Side 愛
「また会おう、叔父上」
引っ掻き回すだけ引っ掻き回して堂々と退散する蓮。それをただ歯を食いしばりながら見るしかできない。
完膚なきまでに負けた。屈辱的だけどそう表現するしかない。
そして、これで終わりじゃない。本番はむしろこれからだ。
先ほどまで苦しんでいた二亜は今とても静かだ。感情が抜け落ちたかのように呆然としている。
しかし、その姿を見ただけでおぞましいと感じるほどだ。
黒く染まった頭上のリング。血を流しているように紅い瞳。
堕ちた天使……いや、堕とされた天使か。
「霊力値、カテゴリー・E。二亜が……反転したわ」
琴里が今の状況を端的に表現した。おそらくフラクシナスで観測したんだろう。
精霊が完全に絶望したときに辿る果て。二亜はそうなってしまった。
「
二亜は喉を震わせて魔王を
その能力は天使のときより遥かに攻撃的で禍々しい。
影のように明確な姿形を持たない化け物。それが無限に現れ続ける。
蓮が残した置き土産。まずは彼女をどうにかしなければならない。
しかも、こんな満身創痍の状態で。
「みんな、一応聞くけど戦える?」
状況はわかり切ってる。だからこれはただの確認だ。
「まだ……やれます」
「よしのん、もうちょっと頑張っちゃうよ~」
四糸乃は強がって見せる。嘘は吐いてないだろう。
でもあくまで強がりだ。魔王相手に戦えるかと言われると怪しい。
「やってやるわよ。正直、やりたくないけど」
七罪も頑張ろうとしてくれてる。今の七罪らしいな。
でも四糸乃より体力削ってるんだ。正直、戦力として期待はできない。
「はぁはぁ……できるできないじゃないでしょ。鞭打ってでも、戦わなきゃいけないのよ」
そんなことを言いながら琴里が一番限界だ。
息が荒い。破壊衝動が出始めているんだろう。
元々長く戦えないのに無理をしたんだ。既に戦える状態じゃない。
「む……ん」
そして霊力を奪われた六喰までいる。天使を出すどころか霊装すら維持できていない。
今生きているのが奇跡だ。足手まといどころか庇護対象だな。
「すぅ………………、一旦退こう。フラクシナスで立て直すべきだ」
肺に空気を入れ、脳に酸素を回し、じっくりと考えた上で結論を出した。これは無理だ。
「本気で言って……愛、あんた⁉」
琴里は反論しようとして口ごもった。おそらく
「平和ボケしていたな。どうしてこの程度の事態、想定できなかったんだろうか。本当に腹が立つ」
敵を舐めて呑気にしていたツケがこれだ。二亜を犠牲にしてしまった。
いつ以来だろうか、こんなにも自分にイラついたのは。
「二亜に悪いと思っている。街にもかなり被害が出るだろう。
——それでも、これ以上間違えるよりはマシだ」
状況は予想の何歩も先を行っている。そして、さらに先の最悪がまだあるかもしれない。
「……わかったわ、私はあんたに従う」
七罪はしばらく考えて頷いた。思うところはあるんだろうけど。
「ありがとう、七罪」
「正直、私も限界だったし。
いつもは暴走している。そう言いたげだ。
「そうだね、
敢えてそこを強調しておく。
感情は底の底から煮えたぎってる。蓮に、なにより自分自身に。
「わかりました、愛さんがそう言うなら」
「今の愛くんは頼りになりそうだしね」
四糸乃も僕に賛同した。残りは一人。
琴里の顔を見る。
「今から一時間。それがリミットよ」
琴里はゆっくりと口を開いた。
「それ以上は危険すぎる。街も二亜も持たないわ。DEMも動いてるでしょうし」
それがラタトスク司令官の判断か。
「問題ない。僕たち以外にも戦闘要員はいるんだ」
「わかったわ。令音、回収して頂戴」
ふわりとした浮遊感と共に周囲の景色が一気に変わる。中学校のグラウンドからSFチックな内装へ。
フラクシナス艦橋へ転移された。
「大丈夫かい、琴里?」
「ええ、大丈夫よ令音。それよりも六喰のことを頼んだわ」
「任せてくれ」
琴里は肩を貸していた六喰を令音さんに預ける。
意識がないのはある意味幸運だったか。下手に抵抗されることもないし。
「今すぐ士道たちを集めて」
琴里は霊装を消して制服に戻る。令音さんから軍服の上着を受け取って肩にかけて自席に座る。
頭を押さえているが、気にしてる余裕はない。
「シン、十香、折紙、耶倶矢、夕弦は数分で到着する。美九、真那、アルテミシアたちもこっちへ動いている」
「琴里、士道さんたちが来た時点で作戦会議を始めよう。事態は一刻を争う」
「いいわ、そうしましょう」
♦♦♦
Side 琴里
「琴里、一体どうしたんだよ?あんな状態の二亜を放って集まれだなんて」
到着した士道は険しい顔をして画面を見てるわ。反転した二亜は未だ化け物を生み出し続けている。
無差別に破壊をまき散らすただの災害。私たちがそうさせてしまった。
「愛がどうしても会議が必要だっていうからよ」
正直、繕う余裕すらない。霊力を使ったから今でも頭がじくじくと痛む。そんなの気合でねじ伏せるけど。
「一体何が起きているの?私たちは新しい精霊が出たと聞いた。どうして二亜が……」
「それも含めて説明するよ。時間がないから要点だけになるけど」
折紙の疑問に愛が答える。正直、さっきの場で私はちんぷんかんぷんだったわ。
敵が何者で二亜に何が起こったかすらわかってない。一回、ちゃんと教えてもらうべきね。
「まずは今回の元凶から説明しましょう。直接的に問題なのは六喰と二亜さん。ですがこの事件には黒幕がいます」
「こちらの映像を見てくれ」
アイコンタクトを受けた令音が画面を操作する。学校にいきなり現れた二人目の精霊。
道化のように派手で不気味な霊装。まぶたの傷や鎖のついた手枷など明らかに今までの精霊と違う雰囲気。
「見たことない精霊、だよな?」
「私も記憶にない」
士道と折紙は精霊のことにかなり詳しい。それでも知らない。
そして私も。今まで一度も現界したことがない精霊ね。
「彼女は蓮。始原の精霊を除けば一番危険な精霊と言ってもいいです」
「一番……危険?」
「はい」
愛は私の確認に迷いなく答えた。
「愛、それは危険思想を持っているということ?それとも単純に天使が危険という話?」
折紙は早速質問を投げる。
「両方だよ。……蓮は下手するとウェストコットより嫌な相手です。何しろ、全ての精霊を滅ぼすのが目的なんですから」
みんながどよめき立つ。
ウェストコットは全員が認める最悪の敵。精霊を利用しようとしている悪人で、拷問を笑いながらやる狂人。
それをよく知ってる愛が名前を並べるだなんて。蓮の危険度が嫌というほどイメージできる。
「彼女の天使は
「なんでも……」
耶倶矢がごくりと喉を鳴らす。何を考えているか想像はつくわ。
だからかしらね。それを察するかのように愛は先手を打ったわ。
「代わりに対象の霊力を奪いつくす。
精霊にとって霊力は命。願いを言ったが最後、命までしゃぶられる。
フィクションの悪魔みたいな存在ですね」
願いの代わりに命を奪われる。さっきもそんなことを言ってたわね。
シンプルで恐ろしい能力。
「それと願いの解釈は全て蓮次第です。蓮に願いを言っても、蓮に都合のいい形でしか叶えてくれません」
「疑問。どういうことでしょうか?」
夕弦の頭上に疑問符が浮かんでいる。
それを察して愛は話を落とし込み始めた。
「仮に『僕が七罪と死ぬまで一緒にいたい』と願ったとしましょう」
「お前なら本当に言いそうだな」
士道の言葉にみなが賛成する。愛なら絶対言うわ。
「願いを叶えた結果、七罪と一緒にいる間。常に即死トラップが襲ってきます。二人が死ぬまでずっと」
「意味がわかんないんだけど。なんで殺されるの?」
耶倶矢が私たちの疑問を代弁してくれたわ。願いを叶えるって触れ込みとは繋がらないわね。
「そう、願いの内容からすれば意味不明。だけど、これで蓮は願いを叶えたつもりでいます。
『死ぬまで一緒にいたい』と言ってしまったのですから」
……ああ、なるほど。そういうことね。
「死ぬまで一緒。つまり一緒にいるとき死んだら願いは叶ってる。そういう解釈なのね」
「琴里が正解。
明らかに願った意図とは違う。悪意を持って間違えてる。
それでもそういう解釈ができなくはない。だから当人の願いを叶えた扱いです」
そういう手合いなのね。
もうちょっと意識を変えないといけないわ。あくどい方向へ。
「なにそれ、明らかに騙しに行ってるわね。性格悪すぎない?」
七罪は悪態を吐く。七罪も大概だけど、そんなのどうでもよくなる相手ね。
「これは予想だけど、おそらく六喰は蓮に願いを利用されてしまった。だから僕たちと戦おうとしていたんじゃないかと」
「願いを利用……ですか?」
愛の話に四糸乃が小首をかしげる。また悪い話が追加されそうね。
「そう、蓮にとって僕は邪魔だった。だから願いを都合いいように捉えて、六喰を誘導した。僕はそう思っています」
始原の精霊相手に直接出向くのは危険。だから六喰を用意してぶつけた。
確かにそう考えれば状況に説明がつくわね。
「六喰は今までずっと宇宙にいました。どんな状態か把握することは難しい。だから都合がいいと思ったんでしょう」
「なんで宇宙に?というか、あんたはどうして蓮のことも六喰のことも知ってるのよ?」
「それはまたいずれ」
平気でスルーしやがったわね。こいつの秘密主義はどうにかならないのかしら?
「そしてそのことに一人だけ気づいた人がいた」
「それが二亜だったと?」
愛は令音の言葉にこくりとうなずく。明らかに相手によって態度が違うのよね。
「今回の事件が起こったとき、二亜さんは六喰について調べようとした。ここまでは確認できていますね、令音さん?」
「ああ、私がそう頼んだ。軽率な判断だったようだ」
「いや、令音さんは悪くありません」
こればっかりは愛の言う通り。
悪いとしたら警戒を怠っていた私たち全員。愛と二亜ばっかり見て他の精霊を完全に見落としていたわ。
「調べ終わったら連絡するとのことだったが、連絡はなかった」
「連絡より現場へ行くことを優先したんでしょう。気持ちはわかります。これは本当に一刻を争う事態でした」
二亜が調べた時点で六喰は願いを叶えられてしまってる。蓮はいつでも好き勝手出来る状態だった。
一秒でも早く現場に行った方が良い。その判断を責めることはできないわね。
「でも、どうしてあんなに早く反転させられたの?
だとしたら敵に渡った天使の危険度はさらに上がる。警戒を強めないといけないわ。
「そんな能力
二亜さんはもともと不安定な状態でした。だから反転させられてしまった」
「不安定……まあ確かにそうだけど、絶望するほど?」
二亜は失恋してたけど、それで絶望するタイプじゃないでしょ。引きずりそうだけど。
「二亜さんはつい最近までDEMに捕らえられていた。あのDEMだよ?優しい扱いで済むと思ってるの?」
「ッ⁉そういうこと?」
いつかそんな話してたわね。どうして忘れてたのかしら。
「そういうことだよ。指の爪全部剥がすくらいは経験させられてるだろうね」
身の毛もよだつ恐ろしい拷問。だけど、それでもまだ氷山の一角。
「だから僕が二亜さんの記憶を封じていた。今まで平常心で暮らせていたのは記憶を閉じていたからです」
「——あんたそんなことまでしてたの?」
こいつはいつもいつも大事なことを言わない。本当、勘弁してほしいわ。
「そっか、二亜は運悪く利用されちまった訳か」
残念だったと言いたげな士道。愛はその言葉をひっくり返した。
「いえ、むしろここまで織り込み済みだったでしょう。二亜さんがあの場所に来ることまで含めて」
「なんでそんなことわかるのよ?」
そうだとしたら話が全く変わってくるわよ。
「動線があまりにもきれいすぎる。
六喰をけしかけて僕たちの体力を削る。六喰の天使を奪う。二亜を反転させて僕たちの注意を引く。封解主を使って逃げる。
ここまでをたった数分でやってのけた。どう考えても計画的に動いている」
……確かに否定できない。まるで何が起こるかわかっていた流れだったもの。
「天使が強力でも扱う人間がボンクラなら怖くない。
でも、今回僕たちは完全に蓮の掌の上で踊らされた。僕も琴里も二亜さんも読み合いで完全に負けた。
その意味わかりますよね?」
……認めないといけないわね。蓮は愛すら超える謀略家。
単純に天使が強いとか莫大な霊力を持っているとか、そういう話じゃない。精霊相手に人として負けてしまったわ。
「最初に言っておきます。今回蓮に手を出すのは禁止です。
二亜さんをどうにかできたら即座に撤退してください。仮に蓮が戻ってきたら、その時点で全てを放棄。
でないと死人が出ます」
「わかったわ、総員聞いていたわね?」
『了解しました、司令』
今日何度目かわからない頭痛がする。なんて厄日よ。
「それと士道さん」
「なんだ?」
会議の締め。愛は士道と二人で話してる。
それを横目で見ていたわ。
「二亜さんのことは任せました。僕は休みます」
「……ああ、わかった。任せろ」
士道は強くうなずいて二亜のところへ向かったわ。
愛は七罪と仮眠室へ向かっていく。しっかりとした足取りで。
「休む、ね」
鳥肌が立つほど怖い目をしてたのに。
冷静に休むことができるなんて。怖いくらい合理的。
けど、少しらしくない気もする。
知ってる要素から想像するのは得意な愛くん。知らない角度からぶん殴られるのは不得意なんです。
今回の裏話は没案について。
実は蓮がバンダースナッチと一緒に来る案もありました。
ただでさえごちゃごちゃしてるのにこれ以上要素増やすのかよってことで却下しましたが。
おかげで愛くんは蓮とDEMが繋がっていることに気づいていませんね。
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