彼女に案内を任せてしばらく、とある建物の角を曲がろうとした際に彼女に制止された。
「正実の人たちです」
「何人だ」
彼女はこっそりと顔だけを出し、五人です、と答えた。
「二対五か。少し厳しいな」
「そうですね」
戦いは数だ。いくら熟練の狩人だろうと、数の暴力には勝てない。盾で強行突破したとして、五人だと流石にタコ殴りにされてしまうだろう。その五人が分かれるまで待つか、彼女に二、三人ほど注意を引いてもらって──
「こっちから迂回できます」
「え?」
「え?」
彼女はいつの間にか私の後ろに立っていた。別の道を指さしている。私は思わず困惑の言葉を漏らしていた。二人の間に気まずい沈黙が流れた。
「制圧、しない?」
「えっと……人数が多い、ので?」
「そうか、迂回、できるなら、すればいいか」
「何か、不都合がありましたか?」
彼女は怪訝な顔で聞く。私は食い気味に首を横に振った。
「いや、なんでもない。そっちから行こう」
正実の五人は銃を持ったままごく狭い範囲を放浪していた。銃口を下に向け、髪で隠れた目はどこを向いているのか分からない。真っすぐ前を向いているようには見えない。
うまく行けばこのまま見つからずに通り抜けるはずだったが、不幸にも一人が不意にこちらへ振り向いてしまった。
「敵だ!」
弾幕が私たちを襲うまで時間は全くかからなかった。
私たちは走った。横を弾が通り抜けていく。幸い、弾が当たることはなかったが、あの五人は私たちを仕留めるべく距離を詰めている。とは言え、この路地を曲がりながら進めば、撒くのは簡単だろう。
私は楽観的に考えていたが、どうやら彼女はそうでもないらしい。
このまま走って抜けようとする私に対して、彼女は正実たちを迎え討つかのように建物の陰に隠れた。彼女を危うく見捨てそうになった私は、慌てて彼女の後ろについた。
「おい、逃げないのか」
「逃げます。でも、このままでは追跡を受け続けてしまいます」
そう言いながら、彼女はグレネードを一つ取り出し、ピンを抜いた。そして顔だけ覗かせながら、タイミングを見計らっている。
「投げたら、振り向かず、念のため耳を塞いで走ってください」
彼女がグレネードを投げた瞬間、彼女に続いて私も走った。忠告通り耳も塞いだ。直後視界の端で閃光が見え、足元には濃い影が映った。そして甲高い爆音が手で塞いだ耳を貫通する。
彼女について走って逃げた。彼女はでたらめに走って、不規則に角を曲がった。だからすぐにどこをどう走っているのか分からなくなった。
少し息が上がってきた頃、ようやく彼女は止まった。
「ここまで逃げれば追いかけてこないでしょう」
そういう彼女の肩も上下している。
「しかし、だいぶ走ったな。ここはどこだ。さっぱり分からない」
私は辺りを見回しながら言った。どこもかしこも似たような建物が建っている。
「えっと。最初にいたのがここで……大体これぐらい走ったから──」
彼女は何やらスマホと格闘している。今いる場所が分からないのだろうか。心配になってきた。
「大丈夫か。まさか迷ってはいないだろうな」
「もう少し西に行けば大通りがあるはずなので、そこに行けば把握できるはずです」
それが本当ならば良いのだが、私は首を縦に振るしかなかった。
彼女の言うとおりに歩いていると、やがて大通りについた。周囲の風景を見た彼女は、ああ、と安心した声を出す。
「はい。大丈夫です。場所が分かりました。あの避難所はこっちにあるはずです」
彼女は再び意気揚々と歩き出した。私はその背中を呼び止めた。彼女が振り向く。顔には疑問が浮かんでいた。私は大通りの先を指さして言った。
「あそこ。人が集まっていないか」
私が指したのは、緩やかにカーブした大通りに丁度見切れている集団だった。正実の生徒や、一般的なトリニティ生徒も見えている。彼女も私が指した場所を見た。
「ちょっと、確認してみないか」
「え、あれをですか。セイアさんの避難所は」
「あれを見てからでも構わんだろう」
私は彼女の答えを聞く前に、足の向きを集団に変えた。彼女は渋々私の後ろをついて来ていた。
集団に近づくにつれ、人の数はどんどん増えていき、やがて想像以上の人数が集まっていることが分かった。加えて、その少女たちはいくら私たちが近づこうとも気づく気配が無い。全員が同じ場所を向いて制止している。
人が増えるのと同時に、前に近い生徒に赤やオレンジに近い光が当たっているのが見えた。
集団の最後列についた時、ついに彼女たちが見つめていたものの正体が見えた。燃える十字架。ヤーナムではよく見たキャンプファイヤーだ。この集団の為か、ヤーナムよりもずっと高く作られている。
「ちょ、ちょっと危ないですよ」
私の歩く速度が速かったのか、彼女は少し遅れて追いついた。肩を叩いて、小声で私を引き戻そうとする。私は生徒たちが気づいていないのをいいことに彼女の制止を無視し、むしろ彼女にもキャンプファイヤーを見せた。
彼女たちは一点を見つけて動かない。私が脇を通り抜けても意に返さないほどだ。その様子は何かに魅了されていると言っていい。そして彼女が魅了されているものの正体が現れる。
「これ、は」
背後で彼女の絶句した声が聞こえる。私も彼女もそれを一目見て心を奪われた。
そこにいたのは磔にされた一人の生徒。その直下には炎が渦巻いており、炙られている。その生徒はうなだれており、ヘイローが消えていて意識がない。
私はその生徒に見覚えがあった。
牢の柵を介して短い会話をしたことを覚えている。トリニティの裏切り者になったと自白した少女は、今報いを受けている。集まった生徒は皆観客か。まるで魔女裁判のようだ。
彼女に出会ったのは牢獄以来だ。よもやこのようなかたちで再会するとは思わなかった。互いにすっかり変わり果ててしまった。私はヘイローを失い、血に塗れ、他人のヘイロー継承した。彼女もまたヘイローを失い、下半身を失っている。収まっていた臓器はダラリと垂れ、表面が焦げている。
「結局、貴公は魔女になってしまったか」
魔女、と言うにはあまりにも可憐な少女だった。目玉をくり抜かず、幻術を用いないただの少女だ。
背後で彼女がえづく声が聞こえた。振り返れば、彼女は跪いて嘔吐している。辺りに漂う匂いと目の前の光景が合致すれば、真人間であればこうなるのが正解だろう。
さて、炙られているミカも気になるが、私の視線はさらに後ろ、空高くそびえる時計塔の中央にしがみつく上位者に向けられた。
細長い体躯に七本の腕、特徴的なアーモンド型の頭からは毛とヒゲが生えている。アメンドーズは、三本の腕でしがみつき、残りの四本を所在なさげに揺らしていた。
少女が私の服裾を強く引っ張る。彼女は目を大きく見開き、涙を浮かべている。吐しゃ物がのこっている口は口角が下がり、震えている。呼吸も荒い、瞳が震えている。恐怖している。
何度も、何度も引っ張る。言葉は発しない。いや、発することができない。
原因は無惨な姿のミカか、アメンドーズか。ともかく、名残惜しいが、この場を離れるのが彼女のためだろう。
すると、不意に何かが落ちる音が聞こえた。それに合わせて薪が爆ぜる音も。それは火の中を転がり、私の下へやってきた。羽根の生えた卵、ヘイローが浮かんでいる。その羽根は、聖園ミカのものにそっくりだ。
これは彼女からの餞別だ。私は彼女に礼を言って懐へ収めた。
顔を伏せる少女の耳元で行こう、と囁く。私が手を出すと彼女も手を差し出す。私は彼女を引っ張ってその場を後にした。
群衆を抜け、その姿が見えなくなる頃、少女がようやく口を開いた。
「あ、あれ、なんで私の手を。ここは?」
彼女の言葉は、自身が何も覚えていないことを示している。無残な死体と上位者を視認してしまったがゆえの、防衛手段だろう。で、あればよい。ナビゲーターが壊れなくてよかった。
「追っ手に見つかりそうだったから、咄嗟に引っ張ってしまった」
私は適当に話を合わせた。
「そうですか。ありがとうございます。あ、でも、道を外れてしまいましたでしょうか」
「いや、一周回って元の場所に戻ってきた」
恐らく、彼女の記憶が消えているのは群衆を見つける直前だと思う。またここから目的地まで導いてくれるはずだ。
「分かりました。ではえっと……こっちですね」
明るい大通りを歩いたのは少しだけで、また暗い路地を歩き出した。両脇を高い建物に挟まれて、薄明るい赤い月の光すらそうそう届かない。彼女はスマホとにらめっこして、私が静かに彼女の後ろをついて行く。互いに会話は無く、遠くの銃声がまだ聞こえる。
目的地に近づくにつれ、辺りは目に見えて寂れていった。建物の密度は低くなり、その壁は放置されていたか、少なくともまともに手入れされた様子が無い。
そして死体が転がっている。獣と、正実の少女と、それ以外の少女。少女の比率が大きい。
角を曲がるたびに、あっちです、こっちです、と知らせていた彼女も、今は無言で、食い入るようにスマホを見つめて歩いている。目の前の惨状を決して見まいと、抗っているようだ。しかし、死体は、むしろ進むたびにその数を増やしている。
数少ない明かりも全て消えた。暗く赤い月の光の下では、黒い体毛の獣も、黒い制服の正実の少女も、赤黒い血で染まった制服の少女も、等しくシルエットと化す。
聖園ミカに対する彼女の態度を見れば、まだ死体に慣れていないのは察することができる。今の状況は彼女にとって救いかもしれない。
不意に彼女が立ち止まった。危うく彼女を押し倒しそうになる。
「つ、着きました。ここの、はずです」
彼女の向こうには円形の広場があった。真ん中に大きな噴水があれば、ここはきっと立派なシンボルになったに違いない。しかし、実際には、小屋よりも小さいドアだけの建物がぽつんと建っており、その周囲を、広く網状の柵で囲っている。
そして地面には、足の踏み場もないほどに死体が転がっている。一部は死体が積み重なり、山のようになっている。
「誰もいないな。護衛がいるはずだが」
私の疑問に彼女は何も言わない。顔を覗き込むと、前を見たまま、呆けている。瞳が揺れている。
おい、と肩を揺らすと、彼女は自我を取り戻したようにパッと私を見た。
「護衛は」
「い、いないみたいですね。恐らく全員──」
突然彼女は口を押さえ、腰を曲げた。想像したのだろう。獣たちに殺された少女たちの姿を。それと辺りに漂う腐臭と、羽音がそれを助長させた。
死体の上に吐きたく無かったのか、数秒右往左往したが、どこにも隙間は無い。結局獣の死体の上で決壊した。
スマホが汚れるのも厭わず、押さえた手の隙間からダラダラと糸を引きながら唾液と胃液と僅かな吐しゃ物が溢れ出る。もう出てくるものも何もあるまい。
彼女は一度では収まらなかった。二回、三回、上体が跳ね、彼女の腹が鳴り、彼女がえづく。そのたびに隙間から液体が溢れた。
中々彼女の嘔吐が収まらない。光景もそうだが、匂いが最たる原因だ。さすがにこの量と、放置されていたであろうことを踏まえれば私も眉をひそめる。
彼女は永遠に吐き続ける勢いだ。渋々私は一つの装束を取り出す。
狩人狩りの狩人、アイリーンが身につけていた装束、そのマスク。烏を模したそれは、ペスト医師のマスクに偶然にも似ていた。くちばしの先に詰めるものは何も無いが、マスクとして一定の効果があるだろう。
「ほら、これを貸す」
彼女は苦しみながら一瞥し、液体だらけの手で受け取ろうとしたので、私は手を引っ込めた。
「手と口は拭いてくれ」
マスクをつけ、ようやく彼女の嘔吐が止まった。
「どうだ。大丈夫そうか」
「はい。ありがとうございます」
彼女はくぐもった、少し疲れた声でそう言った。
「で、護衛はいないようだな。全員死んだか」
「恐らく、この様子だと」
彼女の動きが止まる。マスク越しにも顔色を悪くしているのが分かる。
「もういい。想像するな。頼むからその中で出さないでおくれよ」
「す、すみません」
夢に戻れば吐しゃ物も血も全て無くなるが、単純に気分が悪い。
囲っている柵は、丁度中央の建物の入り口が開いている。死体が埋まっていて閉まりようも無い。
死体の間を抜け、柵の内側に入った途端、視界の隅で何か動いた気がした。私はその違和感に立ち止まったので、彼女も気づいた。
「どうしました」
「何か動いた気がした」
彼女は、驚きの言葉を口にし、銃を構えた。怯えるように周囲を見ている。
私は動いた気がした部分を見つめていた。しかし、そこには周囲と変わらず死体があるだけで、何か潜んでいるようには見えなかった。
ただの空見だろうかと進もうとした瞬間、近くの死体の山、私が中止していた所とは違う場所から何かが飛び出した。
それは獣のような叫び声をあげながら、落ちてくる。私が一歩後ろへ下がれば、私と少女の間に立った。その両手には二丁の銃を持っており、どうやら最初の奇襲で私を地面に押し付けたかったらしい。
全く気づいていなかったキヴォトスの少女よりも、勘づいた異邦の私を狙ったのは、最後にのこった理性のためか。それとも私のほうが危険に見えた、というのは自惚れだろうか。
目の前に立つそれは辛うじて人であった。ボロボロの制服は、ただでさえ黒いはずなのに、数多の血を吸ったかのごとく僅かに赤みを増している。対照的に、制服から覗く肌には一切の傷が無い。
綺麗な肌には似つかわしくない立ち姿だった。前傾で、首だけを上げている。それでも俯角が足りず、私を睨んでいるよう。しかし、僅かに見える口は狂気的な笑みを浮かべている。人よりも獣に近かった。
そしてキヴォトスの生徒であることを示すヘイローから血のような液体が絶えず垂れ続けている。
腰から生えたそれは、恐らくトリニティの生徒のほとんどに見られる鳥の羽のような器官だ。しかし、羽というには羽根を落とし過ぎており、血によって固まっている。それは棘のついた鎖と形容するのが正しかった。それを鞭のようにしならせている。
彼女こそ、正実の本部で見た写真の人物、剣先ツルギに違いない。
ツルギは私を睨んだまま、しかし腕と羽根は、彼女の後ろにいた少女に向けられていた。呆けていたせいで反応が遅れた彼女は、いとも簡単に掴まれ、羽根を巻き付けられた。そして次の瞬間、力任せに私へ投げつけてきた。
飛んできた少女は、私の腕の中で固まっている。マスク越しに細かな表情は見られなかった。
私の意識が少女に向いている間に、ツルギは距離を詰めていた。二丁の銃が、私の右肩、私の腹と少女の脇腹の間に接地している。直後、強い熱と衝撃を感じた。ヘイローのおかげで死にはしないが、気絶しそうなほどの痛みが襲いかかる。
痛みに応えながら、力任せにツルギの腹を蹴り上げる。彼女は蹴られた勢いを流すように離れた。
少女を手放し、散弾銃と盾を手に取る。
死体の上に着地したツルギは、膝を曲げたまま、射撃体勢に入った。
盾に感じる複数の衝撃、彼女もまた散弾銃を使っているようだ。
ホシノよりも攻撃が激しい。彼女の戦術的な、相手の隙を逃さない戦い方に対して、ツルギは相手に無理矢理隙を作らせる戦い方だ。だが、作らせ方には知性のようなものを感じる。
途切れない攻撃を盾で受け続けているが、端ばかり撃ってくる。中央を狙われるよりも反動に耐えるために力を込めなければならない。
やがて私は銃弾を受け止めきれなくなり、盾を銃弾に押し退けられた。
無防備になった瞬間をツルギは決して見逃さなかった。眼前に迫った彼女に辛うじて右手の散弾銃を向けたが、彼女の左手の散弾銃によって跳ねのけられ、放った銃弾は彼女の後ろの死体に当たる。
ツルギは右手の銃を私の頭に近づけた。額に熱と衝撃が加わる。視界が急激に動き、ぼやける。痛みは早々に消えかかった。
倒れた衝撃で、一時的に視界が戻った。だが、体は思うように動かない。立ち上がるなど到底できないと体が訴えている。とどめを刺さんとツルギが二丁の銃口を向けた。私はおぼつかない右腕で、懐の鐘を探す。忸怩たる思いだが、ここで死ねばどこまで戻されるか分からない。もしかしたらD.U.のあの病院かもしれないのだ。
間に合わない、そう思っていたが、突如ツルギの前を閃光が何本か横切った。彼女が閃光の元へ首を向けるが、私にはできない。だが、時間を稼いでくれた。か細い音だったが、確かに鐘を鳴らすことができた。
「死んだか」
獣狩りの斧の狩人がのぞき込む。
「いや、気絶しているだけだな」
ノコギリ鉈の狩人が言う。
「死んでも気絶もしていない」
ホルスの狩人が反論した。
「していないが、体が動かない。起こしてくれないか」
「狩人が情けないな」
獣狩りの斧の狩人の助けを借りて起き上がる。まだ足取りがおぼつかないが、直に回復するはずだ。
「それで、時間を稼いでくれた要因は何かな」
「あれだよ」
獣狩りの斧の狩人が指さす先には、ツルギの攻撃から必死に逃げ回る少女の姿があった。
「ああ、彼女のおかげか。思いがけず助けられてしまった」
「こちらにヘイトを向けさせないと。やりにくい」
「そうだな、それでは諸君、始めようか。狩りの時間だ」
狂ったように走るツルギに向けて銃を撃ちながら近づく。当たったはずだが、微動だにしない。だが、興味を惹かせることができた。
逃げる相手よりも、まず向かってくる相手から。ツルギはブレーキをかけ、狩人たちと相対する。
突撃を敢行したのはほぼ同じタイミングだ。ただ、武器の性質上、ツルギが先に引き金を引く。
キヴォトスの銃の速度には慣れたと自負している。散弾であっても、銃口から出てすぐは単発の銃と変わらない。
獣狩りの斧の狩人と、ノコギリ鉈の狩人が左右に避ける。ホルスの狩人は盾を構えて受けた。
間合いから逃れた二人の狩人が、カウンター気味に斧と鉈を振り下ろしたが、ツルギは狩人を一瞥し、後ろへ飛んだ。鉈と斧は地面の死体に刺さる。
狩人のカウンターに、ツルギがまたカウンターのように飛び退けながら発砲する。残念ながら初見の技を、それもカウンターを躱せるほど狩人は直感を持ち合わせていない。それは直感に頼り過ぎず、論理に沿った結果を優先する人間の性の為かもしれない。ともかく、二人の狩人は悠長にも、ツルギの行動を観察し、その結果何が起こるのか、自分たちが何をすればいいのか思考したため、結論が出たころには体に穴が開いていた。
ヘイローの無い体はあまりにも脆く、キヴォトスに普及する銃はあまりにも強い。
ホルスの狩人から五歩先で二人の狩人が死んだ。
「だ、大丈夫ですか!?」
ツルギに追いかけられていた少女がホルスの狩人に向かって叫んだ。
「ああ、助かった」
「い、一体何が、あなたが二人……こ、この人は」
少女はメンシスの檻を被った狩人に怯えた目線を向ける。彼女から見れば、突然何もない所から現れたように見えるだろう。
「あれもまた狩人、私もまた狩人よ」
ホシノとの戦いでヘイローを得て、キヴォトスの生徒相手も慣れたものだと思っていたが、見立てが甘かった。
メンシスの狩人が両手を掲げる。無数の光弾が周りに発生し、その全てがツルギに向かって飛んでいく。
爆発のその先に、彼女の姿は無かった。死体も動いており、ちょうどその部分だけ地面が見えている。隣から「Oh Majestic!」とメンシスの狩人が恍惚とした表情をして両手を空に掲げていた。
彼方への呼びかけに、人を跡形も無く消し飛ばす破壊力は無い。キヴォトスの生徒であれば尚更だ。どこか逃げたか、と辺りを警戒していると、突然の殺気に思わず目を見開きながらその方向を向いた。
メンシスの狩人の側面から、まるで獲物に飛びつく獣のように、ツルギが死体の山から飛び出してきた。狩人がまさにその歯牙にかかろうというその瞬間、ツルギの視界一杯に、ミイラが現れる。その姿に一瞬、気を取られたようだが、次の瞬間には、そのミイラに弾き飛ばされている。
かっ飛ばされたツルギは死体の山に墜落した。しかし、すぐに飛びだした彼女の姿はまるで無傷だった。継ぎ接ぎの右腕で思い切り振りかぶったのだ。骨折ないし、せめて打撲が必須だし、それなりの高さから頭を下にして落ちた。無傷はあり得ないはずだ。
「一体何の冗談だ。あれで無傷なのか」
継ぎ接ぎの右腕の狩人も苦笑を浮かべている。
「気を付けたまえよ。ホシノとは違うが強いことに変わりはない」
ツルギは死体の山に姿を隠し、また奇襲を仕掛ける。今度はホルスの狩人を狙ったようだ。しかし、一度見れば対処はそう難しくはない。
奇襲が失敗したツルギは、そのまま追撃を仕掛ける。銃の間合いで戦うのはホルスの狩人にとって都合がいい。盾で防ぎながらこちらも銃で応戦する。
ホルスの狩人が一発撃つ間に彼女は二発撃つ。このままでは、また盾を引き剥がされるだろう。だが、そうならないために他の狩人がいる。
メンシスの狩人が、ツルギの背後からエーブリエタースの先触れを呼び出す。質量を持った触手が彼女のダウンを取る。そしてそのまま狩人が致命の一撃を与えた。
大量の血を噴出させ、臓物の一部を体外に露出させたツルギ、ホシノのように硬い何かに阻まれた感覚も無かった。確実に致命傷を与えたと確信した。しかし、次の瞬間、ツルギは何事も無かったかのように立ち上がった。その目には狂人的な殺意と愉悦が込められている。溢れた臓物はひとりでに体内に戻っていく。狩人たちが呆気に取られている間に、ツルギの体は完全に回復してしまった。
ツルギが絶叫する。人と獣が混じった声だ。
狩人たちは絶句するしかなかった。文句を言う気力も湧かない。
「あれが彼女の神秘です」
横から少女が口を挟む。怪我はしていないようだ。
「神秘……傷を治すのがか」
「はい。剣先ツルギは、他の人よりも治癒力が圧倒的に早いのです。ですが、流石にあそこまででは無かったはずですが」
「でたらめな」
ツルギは死体へ身を隠す。また奇襲を仕掛けてくるつもりだろう。三人の狩人と少女が互いの背中を預ける。
「どう動けば」
「状況に応じてだ。貴公は自分の身を守ることに注力すればよい」
ツルギは少女に向かって飛んできた。銃の間合い、少女とホルスの狩人が銃口を向ける。
数秒の撃ち合い、ツルギが着地した後、狩人たちは彼女を追いかける。ツルギはその様子を見て後方へ下がろうとするが、少女が銃弾で時間を稼ぐ。
側面に回ったメンシスの檻の狩人と継ぎ接ぎの腕の狩人が挟み込むように攻撃する。しかし、継ぎ接ぎの腕の叩きつけを腕で受け、エーブリエタースの先触れは腕と脇腹で挟み込んでしまった。
完璧な攻撃だと思っていたため、狩人と少女の追撃が遅れる。その隙にツルギは後ろへ飛んで逃げてしまった。
だが、ダメージはゼロではない。叩きつけの威力は生徒と言えど腕一本で完璧にささえられるものではない。ツルギの腕は関節がいくつか増えていた。あの傷を治される前に、追撃を行わなくてはならない。その焦りが油断を招いた。
位置が近かった継ぎ接ぎの腕の狩人と、メンシスの狩人が先に追撃を行う。特にメンシスの狩人は再び彼方への呼びかけを使用した。それを見たツルギがメンシスの狩人へ突撃した。
無数の光弾の隙間を縫い、無防備になったメンシスの狩人へ、近距離から散弾を二発撃つ。首と腹が消し飛び、メンシスの狩人は最期の叫びも上げられなかった。
狩人の凄惨な死を目撃してしまった少女は、絶句し、動けなくなった。
更に、継ぎ接ぎの腕の狩人の追撃を避け、また死体の中へ姿を消した。
「くそ、これではジリ貧だぞ」
継ぎ接ぎの腕の狩人がホルスの狩人と少女の下に戻る。
「おい、貴公、大丈夫か。動かないと死ぬぞ」
仕込み杖の狩人が、うずくまる彼女を半ば無理矢理に立たせる。
「だ、大丈夫です」
マスクの上から口を押さえる彼女は、足取りがおぼつかないが、狩人の支えが無くとも立てるほどには回復した。
ツルギの奇襲にも段々慣れてきた。結局は隠れて飛び込んで、また隠れての繰り返しだ。しかし、一方で狩人たちも決定打を得ることができない。ツルギの神秘もそうだが、獣並みの身体能力は狩人たちが踏み込む隙を与えず、無理に近づけば返り討ちに合う。
要は、地面に転がる大量の死体が原因なのだ。死体を全て失くせば、少なくとも奇襲はできなくなる。しかし、既存の方法に、大量の死体を消すものはない。だから未知の方法を使う。
ホルスの狩人は懐から卵を取り出す。聖園ミカが授けてくれた最期の贈り物だ。狩人はこれに望みを賭け、水銀弾とともに祈った。そして彼方への祈りの返事が、宇宙からやってくる。
星の呼び声
聖園ミカの最期の贈り物。
彼女の祈りは宇宙まで届く。故に返事も宇宙から届く。しかし、それは互いに一方的なコミュニケーションであり、交信ではない。