彼岸花の記憶
古びた山道を一人歩くと、辺り一面に彼岸花が咲き乱れていた。赤い花びらが夕日に照らされて、まるで燃え上がる火炎のように見える。風に揺れるそれらは、不気味なほど生きているようだった。
彼岸花が咲く道を進むのは、幼い頃からの禁忌だった。しかし、その理由を知る者はもういない。ただ一つの言い伝えが残るだけだ。
「彼岸花の咲く道を越えた者は、二度と戻れない」
道の先
高校三年生の秋、私は村を出ることを決めていた。都会の大学に合格し、新しい生活が始まる。村で過ごした静かな日々を後にして、新たな夢に向かうのだ。
祖母が止める声を背に、荷物を背負い、私はあの彼岸花の道に足を踏み入れた。「たたりなんて、ただの迷信だ」と、自分に言い聞かせながら。
夕暮れの中、赤い花々は視界いっぱいに広がっていた。美しくも、どこか冷たい。奇妙な感覚が胸に広がるが、振り返るつもりはない。
しばらく進むと、道端に小さな石碑が現れた。刻まれた文字は風化し、読み取れない。だが、触れると冷たい感触が手に伝わり、ゾクリと背筋が凍る。
囁き声
突然、背後から微かな声が聞こえた。「戻れ…」
振り返るが、誰もいない。ただ風が木々を揺らしているだけだ。心の中で、これは疲れのせいだと自分を納得させた。
しかし、声は再び響いた。今度はもっと近い。「戻れ…ここを越えるな」
不安が膨らむ中、足を止めるわけにはいかなかった。声がどれほど警告しても、私は進み続けた。
消えゆく道
彼岸花の道は、次第に奇妙な変化を見せ始めた。空は夕焼けのまま変わらず、夜にならない。周囲の花々はまるで生き物のように、私の足元に絡みついてくる。
「これは夢だ…」
そうつぶやいた瞬間、足元が途端に崩れた。気づけば私は暗闇の中にいた。
異界の村
目を開けると、そこには見覚えのある村が広がっていた。しかし、何かがおかしい。
家々は朽ち果て、村人たちの姿はない。代わりに、彼岸花が村全体を覆っていた。
足を進めると、祖母の家が見えた。扉を開けると、中には祖母が立っていた。しかし、その顔は蒼白で、眼は虚ろだった。
「お前、戻ったのかい」
彼女の声はどこかよそよそしく、まるで別人のようだった。私は恐怖で声が出なかった。
終わらない彼岸
その後、私は何度も村を抜け出そうと試みた。しかし、彼岸花の道を越えるたびに、同じ村に戻ってしまう。
そして気づいた。
ここは彼岸――私は、もう生者ではないのだ。
燃え上がるような彼岸花に囲まれながら、私は永遠にこの道を彷徨い続ける運命なのだろう。
**赤い花は微笑むように揺れていた――まるで新たな獲物を待つかのように。**