灰狼の宰相   作:瀬戸内弁慶

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5.酔談(前)

 それから、テレサはそれなりの頻度でルフに招かれた。

 ただ、凡その流れは決まっている。

 

 ソーシャをはじめとする近侍の見守る中、玉座より主の意義について軽く問い、然る後、彼女の祖国における歴史、制度、周辺諸国の情勢とそれに伴う外交、国内の諸部族の対応などを問う。比重は後者の方が大きい。

 

 それに澱みなく答えるも、いずれも本筋に入る前に、時間切れをソーシャが告げる。険のある表情で以てテレサを睨みつつ、問答無用に締め切る。まるで、彼女のもたらす情報によって、主がまるで病か何かでも感染(うつ)されることを恐れるようだ。

 

 それに僅かにルフも抵抗を示しつつ、政務が滞ると苦言を呈されては、それでお開き。また互いに部屋へと押し込まれる。

 

 それが日に二、三度。不定期に。

 

 急で一方的な呼び出しもしょっちゅうで、散策もまともに出来やしない。

 よしんば能うたとして、常に監視がつく。そしてそういう連中とは得てして平時に力と暇を持て余しているかのような、いかにもワタクシは貴様にような知識層なんぞ大嫌いでございと言わんばかりの卑屈で狷介な態度と目つきの連中ばかりである。

 

 日々の食事は肉料理と木の実主体。特に名物はシトウなる動物の臓物の煮込み。おそらく北のシチューが野生化したものだろう。

 

 あらやだ、こんなしんどい生活続けてたらお肌が荒れちゃうわ、などと嘆く間もなくはや半月。

 日々の九割は苦痛だったが、それでも一片の楽しさは、生来の図太さを以て見出している。

 

「いよぅ、先生! お疲れー」

 そのうちの一つが、かの出迎え人、ランの来訪である。いや、厳密に言えば彼が何処かしらから仕入れてくる、主の聖血……もとい葡萄酒ではあるのだが。

 

「なに、その先生っての」

「ん? 先生は先生だろ。俺に色々と教えてくれる、お師さん」

 部屋にランが持参してきたボトルの首を掴みながら、テレサは顔をしかめる。

 そう、ルフだけでなく、酒肴がわりにランにもよく色々と話をしていた。

 もっとも、こちらは国勢や宗教とは関わりの薄い、雑談が主ではあったが。

 

「あんたの話は面白いからな、民話だの童話だの」

「聞いたことがない話だから?」

「いいや、聞いたことのある話だからさ……都人だろうと獣人だろうと、似たような価値観物の考え方の下、似たような話が伝わってるってのは、面白い。浮浪者とは世を忍ぶ仮の姿、しかしてその正体は! 的な英雄譚とかさ」

 見た目も勿論ながら、中身も大分に異端者(かわりもの)であるらしい。

 

「で、どうよ。布教の具合は」

「んなモン、サッパリに決まってるでしょ。そもそも、教会自体がダメ元でやってて投げやりで、私を追い出す口実が欲しかっただけだし」

 もし本格的にやろうとすれば、先立つ支援(もの)が不可欠だ。

 物産、販路、あるいは武器。

 そう言ったものを支配者層に融通しつつ、甘露でもって民衆を籠絡して国の内部を蚕食していく。それが彼女の属する宗教の常套手段である。

 

「だよなぁ。ヤケ酒かっくらってる不良坊主だしな」

 それを知ってか知らずか、無邪気にランは笑った。板張りの床に無理矢理に置いたベッドの上で手酌をしているテレサに、

「そんな姉さんが謁見の場で、澄ました顔して主の導きがどうたらとか言い出した時には、『どの口が』って笑い堪えるのに必死だったわ」

 と情け容赦ない皮肉をぶつける。半月も過ぎれば、少なくとも私的な場で猫を被る必要を感じず、互いに遠慮はない。

「ラン君、その場にいたっけ?」

「扉の外で聴いてた」

 まぁどうでも良いか、と杯を一息に干す。

「ていうか、そもそもあの殿様自体、宗教なんて求めてないでしょ」

「おいおい」

 一拍子置いて、ランが吹き出した。

「あんたを招いたのは、他ならぬお館様だろ。それなのに、興味がないってことはないだろう。でなけりゃ何を学びたいってんだ?」

 

「国家機構の形勢、および中央集権化とかじゃない?」

 

 自身もボトルに手を伸ばしかけていた、ランの指先が止まった。

「何故、そう思う?」

 オレンジ色のその目から、笑いが消えた。

 

「そりゃ、質問の傾向とかを考えりゃ瞭然でしょうよ」

 と、寝そべりながら司祭は言った。

 

「彼が興味を示したのは、主の教えなんかじゃなく、祖国(ウチ)の歴史や政治。特に異民族との融和政策を敷き、外部から積極的に登用を行ったセオドア帝時代の官僚制度と、双極内戦終結後の負け組方の処遇についてだったかなぁ。要するに、彼は今の寄合状態をどうにかして形にしたいんでしょ。それも、出来るなら自分の代で」

 

 エスケーシアは千年帝国……というのは権力者に媚びた史家の誇張にしても、歴史がある。当然そこには闘争があり、内訌があり、失政がある。

 その一部を自らの境遇と重ね合わせて、手本、あるいは反面教師として学びたい。それが彼の狼君の本音と見た。

 

「……それは、招かれたのがあんただから答えられたことだろう」

「その辺りは最初、修道院に入って高等教育を受けた人間なら、誰でも良かったんじゃない? 特に、言い方は悪いけど、こんな僻地に飛ばされて出世街道から外れた人間なんて、金品や帰国の融通をちらつかせりゃいくらでも籠絡出来るだろうし」

 

 となると、そんな必要もなく最初から協力的だったテレサの存在は、嬉しい誤算だったのか。あるいは面倒なヤツが来たものだと思われているのか。

 

 自分に相手に好かれる要素など、ない。

 おそらくは後者だろう。

 

 ……身の安泰を考えるならば、言うべきではない。

 だが、人生の落伍者となった今、それもどうでも良いので、あえて衝動に任せて言う。

 

「もう一枚先の思惑があると、私は踏んでいる」

 

 今まで親身になって聴いていたランは、背を伸ばして更に声を低めた。

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