魔法少女リリカルなのはStrikerS もう一人のストライカー   作:藤月沙月

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Report12:THE GEARS OF DESTINY(後編)

 ぶつかり合う刃が、独特の金属音を奏でる。自分そっくりな彼女は涼しい顔で、斬撃を捌いた。……そういえば先程、男の人が言っていた気がする。「今のお前は、魔力があるだけで使い方を知らない」と。

 なら、使い方を知ったら――私は強くなれるのだろうか。この人のように、『あの子』を助けてくれた彼女達のようになれるのだろうか。

 

『否。器に過ぎぬお前には不要』

 

 じわり、と炎が広がる。

 

『お前が求めるべくは永遠結晶(エグザミア)と紫天の書のみ。夜天の主と管理プログラムを食らい、ナハトヴァールは再び蘇る』

(……駄目だよ、そんなの……)

 

 破壊や殺戮なんかのために、あの人達は生み出されたんじゃない。愉悦の声を響かせる炎が私の全てを飲み込もうとした瞬間、私は手にしていた刀の切っ先を反転させた。

 

「……痛いのも、苦しいのも、本当は大嫌い。死にたいって思うけど、実際死にたくは無い」

 

 でも、と震える手に力を込める。

 正直な気持ちを表に出せば、主治医の先生や看護師さん、お父さんやお母さん、お兄ちゃんを困らせてしまう。他の誰かをそんな目に遭わせようなんて思わないし、思いたくもない。

 ――例えそれが自分の意思であろうとなかろうと。

 

「誰かを傷つけるのも、苦しめるのも……もう嫌だっ!」

 

 反転させた切っ先が、私の胸を貫いた。意識が遠退いていくが、不思議と痛みは無い。重い荷物を下ろした時の様な感覚だ。これでいい、と声が聞こえた気がする。ただ一つ心残りがあるとすれば、結局私は『あの子』を悲しませただけだという事だ。

 ……だけど、『私』という器すら無くしたあの闇は、これで打ち砕けるはず。

 

「……後は、お願い……」

 

 呆然とする、自分そっくりな彼女にそう告げて、私は意識を手放した。

 

 

 

 

 その夢は、いつだって唐突に始まって――そして唐突に終わりを告げた。

 暗い闇の中で、一人ぼっちで女の子が泣いている。もう何も壊したくないと、誰も傷つけたくないと伸ばした腕は空を切った。

 

「ねえ」

 

 そう呼びかけた私は――自分だとは全く思えない社交性を披露して――腕を伸ばす。

 そして決まって、脈絡もなく彼女にこう言うのだ。

 

「私と、友達になってくれませんか?」

 

 

 ◇

 

 

 目を覚ました時、見えたのはいつもの天井。清潔感と温かみが同居するその部屋に、カーテンから漏れた光が差し込んでいる。

 

「…………」

 

 体が重く、思うように動かない。そうなった原因を思い出そうにも、ここ数日の間の記憶が無い事に気づいた。

 ――あの子は、どうなったのだろう。一人ぼっちで泣いていたあの子は、無事に帰れたのだろうか。

 ぼうっとする頭を、窓の外に向ける。空は茜色に包まれ始めていた。

 

 

(私、何をしてたんだっけ……)

 

 奇妙な浮遊感と交えた刃。何度も名前を呼ばれた気がする。あの空の下で、誰かに助けてもらった。

 あやふやで曖昧な風景が過ぎっては消えていく。確証が得られない状況に苛立って、空気を入れ替えようと車椅子に乗り移った。窓辺に近づき、鍵を開ける。落下防止のため隙間程しか開けられないその窓に、風に紛れて何かが飛んできた。

 

「……羽?」

 

 珍しいと思われる、紫色の羽に手を伸ばす。落とさないように、壊さないようにそっと、掌で受け止めた。

 

「綺麗……」

 

 まるで闇から暁に移り変わる空の色の様で、美しい。その羽に見惚れていると、扉が叩かれた。時刻は夕方。看護師か誰かが、確認に来たのだろうか。そう思いながらも、私は「どうぞ」と声を出した。

 

「お邪魔します」

 

 返って来たのは、女の子の声。声が示す通り女の子が3人、病室に入ってくる。見覚えはない。……だが、初対面でもない。ベッドに戻ると、3人は笑った。

 

「改めまして、高町なのはです。体は大丈夫?」

 

 ツインテールの女の子が名乗る。金髪の女の子は『フェイト・テスタロッサ』、柔らかい関西弁の女の子は『八神はやて』と名乗った。

 それから3人が話してくれたのは、私の記憶が無い『空白』の事。事件に巻き込まれたり操られたりしていたらしい。その間の最低限の記憶は残っているが、それ以外は封印がかけられている事も。私が余りにも幼いから、負担を減らすためらしい。

 

「ゆっくり思い出していけばいいって伝えてあげてって」

 

 そこまで聞いて、私は掌に残る羽を見る。柔らかく、綺麗で、懐かしいその色はまるで……。曖昧な記憶が色彩を取り戻していく。

 ――ありがとう。彼女の声が聞こえた。

 

「……ユーリ……」

 

 ずっと一人で泣いていた女の子。名前を聞いた私に、彼女は確かにそう答えた。『砕け得ぬ闇』でも、記号でもない、その名前を。

 ――『ユーリ・エーベルヴァイン』と。

 絶対に、忘れない。彼女の名前を深く心に刻み込む。頬を伝う涙を拭って、心配そうに私を覗き込む3人に、微笑んだ。

 

「忘れない。……『友達』だから」

 

 結局、まともに話した時間は殆ど無かったけれど。それでもあの時、手を差し伸べた私が言った言葉はちゃんと覚えている。

 いつか、また会える日が来るはずだ。その時はきっと私も、今より少しは大人になっているだろう。そうしたら、きっとたくさんの事を話せる。

 

(……また会おうね、ユーリ……)

 

 そう羽に呼びかけた瞬間、「またね」と彼女の声が聞こえた気がした。

 

 

 ◇

 

 

 ――盛大な夢オチだ。

 目を覚まして早々に、私はツッコミを入れそうになる。結局夢の中の『私』と戦って、途中で彼女が自害した。彼女の肉体は、闇の書の欠片――というか、正確に表現するなら夜天の書の『防衛プログラムの欠片』だが――によってつくられた偽者。意識だけの彼女と、偽者の肉体。彼女の生存本能により動いていると言っても過言ではないその肉体は、他でもない彼女の手によって意識と切り離された。生存本能を侵食していた防衛プログラムは、その後に私の手で葬られたところで――目が覚めた。

 

(……っていうか、何で医務室?)

 

 見覚えのある天井は、これまで何度もお世話になった機動六課の医務室だ。呼吸を整えながら、そもそもの経緯を思い出す。

 確か今日の訓練は隊長戦。それもいつも通りのフォワード5人ではなくて、私の士官学校時代の同期と先輩で、現在出向研修中の5人と私の合計6人で、だ。一方の隊長陣はなのはさんとフェイトさん、ヴィータ副隊長とシグナム副隊長、そしてちょうど近くをうろついていた零さんを捕獲しての5人。

 

(……負けたんだよね、今回も……)

 

 慣れていないフォーメーションと、実力差。サポートに専念するはずだった私が前線に出た時点で敗北は確定していた。

 

「あ、起きとるな」

 

 音を立ててカーテンが引かれ、八神部隊長が顔を出す。

 

「半日気ぃ失ってたからな。気分はどないや?」

「おかげさまで、何とか」

「そっか」

 

 若いってええなー、と呟く部隊長に、思わず苦笑が漏れた。と、部隊長が眉を顰めた。

 

「なのは隊長とフェイト隊長がすごく心配しててな。いつもやったら長くても1、2時間で目を覚ますのに、ピクリとも動かない、って。……まあ最近、オフィスも忙しいしな。疲れが溜まってるんやないかって」

 

 機動六課の運用期間は、残すも二ヶ月と少し。幸い大きな事件も無いし、担当案件も無いが、そもそも年度末近くは大抵忙しい時期だ。

 同時に思うのは、皆で一緒にいられるのももう僅かな時間だという事。入隊したての頃は「まだ1年」だったのに、今では「もう1年」と感じている。

 そう考えていると、音を立てて扉が開かれた。

 

「グリフィス?」

「お疲れ様です、八神部隊長」

 

 入ってきたのは、グリフィスだった。

 

「深琴に用事か?」

「はい。借りていた本を返しに」

 

 そう言って差し出された本は、確かに私が彼に貸した本。正月に海鳴市の実家に帰省した際、持ち帰ってきたものだ。

 

「それと、これ。挟んだままだったけど、深琴のだろう?」

 

 受け取った栞には、見覚えのある色の羽が綴じられている。

 

「なんや、懐かしいなあ。深琴が海鳴市におる時に、なのはちゃんとフェイトちゃんとの4人で作ったなあ」

 

 ……はい?

 

 

 ◇

 

 

 ――どういうことだ。

 あれから栞を受け取って、医務室を辞去して、今。私は機動六課の資料室に来ていた。資料室と言っても紙媒体の物は少ない。置かれている端末は本局のデータベースに繋がっている。

 八神部隊長の話によると、私は『闇の書事件』の事後処理中に起こった事件――『闇の欠片事件』の更に3ヵ月後に起こった事件に巻き込まれたらしい。らしいというのは私自身にそんな記憶が存在しない事、そして4歳当時の私は昏睡と覚醒を繰り返していた時で、元々記憶が曖昧になっているためだ。

 部隊長の話では事件自体は本局のデータベースにも報告が上げられていて、そこに私の情報も残っているらしい。もちろん個人情報は可能な限り伏せられており、その閲覧者は限られている。

 

(……あれは、夢じゃなかったの……?)

 

 漠然とした不安が過ぎった。夢の中では零さんやアーウィング執務官らしき人物も出てきていて、その時点で過去の再現とか逆行では無くなったのに。

 表示された事件の詳細――私の権限では関係者の最低限の情報しか得られないが――に目を通す。

 事件担当は『闇の書事件』も担当したアースラスタッフ。それからなのはさんとフェイトさん、八神部隊長と守護騎士、そしてユーノ・スクライア現・無限書庫司書長とフェイトさんの使い魔・アルフだ。

 被害者は現地1名とあるが、これが私なのだろう。被害内容は、とリンクを辿った瞬間にエラー音が鳴り響いた。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!」

 

 ビーッ、ビーッと鳴り響くエラー音に一人謝罪しながら、端末を操作して画面を閉じる。端末起動時に本局が管理する個人のIDとパスワードを入力していて、ある意味では「本人」なのに閲覧許可が出ていなかった。忘れがちだが、私の階級は三等空士である。

 エラー音が止み、画面が通常のものに戻ったのを確認して、私は溜息を吐いた。異変に気づいた人がいたのだろうか、資料室の扉が開く。扉から顔を出したのは、なのはさんとフェイトさんだった。

 

「あれ? 今のって深琴?」

「は、はい! ちょっと調べ物してたんですけど……」

「そっか。ちょっと確認していい?」

「はい!」

 

 私が頷くと同時に、フェイトさんがキーを叩いて履歴を辿る。最後に表示されていたページが、再び画面に表示された。

 

「あ。『闇の書事件』の事、調べてたんだ」

「……はい。勝手に、申し訳ありません」

「ううん、気にしないで。この事件に関しては、深琴にも関係があるから」

 

 言って、なのはさんと視線を交わしたフェイトさんが再びパスワードを打ち込む。表示された画面は事件の詳細情報を纏めたものだった。発生時刻、発生場所、そもそもの原因である『闇の書の闇』について。

 

「深琴。落ち着いて、よく聞いてね」

 

 そう、なのはさんは優しく声をかけた。

 

 

 ◇

 

 

 事件のあらましは、夢の通りだった。違う点はいくつか――例えばヴィヴィオを始めとした「その世界の未来」からやってきた時間移動者の存在を、なのはさん達が忘れていると言うこと。その中に零さんとアーウィング執務官の存在は確認できなかった事には安心した。

 今回の事例は、何らかの影響によってあの世界とこちら側の世界が交じり合ってしまったのだろう。『こちら側』の私達の過去に摩り替えられた理由は、分かっていない。

 10年前の事件後、ユーリはシュテルやレヴィ、ディアーチェと共に異世界・エルトリアに渡ったという。エグザミアという力を役立てたいという、彼女達の意思だそうだ。

 そっと手を伸ばし、栞に触れる。

 

「……また、会えるよね?」

 

 いつかこの記憶が薄れても、再び会える日が来るように。

 そんな願いを込めて、私は栞を本に差し込んだ。

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