灰狼の宰相   作:瀬戸内弁慶

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10.策謀の盃

「さて、苦境は脱した。それでこの手に入れた三城……いや二城をどうする」

「そっくりナナァ殿にくれてやりましょう。それで彼女はこちらに引き込めます」

 

 〜〜〜

 

「……というわけで、ナナァ殿に、土瓦、二留の二城を与える」

「何が『というわけで』なのか見当がつきませんがね」

 終戦後の御殿。

 そこでの論功行賞の場において、ナナァは訝しげな目で一応の主人を仰ぎ見た。

 

「寡兵による鎖賀口砦の包囲陣の切り崩し。押しも押されぬ第一功だと思うが?」

「えぇ、まぁ。それより上となると……ルフ殿ご自身の、総大将を捕らえた単騎駆けより上の活躍が無きゆえにね」

 その眼を眇めて、白犬の少女は皮肉げに笑った。

「なるほどね。そういう、筋書きか」

 ただしその眼差しは、主君ではなく、間を挟んで向かいにいる、テレサへと注がれていた。

「あえて謙遜なさるというのであれば、是非もない。お館様、その城はいったん私が預かり」

「いや、文句なんて無い。貰えるもんは、貰っとく」

 テレサの言を遮るようにして、ナナァは返して頭を下げた。

 

「ではあらためて、二城およびその一帯はナナァ殿に一任し、またその補佐としてマシェノを与力とする。『ロウーラーラの灯台主』として、南東の民と水の路を良く治めて頂きたく」

「承知」

 威儀を正してナナァは応諾する。その宛行、裁量に異議を唱える者はいない。これにて落着と思いきや、出入口の辺りで悶着が起こった。

 

「ただいまは評議の場にございます。立ち入りは御控えいただきますよう」 

「笑止な、このパオルを差し置いて何を議するというのか!」

 そう喚き立てて警固役のミウを押しのけたのは、名乗りの通りパオルであった。

 杖を床に打ち鳴らし、侵入した彼を迎える様相は、顔ぶれ空気ともに先のそれとは異なっている。

 

「これはパオル様、病身を押してのご参着、恐れ入ります」

 誰からも皮肉と分かる物言いと共に、テレサは御仁に微笑した。

「ルフ! これはどういうことか!?」

 そのテレサを無視して、パオルはさらに声を大にする。

「何の権利あって、ナナァめに加増などと! かの娘は我が配下である! 主君の許しなくして陪臣の所領を差配するなど、もってのほかの振る舞いだ!」

 犬歯を剥いて嚇怒する彼にルフが宥め応じんとするのを、女司祭は暗黙の目と手で制した。そのうえで主君の叔父御に、意図的に冷ややかに問い返した。

「何の権利あって、とはこちらの言葉」

「なんだと……?」

「此度は対涼城戦の論功行賞。病欠はやむを得ぬにせよ、援軍要請を蹴り、代将どころか一兵も出されなかったパオル殿が、口入する資格など無いかと」

「それは……っ!」

 言いさしたパオルは、テレサにも判るほどに目を見開いた。悟った。

「貴様、まさか最初から、そのために――」

 気づいた時には、すでに手遅れ。

 内心で舌を出しながら、テレサはもはや目を合わせなかった。

 

 そんな彼女の言葉を引き継ぎ、

「叔父上」

 と、首座のルフは言った。

「ナナァ殿は、格別の働きをなされた。私は、それに公正に報いたまでのこと。それでも強いてと言うのであれば、ナナァ殿にあらためて遠慮と返上をお命じになっては如何か」

 言葉はなく、パオルは目元をナナァに向けて絞った。

 それは強訴恫喝というよりも、縋るような目つきに近い。

 

 それを見返したナナァは、

獣人(にんげん)、落ち目でもこうはなりたくないものだな」

 と聴こえるように呟いた。

「たった今、あたしはルフ殿よりの下賜をお受けすると答えた。その舌の根が乾かないうちに、その意を翻すことはない……今まで、世話になった」

 と、続けた。

 それは、彼の暗黙の情訴を退けるばかりでなく、その上役との訣別を意味していた。一旦は肚を括った以上、その決断をした己だけは裏切るまいという強固な意志が、細い瞳孔の内に宿っている。

 また、周囲の眼差しも、彼を追い立て、その席より締め出すが如く冷ややかで、擁護や惻隠の類のものは一片とて無かった。

 

「……っ者ども! その魔女の甘言に乗せられたことを後悔するなよ!」

 文字通りの負け犬の遠吠えと共に、パオルは踵を返したのだった。

 

 ~~~

 

「しかし」

 件の書斎にて、ちょっとした祝杯があげられていた。

 先のような、表立って寿ぐための戦勝祝いではない。

 謀の絵図を知る数名の者たちだけによる、計が成ったことに対する安堵と喜びを表す場である。

 

 酒は飲めずとも『共謀者』としてそこに同席していたカミルが、まず口を開いた。

「ナナァ殿は、あの様子ではこちらの意図を極めて正確に、汲み取っていたように見受けられます。にも関わらず、素直に加増を受けてこちら側についたのは何故でしょうか」

「分かってても飛びつかない理由がないでしょ」

 少年参謀の問いかけに、ボトル片手にテレサはざっくりと答えた。

 

「東南の地を得、一帯の商圏をパオルから奪うことが出来れば、御仁の支配から抜け出て、立ち回り次第で対抗することができる。そしてその打算が瞬時に出来る娘だからこそ、失態を犯したパオルに先がないと見切りをつけた。そもそも、落ち目にあえて肩入れしたくなるような人でも無いだろうし。まして、彼女はカグラ様の遠縁。それがあんな横柄な男の下風に立たされていたこと自体に対して、長らく忸怩たる想いを抱えていたんでしょうよ」

「よく、ご存じで」

 

 ナナァ自身も表立って標榜してこなかった血縁関係(つながり)を、短期間で調べ上げていることに、カミルは舌を巻いた。

 

「……しかし、老人(おとな)いじめのような場となってしまった……あまり味は良くないな」

 嘆息と共に、ランは空にした盃をテレサに向けて傾けた。

「……味悪ければ」

 やや若い葡萄酒入りのそのボトルを、テレサは高くに持ち上げ、今にも割り落とさんばかりに手の力を弱めた。

「口に合わなければ、飲みかけであろうとそのまま(ボトル)ごと捨てれば良い。その権利が、貴方にはある」

 あたかも神の理が如く、冷ややかな圧と共に宣う司祭に、ランは鼻白んだ様子で目を眇めた。

 ややあって、苦笑を浮かべて彼はあらためて盃を突き出した。

 

「それでも痛飲せにゃならん時もある。分かっているさ。それに、この毒気の愛で方を心得(わかり)始めてきたところでな」

 と。

 

 置いていかれがちだったカミルが、軽い咳払いで場の空気を改めた。

「司祭殿、次なる一手をご教授いただきたく」

 吹っ掛けた割には遠慮ない様子で赤き酒を注ぎつつ、テレサは答えた。

 

「もともと、力に物を言わせていたお方。切れる手札の種類はそもそも多くない。この件にて御仁はその影響力を国内外で失っていくことでしょう。そして、残った財政力も、元手たる桃源京との販路をナナァ殿が押さえたことで脅かされる」

 そしてランの盃を満たした彼女は、その水鏡に己の姿を写し取った。

 揺らぐその貌は、口元は、笑っているようにも、物憂げに嘆いているようにも見えた。

 

「――となれば、その行動は読みやすい。先回りするまでのこと」

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