とある日の夕方に差し掛かる頃、僕は山の中にある神社の境内から下に広がる街の景色を眺めながら先生に聞いた。
「なぁ先生」
「んー?なんだぁ?」
少し離れたところにある自販機でコーヒーを買いながら先生は返事をした。
そして先生が隣に歩いて来たのを見てから質問する。
「過去って消えると思う?」
「は?過去?」
先生は『なに言ってんだ』と言わんばかりの反応をして、お気に入りのフィルムカメラを取り出し景色を写真に収めながら言う。
「なぜゆえそんな質問を?」
「ちょっと気になっただけ」
「なんだそりゃ」
「私そんな重い会話嫌いなんだがなぁ」と言いつつ少しコーヒーを口に流してから先生は答える。
「消えると思うな」
「後悔しない?」
「しない」
「ふーん」
返事にそこまで反応を示さない僕に先生は聞いた。
「神社、やっぱりいい思いはしないか?」
「はい、ちょっと嫌な記憶が..」
「あー、悪いな」
「大丈夫ですから」
「後悔してるか?昔のこと」
「してるかもしれないですね、いまでもちょっと死にたくなる」
「おいおい!冗談は勘弁してくれ!」
少し引き気味に言う先生にちょっと笑ってしまった。先生は少し睨んできたが一緒に笑っていた。
「先生って良く危ないところに行くけど後悔しない?」
「私は別に?過去は振り返らない主義だからな」
「先生、僕から聞いといてあれですがもうちょっと自分を大切にして下さいよ。奥さんと娘さんいるでしょ?」
「まぁなー、でもこれで家族とお前を養ってるんだから仕方ないさ。お前だってそれを知ってて私の助手してるんだから」
「誘ったの先生ですけどね」
「ははは!そうだったな」
そして少し会話をしていたら辺りが暗くなってきていた。
「そろそろ帰るか、この神社の調査は終わったしな」
「そうですね、また帰りが遅れると奥さんにドヤされますからね..」
「やめてくれよ、あれまじトラウマなんだから..あーあ、帰ったら調査記録まとめて原稿書かねぇとなぁ」
「僕も手伝うんで頑張って下さいよ..」
そうして車に向かいながらふと思った疑問を口に出す。
「そういえば、次の調査は何にするんです?」
「次はな...」
そう言って先生は一拍置いて口に出した。
「次は私の街で祀られていたとされる『ご縁結びの神』についての調査だ」
「『ご縁結びの神』ですか..」
そのまま僕は黙り込んでしまった。それ以上は聞かなかった。何故かその時の僕にはなにかとは言い難い嫌な予感がしたから。
だがこの選択が間違いだった。
もしこのときこの調査に反対していたらあんなことには...
[だから僕は後悔が大嫌いなんだ...]
カタッ
ハルを見送り、記録を残すために公園のベンチでノートを書いているとペンを落とした。
もう日記のようにも思える記録は何を書くにも『また』がついてしまう。もう嫌になりそうだ。なんとかかろうじて読める字は、かつての自分の筆跡が分からなくなるくらい汚かった。そして過去の記憶を思い出しながらノートを綴っていると持っていたペンを落としてしまった。
ペンを落とした、ただそれだけ。それだけなのに...
僕は年寄りのように震える手を沈むような気持ちで見ていた。当たり前だ、“もう何度目か分からない”。感覚が鈍くなってきているのだ。これが最後のチャンス、そう思うしかない。そしてペンを拾い、素早くノートを綴り、公園を去る。
「ユイが危ない」
失敗は許されない、今までの全ての正解を歩み、繋げる。今まで作った失敗で得た『正解』だけの道を作る。それがたとえ自分がその先を見れなくなっても。
そして僕は黒に少し青を染めたような夜空を見上げ、謝る。
「ごめん」
きっと同じ空を見上げていると信じて、言う。約束は、守れない。だから謝る。
もう“あの子”には会えないのだから。
ジャキン
そうはっきりと後ろから聞こえた、クロもいつの間にか後ろを向いて威嚇してる。
「ヴゥー、ワンワン!」
後ろを振り向くのが怖いけど見ないと逃げられない..そして恐る恐る振り返るとそこには大きく、赤黒い錆の付いた鋏を持った手のような『ナニカ』だった。
「なに..なんなのあれ...」
他のお化けも異形の姿をしたものが多かったが、この『ナニカ』は他のお化けとは違う恐ろしい存在感を放っていた。それはお化けでも避けるくらいの存在感、いつのまにか目の前の『ナニカ』以外のお化けの気配消えている、それだけの存在感。
「逃げなきゃ..」
捕まってしまえばなにをされるかなんて想像に容易い。幸いなことに出口は鋏の化け物から反対にあるので後退りしながら慌ててクロと逃げ出した。
「クロ走って!」
「グワぁぁ!」
すると化け物も私を捕まえようとスピード出して追いかけて来た。
※
「どうしようどうしよう!どこに逃げよう!」
私は北西の墓地の近くの住宅街に逃げてきていた。それまで『ナニカ』はとても多彩な追い方をしてきた。いきなり止まって鋏を構えたかと思うと急にスピードを上げて直線上に走ってきたり、目の前に瞬間移動して私とクロを切ろうとしてきた。なんとか避けながら逃げているがなにぶん壁を透かして追っても来るので追いつかれそうだし、流石に私も体力が限界だ。もう息をするのが苦しい。一方化け物はスピードや攻撃を休める気配は全くなかった。私は疲れからか心が折れそうになっていた。そこでも出てくるのは今も行方が分からないハルのこと。
まだ私、ハルを見つけられてないのにこんな所で死んじゃうのかな?ハルを助けるために夜の街にでたのに、ハルにも知られずに死ぬのかな?
「嫌だ...嫌だぁ!」
嫌だ!ハルと最後の花火を観るんだ!こんな所で死にたくない!お別れの言葉をハルに言って笑ってさよならするんだ!
もう無くなりそうな体力を使って全力で化け物から逃げていると急に前から声がした。
「こっちだ」
声がした方を見ると、右の道から男の人が私を呼んでいた。
「こっちに来るんだ」
一瞬よぎる様々な疑問を振り払い全力でお兄さんのいる道に入る。
そして入った場所はゴミ置き場だった。そこは普段、管理がされていなく、悪臭がよくすると周辺の住民から嫌われている場所だった。
ここには逃げ場がない...
「ヴゥゥ、ワンワン!」
クロが威嚇して化け物を追い払おうとしている。私が絶望していると、あとを追ってきたお兄さんが私の前に立った。
「見てて、コトワリ様の対処法」
そう言った瞬間化け物は道を曲がり、私たちに凄いスピードで襲いかかってきた。
もうダメだ、そう思った瞬間、お兄さんが化け物に向かって何かを投げた。それが化け物に当たる瞬間、辺りに化け物の咆哮が聞こえた。
「グワァァアァ!!」
思わず目を瞑ってしまう、だけどいつまで経ってもお兄さんの叫びもない、私に鋏が当たることもなかった。
恐る恐る目を開けると化け物は居なくなっていた。だけどさっきまで化け物がいた場所には頭と手足がバラバラになったフランス人形が落ちていた。
よく分からないけど助かったらしい。
「し、死ぬかと..思った..」
その場で座り込んでしまった。今まで生きてきて死が目の前に迫ってくることなんてなかったから心臓がバクバクして足が震えてる。クロもびっくりしているのか落ち着きを見せずに周りをキョロキョロしている。
「今回は、大丈夫だった..」
すると横にいたお兄さんがそう言った。そういえばこの人に助けてもらったんだ、助かった安心感から忘れかけてた..
「あ、あの、助けてくれてありがとうございます..あっ」
慌てて立ち上がろうとしたら足がもつれて転びそうになる。するとお兄さんが左腕を掴んで引っ張ってくれた。
「気をつけて、緊張で足が震えてるんだろう」
「は、はい」
恥ずかしいところを見せてしまった。お兄さんには助けてもらってばっかりだ。私がそんなことを考えているといきなりお兄さんが聞いてきた。
「ところでさっきのやり方、ちゃんと見たかい?」
「さっきのやり方?」
あの化け物を追い払った方法のことかな?そういえば「見てて」とは言われていたけどあまりにも急なことだったし、目も瞑っていたのでちゃんと見れていなかった。
「ごめんなさい、あまり分からなかったです」
「仕方ないか、『今』のユイには初めてのことだったからね。じゃあ次コトワリ様にあったとき、コトワリ様を追い払う方法を教えるからしっかり聞いてて。今の君には必要なことだからね」
「わ、分かりました」
色々聞きたいことはあるけどお兄さんに遮られてしまう。まるで急いでいるみたい。
「あのお化けはコトワリ様って言ってね、元々悪いご縁を断ち切る神様なんだ。でも今は色々あって良いご縁も切っちゃうようになったんだ、だから君にも襲ってきたんだ。コトワリ様を追い払うには頭と手足があるものをコトワリ様に渡すこと、これをするとコトワリ様はいなくなってくれる、分かったかい?」
私はゆっくり頷いた。まだ理解できないこともあるけど、あのお化けはコトワリ様って言って、人形みたいな頭と手足があるものを渡せば居なくなってくれる..でいいんだよね?
お兄さんは静かに頷いた。
「わかったみたいだね、僕は行くよ。急がなきゃいけなくてね」
「で、でも!私に、できるかな..」
いきなりそんなこと言われても、私にできるか分からない...1人でこんなことをするなんてできない...
お兄さんはしばらく私を見た、それは心の奥まで見られているようでその時間は居心地が悪かった。だけどお兄さんは真剣な顔で私を見ながら言った。
「いや、できる。君は何度もやっているはずだよ。大丈夫、きっと今までの自分が教えてくれるはずだよ」
「えっ、でも私こんなことやったことない..」
「今は忘れているだけ、だけど本当に助けが必要なときにきっと思い出すはずだよ」
そう言ってお兄さんはゴミ置き場の出口に歩いて行った。だがお兄さんはすぐに振り返って懐中電灯を渡してきた。
「忘れるところだった、はいこれ。今の君には必要だろう、光はお化けから人を守ってくれる唯一の武器だからね」
「あ、ありがとうございます」
「じゃ、やれることはやったからね。気をつけてね」
そう言って再びお兄さんは出口の方に歩いて行った。懐中電灯はありがたいけどなんで必要ってわかったんだろ...
分からない、お兄さんが言っている意味も分からないし..私はこれをやったことがある?もしやっていたとしてもなんでそれを忘れているの?
お兄さんに対しても、自分自身に対しても疑問が頭から溢れ出てくる。
でも、1つとても気になったことがある。何故かお兄さんを見たことがあるような気がする。いつどこで見たかも分からないのに決して他人ではないような気がする。なんなら昔に喋っていたような...会ったことあるのかな?
それが凄く気になり出ていくお兄さんに声を掛けた。
「あの!私たち、どこかで会ったことありますか?」
するとお兄さんは立ち止まった、そして振り返ると本当に、本当に残念そうに、でもほんの少し嬉しそうな顔で言った。
「知らないな、今日初めて会ったんじゃないか?」
そう言ってお兄さんは私の返事を待たずに行ってしまった。
風のような、季節の移ろいごとに様々な場所を颯爽と駆けていくツバメのような人だった。お化けのことは知ってるし、私のことも知ってるような感じだった。でもずっと急いでいるような、焦っている感じがあった。助けてくれたってことは良い人でいいんだろうけど...お兄さんは今日初めて会ったって言ってたからやっぱり初対面なのかな..
そして私ははっとする。
「ハルを探しに行かなきゃ!」
色々なことがあって忘れていたけどハルが危ないかも知れないんだ!すぐに行かないと!
そして私はじっと座っていたクロを連れてゴミ置き場から出ようとして気づいた。
「お兄さんにハルのこと、聞けば良かったな..」
今日の夜: 螟牙喧縺ゅj縲√□縺御ソョ豁」ノ