主役は不幸な女の子。体は小さく、痩せていて、いつも肩を縮めて歩いている。
家には飲んだくれのDV父と、そんな父が怖くて娘を一緒に甚振る母。古びた団地の一室で、毎晩繰り広げられる怒鳴り声と物音に、少女は布団の中で震えている。
風呂にもろくに入れてもらえず、服も替えてもらえないので学校では「臭い」「汚い」「フケツ」といじめられている。制服の襟元には黄ばみが付き、髪の毛はべたついて絡まっている。学校の先生に至ってはそんないじめを見て見ぬふりで、ともすると「清潔にしましょうね」と皮肉っぽく言い放つ始末。保健室のベッドですら、少女が寝たあとは消毒するのだ。
そんな少女の唯一の楽しみは、土曜夕方18:30。
テレビで放送される怪獣プロレス番組だ。現われるのはお馴染みのゴジラ、モスラ、ラドン、キングコングにアンギラス。
この世界は怪獣の破壊行為を中心とした経済体系が回っており、ありとあらゆるものが怪獣由来のテクノロジーで溢れている。道路には怪獣の足跡を型取ったアスファルトが敷かれ、ビルの外壁には怪獣の鱗を模した装甲が施されている。街中には「怪獣との共生」を謳うポスターが貼られ、スーパーの棚には「怪獣細胞ヘルシー培養肉」や「エコロジー放射能除去スプレー」だとかが並ぶ。
そんな世界のプロパガンダ、怪獣と人間の共存を象徴するかのように怪獣プロレス番組が放送されている。小笠原怪獣ランドに棲むという怪獣たちは、テレビの中でまるでサーカスのように芸を披露し、観客の歓声を浴びていた。ああ、素晴らしき怪獣資本主義社会。
けれど少女は思うのだった。
「なんだか楽しくなさそうだ」
ある日、学校からの帰り道。
いじめっ子たちの「フケツ、フケツ」という囃し立てる声を避けて裏道を選んだ少女は、瓦礫の陰で深手を負った男と出会う。彼は悪名高き無政府主義者、『怪獣解放戦線』のリーダーとしてテレビに出ていた恐るべき指名手配犯。腹部を押さえる手から血が滲み、男は息も絶え絶えに少女へ告げた。
「頼む、この装置のボタンを押してはくれないか」
少女は知らなかったが、男が差し出した装置は怪獣を呼び寄せる装置「サイオニック・トランスミッター」であった。それは抱えるほどの箱型コンピュータで、頂点にはパラボラ状のアンテナがついている。
これで怪獣たちを自由にしてあげなさい、と男は言った。
「あの愚かな怪獣プロレス番組は、発展途上国や紛争地域をリングにして行われているんだ。偉大なる怪獣たちは麻酔銃と電気鞭で調教され、首輪型の制御装置を付けられている。発展途上国の犠牲で、先進国は怪獣資本主義社会を謳歌している。怪獣たちは人間に飼い慣らされてしまっている。弱い者はいつも食い物にされるんだ。ねえ、君にはわかるだろう?」
ちがう、ちがうよ、そんなのウソだ。
少女は懸命に否定するが、真実は迫ってくる。画面の中で虚ろな目をした怪獣たちの姿が、少女の脳裏に焼き付いて離れない。やがて男は事切れて、少女は独り佇んだ。手の中の装置が、静かに脈を打つように光っている……。
それからしばらくして、少女の住む街に怪獣たちが現れた。
ゴジラ、モスラ、ラドン、キングコングにアンギラス。発展途上国や紛争地域に閉じ込められて芸をさせられていた鬱憤を晴らすかのように、怪獣たちは都市部を蹂躙した。首から千切れた制御装置を引きずりながら、怪獣たちは高層ビルを破壊し、装甲を引き剥がし、プロパガンダのポスターを踏み潰していく。
逃げ惑う人々、罵声と絶叫。防衛隊が出動するが、怒涛の怪獣総進撃にはまるで歯が立たない。かつての調教師たちは、自分たちが振るっていた電気鞭を手に震わせながら、なすすべもなく立ちすくんでいる。
瓦礫の山から立ち上る煙の向こうでは、怪獣たちが自由に跳ね回る姿が見えた。さらば、愛しき怪獣資本主義社会。もう誰も彼らの目を死なせることはできない。
いじめっ子たちも大嫌いな学校も、ひとでなしの両親も、みんなみんないなくなった世界。
その日以来、少女を「臭い」「汚い」と呼ぶ声は消え、団地の一室に響く暴力の音も聞こえなくなった。世界は変わり、すべてが廃墟と化し、文明は崩壊の一途を辿った。
けれど、たったひとり置き去りにされた少女は、見上げてにっこり微笑むのだった。
「ああ、よかった。なんだか楽しそうだ」