「少し寄りたいところがありますの」
トレーニング用品の買い出しも終わりトレセンに帰ろうかという時にジェンティルドンナがそう切り出した。
「今から? 門限は大丈夫?」
「問題ありませんわ。トレセン近くのカフェでしてよ?」
なら大丈夫か、とドンナの申し出を受けることにした。
「よろしくてよ」
ドンナも上機嫌だ。普段から立ち振舞には気をつけているようだけど、心なしか足元が軽い。
「う……」
そのカフェを前にして少したじろいた。ドンナが勧めるカフェだから落ち着いた雰囲気の純喫茶みたいなのを想像していたら、そこはウマ娘御用達の女の子向けのフルーツパーラーのようなカフェだ。店の入口に飾ってあるメニューボードの写真も、いかにもウマスタ映えしそうな彩り豊かなパフェで埋まっている。
窓から見える店内では、ウマ娘に混じってトレーナーらしき人の姿もチラホラ見えるから、トレセン御用達なのかもしれない。
「ご心配なく。ちゃんと普通のケーキもありましてよ? まあここに来る娘たちは皆パフェ目当てでしょうけど」
ドンナがいつもの笑顔で教えてくれる。躊躇ったのはメニューもあるけど、昔からこういう雰囲気の店は苦手なんよなあ。
そんなものは関係ないと言わんばかりにドンナはスタスタと入口をくぐる。慌てて追いかけると、彼女はすでに2人分の席を確保していた。
「何になさいます?」
「君から選んでいいよ」
「私はもう決めてますの」
「そう?」
ドンナはもう決まっていると言うのでメニューを開いた。表の看板通り、看板メニューはフルーツをこれでもかと乗せたフルーツパフェ。サイズもウマ娘向けなのかかなりのボリュームがある。さすがに食べきれないので普通のチーズケーキとコーヒーを頼むことしにた。
「あれ?」
メニューを捲っていくと、とあるページに目がいった。なるほど。トレーナーの姿も見えるわけだ。
「君が誘ったのもこれが理由?」
「はて? 何のことかしら?」
首を傾げてとぼけてみせる。あざとらしい仕草が白状しているものだ。思わず、ふふっと吹いてしまった。
「あら? レディを前にしてその笑い方は失礼ではなくて?」
「ごめんごめん。そろそろ頼もうか?」
「そうですわね」
テーブルのベルを鳴らすとすぐに店員さんが駆けつけてきた。
「ご注文をお伺いします」
「私は季節のフルーツパフェと紅茶をストレートで。それをーー」
「チーズケーキとコーヒーをブラックで。それを――」
2つの人差し指がメニューを叩く。
「カップル割でお願いいたしますわ」
「このペア割で」
「ご注文を繰り返し――え?」
「え?」
「え?」
ドンナの丸い目がこちらを見つめる。2人してもう一度メニューに目を落とすと、ドンナの指はハートの中に男女の絵が描かれた、デカデカとしたポップな文字でかかれた『カップル割』を指していた。対してこちらは、その横にこじんまりと書かれた『ペア割』。割日率もカップル割の方が少し高い。
「……なぜそちらを?」
ドンナがこちらを見据えたまま効いてくる。普段と同じ口調だが何だか圧を感じる。
「えっと……さすがにまだカップル割は早いかなと」
大人びてはいるがドンナはまだ学生だ。恋愛は早くから経験しておいたほうがいいかもしれないけど、今は大事な時。あまりそちら方面にかまけられても困る。なにより、相手がトレーナーではカップルというのもおかしな話だ。もしカップル割をするならもっと相応しい相手がいるはず。
そうドンナに伝えると、ドンナの目が明らかに険しくなった。
「……そう……」
「あの――ドンナ?」
目を伏せ思案するドンナ。何か怒らせることを言ってしまっただろうか。店員さんもただならぬ雰囲気にオロオロとしてしまっている――かと思いきや意外と平然としていた。
「アナタ――
「え? うん」
少なくともトレセンの新人トレーナーよりも相応しい相手はいるはずだ。
「そう……ふふふ。なら、よろしくてよ」
「うん?」
とたんに上機嫌になるドンナ。女心と秋の空とはよく言ったもので、本当に彼女の心理は予想がつきにくい。
「では
「かしこまりました。『ペア割』ですね」
なぜかドンナも店員さんもペア割を強調する。店員さんは注文を復唱すると、キッチンに伝えるために戻っていった。
わけが分からずドンナを見ると、彼女はまたふふっと笑い、
「お覚悟なさることね。この私を本気にさせたのだから」
とだけ宣告した。やはり次のレースで気合が入っているのだろう。こちらもトレーナーとして頑張らないと。
ジェンティルドンナのこの言葉の真意を身を以て知ることになろうとは、この時は知るよしもなかった。
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