ボッチの俺が、個人VTuberとして地味に活動していたらいつのまにか人気になっていた~とある変態リスナー(義妹)が推し(俺)と付き合うまでの話~   作:わんた

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舞衣:新しい家族は私の推しだった

 私は小さい頃から極度の声フェチだった。

 ママも同じなので遺伝なんだと思う。

 

 好みの声を聞くと全身の力が抜けて体が熱くなる。

 

 耳が妊娠するってネットスラングがあるけど、感覚としてはすごく同意できた。だって私の推しが配信で喋るだけで、子供が授かったんじゃないかってほどの幸せを感じるから。

 

 推しのアーカイブは通学中だけじゃなく、寝るときだってずっと聞いている。

 

 学生で買える範囲だけど高いヘッドホンも買った。

 世界が変わるぐらいの良さで、より推しの声にのめり込んでいく。

 

 正直に言えば直接会って耳元で囁いて欲しいと思うけど、そんなお願いをしたらドン引きされて嫌われてしまうので自重していた。

 

 そう、過去形になっちゃったんだよね。

 

 だってママの再婚相手の連れ子が最推しである銀河聖夜――優希くんだったのだから。

 

 * * * * * * *

 

 新しく家族になると紹介された男子が推しだった。

 

 嘘のような、冗談のような、意味のわからないできごとに遭遇して、思わず席を立つほどの衝撃を受けちゃった。

 

 挨拶した時と声と違ったので理由を聞いてみると、普段は声を変えていると辰巳さんが教えてくれる。

 

 神から授かった才能を隠しているの!?

 人類の損失だよ!

 もったいない!

 

 遠くから話し声が聞こえるだけで幸せを感じさせてくれる魔法の声帯は、デジタルに変換されないほうがさらに強力で、非常に依存性が高い。

 

 自重していたのに、推しからやってくるなんてズルい!

 もう止まらない!

 

「それじゃ俺も下の名前で呼ぶよ。舞衣さん」

 

 だからホテルのレストランで名前を呼ばれたときは、叫んでしまいそうになった。

 

 最後に残ったわずかな理性で声までは出さなかったけど、絶対に変な人だと思われた!

 

 一瞬にして理性は飛び、夢の世界へトリップしていく。築き上げてきたクールな印象が崩れてしまうとはわかっていても、口元が緩んでしまう。

 

 このままじゃ、襲ってしまうかもしれない。

 少しでも冷静になりたいから離れないと。

 

「ちょ、ちょっとトイレに……」

 

 個室を歩いてい間も脳内で先ほどの声を何度も再生していく。

 

 耳から優希くん成分が体内に広がって、多幸感に包まれる。

 

 もう思い残すことはない。

 死んで良いかも。

 

 視界が定まらず、力がはいらないまま歩いていると、誰かにぶつかって座ってしまった。

 

「大丈夫?」

 

 推しの声がしたから顔を上げると、優希くんが近くにいた。

 

 後光が差していて神々しい。

 

 あぁ、私の推しは……ってダメ! 私の理性がんばって!!

 

「だ、だだだ大丈夫」

 

 近寄ってきた手を反射的に叩き、ふらつきながらも壁に寄りかかって立ち上がる。

 

「はぁ、はぁ……あまり近づかないで……お願い…………」

 

 じゃないと頭と体がもたない。

 

 一瞬、すごく悲しそうな顔をされてしまった。

 

 私の言葉で傷つたのであればすぐに謝りたいけど、力が入らないので口が動かない。喉に何かが詰まって声が出せなかった。

 

「うん。ごめんね。もう近づかないから。安心して」

 

 決定的な言葉を言われると優希くんは席に戻ってしまった。

 

「あっ……ちが……」

 

 やっと捻り出した言葉も店員の声でかき消されてしまった。

 

 タイミングが悪い。配膳が終わったら今度こそ……。

 

「舞衣は早くトイレ行かないの? お肉冷めちゃうよ?」

 

 ママが余計なことを言ったせいで、優希くんが変な目で見ている。

 

 トイレにすら一人で行けない人、みたいに思われたら死んじゃう!

 

 これから一緒に暮らすんだし、誤解を解く機会はいつでもあるはず。

 

 今は距離をとって冷静になるべきだと、この時の私は判断して個室を出て行った。

 

 寄り道なんてしないでトイレに入ると鍵をかけて便座に座る。

 

「はぁ〜〜〜〜〜」

 

 深いため息が出た。

 

 あの目、絶対に嫌われた。

 

 優希くんがいないと生きていけないのにどうしよう。

 

 こうなったら推しを殺して私も死ぬしかない?

 

 あの世で一緒になる?

 

 ダメ。それは一線を超えている。一人になって復活した理性が働いて止めてくれた。

 

「私には希望がある」

 

 まだメメだと気づかれていない。

 

 直接声を聞けなくても配信だけは今まで通りの関係を維持しよう。私はそれで幸せ。他には何もいらない。これだけはなんとしても死守しなきゃ。

 

「こういうの久々だなぁ」

 

 絶対に嫌われたくない相手って、今まではママぐらいしかいなかった。友達は沢山いるけど、離れていくなら勝手にどうぞというスタンスだったので、こういった緊張感はもしかしたら初めてかも。

 

 普段使わない脳の部分をフル回転させ考えていく。

 

 起こったものは仕方がない。不意打ちで推しの声を聞いたら、誰でも理性は吹き飛んで体はフラフラになる。

 

 近寄らないでといって傷つけてしまったけど、謝罪するのは今のタイミングじゃない。二人っきりのときに……え、私って推しと密室できるんじゃない!? すごすぎっ!

 

 妄想がブワッと広がって止まらない。

 

 せっかく一人になれたのに考えがまとまらず、最適な答えが出てこないで困る。

 

 私って、こんなにポンコツだったっけ。

 

 こうなったら仕方がない。慣れるまでは失点だけをしないようにしよう。

 

 うん。それがいい。黙っていればミミだとバレることはないし、間違いないはず!

 

 雑に結論を出すとトイレから出て、みんながいる個室へ戻ると、黙ったまま席に座ってステーキを食べる。

 

 推しのことが気になってしまい、チラチラと盗み見して食事を進めていく。

 

 たまに優希くんの話す声が聞こえると、顔が熱くなって頭が真っ白になって手が止まってしまう。結局、四人の中で私が最後に食べ終わった。

 

 レストランを出ると別れてママと二人っきになる。

 

「どうだった?」

 

 辰巳さんと優希くんのことを聞いているのはわかった。

 

 推しだと教えたら絶対にからかわれるし、そこから私がミミだとバレることもあり得る。死んでも知られたくない。

 

「いい人っぽい感じだったよ」

「そう良かった」

 

 ママにしては珍しく緊張していたのか、娘の反応を見てほっとしたような顔をした。

 

 男の子と一緒に住むと聞いた時はすごく嫌だったし、会った後に理由をつけて私は一人暮らしをしようと計画していたから、心配していたのも的外れじゃないんだよね。

 

「優希くんは同じ学校に通っていんだよ。会ったら挨拶ぐらいはしてね」

「えー。一緒に住んでいるのバレたくないから、他人のフリしたいな。向こうにも言っておいてもらえない?」

 

 毎日、推しに挨拶されたら死んじゃうからね! 学校で倒れる自信がある!

 

 私が築き上げたイメージを守るためにも、慣れるまでは絶対に他人のフリ! これは絶対!

 

「そうよねぇ。変な噂が立っちゃうし、他人のフリが一番かな。先生にも絶対に言わないよう伝えておくから」

「うん。よろしくね」

 

 勝手に納得してくれて助かった。

 

 早く推しの声になれて、せめてまともに話せるぐらいにはなりたいなぁ。

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