仕事で失敗したマネージャーと、レッスンがうまくいかなかった赤崎こころが過ごす秘密の時間。

 ※pixivにも同内容投稿しています。

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 こころばーすでー!はぴば!



赤崎こころと秘密の時間

 

 失敗した。

 

 時計の針が12時を回った頃。真っ暗な暗闇の中で、牧野は一人、公園のベンチで項垂れていた。

 

 思い出すのは今日の仕事のことだ。

 

 先方とのやり取りの一環で、会食に行くことになった牧野は緊張しつつも、マナーを考えながら会場に向かった。

 

 しかし、その会食はとても和やかな空気だった。お偉いさんと聞いていたから自分より年上の相手だと思っていたが、年齢が近い相手、そして穏やかでなんでも話せるような空気を作ってくれる相手であった。

 

 だけど、それが良くなかったのだろう。あまりの空気の良さに牧野は言わなくてもいいことまで話してしまい、そして挙句の果てには相手に失礼なことを聞いてしまった。

 

 その結果、相手を怒らせてしまい、会食終了。契約破棄まではいたらなかったものの、今後の事を考えると頭が痛い。

 

 ……マネージャーとしてやっと少しはできるようになったと思っていた。営業先での評判がいいと三枝さんにも褒められたし、自分自身できることの幅が増えた。もちろん、アイドルたちとのコミュニケーションも円滑にできていると思っている。

 

 だけど、そんな調子だったから、少し天狗になっていたのかもしれない。

 

「はぁ……」

 

 思わずため息が漏れる。……そういやため息をつくと幸せが逃げていくって麻奈が言ってたっけ。

 

「あれ?マネージャーさん?」

 

 そんなときだった。項垂れていた牧野の耳に聞き覚えのある声が響く。

 

 視線を上げると、そこにはピンクのロングヘアに角を生やした少女がいた。というか、こころじゃないか。

 

「どうしたんですか、こんな時間にこんなところで?はっ!まさか良からぬことをしようとしていたとか!」

 

 視線が下を向いていたし、まさか!とこころは騒ぎ出す。こころは何を言っているんだ。

 

「違うよ。ちょっと考え事をしていたんだ。……というかこころこそ何しているんだ?もう夜遅いし出かけるのは容認できないが……」

 

 時間はすでに日付を回っている。夜遊びにしては度が過ぎている。

 

「え、えっとー、ちょーとお腹空いたので夜食でも買おうかなーと思いまして」

 

「こころ、正直に言ってくれ」

 

「はい……こころもちょっと考え事をしたくて風に当たりたかっただけです」

 

「……そっか」

 

 自分も同じことをしたくて、この公園に来ていたのだからあまり強くは言えず、あいまいな言葉だけを返してしまう。

 

「……隣座ってもいいですか?」

 

「あぁ大丈夫だよ」

 

 牧野が返事を返すと、こころは隣に静かに座る。

 

「……」

 

「……」

 

 こころというと、お調子者で事務所でも常に誰かに絡んでいて騒がしいイメージがある。だからこそ、黙ったままの彼女というのは少し新鮮ではあった。

 

 だけどそれ以上に心配の感情が浮かび上がる。

 

「こころ……」

 

 何があったか聞かせてくれ、そう言おうとして思いとどまる。なぜなら、その瞳に涙の跡が残っているのが目に入ったから。

 

「どうしたんですか?」

 

 こころ自身はその跡に気がついていないのだろう。普段通りの様子で、いつもと同じような音色で、言葉を返す。

 

 そんな様子だったから牧野は躊躇してしまった。

 

「えっと……髪跳ねているなって思って」

 

「なっ!早く言ってくださいよ!恥ずかしい」

 

 こころはそう言うと、ヘアオイルをかけ櫛でさらさらと髪を整えていく。最後に角の部分を丁寧に纏めれば完了だ。

 

「じー」

 

「……どうしたんだ?」

 

「なんか言うことないですかー?」

 

「え!?えっと、髪が綺麗になりました?」

 

「下手くそ!女の子に恥をかかせたんですからもっと良く褒めてください!」

 

 あぁそういうことだったのか、と牧野は一人納得する。年頃の少女はやっぱり難しい。

 

「まーた失礼なこと考えてますね?」

 

「そんなことないって!何も考えてないから!」

 

「それはそれで腹立ちますよ!」

 

「痛い!?」

 

 そう言ってこころは牧野の太ももをねじった。牧野は足にダメージを受けた。

 

「ふっふふ、女の子に恥をかかせた罪。この程度で終わると思わないでくださいね~?」

 

「止めてくれ……」

 

 にやにやしながら何かを企んでいる様子のこころに牧野は困りつつも、少しは元気を取り戻してくれたことに安心した。

 

 

「そういえばマネージャーさん、考え事って何だったんですか?お悩み相談ならこころにお任せですよ」

 

「藪から棒に聞いてくるな……仕事で失敗しただけだよ。皆には迷惑かけないから安心してくれ」

 

「なるほどなるほど。だから事務所でも落ち込んでいたんですね」

 

「……そんなにわかりやすかったか?」

 

「それはもう、皆してどう元気出させようかなって話し合ってたくらいですよ」

 

 ……思い返すと、確かに今日やたら皆が話しかけてきた記憶がある。莉央さんは悩み事があったら相談しなさいと言われたり、葵から甘い菓子の差し入れを貰ったり、愛がやたら近くをうろうろしていたり……今思い返すと心配されていたのだろう。

 

 申し訳ない事をしたな。

 

「こころに教えてくれませんか?自慢じゃないですけど、こころは口が固いですよ」

 

 ……話したくないわけではない。ただ、マネージャーとして担当アイドルに悩みを相談するというのはどうかと思う。

 

 でも、こころの想いを無下にするのも申し訳ない、か。

 

「……今日営業先で会食があってな。そこで相手のお偉いさんを怒らせてしまったんだ」

 

「あちゃー、それはマネージャーさんやっちゃいましたね」

 

「あぁそうだな。やっちゃったよ」

 

「でも安心してください。こころもよく莉央さん相手にやっちゃっているので」

 

「ありが…いや、そっちの方が安心できないんだけど」

 

「大丈夫ですよ!莉央さんはとっても器が大きいので!」

 

「……あんまり迷惑かけないようにな」

 

 莉央さんとこころの関係は傍目に見てもいい関係に見える。けれど、親しき中にも礼儀ありとはいう。あまりやりすぎないようにしてほしいものだ。

 

「ちなみになんで相手の人は怒っちゃったんですか?」

 

「あぁ、ちょっと雑談気味になっていたから、今回の仕事の関係もあって結婚の話をしてみたんだ。そしたら怒られた……」

 

「あー地雷だったんですね。地雷って難しいですよねぇ。事前に話しておけって話ですよ」

 

「あはは、まぁ現実はそうはいかないからな」

 

「そんなあなたにこころ流地雷探知の術があります」

 

「ほうほう?」

 

「まず金属探知機を用意します」

 

「うん?」

 

「ピーと音が鳴ればアウトです」

 

「それ本物の地雷じゃないかな……」

 

「ピー!!!」

 

「地雷だったのか……」

 

 こころの言葉に思わず笑いが零れる。

 

「まぁそれはともかく、マネージャーさんもあまり思いつめないでくださいね。考えすぎてもいいことないですよ」

 

「ありがとう、こころ。だいぶ楽になったよ」

 

「ふふふ、そうでしょうそうでしょう。お礼はプリンで勘弁してあげましょうとも!」

 

「わかったよ。明日朝一で買っておこう」

 

「やったね」

 

 こころの様子を見ていると、こころも自分の事を心配してくれていたみたいで嬉しくなった。同時に頑張らないとなといった感情が浮かび上がってくる。

 

 自分はマネージャーだ。担当アイドルが悩んでいるなら聞いてあげないと。

 

「こころはどうだ?俺と話して気は楽になったか?」

 

「え?」

 

 こころは一瞬驚いたような表情を浮かべ、やがて悪戯がバレたようなバツの悪い笑みを浮かべる。

 

「バレちゃってました?」

 

「こんな時間に外出するくらいだからな」

 

「あー確かにそうですね」

 

 涙の跡の事は口には出さない。誰しも気づかれたくないことはあるだろうから。こころなら猶更だ。

 

「こころは、大丈夫です。明日にはけろっとしてますよ」

 

「それが心配なんだよ」

 

「マネージャーさんは心配性ですね」

 

「茶化さないでくれ」

 

「うぅん、調子狂います……」

 

 こころが表面上は明るくお調子者に見せていても、裏でどれだけ努力して色々と考えて動いてくれているかは知っている。それに、彼女に関しては学校の事もある。猶更心配になってくる。

 

「じゃあちょっとだけ、ちょーとだけ話しますよ?」

 

「あぁいくらでも聞くぞ」

 

「もう、ちょっとだけですよ。実は今日、リズノワの新曲の合同レッスンがあったんです。でも、こころだけ全く合わせられなくて……それで少し落ち込んでいました」

 

 確かに今日のリズノワの予定に合同レッスンがあった。だけど、こころの事だ。それだけじゃないのだろう。

 

「終わりですよ。ささ、こんな話は終了です」

 

 話してはくれないか。

 

 牧野は今日一日のスケジュールを思い返してみる。リズノワは今日は合同レッスン後、フリーになっていたはずだ。だからそのまま寮に帰っているものとばかり思っていたけど、おそらくこころの事だから一人で自主練していたのだろう。

 

 だけど、そこでも上手くいかなかった。結局事務所の消灯の時間になって帰ったけど、自分の至らなさだけが残ってこころを悩ませている。

 

 直感だけど、なんとなくそうなんじゃないかなって思った。

 

「こころ」

 

 牧野は何も言わず、こころの目をじっと見つめる。

 

「え、えっと、マネージャーさん?」

 

「辛かったら言うんだぞ」

 

「あ…………」

 

 こころの表情が一瞬崩れる。だけど、すぐに取り繕ったような表情を浮かべた。

 

「……こころは大丈夫です。頼れる人も心の底から話せる相手もいますので」

 

「そうか……」

 

 心配は尽きないが、こころが壁を作るならば無理言って近づくべきではない。莉央さんも葵も愛も、こころの事はわかっているだろうし、限界になる前に寄り添ってくれる人たちだ。

 

 そう思って、身を引こうとしていると、牧野の腕をこころが掴んだ。

 

「でも、さっきのは嬉しかったです。だから、その」

 

 珍しくこころの言葉が言いよどむ。牧野はこころが言葉を発するまで待った。

 

「もし、こころが疲れた時は……また、お話してもいいですか……?」

 

「もちろんだ」

 

 牧野は間髪入れず言葉を返す。マネージャーがアイドルに寄り添うのは当たり前のことだ。それ故の即答だった。

 

「えへへ……なんだか照れちゃいますね。でも、ありがとうございます」

 

 こころの表情に小さく笑みが浮かぶ。先ほどまでの作り笑いではない。本当の笑顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

「ふわぁ……」

 

 翌日の朝。昨日は遅くまで起きていたからか未だ眠気が残っている。

 

 思わず気の抜けた欠伸をしたことに慌てて周りを見渡すが、誰も気づいている様子はなさそうだ。よかった。

 

 ちゃりん

 

 牧野は一人安堵していると、事務所のベルが鳴る。そこから現れたのはLizNoirの面々だった。

 

「あら、朝から早いのね。おはよう」

 

「おはよう。昨日も遅くまで残ってなかったっけ?体調には気を付けなよ」

 

「おはようございます!今日もよろしくお願いします!」

 

 凛とした姿を崩さない莉央さんに、朝だから少し気だるげながらこちらを気遣ってくれた葵、元気いっぱいの挨拶をしてくれた愛。そして。

 

「おはよーございます!赤崎こころ出社しました!」

 

 いつも通りのおちゃらけた挨拶を交わすこころ。

 

 普段と変わらないその様子に思わず笑みが零れる。

 

「おはよう。今日のスケジュールはすでに確認してくれているとは思うが、忘れないように改めて目を通しておいてくれ」

 

「わかったわ」

 

「りょーかい」

 

「はい!」

 

「はーい」

 

 皆の返事を聞きつつ、牧野は再びパソコンと向き合う。すると、いつの間にかこころが傍に寄ってきていた。彼女は誰も見ていないことを確認すると、耳元でそっと囁く。

 

「伝え忘れていました。昨日の事、誰にも話しちゃダメですよ」

 

 そのつもりだよ、と返す前にこころは言葉を繋げた。

 

「私たちの秘密の時間、ですからね?」

 

 口元に指を当て、上目遣いで見上げてくるその仕草に、思わず心臓が高鳴る。その高鳴りを隠すように牧野は慌てて言葉を返した。

 

「わ、わかってるよ」

 

「お願いしますよ、マネージャーさん」

 

 一瞬だけ大人びたような姿を見せ、こころは皆の場所に戻ろうとする。それを呆然と見つめた後、牧野は忘れ物に気づいて、慌てて声を掛けた。

 

「あ、こころ待って」

 

「はい?」

 

 立ち去ろうとしたこころを引き留めると、牧野は鞄から箱を取り出す。

 

「昨日お礼するって言ってただろ?だから買ってきた」

 

「おお!おおお!!これはあの名店のプリンじゃないですか!」

 

「人数分買ってこれたらよかったんだけど、一つしか残っていなくてだな……だからこっそり持ち帰って食べてくれ」

 

「わかりました。いっひひ、お主も悪よのぉ」

 

「いつの時代劇だそれ……」

 

 先ほどの姿はどこに行ったのやら、どこか芝居がかった笑みを浮かべこころは皆の下へ戻っていく。

 

 

 

 明るく絵に描いたようなお調子者。だけど、努力家で誰よりも真面目でアイドルに対してひたむきな少女。

 

 そんな赤崎こころの事を、今後とも支えていかないとな、と牧野は改めてそう思った。

 





 こころ可愛い。

 こころの普段のおちゃらけた様子とか、悪戯を通したマネージャーへの甘え方がとても好きなんですが、辛い事は絶対に誰にも相談せず抱え込んでしまいそうな脆さが、筆舌に尽くし難い年頃の少女としての魅力を引き出していて、ぐっと心が持っていかれます。

 マネージャーには是非とも、その悩みを聞くことはできなくても、せめて疲れた時に寄り添える支柱であってほしいなって妄想です。


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