灰狼の宰相   作:瀬戸内弁慶

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5.凉城陣中

 齢十五になろうと言うに背は童の低く、陣羽織はだいぶ切り詰めても多分に腕の辺りが余って所在なく虚空を漂い、髪は不自然に跳ね上がって整える気配もなく。

 目尻と眉は下がるを常態とし、体つきは貧相そのもの。

 髪や瞳の色、あるいは気配それ自体が、薄い。

 その少女が、繰上りで涼城の次期後継者として目されている『希』であった。

 

 涼城軍五千、三日の道程を経て十駆山(とがけやま)の麓に陣す。

 内、二千ほどを割いてかつての自分たちの城であった山城、鎖賀口を囲む。

 

「えー、此度は、私の初陣のためにかくも多くの勇者たちが集まってくれたこと、光栄に」

「此度は! 亡き広幹さまの仇討ちである!!」

 遮る声は特大。その威に首座たる希は床几より転げそうになった。どころか吹き飛びそうな始末だ。

 主導権を浚っていったのは、家老職にある幕内(まくのうち)文房(ふみふさ)である。

 

「我が娘婿ながら、勇猛無比な武人であった。それを討った卑き獣人(えびす)どもに、ついに正義の鉄槌を振りかざす時が来たのだァ!」

 と気を吐けば、その与力衆が同調の雄叫びを轟かせる。

 

(いや、さしたる訳もなくいきなり侵攻しておいて正義とかないだろ)

 と希は思うも、口にしたところでこの剛声どもにかき消されるだけだろう。

 要するに、彼女の初陣は兵力を引き出すための口実。本心は今語った通り……いや、穿った見方をすれば、個人的感情による報復か。

 この四十そこそこの家老は、自らの肝の太さを誇示する反面、陰湿で執拗で、一度嫌った者は骨の髄まで嫌い抜く。

 

 だがその分かりやすさが故に、武断派からの支持は根強い。ともすればそれは、曖昧模糊な言動に終始し、かつ正嫡を敗死させてしまった主家さえ凌ぐ。

 

 一方で、我が身を萎縮させる希。

(仮の嫡子である)

 という目で見られている。

 無論、男系血統が絶えた時は女性にも当主の継承権が認められている。だが、北鎮軍閥の総大将鬼嶋(きじま)芙蓉(ふよう)、宮内卿飛鳥清嶽らという()()()()()を除いて、おおよその場合は、類縁より婿養子を選び、その者があらためて棟梁の座を移譲される。

 希もその例に漏れないであろう、というのが周囲の見立てだ。もっとも、

 

(見るからに魯鈍で怯懦なこの娘に、はたして形ばかりのこととは言えど、婿の来手などあるものか?)

 という冷笑が常に付き纏っていたが。

 

「申し上げます! 敵の後詰、ここより西の丘陵に現れました! ルフの本隊と見受けられます! その数、五百ほど!」

 だが我が肩身の狭さを嘆くより先に、戦況は推移する。

 

「来たか!」

 やおら立ち上がった文房に倣い、諸将が腰を上げり。気声を発する。

 

「たかだか五百匹の畜生どもなぞ、一息に踏み潰してくれん! 鎖賀口の包囲はそのまま! 残りを迎撃に当てるべし!」

 さらなる熱気が陣幕の内に響く。

 床几にしがみつくようにしておたおたする総大将の存在にようやく気が付いたように文房は、

「で、よろしいかな、姫様」

 と事後承諾を求めた。

 細められた目に、押し付けがましさはあれど忠義や親しみはない。冷ややかな侮蔑がちらつく。

(あるいは)

 この男の子弟のいずれかがあてがわれるのかもしれない、と思った。居並ぶ顔ぶれにそれらしき若武者たちの姿もある。これはそのお目見えや膳立てなども兼ねているのか。そうなれば本格的に文房が外戚化し、涼城家が『実質幕内家』になるのは時間の問題だろう。

 それに加えて、主力を欠いたが如き敵の少なさ。それに対して罠を疑わない文房の、異様な強気。

 まるで元より、ここまでの推移を知っていたかのようだ。

 

(……何か、あるのか? どーせロクなことじゃないけど)

 希は、未来の舅かもしれない男の、熱に浮かされた横顔を盗み見たのだった。

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