魔法少女リリカルなのはStrikerS もう一人のストライカー 作:藤月沙月
両手で手すりを掴み、歩く。踏み出した足に力が入らず、崩れ落ちそうな体を寸前で踏み止めた。普段は意識せずに出来ていることが出来ない。その事実を再認識して、思わず唇を噛んだ。
別に、この事を忘れていたつもりはない。けれど、「14歳の私」がそう思ったのだから、この時代の私が絶望するのも無理な話ではなかった。この時代を思い出す度に、自分一人では何も出来ない事が悔しくなって。ほんの些細な一言でも、認められたことが嬉しかった。目の前の敵に立ち向かえるだけの力を鍛えてもらえた。きっかけ一つ、思い一つで世界は変わることを知った。だから。
だから、この時代の私にも胸を張って言える。「未来を信じて、前を向け」と。
歩行リハビリを終え、病室に戻った私は時間転移についての事情を聞いていた。発端であると思われる現在については、今のところは平行世界であるという結論だ。原因は十中八九、ロストロギア。
元よりこの海鳴の地は「そういうもの」を呼び寄せる土地らしい。本格的オカルトからロストロギアまで。それでも、やれ神隠しじゃ、やれ祟りじゃにならないのは『秋月家』を始めた「その道の専門家」が討伐や事後処理を受け持っていたためだ。また、所謂「ヒトではない者」も協力的だったらしい。彼らの殆どは迫害されない安住の地を求めているため、自分達から騒ぎを起こそうとしないし、好まない。同類が暴れると「風評被害」を被る可能性もある。それは非常に困るから、意思疎通が可能な場合は大抵が仲間になるらしい。
中には「人間なんぞに尻尾を振るなんて愚か者め。誇りはないのか」という話もあるが、「誇りだけで生きていけたら苦労はない」という本音がちらほらと出てくるとか。……百年単位の昔話だから、信憑性に欠けるけど。
秋月も元々はオカルト分野で活躍した一族である。今でもそれなりの能力を持った人間が生まれるためか、衰退している事に変わりはないが、同時期に活躍した一族に比べたらまだ繁栄している方だ。まだ3歳の孫娘を黄泉送りどころかそのままベリー・トゥー・ベリーのコンボを決める程の毒――実際は高濃度の呪詛だったが――を盛る必要はなかった。秋月の本来の分野は呪術などのオカルト。それだけなら母さんだけでも十分なお釣りは来る。祖父が、わざわざ自分の寿命を縮める呪詛をかける必要は全く無かったのだ。当時の私は、毒を盛られるその瞬間までは魔導に目覚めていなかったのだから。
と、そんな話は置いといて。ともかく海鳴市にはそういった歴史があるためか、魔法だとか時空転移とかの存在は土地自体が寛容である。
――だからって、言わば世界線が交わる事なんかそうそう無いのだけど。
「えっと、ということは……現在の時間軸は約10年前の新暦66年だから……」
「にゃー」
手にした鉛筆で、人に見立てた丸と該当する数字を書き込んでいく。
「新暦75年を基準にして……、執務官と零さんは3年後の新暦78年から。ヴィヴィオとアインハルトがその一年後の新暦79年、トーマとリリィが新暦81年からそれぞれ飛ばされてきた。で、現在の目標はタイムパラドックスを起こすことなく、それぞれの世界に戻ること……」
「にゃ、にゃー」
「で、今のところの原因とされるのは異世界からの渡航者2名。出身世界は不明。渡航許可等も無い違法渡航者と思われる……。それと『闇の欠片』と呼ばれるものが生み出す偽者……」
聞いた話を復唱して、自分が分かりやすいように纏めた。合間合間に猫……じゃなくて豹型デバイスのアスティオンが鳴いている。アインハルトが窘めて、ベッドに上がろうとするアスティオンを自分の膝へ移動させた。
一通り纏め終わり、全員を見る。
「……で、合ってる?」
「うん、合ってるんだけど……何か、見た目と内容のギャップが……」
そう苦笑するのはヴィヴィオだ。私が知る時代の4年後ということで、既に小学4年生である。
「話には聞いてたけど、この年のミィちゃんって本当に小さかったんだね」
「でも話してると、いつも通りだね」
トーマと名乗った少年と、リリィと名乗った少女。二人の時代は新暦81年から。ヴィヴィオの時代の私が18歳、トーマ達の時代の私が20歳。アインハルトがぽつりと漏らした「旧姓の頃」という言葉……。ということは、彼女達が知る時点で私は結婚しているらしい。……結婚できたんだ、私。執務官が視線を逸らすのは何故だろう。
とはいえ、問題は山積みだ。
「重大なのは、お前が戦力外と足手纏いという」
零さんの一言が突き刺さる。……いや、あの、そうなんですけども。14歳の時のように戦えないですし、むしろそんなことになったら肉体が耐え切れずに「やめてくださいしんでしまいます」だけどさ……。ぐるぐる止め処なく回る思考を、打ち切る。外は快晴、風も弱い。とことこ窓辺まで歩いて、窓を開く。
「……大丈夫。人間やればできる。そんなわけでやってみよう。イエス、アイキャンフライ」
「いやいやいやできないから! 普通の人間は空飛べないから! っていうかミィちゃん早まらないで!」
トーマが全力で止めてくれるが、今はその優しさも心には痛い。体力というか精神的な何かが勢いよく削られていく。
「結局戦えない私には存在価値なんて無いんですよ。だったら生きてるって虚しいじゃないですか。後さっきから普通に喋ってたけど、4歳の私って基本ネガティブシンキングだから。……だから、大丈夫だよ……」
「それ、全然大丈夫じゃないから!」
「全く……」
溜息を吐いて、執務官が片腕で私をベッドに引き戻した。
「戦えないとか、そんな理由で存在価値を決め付けるな。……そもそも、今のお前を戦わせようと思うこと自体が間違っているんだ。お前が気に病むことじゃない」
慰められ、頭を撫でられる。……こうして気を使わせてしまうことが、非常に歯痒かった。
昔から、私は兄と違って臆病な性格で。誰かが泣いていても、声をかけることも手を差し伸べることもできなかった。
助けたいと思うのに、行動に移せない。声をかけたいのに、言葉が出てこない子供だった。
「にゃー?」
「アインハルトさん、どうかしましたか?」
「……いえ……」
ティオを撫でながら、アインハルトは何か考えている様子で私を見る。
「今の深琴さんは、4歳の頃の体に14歳の精神が入り込んでいるんですよね……?」
「うん。……多分だけど」
「でしたら……本来存在するはずの4歳の精神はどちらにいるのでしょうか?」
「『もう一人の僕』みたいな感じじゃないのか?」
アインハルトの疑問に、零さんが一例を提示した。色々と突っ込みたいが、今は無視しよう。
「それは無いと思います。14歳の時ならまだしも、魔力適合すら困難なこの時代では……」
「……そうだね。アインハルトの言う通りだ」
本来あるべき人格以外に抱え込むという事は、肉体にも精神にも多大な負担を抱える。14歳の時ならまだしも、この時代の私は特別不安定だったわけだし。
……でも、なら何故。
「……何で『私』は、ここにいるんだろう……」
「深琴お姉ちゃん……」
ぽんぽん、と頭を柔らかい何かが叩く。見上げれば兎のデバイス・セイクリッドハードが心配そうな顔をして、私の頭を撫でていた。
「ありがとね、クリス」
兎に手を伸ばそうとした瞬間、体中に激痛が走る。同時にこみ上げた嘔吐感に堪えかねて吐き出したのは、赤黒い血の塊。目の前が霞んで、意識が遠くなる。
「深琴!」
「……平気、です……っ!」
皺が残るほど強く、シーツを握り締めた。脂汗が引かず、次第に呼吸が荒くなる。魔力結合ができず、リンカーコアが悲鳴を上げた。それでも尚、漂う魔力素をかき集めようとする。
生きたいと、生きるべきだと。どこから聞こえるかも分からない声に従って。
「警告。脅威判定検知」
「……来たな」
舌打ちして、零さんは窓の外を見た。その様子につられて、全員は窓の向こうを見る。
見えたのは夕焼け色に染まる空と、色違いのバーストフォームに身を包んだ私の姿。血の様に赤い防護服と、露になった肌から見える刺青にも似た紋様。瞳に輝きが無いことを除けば、私にそっくりである。
「2Pカラーだな」
「……ツッコミ待ちですか……?」
呟いた零さんに、ツッコミを入れざるをいられない。
「トーマ、あれ!」
リリィが指差した先には、見知った顔のそっくりさんが。迎撃に向かう彼らを見送ることしか出来ない自分が、情けない。
(……何で、私だけ……)
とはいえ、今の私では足手纏いにしかならない。
魔法も使えず、剣閃を使える程の力も無い。
だが、それは向こうの私も同じようだった。見た目は14歳の私だけど、使っているのは魔力を衝撃波に変換するだけの単純なもの。もしかしたら中身は4歳の私なのかもしれない。
それなら納得が出来る。当時の私は家の事は何一つ知らなかったし、剣閃の事も知るはずが無い。魔法の事も知らないから、衝撃波への変換という初歩的なものしか使えないという。
「……でも、何で?」
何故4歳の精神が、闇の欠片に取り込まれてるんだろう。
「……それは、儂から説明しよう」
音を響かせて、扉が横に開いた。そこにいるのは右手に杖を、左手を隣に立つ男性に預ける壮年の男性。腰は曲がっているが、その足取りに不安は無い。
「……お爺様……」
「久しいの。じゃが、お前は儂が知る深琴ではないようだ」
男性の手を借りて空いた椅子に座った祖父は、じっと私を見つめた。
◇
――眠い。鈍い痛みに顔を顰めるが、眠り続ける少女がその目を開くことは無かった。遠くから自分を呼ぶ声が聞こえるが、耳を塞ぐ。
(聞きたくない……放っておいて……!)
私は大丈夫だから。ちゃんと戦えるから。だから、だから放っておいて。せめてこの短い時間でいいから、夢を見させて欲しい。
家族の夢と、『友人』の夢。泣いているあの子が笑っている。それだけで幸せだった。
(……もう大丈夫だよ)
私が助けるから。あなたを縛りつける破壊の運命も何もかも、私が壊して見せるから。
決意を固め、紫色の天を纏う。
「――『砕け得ぬ闇』、ここに」
ずっと一緒だよ。そんな声が聞こえた気がした。