魔法少女リリカルなのはStrikerS もう一人のストライカー 作:藤月沙月
「どうして、泣いているの?」
その問いかけに、少女は驚きに目を丸くしながらも答えた。
「もう、壊したくないから」
彼女は言うには、彼女という存在そのものが『存在してはいけないもの』だという。破壊と殺戮を撒き散らし、いずれは星さえも破滅に導く存在。それが彼女だ。
もちろん彼女本人は、破壊なんて望んでいない。それどころか自分を壊すことさえ望んでいた。他人を遠ざけ、傷つけないように。
けれど、それすらも不可能だった。例えどんなに小さな砂粒になろうとも、長い時間をかけて復活する。彼女という存在を宿しているものを消しても、同じ結果になってしまう。
何よりも彼女が悲しんでいたのは、本来一緒にいるはずの『仲間』がその傍らにいないことだった。全員が揃わなければ、彼女は正常に作動することが出来ない。彼女は泣きながら、そう教えてくれた。
もう何も壊したくない。誰も殺したくない。けれど自分一人では何も出来ないのだと、彼女は言った。
「……私じゃ、何も出来ないかな?」
ただ泣き続ける、痛々しいその姿を見ていられなくて。つい口に出た言葉に、彼女は一瞬だけ涙を止めた。
翡翠色の瞳が、僅かに金色へと変化する。喜びと、困惑と、ほんの少しだけ絶望の色を混ぜて。
それでも、私は彼女に手を伸ばす。何も出来ないかもしれないけれど、一緒にいることくらいは出来るから。
「私は、秋月深琴です。あなたは?」
「……私は……」
「まず、あの偽者は厳密に言えば『偽者』ではない。あれもお前の意思の一つだ」
着席して早々、祖父は説明を始めた。
「私の、意志……?」
「正しくは『この世界の』深琴の意思だがな」
祖父の視線に頷いて、傍らに立っている男性が私に資料を渡す。……この人の顔は覚えていた。祖父の――『秋月の代理人』として、月に一度病院に顔を出していた人。
渡された資料は紙ではなく、ミッドチルダで使用される空間投影型のモニターだった。表示されるのは『闇の書事件』とこれまでの関連する事件の情報。そして度々観測されていた未知の魔力素のデータだ。
「『夜天の魔導書』から切り離され、破壊された防衛プログラム『闇の書の闇』。それを含めた『闇の書の残滓』が紫色の天――『紫天の書』。今は制御プログラムも無く、そのコアである『エグザミア』が暴走状態にある」
言って、祖父は慣れた手つきでモニターを切り替える。今までに時空管理局の人間と話す機会があったのだろうか。そんな秋月家の家訓は「習うより慣れろ」、「努力は裏切らない」。言うなら「やればなんとかなるのだから、ぐだぐだ言わずにとっとと行動に移せ」というものである。……と、どうでもいい話はさて置いて。
「とはいえ、このまま自壊してもその余波で星そのものを破壊することには変わりない。……ある時、制御プログラムを探して彷徨っていた『紫天の書』は、仮初の宿主を見つけた。それが……」
「この世界の私、ですね」
「『紫天の書』としては残滓のままでなら、破壊衝動の覚醒まで充分な余裕がある。幸いなことに、仮初の宿主には類稀な資質があった。最低限の機能回復を行い、制御プログラムの捜索――いや、制御プログラムに捜索してもらう、というのが正しいか――いずれにせよ、それを待つだけでよかった」
ということは、と私は思考を整理する。現在確認されているプログラムは4種類。一つは『紫天の書』そのものと、制御プログラム『
制御プログラムを探しているという点で、『紫天の書』は制御関係を保持していないことになる。この制御プログラムというのは恐らく『管制人格』に当たるはずだ。魔導書そのものと内包するエグザミアの管制。そして補助プログラムはその名の通り管制人格を補助し、その運用を効率よく、円滑に行うのだろう。
……もしこのままこの体に宿っていたとしたら、と考えると恐ろしくなった。保有術式と『剣閃』だけで充分レアスキル認定されているのに、一歩間違えたら八神部隊長の様になっていたというのか。
「先日、『紫天の書』は復活した。しかし様々な不具合から本来取り込むはずの制御プログラムを取り込めず、また切り離すはずだった仮初の宿主の意識を残したままという、な。本来の器である肉体から切り離された意識は、その防衛本能に従って『異なる時間軸の宿主の意識』を呼び出した。この状況を打破できる程に成長した精神を、な」
「……時間軸は異なりますが、巻き込んだと思われる関係者が2名程います。その件については?」
「確証はないが、そちらも『紫天の書』に囚われた意識が求めたのだろう。この時間軸の器では、呼び出した自分の意識に応えられないからな。状況を受け入れられるだけの成熟した精神、かつ疑うことなく自分の器を保護してくれるという信頼と相応の力……その条件に適合するのがその2名だったのじゃろう」
……確かに。この時間軸に関係する人達を除けば、条件に合う関係者は殆ど絞られる。
――って、私が巻き込んだんだ。あの2人、結局とばっちりじゃないですかやだー……と混乱する思考が結論付ける。
「ということは、その2人がこの時間軸に飛ばされた直接的な原因は、他の人達とは違うんですよね?」
「そういうことになるな。『紫天の書』に囚われた意識が解放され、あるべき器に戻れば――その時点で元の世界に戻るじゃろうて」
「……いえ。それだけ聞ければ充分です」
ヴィヴィオやトーマ達と違い、2人――アーウィング執務官と零さんは、なのはさん達との出会いまでの期間が非常に短い。――あって数年、なくて数ヶ月。今回別の時間軸から呼び出された面々の記憶がどうなるかにもよるが、夢落ち的結末でも何らかの影響があるだろう。情報によると2人は既に管理局組(とヴィヴィオやトーマ達協力者)と別行動に移り、可能な限り接触をしない方針にシフトしたらしい。
……残るは、私次第だ。
だが、今の私では前線に出ることが出来ない。デバイスさえあれば、身体強化の応用でヴィヴィオやアインハルトの様な魔法を組めるのだけど……。
他に手段があったとしても、『紫天の書』を守ろうとする私に敵うのだろうか。根底の理由が何であれ、意思を固めた『私』が発揮する底力は異常だと評される。その上今の姿は、エグザミアが生み出すエネルギーの何割かを受け入れられるだけの頑丈さも兼ね備えていた。
けれど、相手も『私』である。そこに勝機を見出すことしか出来ない。
「方法ならばある。……橘」
「はい」
応えた男性――橘という名前だったのかと今更ながらに思ってしまうが――は、上等そうな紫色の刀袋を私に差し出す。両手で受け取った私は、思わず目を丸くした。
刀が入っているのか疑問に思うほど、袋は軽い。赤い紐で施された封印を解き、鞘に収められた刀を引き抜く。羽のように軽い刀は無骨でありながらも、どこか繊細さを感じさせた。どことない違和感は、恐らくこの刀が私もよく知る「デバイス」に分類されるからだろう。
「我が秋月家に代々伝わる刀だ。名は『
「『悠久』……」
「何かの役に立つじゃろう」
それ以上は知ったことか、とでも言いたげに祖父は口を閉ざした。
(私は……)
鞘に収めた『悠久』を手に、私は瞳を閉じる。先程まで体中を走った痛みは、不思議と消えていた。体の隅々に行き渡る、力の充足感が心地いい。
「正直な話……お爺様。私は、あなたを恨んでいます」
その言葉と、手にした刀。状況を察した橘さんはさっと前に出た。一方の祖父は沈黙を保っている。
「あの時の仕打ちがなければ、私の人生は変わっていたかも知れません。……少なくとも、家族関係は冷え込むことは無かったでしょう」
化け物を見る目で見られる事も、怯えられる事も、悲しませる事もなかったかもしれない。もし同じ状況に陥っても、また違う状況になったはずだ。……けれどその場合、彼らとの出会いも今とは違ってくる。
「人生を変えるような出会いをしました。強くなるために力を磨きました。……大切な友達と、一緒に戦う仲間が出来ました。そこは、少しだけ感謝しています」
ベッドから降りて、一歩足を踏み出す。今の私が伝えたいことは、全部伝えた。
「屋上を開けている。後は全て、お前に任せよう」
「言われなくても、そのつもりです」
「……すまんな、深琴」
「構いません」
その謝罪は過去に対するものか、それとも現在か。判断しかねた私は、こう答えた。
「私も、秋月の者ですから」
◇
「もう泣くな! 貴様の絶望など──我が闇で、打ち砕いてくれるわぁー!」
その言葉に、安心する。これで彼女は一人ではないのだと。もう誰も傷つけないで済むのだと、もう悲しむことは無いのだと。
けれど、それでも自分の破壊衝動は止まらない。全てを消し去りたい、否消すべきではないと相反する主張が衝突する。
そして彼女から切り離された今、心が悲鳴を上げた。
「……一人は、嫌だ……」
痛いのも、怖いのも、一人ぼっちも大嫌いだ。平気なわけが無い。「偉いね」と褒められても、嬉しくなんて無かった。
「……嫌だ……」
我慢なんかしていない。ただ、自分は逃げているだけだ。痛みや悲しみや――全てから。
「一人じゃないよ!」
そう声を荒げたのは、白い服を着た女の子。その隣で、黒い翼の騎士が頷いている。
「『深琴ちゃん』やろ? 初めまして、八神はやてです」
「私、高町なのは。この子はフェイトちゃん」
「フェイト・テスタロッサです。よろしくね」
女の子達が、声をかけた。その笑顔が眩しくて、同時に彼女達を傷つけた我が身が恨めしい。
「私達がいるから……もう、一人じゃないよ!」
「……私は……」
差し伸ばされた腕に、手を伸ばす。しかしその手は彼女に届くことなく、炎を生んだ。
「深琴!」
炎を防ごうと、銀髪の男性が銀色のバリアで私を包み込む。しかし自由を失った体は、別の意思によって動かされた。
「……駄目、止まらない……!」
バリアを砕くと同時に、意識が混濁する。暗く歪んだ視界に映る顔の判別が出来ない。斬りかかる刀を受け止め、どこか懐かしさを感じる彼に殴りかかる。
「……助けて」
遠くから聞こえるほど小さな囁きが、耳を打つ。しかし同時に、光が見えた。桃色より赤く、真紅より柔らかいその光。
暖かく輝く淡紅色の光が、私を飲み込んだ。
◇
「あっぶなー……」
大急ぎで飛んできた私の視界に見えたのは、制御プログラムに抱かれる『紫天の書』と、この世界のなのはさん達。そして闇の欠片に囚われた、この世界の私。私に殴りかかられる零さんを助けようと砲撃を放ったが、かすってはいないようで安心した。
「『あっぶなー』じゃねえよ! ガチで死ぬかと思ったわ!」
「間に合ってよかったです!」
「よくねえから! 俺の命が間に合わないから!」
「執務官も、ご無事ですか?」
「俺の話を聞けえええ! っていうか対応違くね!?」
叫ぶ零さんを無視して、私はアーウィング執務官に話を振った。
「いや、無事ではあるんだが……。お前、その姿は……」
「はい。協力者がおりまして」
姿は14歳の私。纏うのはバーストフォーム状態の防護服。デバイスは一時的に借り受けた御神刀・悠久。
「………………」
相対する『この世界の私』は警戒しているのか、構えたまま動かない。
「え、えっと……深琴ちゃんが二人?」
混乱するなのはさん達の姿は、以前見た事件資料に映っていたのと変わっていない。
過去や平行世界とはいえ、彼女は私自身だ。しでかした事の責任は、自分で背負おう。
「さあ、行くよ」