灰狼の宰相   作:瀬戸内弁慶

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7.暗殺劇

 その数日ほど後して。

 監視付きの散策を終えたテレサは、自室に戻ってきた。

 その部屋に入る間際に、扉の裏に険しい顔のランが立っていたので、彼女は上体を本能的に震わせた。

 

「あぁ、吃驚(ビックリ)した! なに、そんなところで」

「……お前、何者だ?」

 

 え、と問い返す間もなく、ランは腰の直刀を抜き放って床を音を鳴らして間を詰めてきた。

 

 身をすくめた彼女を、すり抜ける。

 

 掬い上げるようにして、寝台を斬り上げた。

 踊る切先。飛び散る木片。

 

 その下から、さながら退かした家具から蜚蠊(ゴキブリ)が這い出るように、一つの影が跳ねた。

 

 厚手の紺地の頭巾で目元以外の全てを覆ったその者は、男であることと人間であること以外全てを隠している。

 だが、手練である。それなりに荒事にも心得のあるテレサが、今の今まで気取れなかったほどに。

 

 懐より抜き出したる匕首を、テレサの顔面に投げつけた。だがそれは難なくランの太刀筋が弾き返した。返す刀で強襲者の腕に撃ち込んだ。

 

 浅い、そして金音がした。おそらくは袖の裏に何かさらに具足を着込んでいる。

 三の太刀を浴びせにかかるランを掻い潜り、地面の際まで身を伏せたまま、尋常ならざる速度で部屋を脱出した。

 

「……いや、なに今の?」

 そこはまず礼だろう、と我ながら思うも、テレサは居合わせたランにそう問うよりほかなかった。

 

「それはこっちのセリフだ……おかげで沓が台無しだ」

 そう嘆くランの右の爪先が、赤く濡れている。

 負傷による出血かと思いきや、ベッドより転がり落ちたボトルから零れたワインによるものだった。

「存外にやるヤツだった。生捕りを意識し過ぎて余計な手心を加えてしまったな」

 などと己が手落ちを顧みつつ、彼は抜き身の刀剣を携えて足を速めて襲撃者を追った。

 

「命を狙われる心当たりは?」

「あるわけが……無いでもない」

「だろうな」

 釣られてテレサも小刻みに走りながらも、考えを彼女なりにまとめていく。

 つまりは酔談していた妄想が、現実のものとなった。

 

 ルフの揺さぶりに対する、パオル派からの反応(こたえ)。彼らから差し向けられた、暗殺者。

 雇われたか子飼いかはさておき、そう捉えて良い。

 国許からという線もあるが、この獣人の連合自治体も、彼女自身も、手を下さずともいずれ自滅するものと高をくくっている。あえてそこに人と金を投入する考えはあるまい。

 

 となれば、襲撃をしくじった今、相手にとっての次の策は――

 それを先読みしたテレサは、「あー」と声を伸ばした。

 訝しみの目を向ける先駆者に、

 

「あんまし、深入りしない方が良いかも……て、もう遅いか」

 広間に躍り出ると、かすかに血の臭いが漏れてきた。否、すぐ眼前に在る。

 すでに死んだ獣人の肉塊。何者かに刺し殺された、無惨な骸。おそらく宿直(とのい)の者であるらしく、簡素な平服が血が濡れて、そこから少し離れたところに置かれた彼の手持ちらしい手燭がそれを闇の中で浮き上がらせていた。

 手を下したのは、先にテレサを襲撃した者だろうが、その目的とするところは口を塞ぐことよりも、むしろ

 

「ラン君」

 と、テレサは言った。

「逃げなさい」

 口早に促した。

 

 果たしてその予測の通り、四路より慌ただしい足音が迫る。対してランは少し惑った後、()()()()事態を察したものか。窓辺に手をかけ足をかけ。そうこうしている内に、老獣人が衛兵を伴い現れた。ソーシャである。

 まず逃げんとする間際のランを見、そして僅かながらに動揺した後、何もいなかったかのようにまず被害者をあたかも『偶然的目撃』の如く目を瞠り、

「オォッ、ついに恐れていたことが起きてしまったわい……」

 然るのちにテレサへと首を振り向けた。

 

「それっ、狼藉者をばひっ捕らえい」

 と知れ切った口上を言われるまでもなく、テレサは諸手を挙げてみせたのだった。

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