魔法少女リリカルなのはStrikerS もう一人のストライカー 作:藤月沙月
優しく穏やかな家族から、少し離れた所に私が立っていた。遠くも無く、近くも無く――拒絶しているわけでも、かといって気にしているわけでもないその距離はひどくもどかしい。
頭をもたげるのは、母の言葉と繰り返してきた『もしも』の話。
『――もしも、魔法と出会わなかったら?』
その話は、些細なきっかけから始まった。
「え、何それ。もしかしなくても私の人生全否定?」
「いや、だから『もしも』だって」
その仮定を聞いて、私・秋月深琴とその実兄・秋月静真は顔を見合わせた。二人揃って同じタイミングで首を傾げる。
「普通に学校に通って、部活とかしてたり?」
「あー。でもお前、向こうの中学の制服は似合わないだろ。聖祥大付属に入れられてたかもな。母さんの事だから」
「かもねー。あ。もしそうだったら、私、なのはさんの後輩になってたのかな」
兄に言わせると、母はかつて「魔法少女ってもっときらきらしてふわふわして、『リリカルマジカル』言いながら杖を振り回すものだと思ってた」と様々な方面からお叱りの言葉を受けそうなことを口走ったことがあるほど「天然」だそうだ。これはひどい。
ともかく、それはそれで不思議な感覚だ。魔法の存在を知らないのに、一部の関係者とは顔見知りになっている可能性。けれど今の私には絶対になれないということになる。
穏やかな学校生活、というものに憧れた事もある。学校に通って部活をして、友達と他愛ない話をして――けれどそれは、叶うはず無いと知っていた。だからこそ憧れていたのだろう。
けれど。
(もし、そんな人生を歩むことが出来たら……)
私は、秋月の――いや、母さんの『誇り』になれたのだろうか。
そんなことを、考えていた。
◇
時は流れ、3月。機動六課解散まで、ついに一ヶ月を切ったある日。今日も今日とてなのはさんの教導と模擬戦でぐったりしていた時だった。
「深琴」
呼ばれ、振り返る。その先には「仕事用」と称する着物に身を包んだ、母・秋月遥が立っていた。隣には和菓子に舌鼓を打っているヴィヴィオという組み合わせ。
(深琴の……お母さん?)
(うん。なんだけど……)
何で、母さんがミッドチルダに来ているのだろう。っていうか、何で着物を着ているのか。まずはその辺りから話し合いたい。
「ちょっと用事でね。深琴、今時間あるかしら?」
こちらの念話を読んだのか、疑問には答えることなく母は尋ねた。
「これからお昼ですから。よかったらご一緒にいかがですか?」
「あら、そうなんですか? せっかくですからご一緒させてもらいましょうか」
母の来訪と現状に首を傾げる私とは反対に、なのはさんはにこにこと母を昼食に誘う。もしかしなくても、訓練の様子とか見られていたんだろうか。
(おい。それなんて保護者参観だよ)
「そうね。言ってしまえば『保護者参観』って所かしら」
零さんが念話でぼやくと同時に、母が言う。考えていることは一緒なのか……って、ちょっと待て。
嫌な予感が全身を駆け巡る。恐る恐る、私はその予想を口に出した。
「……お母さん、さ。もしかしなくても……念話、聞こえてる?」
「ええ。最初から」
「それを先に言えええええ!」
満面の笑みで頷いた母に、全力で叫ぶ。
普通、念話というものには『フィルタリング』を設定することが出来る。魔力があれば簡単に使える技能であるため、不特定多数からの通信・傍受を防ぐために通信に関係する条件をつける事で設定ができた。もちろんその反対も可能で、頻度が多い相手には優先的に繋げるようにすることも出来る。
原理はまるで不明だが、母さん相手にはそのフィルタリングも意味を為さないようだ。
「って言っても、『何となく聞こえた気がする』ってだけよ。それも身内……あなたや兄さんくらいだから」
もちろん、強力なフィルタリングをかけられたら聞こえないんだけど――そう続けて、母はぺこりと頭を下げた。
「秋月深琴の母、遥と申します。――以後、お見知りおきを」
「風流でいいわよね。晴れた空、そよぐ風、梅の花……」
「ホログラムだけどね。っていうか暦では桃とか桜の季節なんだけど」
「美味しいお抹茶と和菓子。……本当に、日本に生まれて良かったわ」
「ここ、日本通り越して異世界なんだけども」
一人マイペースに呟く母は、にこにこと笑っている。その身に纏う着物は、春らしく流水と霞が描かれた水浅葱色。先程告げた「用事」があるにも関わらず、私たちはこうして茶道を楽しんでいた。しっかりとした作法を必要としない――あくまでも「家族間」で許される程度の緩いお茶会である。そもそも風景自体がホログラムなのだ。そこからツッコミを入れたとしたらキリが無い。
点てられた薄茶と一緒に出されたのは、梅をあしらった練り切り。その組み合わせといいこのホログラムといい、どうやら母は観梅にこだわっているらしかった。
「そうそう。この間言ってた、家の跡継ぎに関してだけど」
「……うん」
器を横に置き、正面から母と対峙する。
秋月の後継者は、兄か私の二人しか残っていない。内、私は既に時空管理局に在籍する魔導師だ。半分死にかけているほど老いているのに掟を振りかざす老が――もとい、老人側から見たら既に継承権を放棄しているに等しい。ならば自動的に兄が秋月を継ぐ事になるのだが……母としては「本人の意思を無視して」、そんなことを決定したくないとの事だ。
「二人には、ずっと家を背負わせてしまったもの。……せめて将来の夢くらい、選ばせてあげたいわ」
後悔を滲ませたその言葉に、私は先日の『もしもの話』を思い出す。
「……ずっと、思ってたことがあるの。『もしも、魔法と出会わなかったら』って」
「ええ」
「最初はね、学校に通って、勉強して、友達を作って――家族みんなで、仲良く暮らせるんじゃないかって思ったの。それを『普通』と思えるかもって」
母が「そうかもね」と頷いた。淡々としたその反応に、特別感情は沸かない。私が母の立場なら、同じ言葉を返していただろうから。
「でもね……考える度に、今の私を否定しているみたいになったの。魔法と出会わなかったら、私はミッドチルダに来る事は無かった。魔導師を目指すことも……『強くなりたい』って思うことも、きっと無かった」
自分の力が嫌いだった。弱くて、泣き虫で、臆病で、情けなくて――「誰かを不幸にする」自分という存在が、どうしようもなく認められなかった。消えてしまいたくて――なのに、生きたかった。
魔法と出会わなければ、そんな私は存在もしなかっただろう。
――けれど、それはそれで寂しいものだ。
アーウィング執務官に救われ、目標を見つけた。インターミドルに出場して、敗北の悔しさを知った。士官学校に入学して、集団生活の難しさを知った。機動六課に配属されて、『親友』と出会った。一連の出会いは、「魔法と出会わなければ」不可能なものだ。同じような出会いが、二度も三度もあるとは思えない。
そう締め括ると、母は微笑んだ。
「たった一人の人間として、女の子として――幸せに、なりなさいね」
◇
「そんなわけで! 『渡辺零と3分クッキングー!』」
「どんなわけですか!」
ちゃらちゃっちゃっちゃっちゃ、と聞き覚えのあるBGMを口ずさむ零さんに、私は盛大に突っ込みを入れた。
「どんなわけも無い。俺がやりたいからやるだけだ」
「横暴にも程がありますよ!? あとそのタイトルだと色々触れちゃいけないものに触れかねないので勘弁してください!」
「気分的には、『じゃあいつやるの?』、『今でしょ!』」
いつの間にか設置されていたシステムキッチン。そこにドヤ顔で居座る零さんは言い放つ。
「到底3分では作れないものをさも3分間で作ったかのように紹介する……すばらしいじゃないか!」
「どこが!? 具体的にどこが!?」
「――いいか、深琴」
私の両肩に手を置いて、零さんは静かに口を開いた。
「まず、3分という時間だ。某タイマーしかりインスタントラーメンしかり、どんなに急いでいてもその程度の時間なら待てるだろう?」
「某タイマーは作中設定だけですし、最近のインスタントラーメンは4、5分がほとんどだと思うのは私だけですか?」
「馬鹿野郎! お前に……お前にインスタントラーメンの何が分かる!」
「分からないよ!?」
以下インスタントラーメンについて語ること少し。気を取り直して、零さんは咳払いをした。
「ともかくだ。せっかく弟子の母親が来ていると言うのに、見学できたのが戦闘訓練というのは味気ないだろう。特にお前は娘だしな。嫁入り前の娘が包丁より刀持ってる方が絵になるというのも正直どうかと思うんだよ、俺は」
「……別に、気を使ってくれなくても大丈夫ですよ。家族団欒的な用事じゃないですし」
母の用事。それは管理外世界――特に地球、その中でも度々
(……平凡以下なら、話は別だろうけど)
管理外世界出身の魔導師は希少かつ、非凡な才能を秘めていることが多々ある。万年人材不足と言われる管理局の上層部から見たら、それこそ「喉から手が出るくらい」欲しくなるのだろう。
だから、母さんの要求は私情なものだ。これから生まれるであろう海鳴市出身の魔導師の事を考えてはいるが、それ以上に自分の兄や娘に対するものが強い。
でも、母さんはそれを表に出すことは無かった。私を捨てた4年前から、ずっと私を見守っていてくれた様に。
「戻っていけばいいんだよ。ゆっくりでも」
そう呟いた零さんの横顔が、寂しげに翳った。