世界の魔力と適合できなくなった事が原因で起こった現象だという。今では元気になってある大会に出場したとか、ともかく有名になったらしい。
――妹も伯父も異世界で「魔導師」だった。その時に感じた感情は、不思議なことに何一つ無かった。
ただ思うのは、妹が元気にやれていることを自然と喜べなかったことと、自分達の親族が「異端」であること。それでも自分の目標を変えることなく、俺は過ごしていた。
◇
「ねえ、君、今暇? 近くにいいお店あるんだけど、一緒にどう?」
「いえ、あの……」
学校帰り、バイト先に向かっている時のこと。聞き覚えのある声に視線を向けると、見覚えのある少女が軽そうな男に言い寄られていた。最初は誰か助けるだろうと思っていたがそんなことはなく、調子に乗った男は少女の肩に腕を伸ばす。用事があると告げた少女の横顔に妹の姿がダブり、その直後まるで欠けていたピースが嵌ったかのようにその事実を確信した――あの少女が妹であると。
助けに入って、行き先まで案内を兼ねて一緒に向かう。行き先の『喫茶翠屋』では彼女の同僚が待っていた。
「……仲間だから」
小さくはにかみながら、それでも誇らしげに話す妹の姿は、今でも覚えている。長い入院生活で一層内向的になった妹が年の近い人達と接しているという事に一番安心した。
◇
それから4ヵ月後。妹と連絡を取り合うようになったある日、彼女からこんなメールが届いた。
『六課の仕事で、しばらく連絡できなくなりそうです。大丈夫そうになったらこっちからメールするから、心配しないで』
そのメールから数日後、俺はいい加減両親と向かい合うことを決めた。深琴の仕事がひと段落した事、またそれがかなり危険な事件を解決するというものだった事。そして母親の手に握られた通信端末と深琴のために用意されていた部屋――それら全てと、父親が漏らした「母さんは全部知っている」という一言。
結論としては、母は妹が魔導師であることを知っていた。それどころか4年前からずっと伯父と連絡を取り続けていたらしい。深琴が秋月の異端を、現時点で存命する誰よりも強く受け継いでいることで祖父はそれを利用しようとしたという事実。母が深琴を「見捨てた」のは祖父の手が届かない異世界に深琴を送るため。自分達への未練から祖父と接触しない様に、徹底的に。
「『秋月』の人間としてではなく、一人の人間として生きて欲しかった」
泣きじゃくりながら語る母の姿が、とても痛ましかった。ずっと自分ひとりで抱えていたことは純粋に腹立たしい。けれどもし自分がその事を知っていたらどうだろうと思ったとき、母を否定することができなかった。
ただようやく家族として戻れた俺達が過ごす時間は、可能な限り温かいものにしようと満場一致で決定した。母の腕に抱かれて泣き出した妹の姿に、それを実感した俺だった。
◇
一頻り語った俺は、お茶を飲み干した。聞いていた深琴の友人は呆然としており、兄貴分を名乗る師匠は「どじっ子属性まで網羅してたのかよ。深琴、恐ろしい子……!」とツッコミしにくい言葉を口にして、隣に座る男性に殴られた。あと男性と言っているが後者2人は俺と一つしか年が変わらない。特に銀髪の男性――ディバイン・アーウィング執務官の姿は、正直もう少し年上だと思っていた。何でも4年前、深琴の窮地を救ったのが彼らしい。深琴にとっては強さの象徴で、憧れ。
「でも、二人してすごい兄妹だったんですね」
「すごいっつっても、周囲がそう言っていただけだしな」
感心するスバルに、俺は言う。深琴との共通見解でもある。ちなみにこの一言は「ある意味むかつく」と大多数を敵に回す効果もあった。
「……だから、管理局法20条ではこうなるんだよ!」
「でも21条から推測で適用したら別ですよね?」
「だからそれはだな……」
靴音を響かせて、男女の声が近づいてくる。振り向けば妹と自称そのライバルが今日も元気に軽口を叩き合っていた。器用にも話しながらモニターを展開し、図を用いて互いの主張をぶつけ合っている。せめて前を見ろ。
「またやってますね」
「いつものことでしょ」
「でも、深琴さん……ちょっと楽しそうです」
エリオの言葉にティアナが肩を竦め、キャロが微笑む。ちょうど彼女達の視線の先で、ヴィヴィオが深琴の足元に抱きつくところだった。柔らかな笑みを浮かべた深琴と、視線が合う。
満面の笑みで笑うその姿に、帰って来たばかりの彼女がダブった。
もう一人ではないと信じ戦うその背中に、かつての彼女はいない。
「……お帰り」
「ただいま」
つい口に出た言葉に周囲が目を丸くする中、妹は笑ってそう答えた。