灰狼の宰相   作:瀬戸内弁慶

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3.軍議と謀議

 なるほどランの言う通り。

 軍議の席は、風通しが良くなった。

 パオルを見限り退いた者、またはあくまでも彼に盲従して彼を追って行った者。その穴を埋めるがごとく、ルフは新たなる人材を流し入れた。

 

 すなわち、従弟のカミルを筆頭に。

 南西はハウラーラの小領主にして寄子衆筆頭レベリオ。

 エスケーシアに逐われた遊牧騎馬民族の後裔、トー・ユーミン。

 海豹族(セルキー)首長が次女、マシェノ。

 そしてそのエスケーシアからの派遣司祭、テレサ・シンヴレス。

 

 そしてここには加わっていないものの、ミウが諜者として主のため、秘密裏に動いている。

 居残るパオル派閥の中で名の知れた者はナナァぐらいなものだ。

 

「パオル様は?」

 近日中に涼城来襲。その凶報を受けて誰ぞが問えば、

「病であるとの連絡有り」

 見え透いた方便である。半ば呆れ気味にカミルが答える。

「ったく、しょうがねぇな。あのオッサン」

 と忌憚なくレベリオが吐き捨てる。

 その非礼に難色を示す者は数あれど、直接的な言葉や態度に表す者は、最早いなかった。

 

「つまりは最悪、パオル殿の助力無しで戦うことに……?」

 マシェノがほの白い肌からさらに血の抜けたような顔色に変じた。

 反応自体は大仰にしても、無理らしからぬことではある。

 先のソーシャ事件の折は結局パオルの関与は疑惑のみで確証は得られず、処罰らしい処罰を受けてはいない。桃源京に繋がりを持つ豊饒な所領、それを背景にした人的動員力は手付かずのままだ。

 そしてそれこそがルガル軍の主戦力なのである。それを欠いたまま、大敵相手に正面切って挑むことになる。

 

「カグラ様の本領から増援を求めては?」

 トーの進言であった。

 鼻筋は高い方なのだが、表情に乏しく声に抑揚はなく、目元は野暮ったい感じがする。どことなく平坦な雰囲気を持つ彼らしい、面白みはないが無難な案であり、かつ周囲からそこそこの反応を得ている。

 

「……司祭殿、如何」

 ルフから諮問されたテレサは、軽くて視線をもたげた。

「私ですか」

 灰色狼は重さを感じさせる所作で鼻先を上下させた。

 少し思案する素振りを見せてから、返答する。

 

「出来うるならば、避けた方がよろしいかと。此度、饗応役を辞したうえで増援も求めることになるとすれば、御本領(カグラ)様に必要以上の借りを作ることになり、後々にやりにくくなります。また、パオル殿を差し置いて要請などすれば、身内の不和を外に喧伝して回るようなもの」

「なら、かき集めて千がやっとだ……それで、どう戦えと」

「し、然り!」

「この際体面にこだわっている場合ではありませぬ! 恥を忍んで、叔父上に頭を下げなされい!」

 ナナァの問いに乗じて、消沈していたパオル派少数の面々が叫ぶ。だがそれを、磊落な笑声がかき消した。

 

「まぁそこは聖女サマの魔術で補ってくれるさ! なんかこー、あるんだろ? そーゆーまじない」

 レベリオであった。

 呵々大笑、というのが清鳳宗由来の、笑いの上位に相当する弥雲語があるが、音の響きはまさにその体現である。

 髪の横より小さく飛び出た黒く円い耳よりも、腰まで流れる蓬髪(たてがみ)の方が、彼を猛獣種であることを示している。

 悪意は感じられないが、それだけにこの堂々たる無知と思い込みには辟易するところがある。

 

「私は魔女でもなければ、軍事の専門家でもない。ただの小坊主ですよ。あくまで外交的見地から意見を述べたに過ぎません」

 そう断ったうえでただ、と付け加える。

「これほど大規模な出兵にも関わらず檄文、起請文の類が寺社より発行されたという情報は入ってきていない。おそらく、涼城家は明確な目標を設定することなく、今回の戦に挑んでいます。よってこちらで誘導して望むままに戦場を設定しつつ敵の出鼻をくじき、長期戦、膠着の構えを示しつつ、その上で交渉に持ち込めば良い。そこまで悲観する必要もないかと思いますが」

「簡単に言ってくれる。じゃあ具体的にはどうすりゃ良いのさ」

 

(だから、それを考えるのがあんたら武官の仕事じゃないのか)

 睨みつけて来たナナァそう半ば出かかったところで、

「勝敗、それは問題ではない」

 とルフは言った。

「嫡子の仇討ちというが、それ全て戦場の倣いである。そもそもその戦自体が、あちらより不当に仕掛けたものだった。よって、こちらがあえて頭を垂れる必要はない。戦を乞うというのなら、我らも全知全力をもってこれに当たるのみである」

 テレサの申し状を肯定も否定もせず、ただ曖昧に抗戦のみを明言してその会議はお開きとなった。

 だが彼女は、曰くありげな目くばせを受けて、その場に居残ることとなった。

 

 ~~~

 

「実際のところ、この儀、どう思うか」

 人の気配が周囲から絶えた後、おもむろに、ルフはそう切り出した。

「……そこのところ、戦に明るいお館様の口から逆にお聞きしたいところでして……貴方、その姿だと極端に言葉足らずだから」

 と、非難めいた調子で返した。

 ふむ、とどこか惚けたような調子で頷いたルフは、

 

「涼城家。おそらく三頭家でもっとも獣人憎しの急先鋒であり――信じられないぐらい、戦が弱い」

 そう、やや呆れたような調子に釣られて、テレサは微笑(わら)いかけた。

「装備は旧態然として、士大将格は家祖伝来だかなんだか知らんが大鎧。主力の武器は弓、長刀(なぎなた)だ。ミウからの報告でも、いつもの顔ぶれで人材の刷新というものをまるでしていない。五千余の軍勢の大半も、望まずして引っ張り出された地侍とその足軽どもだ……それでも油断ならぬ数ではあるが、テレサ殿の申される通り、単独で凌ぐことは難しくない」

「良かった。それが聞きたかった」

 

 あえて思わせぶりな調子のテレサに、座にもたれかかり、頬杖をつきながら、

「最初から和議や停戦交渉を進言しなかったのは、何故だ?」

 灰狼頭の主は問う。

「したいんですか?」

「正直に言ってな。ただでさえ叔父上の問題が片付いていないのに、奴らに構っている余裕はない」

 テレサの問い返しに、獣じみた嘆息をこぼす。

 

「私は受けて立つべきかと思いますが」

「『小坊主』らしからぬ意見だな。聖職者が流血を望むかね」

 ランであれば笑い声を立てて揶揄するところを、真顔で言った。

 

「……少し思いついたことがありまして。この一戦を打開できれば、貴方を悩ます諸々の問題は、おそらく糸を引くようにしてカタがつきます。流血も、少なくて済む」

「ほう?」

 やや気の抜けたようだったルフの眼に、理智の橙光が蘇った。

 彼は身を乗り出したが、テレサは末席に在って直立したまま。あたかも軍議がまだ続いているかのような体であった。

 

「勝てば、晴れて司祭殿の面目躍如ということか」

「そんなところです」

「……分かった。では戦運びのことは任せてくれ。我が智嚢がため、それぐらいの甲斐性ぐらいは見せて差し上げよう」

「ありがとうございます」

 作法に則り深く一礼した後、靴音とともにテレサは退出した。

 

「では、涼城の一門衆か、重臣と呼べるだけの大将格を生け捕りにしておいてください。最悪、首だけでも構いませんけど」

 と、その間際(ドサクサ)に注文をつけながら。

 

 扉が閉まり、しばし無言で佇んでいたルフだったが、

「……は!?」

 若き衛士の調子で、思わず頓狂な声をあげたのだった。

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