灰狼の宰相 作:瀬戸内弁慶
御仁が南を訪って半月ほど後、土瓦近郊にて所属不明の輸送兼武装の船団が拿捕される。
暴いてみればその貨物は武器弾薬の類。その荷とともに帰国することを条件に問いただせば、向かう先はパオル領ガルムド。元を辿れば桃源京の、沖田大蔵ゆかりの廻船商。
「いやはや参りました」
その素性が事実か問い合わせれば、かの公卿は弱ったように、観念したように、だが実際はあっさりと白状した。
「如何にもそれは、パオル殿より求められたもの。御仁との交易を続ける一方で、ナナァ殿の妨害をせよと。我々としても本意ではなかったのですが、ルガルが己のものであるかのように脅されて、やむを得ぬ仕儀でした。そのための口止めも要求されました……え? 積荷? あぁ……私から申し上げるのも恐ろしいことにて……本人へのせめてもの義理立てもございますれば、どうか『お察し下さい』としか……」
以上の迅速なる返答を踏まえて、ルガル本領として、当事者不在のまま協議が行われた。
「所々曖昧ながらも」
と、白き女議事は前置き、話を進めていく。
「かの大蔵卿が虚言を用いてパオル殿を嵌める所以があるとは思えず、物々しき武器がガルムドに運び込まれようとしたことは事実。それに先んじてのミウ殿の内偵の結果も踏まえ、パオル殿を中心に何らかの企てが進んでいることは疑う余地なし」
「さ、されども……確証があるわけでもなし」
「無論、いきなり難詰や裁きなどすれば、それこそ本当に兵を挙げてしまう。呼び出したとて、単身来るわけでもなし。まずは糾問書を送りつけて、理の通った返答が頂けなければ、彼を討つ。納得しうるだけの、正当な手順はきっちり踏みますよ……どこぞの誰かさんたちと違って、ね」
と、多分に意趣を含んだ返しをすれば、いよいよもって彼らの立つ瀬はない。
かくして返答期限つきの書状は、彼が引きこもるガルムドに遣わされた。
しかして、その反論は十分なものとは言い難いものだった。
(そりゃ、そうでしょ)
全てが真実というわけではないが、まったくの潔白というわけでもない。
かの叔父御としては謂われなきことと断言したいところだが、沖田明夜斗を指嗾し、妨害を企てたことは事実だ。そしてその秘事あればこそ、武力蜂起など真っ赤な偽りだとしても、完全に否定することはできない。
誰あろう、テレサは知っている。
「――以上、これにて決まり」
一度主君の、例の如きむっつりとした狼面を仰ぎ見つつ、別日の議席にてテレサは告げる。
「もはや理非は明白。謀反の罪は明らか。正当の手順、大義名分を以て、逆賊パオルを討つべし」
と。
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かくして、数日の後にガルムドのパオル屋敷は包囲された。
慌てて各支配地に召集をかけたパオルであったが、領内の有力者たちでさえもはやそれに従うことがなく、隣接するナナァの陣に参入すること数多。
やむなく寡兵で、城郭も兼ねた屋敷に籠もるも、またたく間に防衛の主軸たる三の丸、千畳敷は接収された。
押さえられた櫓から、互いの顔が遠目に見えるほどの距離に詰められていた。
「……ふっ、ずいぶんと、話が大きくなっているではないか……あの南都の小僧め、先んじてあの女に因果を含められていた、というわけか」
言葉そのものは強いものの、それを載せた声はやせ細っていた。
目元にも多分に憔悴が見られて、毛並からは艶というものが抜け落ちて、耳も力なく垂れていた。
「だが、ここまでされるほどのことか。儂が富を多く得たのは確かにその通りだ……しかしてそれは、
最後に残された楼閣より、望む。
そこに甥と共に並ぶ、汎人の娘の顔がある。
「魔女め」
もう一度、そして最後となるであろう罵声を投げかける。
「白と黒とを己の都合良きよう使い分ける貴様の方が、よほど
と。
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……さすがに声までは届かずとも、なにか、ひどい侮蔑を喰らった気がした。
ルフには、それが聴こえたのだろうか。テレサは横顔を窺うも、やはりこの状態の彼は表情は読めず、言葉も
「一応降伏を促してはおりますが、最後まで抵抗を続けると強情を張っているとの由。外聞も悪うございますれば、なるべく殺さないのが望ましいですけども」
後の憂えを絶つためにも、いっそ――と思いかけたが、あえて口端にのぼらせるようなことはしない。自分の仕事はここまでで、戦場での生殺与奪の裁量は、ルフに帰するべきだ。
「あの気位の高さだ。すんなりと無実の罪を認めはすまいよ」
「無実とは」
「あぁ、まぁそうとは言い難いか」
「今回の策、反対なら反対と、ハッキリおっしゃっていただければ」
「『御身の耳には何も入れさせず、独りですべて背負い込んで謀りましたよ』――といったところか?」
「……」
テレサの沈黙に、灰色狼は嘆息で返した。
そして、ミウに自らの弓を持って来させた。
「確かに、事ここに至っては同情もする。叔父上の心底にあるのは、やはり愛国心であったかもしれぬ」
矢を番える。奇形の白き弭が、唸るが如く音を立ててしなる。
「だが、あの男はそれを言い訳に、本来民に帰するべき富を我が物とした。挙句、民や我が臣下を、己がための謀略の贄として使った――
そして彼の手から、矢は放たれた。
鋭き角度と速度を維持したままに、白昼の間合いを駆けるその果てに、パオルの籠もる楼閣があり、やがて、遠吠えに似た甲高い悲鳴が聞こえた。
若干引いた目を向けるテレサに、ルフは残心を示しつつ淡々と言った。
「別に殺してはいない。右手を貫いてやっただけだ。が、一度も手傷の一つも負わなかった老体には、死ぬよりキツかろうよ……次はもう片方だと伝えてやれ」
――そして、左手を射抜かれるより前に、私財と領地没収および単身追放を条件に、矛は収められたのだった。