3BK_IF、Page of Lambdaの二次創作。原作第一話相当で、リゼ皇女が旅に出発するワンシーンだけ書いてみました。原作では親公認の修行旅ですが、ここでは別の解釈をとっています。

1 / 1
第二皇女の家出

 大事なのはカーテン選びだ。厚手の方がいい。その方が千切れにくいから。

 

 明晰な頭脳でそう判断すると、彼女は机の上に椅子を置いた。その上に登り、これぞというカーテンを次々に取り外していく。

錬金術の導力を用いた機械織の品ではない。この部屋にあるのはどれも昔ながらの手織り。様々な意匠を立体に描くため、繰り返し色糸を織り込んである。

 

 しかし今の彼女にとって、複雑な刺繍は強度と重さの目安に過ぎない。一渡しを織るのに百日はかかっただろう豪奢な織地を次々に引きはがす。

 

「ごめんなさい、作ってくれた人」

 

 誰にともなく謝ると、すらりと抜いた細剣で、カーテンを手頃な細さに割き、その端を固く結んで一本につなげていく。十分な長さができあがると、最後の先端に括りつけたのは銀の文鎮だ。獲物にむけて、今にも飛びかかろうとする雌獅子の形。

 

 文鎮を手頃な重りとして下に垂らすと、カーテンの一端をぐるぐると振り回す。巨人を撃たんとする古代の投石手のように、彼女は視線を獲物に定める。

 

 狙うは天井近くの大きな明かり窓。そこだけは格子が入っていないのだ。彼女の上背の三倍ほども上にあるそれを狙い、投擲。哀れな雌獅子が精巧な織地を引きながら空中を突進する。

 

 ガラスが砕け散り、破片が光を反射しながら窓の外に飛び散る。剣をはじめ武芸百般に熟達した彼女は、こんな芸当さえ正確にこなした。

 

 獲物を射抜いた銀獅子は、そのまま屋外を落下。高価な手織り生地が後に続き、三階分を落下して地面に達する。

 

 彼女は手元に残ったカーテンのもう一端を引いてみる。重い。このように長く垂れさがれば、先端の文鎮よりも織地の方がずっと重みがある。だが、全く引けないほどではない。微妙なところだった。

 

 しかしもはや、後には引けない。彼女は室内に残ったカーテンの一端を、この部屋で一番重いであろう机の脚に括りつける。

そして厚手の皮手袋を手にはめ、呼吸を整える。

 

 彼女は自分の計算を信じた。昨晩、カーテンの重さを計り、面積を計算し、地上まで垂れた分の総重量を求めたのだ。そして自分の体重と、腰に履いた剣、背に負った背嚢の重さの合計と比べた。

 

 大丈夫なはずだ。計算結果に従い、いくらかの荷物を諦めて背嚢を軽くした。これで正しいはずだ。

 

 彼女は信頼する友人の言葉を思い出した。何のためにやるのかさっぱり分からない計算問題に飽いた彼女を、赤髪の友人はこう諭した。

 

<数学は大事だよ。世界を理解する一番の道具だ。まず、手元にあるものを正しく理解するんだ。何か新しいことが分かるのは、その先だからね>

 

 今こそ、その先を見に行く時がきた。外へ。世界を正しく理解するために。

 

 彼女は息を吸い、窓から室内に垂れ下がった織布に沿って壁沿に向かって駆けた。跳躍し、机に乗り、さらに跳ぶ。カーテンを手繰り寄せながら、それを支えに壁面を軽やかに駆け上がる。屋外に垂れたカーテンが巻き上げられ、雌獅子の文鎮が急速に上へ引きあがる。

 

 屋外で雌獅子の文鎮が二階に達するよりも早く、室内では彼女が天窓に達し、窓枠にしがみついた。後は簡単だ。腕と背の力で自分を持ち上げ、天窓から外に出る。

 

 彼女の頬を風が撫でた。陽光があたると、彼女の白銀の髪は水色がかった輝きを返した。片手で髪を耳にかきあげると、彼女は割れた窓に向き直り、両手でカーテンを握った。

 

 煉瓦造りの壁を両足でけり、同時に手を軽く離す。適度な距離を落下すると、またカーテンを握って壁に足を着く。繰り返して、三階分の高さを器用に降りていく。

 

 まもなく地面というところで、机との結び目が耐えきれずに外れた。予想外の落下が始まる。

 

「しまっ…!」

 

 後頭部から地に落ちかける。しかし空中で身をひねって回転。足裏で着地し、そのまま後ろに転がるように太もも、背中と順に接地させ、衝撃を吸収すると、寝そべる形で止まった。

 

「あたた…」

 

 彼女はつぶやいて、痛む背をさすりながら立ち上がる。服についた土を払うと、また地面まで落ちてきたカーテンの一端を手繰り寄せる。

 

「ありがと、ジル」

 

 括りつけた雌獅子の文鎮を取り外し、背嚢にねじ込む。旅の御守りのつもりである。

 

 最後に、彼女は住み慣れた家を振り返った。城館は湖に面した丘の上にある。こう近くからでは、端まではとても見えない。皇族の住居であり、政治と外交の舞台となる宮殿でもある城館。国名と同じくヘルエスタの名を冠する王城である。その名は彼女の姓でもある。

 

 彼女は第二皇女として生を受けてから今までの十七年、武技の訓練や公務を除けば、この城館の敷地を出たことがほとんどない。城中でひたすら学び、鍛える日々。王と王妃に認められる立派な皇女になろうと、彼女は異常なほど精励してきた。文辞といい武技といい国の内外から集めた選りすぐりの師に就いて、いまや彼女は文武両道の誉れをほしいままにしている。あらゆる法律から国の古文書まで通暁し、剣をとれば近衛隊の精兵三人が相手でも悠々と倒せるほどだ。

 

 しかし、それだけでは駄目なのだと、かつて友人が教えてくれた。何年も前、背伸びすることしか知らなかった少女の頃に出会った獣人の友。彼女は別れ際に言った。

 

<お城に引きこもってなきゃ、また会えるかもしれんね――リゼはん>

 

 いくら強く賢くとも、いつか君臨するかもしれない自国の姿すら、自らの目と耳で十分に見たことがないのでは、何も知らない子どもだ。いま、この時までは。

 

 彼女は城館に背を向け、最初の一歩を踏み出した。眼下に広がる王都ヘルエスタの街並み。都だけあって、よく整備された石畳の道路が街を縦横に走っている。彼女は私室から道を眺めるのが好きだった。道は家もまばらな郊外へ、さらにその先まで続いている。

 

 あの先に何があるのか。実際の世界は、地図と本だけで得た知識とどう違うのか。

 

 胸がかつて感じたことのない高揚感に満ち、皇女は駆けだして丘を下った。

 

 

 

 その朝、姿を見せない皇女を迎えに私室に来た侍女は、机の上に置手紙をみつけた。立派な皇女となるために見聞修行の旅に出るのだと記されていた。

 

 宮中は一時騒然としたが、国王夫妻は落ち着いたものだった。直ちに示された叡慮は、皇女の自儘に任せるべしとのことであった。皇女の不在は伏せるものの、修行の旅として認めるとの御意に、廷臣たちは面を伏せて驚きを隠した。彼らが下がったあとで、白い鶏の姿をした侍従長が静々と進み出て、何事かを言上する。それを聞し召すと、夫妻は寂しげに瞳を交わした。

 

 皇女の家出旅はこうして始まった。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。