灰狼の宰相   作:瀬戸内弁慶

23 / 23
13.灰色狼たちの挽歌

 パオルの桃源京への完全退去を確認。

 残された家臣団も軒並み恭順。

 大まかの処理を終えて本拠へと帰還したルフは、本発表の前に空白となったガルムド領の封地と富の扱いを、テレサに諮った。

 

「出来れば貴殿にその管理と今後の桃源京との折衝を委ねたいが、如何」

「お断りします」

 元より打診があるとは読んでいたので、即時の返答であった。

「あぁ、別につまらん遠慮とかしているわけじゃないので」

 と、一応の補足を加えておく。

「それは、『富と権勢欲しさにテレサ・シンヴレスは主君を唆してパオルを追い落とした』。その邪推を警戒してのことか」

「理解が早くて助かります」

 

 涼城戦より今回の画を描き、沖田大蔵を調略するなどそれを現実のものとしたのは紛れもなくテレサの功。だが、それはあくまで水面下のことであり、よしんばルフが満座でそれを公表しても、武断派が多くを占めるルフの戦友達はそれを認めまい。むしろ妬みから、ルフの言った通りの風聞が撒き散らされることだろう。

 別にそんな連中の妄言など聞き流せば良いだけだが、動きにくくなるような不和は避けておきたい。

 ルフは長く息を吐くと、首座に背を預けた。

 

「ままならぬものだな。目の上の瘤を除いても、未だ完全に人々を刮目させるには、至らぬ」

「むしろこれからが始まりでしょう」

 テレサは肩をすくめた。両手を挙げ、指を折る。

「これから先、貴方は友人達と今と変わらないように振る舞いつつ、その裏で彼らの権限を少しずつ削っていき、命脈を握らなければならない。中央集権、法や戸籍の整備。課題は山積している。そしてそれは、涼城が麻痺し、桃源京や武庫家と友好な関係を築けているこの期間に推し進めなければいけない……まぁそれは、私の仕事なんですけど。だから私自身が権力闘争なんぞにかまけている余裕なんてないんですよ」

「……分かった」

 頭を痛ましげに支えつつ、ルフは目のみ、聖女へ向けた。

「ならば、ガルムドは何とする」

「旧パオル派の内、先んじて我らの側に参じた者たちにお与えになればよろしいかと」

「そうか、ナナァ殿も同じ意見だそうだ」

「は?」

「今回も、先に船を拿捕したあの娘が功一等なのだろうが、『己はすでに過分なまでの所領をあてがわれている』として、己の加増は固辞し、彼らを赦免してパオル領を分け与えて欲しいと」

「それは何より。意見が一致して嬉しい限りです」

 ニコリともせず、テレサは言った。

 

ナナァ(あの女)

 と内心で毒づいた。

 

 これまではパオルの麾下に甘んじていたから、単純な気質の、体の良い旗印かと思っていたがどうして中々、小賢しい立ち回りをする。

 

(恩を売ることで浮き足立った南部諸勢を取り込みにかかっている。この早さは予想外だ)

 とは言え、彼女をこちらの陣営に引き込まないという選択肢は無かった。

 これにてパオルの軍事力、求心力は低下し、何より宗家に対して内訌の言い訳も立つ。

 

(あるいは、ただ義に厚い清廉の士であるかもしれないけども、そもそもそんな殊勝な獣人(ヤツ)ならパオルを裏切ることはしない。あのおいぼれ以上に厄介な相手に、餌を与え過ぎたか?)

 

 テレサの応答に続く沈黙に、ルフは何かを勘付いたか、否や。

「……とまれ、両才女の同意が得られたことは喜ばしい。我も、貴殿に宛行を断られた以上はこれが最善と考えている。混乱に浮つく南部の民草も、これにて安堵しよう」

 一度の咳払いと共にそう言った彼に、テレサは曰くありげに苦笑した。

「……司祭殿には、何か別の思惑があるのか」

「いえ、概ねは仰せの通りかと。ただ、私の考えるところ、若干意味合いが違いまして」

「と、申されると?」

「彼らにパオルの旧領を与えるその意味。それは、罪悪感の共有です」

 ぎしり、と。

 ルフの座が軋む、乾いた音が聞こえた。

 

「彼らは己らの形勢が利ならざるを悟り、今日までの主人を捨てて、こちらについた変節の徒。こういう手合いは今度が我々の旗色が悪くなるようなことがあれば、いつまた足で砂をかけてくるか知れません。ゆえに、そんな駄犬どもには自らの意思で元の主人を噛みつかせる。その死肉を喰わせてしつける。その心に後ろめたさとい楔を打ち込ませるために。そして利を貪ってなお背くような輩が出ても、その厚顔さに続く者は現れないでしょう」

 もはや一見して苦渋の面持ちを見せる主君に半歩退き、一礼する。

 

「まぁナナァ殿のお考えは知らず、ましてや私の思惑などともかく、採るべき方策は変わらないかと」

「そうか」

 低い声と共に、ルフは立ち上がった。

「時に司祭殿。気晴らしに少々散策に赴かぬか」

「はい? 言った通り、私これから忙しくなるんですけど」

「良いから」

 口調は変えつつ、有無を言わせぬ声の圧であった。

 

 〜〜〜

 

 ルフとテレサには、二種の密談が存在する。

 一つは、先のように発表前の人事、対外計画について語る、公的なはかりごと。それは御殿や書院にてカミルを交えて行われる。

 次いでは、もっと踏み込んだ、私的な交流の場。これは件の野外、『犬鬼灯の間』にて忌憚なく交わされる。

 

「相変わらずロクでもねぇこと考える女だな!?」

「はぁ!? 答えろつったらからまんま答えたんですけど!?!?」

「だからって罪悪感の共有だの死肉を食わせるだの、思いついても聖職者が口に出すかよ普通!?」

 

 ……そう、今のように。

 激しい口喧嘩末、互いに息を切らした。自身の呼吸が整うなり、ランは身を屈めたままテレサを見据えた。

 

「大方、ナナァのことも疑ってるだろ」

「……」

「あいつやトーユーミンなんかに野心があることは気付いてる。それに足る器量の持ち主だとも。けど、だからこそ、その才覚を背を討つような卑しさに用いることはない。もし彼らがそうする時が来るとすれば、それは俺たちが政道を過った時に他ならない……そこについては、先生を見出した俺の嗅覚を信じてくれとしか言えないが」

「そんな遠慮した言い方なんかしなくとも」

 皮肉げに唇の右を歪めつつ、テレサは言った。

「元より、私は牙十字に括られたただの知恵袋。望む時にその中身を紐解き、必要無ければ袋と十字架ごと捨てれば良い。その権限は、今もってなお(ルフ)にある」

 

 その言葉を受けて、ランは何か言いたげにしていたが、それを飲み込んで自らの、綺麗に明暗の分たれた前髪を混ぜっ返した。

 

「……先生が、献策の都度に自ら突き放して俺を試すような物言いをするのは」

 と、その手の腹の下より、テレサを盗み見る。

 

「その行いが天道人倫に悖ると考えているのが、他でもないあんた自身だからじゃないのか?」

 橙果の眼光が、テレサの心底を掬う。

「……それが、天より人より、私が求められていることだからね」

 と、女は微かに咲った。

「私の才は私が一番良く分かっている。と同時に、()()()()()求められているがゆえにここに居場所を得たことも知っている。言わば、天道に背くことこそが私の天命。地獄に堕ちよと主は言っている。君はその地獄の上に舗装された王道を進んでいけば良い。それこそが灰狼頭ルフの天命。お分かり?」

 

 そう言い終えたテレサは目を瞠った。

 気がつけば眼前、ランの平手が迫りつつあった。

 

 しかし、いざ接触の段になると俄かに失速し、ただヘロヘロと両肩を力無く挟み込むに留まる。俯く。もしこの状態で耳と尾がついていたのなら、共に垂れていただろう。

 

「なに、この半端な折檻」

「いや……本当はひっぱたきたかったけども、あるいは抱きしめてやりたかったけれども、俺にそんな資格がないからこうなりました」

 

 はぁ、と生返事とも呆れともつかぬ声が漏れる。

 

「確かに、先生の言うことはきっと正しい。そのあんたの正しさに甘えて、のうのうと知らぬ顔で玉座に座ってんのが、(ルフ)だ」

 

 だが、と。

 俯いたままのルフの頭の下から、声が飛ぶ。

「でもあんた自身は、普通の娘だろ?」

 その思いもよらぬ言の葉は、テレサの不意を突いた。

 

「意地も見栄も虚勢も張って、酒好きで、権謀術数と関係無しに、普通に性格と口が悪い時がある自惚れ屋」

「はっ倒すよ」

「それだよ。で、変に義理堅くて、職人気質。失敗もすれば悩みもする。それがあんたの中身さ。神使様でも無けりゃ冷酷な策謀家でもない……言ったはずだ。俺は、あんたの純良さを信じる。たとえ天獅がそう命じようとも、他の誰もがそれを信じなくとも、あんた自身がそれを切り捨てても、ルフがそれを顧みることができなくても、(ラン)だけは……あんたの心を、愛しむ」

 

 未だ新しさの残る額の傷痕。そこへの疼きを拍動の如く感じながら、ランは真っ直ぐに言った。

 

「……まさか、聖職者が二十足らずのガキに、博愛の心を説かれるとはね」

 吐息交じりに、そう返ってくる。

 目線を上げようとするランを、頭の上から押さえつける。

 

「見んな、今はまだ」

 短く横柄に命じるその声はしかし、硬く震えていた。

 その感情の所在を知り、ランは目線を下に向けたまま無言でその呼吸が整うまで待った。わしゃわしゃと、手持ち無沙汰に持て余していたテレサの指が、白黒の髪をかき回した。

 

「ありがとう」

 ポツリとこぼした感謝と共に、テレサは彼を解放した。

「これが多分、最初で最後のことだろうから、言っておく」

 その言葉遣いが確かなものをあらためてから、ランは頭をもたげた。

 

「あぁ」

 そして屈託ない、少女の如き彼女の表情に、知れず彼もまた、口元を綻ばせたのだった。

 

 〜〜〜

 

 ……後世の人々の周知にして既知の通り。

 その後、『灰狼の宰相』テレサ・シンヴレスは、この後東西を跨いでいよいよ本格化し始めた乱世において、『大盟主』ルフの帷幄にて辣腕を振るい、多大な業績と爪痕を残すことになる。

 

 そして主君の死後、カミルに役務を委ね、自らは表舞台より退いた。

 その後は政治向きのことには一切口出しをせず、丘に庵を結び、そこで残りの人生を全うした。

 その隠宅には、おおよそ不釣り合いな、白い犬鬼灯の花が咲いていたという。

 

 

 灰狼の宰相…………完




あとがき ~本作の意義~

いやまぁ、大した意味とか無いんですけど(初端からの全否定)
長らく間を空けている一次創作のリハビリとして始め、短編として終わらせる気でしたがかなり文字数も期間も伸びましたし、途中で筆も折りかけました。

一時期断念していた主な理由としては、実は本作のキャラのほとんどがさるゲーム中でメイクしたキャラがベースとなっており、固有名詞にその痕跡が多分に残ってしまっていたためです。
それを一生懸命に書き直しはしましたが、それでも名残はあるので、ピンと来てもそっとスルーしていただければ幸いです。

なんか大半のキャラクターとか世界観がブン投げたまま終わりましたが、そうやって広げた風呂敷の中身を、ふと足と目が向いた折に拾うこともあるかと思います。

作品のクオリティはともかくとして、良い肩慣らしにはなったかと思います。
時間があるときにでも、あらためて通し見つつ、カクヨムに再UPしていく予定です。

そんな本作ですが、見て頂けている方もいたようで、恐縮の限りです。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

よろしければ感想ご要望、キャラクターに関する所感等お聞かせいただければ幸いです。
それでは、またの機会に。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。