しぶころ投稿用小話です

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時を呑む

 『塩辛い』という表現がある。これは漬物やお菓子の類の話ではない。ウイスキーの話だ。ソルティ、ブリニーと表現されるそれはウイスキー通の中では共通認識として受け入れられている。本当に塩をふっているのかとういうとそうではない、風味の一つだ。

 初めは無色透明だったモノにやがて色が付き、時間と周辺の状況がそのような味わいに変えていくのだ。

 

 「結局さ、どれが一番美味しい訳?」

 薄暗い照明、革張りの椅子、艶やかな木製のカウンター。その客席に彼女は居た。

 その問いかけに少し逡巡する。その答えは人それぞれに結論があり、おいそれと彼女にとっての一番望む答えをポン、とは出せないのだ。

 そんな態度を見て、彼女はからかうように声を掛けてきた。

 「おーい、頑張りたまえ新人クン、お客様第一号だぞ~」

 そんな一つ年上の幼馴染を見て、苦笑いを浮かべる。一人で店番が出来るようになって数か月。店長に頼み込んだ結果、開店前に実現したのが今回の場だ。

 ふと、を後ろを見れば、ずらりと並ぶウイスキーの数々が自分を見下ろしている。店長の趣味、自分の試し、そんなバーを支える宝船。英語、漢字、様々な形でラベリングされたボトルに少し気圧されながらも、考える。

 そして漢字のラベルを持つそれを取り出した。地名ついたのラベルを見て、つい最近の決心を密かに思い出していた。

 

 北海道に一つ蒸留所がある。海にほど近く、一年中冷涼な気候が続く、そんな土地にウイスキーの蒸留所がある。日本のウイスキーの父の夢の集大成だ。ウイスキーの本場スコットランドにも似た気候。それこそが氏の求めていたウイスキー作りの本場であった。

 この職業で生きていくと決めた年。勉強の一環として、この駅に降りたった。肌に感じる空気は夏でも涼しく、近くの海の影響なのか雨上がりの空気のように少しだけ空気に重さを孕んでいた。

 正面に立つとレンガ造りの堅固な造りと、どっしりとした鉄門扉が訪問者を見下ろしていた。そこを抜けるとピート(泥炭)が燃える香りがかすかに鼻をくすぐった。

 仕込み、醸造、蒸留、熟成とすらすらと出るガイドの話を聞きながらウロウロと工場内を歩いていると、人よりも何倍も大きな瓢箪の上半分を切り取ったような形のポットスチル(単式蒸留窯)にたどり着く。麦を発酵させて出来たホワイトリカー。そのビールやウイスキーの赤子のようなアルコールを一度水蒸気に変化させ、より純度の高いアルコールに変化させる場所である。一度変化したものが、また同じ形に戻る。無駄なものを削いでより純度の高いものを作り出す場所。熱を加えるための石炭がくべられている光景を見ながら、ふと、彼女の事を思い出していた。

 まるで神社かのように、人よりも何倍も大きなポットスチルにはしめ縄が巻かれている。一つ一つに込められてきた想い、いくつもの時代を経た一工程がそこにはある。鎮座するそれらに何を思っていたのか、今思い出しても曖昧だ。

 

 その後、工程をいくつも経たウイスキーは貯蔵庫に入れられ、じっくりと開栓の時を待つのだ。樽は呼吸をする。その地形周辺の風をゆっくりと織り込みながら静かに静かに眠りについている。

 ウイスキーは最低でも3年の熟成期間がある。泥炭という年月を経て固まった土を燃やし、香りをつけた麦の酒にじっくりじっくりとその土地の風が息を吹き込み、染み込んで溶けていく。5年、10年と長い年月を掛けて、ゆっくりその味が形成されていく。

 重ねた年月と、その樽と、周囲の風。土地と人の時間が凝縮された琥珀の液体。それがウイスキーだ。

 単独でスコットランドへと乗り込み、万年筆ひとつで日本にウイスキーをもたらした人、思えば、この情熱はきっと恋のようなもので、それを成就したのがきっと偉大なるウイスキーの父だった、と思ってしまう。

 そうであれたらな。なんて思ってしまうのは、うぬぼれだったのだろうか。

 

 「一番美味しい。と思って欲しいのであれば、あるけどね」

 

 カツン、カツンと、氷を削り、丸の形を作っていく。破片が弾けて、点々とした跡を作っていく。そして、まだ少し不格好なロックアイスをグラスに転がして、液体を注ぐ。

 そうして出来たロックを差し出して、ボトルのラベルを見せると、彼女が反応する。

 「へぇ、10年ねぇ」

 「10年前なんて何してたっけね、ちょっとしか覚えてないや」

 「さぁ? 一緒にいたことは確かでしょ、幼馴染だし」

 少しも変わらない距離感と、変化のない関係に、樽の中であっても変化し続けるウイスキーとの対比を感じてしまう。願い年月を過ごし、それでも尚、変わらなかった僕たちへ。

 グラスを重ねて、一つ隔たりの向こうへのキミに捧ぐ。

 

 「そっかそっか、結婚おめでとう」

 「はいはい、わざわざこんな場を作って貰って悪いわね」

 

 確かに潮風の匂いがする。塩辛く鼻を突き抜ける香りと、かすかに残るバニラのような甘い香り。

 長い年月とともに、『それ』を吞み込んだ。

 

 「それに、『あなた』もでしょ」

 

 「お互いに、おめでとう。でしょ?」

 「……あぁ、そうだったね」

 

 氷が溶けて薄まったウイスキーを、一口煽った。


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