カフェ・ブエラ   作:新良 貴

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カフェ・ブエラ 後半

 その日の朝は、いつもと変わりなく始まった。皮肉なことに、日本で仕事へ行くため起床していたのと同じ時刻に、旅行用の小型デジタル時計の電子音アラームが鳴り出す。スペイン語学校のレッスンへ行く時間だった。長年、世界中のバックパッカーの汗を吸い、身体の重みで圧し潰されペラペラになったマットレスから身を起こし、ベッドから滑らかなセメントの床へ足を付けると四歩進んで、黴の黒ずみが点在するビニール製のシャワーカーテンが垂れ下がっただけの入口から窮屈な浴室へ入る。

 まず目に入るのは白い便器と洗面台で、便器に座る時、いつも洗面台が邪魔になる。左側の壁の天井へ近い位置に細い水道管が水平に突き出ていて、先端に水流感知式の電気温水シャワーの小型機がビニール紐で何重にも縛り付けられている。のっぺりとした壁の中央に三叉のハンドルが付いていて、それを回すと、頭上から機械を通過したシャワーの水が降ってくる。朝起きたら、まずシャワーを浴びる。冷房のない熱帯の旅を続けるうちに、汗を洗い落とすために、朝と夜の二回、シャワーを浴びる習慣が付いてしまった。場所によっては、太陽が容赦なく照り付ける昼間、水のシャワーを浴びて沸騰しそうな頭と身体を冷ましていた。この国に限らないが、電圧が安定しないため、電気温水シャワーの湯加減は気紛れで、別の部屋でシャワーを使っていると、水加減も気紛れになる。シャワーを使うと、白い便器も洗面台もびしょ濡れになる。ぬめった浴室の床に水が当たってシャワーカーテンの外へ撥ね出て、部屋の床も濡らしてしまう。

 身体を拭いてTシャツとチノパンを身に付け、そろそろ靴底が破れそうな、一足しかない、長旅で酷使した日本製のスニーカーを履くと、筆記用具とノート、単語帳の入ったデイパックを肩に引っ掛け、部屋を出て――おっと、忘れ物――洗濯物の入った大きな白いビニール袋を持って……と思ったが、準備をしてなかったので洗濯物は翌日に出すことにして、部屋を出た。歴史ある町のラバンデリアは朝早くから開いていて、衣類の洗濯物は、近くのアメリカ系ハンバーガーチェーンか観光客向けカフェで慌しく朝食を食べた後、スペイン語学校へ行く途上にある個人店へ出していた。横長の店内には、コインランドリーのような乾燥機と洗濯機が何台かあり、無口で色黒の痩せた銀縁眼鏡のおばさんと十代の原住民系の従業員の女の子がいて、入口の近くに大型の計量器が、でんと置いてある。ラバンデリアのおばさんはいつも、むっつりとしたまま洗濯物の入ったビニール袋を受け取り、面白くなさそうに計量器のステンレスの平たい上皿へビニール袋を乗せ、丸い目盛り板の針の示す位置を見て、簡潔に料金を提示し、僕がお金を払うと、受け取り時刻を素っ気なく告げる。受け取り時刻は午後二時か三時のどちらかで、一度、立て込んでいたのか、四時だったことがある。朝は早いが、夕方には店が閉まる。最初はそのことを知らず、ゆったりと夕食前に洗濯物を取りに行ったら、もう閉まっていた。翌日には受け取れたが、それでおばさんの不興を買ってしまったのか、最後までずっと不愛想なままだった。滞在中の生活に大きく影響するランドリー・サービスは、利用者が皆、先進国の人間であったこともあって選別が厳しく、何事もサービスの質が非常に悪く、トラブルの絶えないこの国だが、粗悪な店は淘汰されてしまったらしく、トラブルは一度もなかった。

 部屋は安宿の三階にあった。一階へは階段を使って下りなければならないが、真っ直ぐ一気に一階まで下りられない。歴史ある町は法律で、二階より高い建物は新規に建設できないよう規制されている。それでこの安宿は、表通りから目立たないように、奥の方で三階部分を無理に増築していた。秘密に工事することまではできなかっただろうから、役人の黙認を取り付けていたのだろう。三階の取って付けたような、ちぐはぐな感じのする階段を下りると、昼間でも薄暗い二階の奥の角へ出た。そこから二階の通路を二度左へ曲がって、反対側の別の階段へ移動しなければならない。些細なことが素直にいかない。そのような出来事に遭遇する度に、この国らしいことだ、と思う。そういう訳で、部屋のドアが並ぶ二階の通路を、一階へ下りる階段に向かって歩いて行った。朝早いためか、まだ、しんと静かで人の気配がしない。

 臭いがした。とても厭な臭いだった。酵母発酵したはずの納豆が想定外に、更に進んで腐ってしまったような臭い――とでも言おうか、たんぱく質や肉の脂が野晒しで腐敗したような臭いだ。思わず足を止め、鼻を鳴らしながら巡らせて、臭いの源を探す。207号室のドアから臭いが漏れてきていた。外国人バックパッカーの長期滞在者が多いため、食料を買い込んで部屋で食事することは当たり前で、どれだけ費用を節約できるのかは知らないが、通路にべたっと座り込んでキャンプ用小型ガスコンロを使って調理する、ジーパンの白人の若い女の子を見たことがある。ルーズな人間は世界中のどこにでも存在していて、週単位とか月単位で前払いしているのだろうが、食べ掛けや調味料の付着した包装紙を放置したまま、泊まり掛けで数日、遠出していることも多い。それにしても、鼻の奥がおかしくなりそうな、ひどい臭いだ。一体、何日、部屋を空けているのだろうか? この国らしいことだ、と思って、僕は207号室の前を足早に通り過ぎた。

「ブエノス・ディアス」スペイン語テキストの一番最初に書かれているフレーズを使う。

 玄関を入った広間の奥にある古い木製デスクのフロント席から、受付のメスティーソの女の子も、「ブエノス・ディアス」と、幾分、感情に乏しい、機械的な感じで返事を返してくる。世界中からバックパッカーが集まる安宿なので、女の子はそれなりに英語ができる。僕の方の英語は恥ずかしい限りだ。それで僕はいつも、たどたどしい片言のスペイン語を使う。上手くできないのが当たり前で、劣等感を感じずに済むからだ。いつものように、その日の宿泊料を払った。僕はいつも宿泊料を日毎の当日払いにしていた。トラブルが起こって揉めてしまった時には、さっさと別の安宿へ替わるためだ。先の計画、展望よりも、その日、その場の対処。この国の長期滞在で身に付けた処世術――いや、これも、この国らしいこと、の一つだったのかもしれない。僕は受付の女の子が帳簿に記入し終わるのを、じっと待った。

「207号室から、とてもくさい臭いがする」

 スペイン語でそう言ったつもりだったが、女の子が怪訝な顔をして僕を見た。僕はスペイン語を頭の中で反芻してみて、間違いに気が付いた。「臭う」という動詞を一人称の語尾にしていて、これでは僕が臭いことになる。朝一番は不注意が多い。慌てて三人称で言い直す。

「毎日、掃除をして、綺麗にしているはずよ」

 女の子は即座に、そんなスペイン語で答えたが、僕はこの安宿がそんな上質なサービスを提供していないことを知っている。彼女も知っているはずで、余計な仕事が増えるのを嫌がっているのかもしれない。グアテマラ人は時々、こんな自分でも信じていない、虚勢を張ったような嘘を言う。さらに、受付の女の子は仕事に熱心なタイプではない。朝、寝惚けて、うっかり宿泊料を払い忘れたことがあった。そのまま忘れて、数日後に思い出して申し出たが、文句も言われなかった。女の子は淡々と帳簿へ記入しただけだった。払わなくても、気付かれなかったのではないか? 僕の方は、学習中のスペイン語をちょっと喋って見たかっただけで、「アシィ?」――そう? とだけ答え、女の子に背を向け、玄関へ歩き出した。

「おい、お前、ちょっと待て」

 そんなぶっきら棒なスペイン語的発音の英語で、広間の右側から呼び止める男の声がしたが、聞こえない振りをして通り過ぎようとした。

「待てよ! チーノ!」

 乱暴なスペイン語が広間に響いた。「チーノ」は本来、中国人という意味だが、この場合、東洋人一般へのスペイン語の蔑称であり、僕はムカッとして反射的に立ち止まってしまい、濃い眉毛、口と顎にざっくばらんな無精髭風に髭を蓄えた、薄茶色の顔を睨んだ。一階へ下りた時から気付いていたが、広間の横の壁に沿って三台の小テーブルと椅子が並んでいて、受付に近いテーブルへグアテマラ人の男が陣取り、階段から下りてきた僕をじろじろと無遠慮に見ていた。この安宿はガイドブックに掲載されていることもあって、世界中からバックパッカーが集まり、そんな溜まり場は大体、麻薬の売人も出入りしている。

「お前、オランダ人の女と知り合いか?」ダッチという英語でダッチ・ワイフを連想したが、オランダ人のことだと、辛うじて理解できた。「207号室のことを言っていたろう?」

「ノ・セ」

 何のことか分からない、という意味と、オランダ人女性のことを知らない、という両方の意味を込めて、まだ貧弱なスペイン語の必須フレーズで簡潔に答えた。男はしばらく、探るように僕の顔を眺め回してから、ふん、と鼻から息を噴いて、「行けよ」とスペイン語で吐き捨てるように言うと顔を背け、テーブルの椅子へふんぞり返るように座り直した。何か、文句か捨て台詞でも言い返してやりたかったが、英語もスペイン語も覚束ないことに歯噛みしながら、ただ睨むしかできなかった。男は立ち止まったままの僕を追い払うように、「ほら、行けよ。チーノ。出て行くところなんだろう」とスペイン語で捲し立てた。僕は憤然として、玄関へ向かって歩き出した。見え透いた嘘を吐く受付の女の子も、麻薬の売人らしい無礼な男も、この国らしいこと、だと思って、無理にでも納得するしかない。

 安宿を出た後は、いつも通りの日常が始まる。

 アメリカ系ハンバーガーチェーンで朝食を取る。そのハンバーガーチェーンは日本には店舗がない――一度、東京へ進出したが撤退したのだったか? 入口に立つショットガンを持った警備員へ、「ブエノス・ディアス」と挨拶すると、警備員はお愛想で頷くと同時に、欠伸をした。

 慌しく朝食を終えると、早足でスペイン語学校へ急ぎ、イングリッドとのレッスン。レッスンの途中、何が切っ掛けだったのか、イングリッドが思い出し笑いをしながら、先日見た出来事を話し出した。イングリッドが中央公園を歩いていると、近くにいた家族連れの母親が、あらぬ方向へ駆け出した幼い男の子を、「『ピピート』、駄目、こっちよ!」と公園中に響く大声で呼び止め、それを耳にしたグアテマラ人が皆一斉に爆笑し、母親はなぜ笑われているのか分からず戸惑っていたそうだ。

「ホンジュラスの人だったんじゃないかしら。でも、ふふっ、『ピピート』なんて――」イングリッドはそこでまた笑い、「グアテマラ人は絶対使わない言葉だわ」と付け加えた。

 僕には笑いのポイントが分からず、機械的に相槌を打っただけだった。ずっと後になって、周辺国への旅を繰り返し、隣り合っているメキシコやエルサルバドルやホンジュラスであっても、微妙にスペイン語の発音や日常の言葉遣いがそれぞれ違っていることに気が付いた。『ピピート』というのは、俗語の「オシッコ」を意味する単語に、小さい、かわいい、というニュアンスを持たせるための語尾-itoを付けた男性名詞形の用語なのだろう。「オシッコちゃん」とでも解すればいいのか? まあ、確かに下品というか、的確に幼い子供の特徴を言い表しているが、歴史ある町には似合わない用語ではある。

 レッスンを終えると、昼食はいつも通り安食堂でプラト・ティピコ。その日は銀行へ行かなければならなかった。財布には、昨晩用意していた百ドルのトラベラーズチェックが一枚入っている。グアテマラ通貨ケツァルの手持ちが少なくなっていた。その当時のグアテマラでは銀行口座を持つことはまだ一般的ではなく、アメリカのように小切手での換金が主流だったようで、給料日にはどの銀行も長蛇の列ができていた。イングリッド達、学校のマエストロは毎週木曜日の帰り際に現金で受け取って、嬉々として学校から早足で帰宅していった。一度にまとまった金額を両替したくても、銀行では一日百ドルまでしか両替してくれない。はっきりした理由は不明だが、外国人観光客が強盗に襲われるのを防ぐため、と誰かが言っていた。ATMもあるが、引き出す毎に高い手数料を取られるし、しょっちゅうシステムダウンしていた。当然、銀行の入り口にもショットガンを持った警備員が立っている。銀行の場合は、店内の窓口にもショットガンを持った警備員が立っている。コカコーラやペプシの配送トラックにも、なぜかショットガンを持った警備員が付き添っている。この国らしいことに、ショットガンの暴発事故が多かった。

 銀行を出ると、その日やるべきことはなくなった。一時間ほど、ぼうっと中央公園で日光浴する。穏やかな陽の光が、まるで春の陽気のように気持ち良い。熱帯の国なのに標高が高いので過ごし易い。ハシゴダカのタカハシ君は、まだ歴史ある町には来ていない。たっぷりと自由な時間があっても、やるべきことがない。日本で仕事をしていた時に憧れた自由を満喫しているのではあるが、何かに縛られていた方が楽に思える時がある。自分で予定を無理に作り出さなくても、手帳の予定表やカレンダーを見れば、困ることはないのだから。

 平日のため水を噴き上げないコロニアル様式の噴水を見飽きて、ベンチから腰を上げた。取り敢えずメルカードを冷やかしに行くことにする。メルカードではコーラだけ飲んで、夕食をする時間まで、まだ四時間近くあった。部屋へ戻ろうかと思ったが、今朝の売人の男のことを思い出し、できるだけ遅くまで帰らないことにした。歴史ある町の中心部から離れて、何かありそうな方角へ歩き出す。当てもなく歩き回った。歩き疲れた頃に、由緒ありそうなコロニアル様式の建物の前を通り掛かり、ちょっと格式の高そうなカフェを見つけた。日本では意識したことはないが、外国の高級ホテルとか高級レストランのような場所は、お金を充分持っていてもバックパッカーのみすぼらしい服装だと追い出される、と聞いたことがあった。とにかく暇だった。悪戯っぽい、怖いもの見たさのような感覚で入ってみた。追い出されはしなかったが、落ち着いた紺色のワンピースに白いエプロンを着けたメイドがいて、白いテーブルクロスが敷かれた丸テーブルへ案内された。陶器ポット入りコーヒーをお代わりしながら、田舎者の好奇心丸出しで、内装と平均年齢の高いメイド達を観察し、日本では一度も見たことのないCNNの国際ニュースを、言葉が分からないのに飽きずに見続けた。

 夕食には、ラテン中華を食べた。入口の上には、漢字で『長城』と書かれた薄汚れた看板があり、店内の色褪せて薄い灰色になった壁にはビールのポスターが素っ気なく貼ってあるだけで、使い込まれたテーブルと椅子の金属脚には錆が目立っていた。ラテンアメリカには、ずっと昔から中国移民が多いらしく、歴史ある町には僕が知っているだけで、三軒の庶民的な古い中華料理屋があった。中南米の旅先でも、町と呼べる規模の場所には必ず一軒はあるようで、現地で調達できない中華食材と調味料は様々なもので代替され、地球の反対側で、あらぬ方向へ発展を遂げていた。僕は勝手に総称して、ラテン中華と呼んでいた。全体的に甘めの中華らしくない味付けだが、値段の割に量が多いので、グアテマラ人にも好まれていた。

 板に浅い窪みのある老朽化したテーブルに座って料理を待つ間、ぼんやりと拳銃男のことを思い出し、マフィアの運び屋だったのか、左翼のゲリラだったのか、それにしては、なぜローカルバスに乗り込んだりなんかして僕の横に座ったのか、答えが出せないまま、すぐ料理が運ばれてきて、料理へ手を付け始めた頃に、「ほら、これ見てみな。この子達、犯されちまったんだぜ」という日本語と共に、そのラテン中華料理屋で顔見知りになった日本人の男が、寝癖のように乱れた長髪と着古したアディダスの黒Tシャツに、いつものゴムサンダルを履き、新聞紙を僕の方へ掲げながらテーブルの横にいつの間にか立っていて、おそらく僕が背中を向けている後方の出入口で目聡く僕を見つけて真っ直ぐ来たのだろうが、テーブルの上へ新聞紙を投げ置いて、金属脚の粗末な椅子の床を擦る耳障りな音を立ててテーブルの向かい側へ座り、大声で、チャオ・ミン! コーラ! と奥の椅子へ座り込んでいる中国系のお婆さんへ、顔を向けることなく注文し、僕の食べていたペスカード・フリト・ア・ラ・サルサ・デュルセの付け合わせの小皿に乗っていた小振りの食パンの一切れへ手を伸ばすと、「貰うよ」と言うや、返事を待たずに口へ持っていった。もう二年近く、歴史ある町にいると言っていた。もちろん滞在期限があるから、一時的にメキシコや周辺国へ出るということで、ラテンアメリカで英語での意思疎通ができないのは、日本人の英語能力が低いためだけではなく、話し掛けた相手が英語を理解できなければ、大学を含めておよそ十年に及ぶ英語教育が全く意味をなさないという現実――単純な真理――を僕に教え、本腰を入れてスペイン語を学ぶ気にさせたのは、その男だった。

 テーブルの上の半折りの新聞の一面の大半が、暗がりでいきなりフラッシュを焚いて背景が暗くぼやけた反面、被写体の人物達が明るくはっきり写った写真で占められていた。アルファベットの新聞の大見出しを読んでみたが、「バス」、「攻撃」、「合衆国」くらいしか理解できず、テーブルの向かいで、指で摘まんだ角しか残ってない食パンを右手に持った、四、五歳年上の男――アディダスの黒のTシャツが似合わないといつも思っていたが、口に出したことはない――の顔を見た。その男は食パンの最後の切れ端を口に入れると、くちゃくちゃと口を動かしながら、カルロから聞いたんだがな、と話し始め、アメリカからボランティア活動に来た女子大学のチャーターバスが夜間移動中に強盗に襲われたことを、僕に教えた。ストローの挿し込まれた瓶のコカコーラを原住民系の年配のウェイトレスがテーブルまで持って来て、男は一口で半分まで吸った。これもカルロが教えてくれたんだがな、と男は前屈みに顔を突き出してきて、にっと笑い――カルロは、その男が常宿にしていたファミリアの高校生の息子ではなかったか? ――強盗達がバスの外に女子大生全員を整列させて、それぞれ好みの女の子を草叢の中へ一人一人連れ込んでいったことを興奮気味に語ると、軽く唾を呑み込み、「ほら」と新聞の写真に写った、まだ若い女の子達を指で横に撫でながら、カルロに聞いて買いに飛んでったんだ、と言った。

 紙面に大きく印刷されたカラー写真は、長椅子に座っているところを左横から撮影したらしく、上半身を寄せて連なって座る三人の顔が、フラッシュの光で明るく光るようにアップになって写っていた。一番手前の女の子は赤いそばかすのある白人の女の子で、カメラの方へ不意打ちで写真を撮られたことに狼狽えた顔を向け、その右隣の黒人系の女の子は頬杖をして両手で顔を覆っていたのか、両手を顔から少し離した状態で何が起こったのか分からず、焦点の定まらない目で振り向こうとしたところで、一番奥のブルネットの長髪で顎が少しふくよかな女の子は鷲鼻を真横にして、外界へ無関心な風で背凭れへ力なく寄り掛かり、上方を虚ろに見上げていて、僕は強姦された女の子というのを初めて見て、同情とも怒りとも違う、不明瞭な感情のまま写真から目を離せずにいて、「警察か病院で撮った写真だろうな」という男の声が聞こえ、顔を上げると、「前にも言ったろう。大抵は警察もグルなんだ」と男は面白そうに僕を斜めに見ていて、僕がどう反応するか観察されていたことが分かり、「バスの全員まで、強姦する時間がなかったんでしょうね!」と腹立ち紛れに考えなく咄嗟に喚いて、頭の中に留めておくべき下劣な連想を口にしてしまい、「ん? 何か分からんが、面白れぇこと言うなあ」と男は笑った――警察署の傍に必ず教会があるという、秘密の地下道の話は、この男から聞いたのだったか? ――

「アメリカから、いらん事しに来るから、こうなるんだよな。ここの奴らは皆、アメリカに反感持ってるんだから」

 そう男が言うのを無視して、ペスカード・フリトの身をナイフで切り、フォークで口へ運びながら僕の目はまた自然と新聞の写真へと向いていき、とろみのあるソースの掛かった魚のフライは砂糖菓子のような強烈な甘さで、魚を食べている食味を感じられず、もはやオリジナルの中華料理が何だったのか言い当てることもできず、その間も男は話し続けていて、「強盗ってもな、軍人崩れか左翼ゲリラ崩れの仕業だぜ。エルサル街道っていう、道路以外何もない場所だからな。別名、バス強盗通り、って俺が名付けたんだけど、しょっちゅうやられてるのさ。そこを、日程の都合もあるだろうけど夜に走るなんて、襲って下さいって言ってるようなもんじゃないか」と笑いながら、また食パンへ手を伸ばした。僕が付け合わせの食パンを食べないことを知っているからだ。ラテン中華はどの国でも料理には必ず、日本の定食のライスのように、手の平サイズのぱさぱさした食パンのスライスが二枚付いてくる。

「日本の国際援助資金で日本のゼネコンが請け負って、ジャングルのような何もない所へ道路を真っ直ぐ通しちまったから、人が住んでなくて町もないし、無防備なんだよ。でもさ、すげぇ綺麗で滑らかな、いい道路だよ。俺も初めて通ったときは感動したよ。さすが日本製――」

 その後は、もう何度も聞かされた、その男の旅の体験談やこの国の現地事情で、男は僕のような初心者の日本人バックパッカーを掴まえては、語り慣れた話題を孤独な老人のように一心に繰り返し語り続ける。どこまでが事実なのか、どこからが男の誇張と妄想なのか、全く分からないまま丸呑みして聞くしかなく、チャオ・ミンが付け合わせの食パンの小皿と共に運ばれてきて、男は油とソースが絡んでてかてかと光る麺を、スパゲティのようにフォークでくるっと巻き付け、口へ運ぶと、ずずっ、と音を立てて一気に麺を啜り込んで口をいっぱいに膨らませ、苦そうなソースの匂いが漂ってきた。大量の油とサルサ・ソヤという大豆ソース――原料は同じだが間違っても醤油ではなく、ソース――で炒めた麺には、見た目にしかオリジナルの面影が残っていない。僕は見てはいけないと思いながらも、何度目か、また新聞紙の写真へ目を向けてしまい、「しかしまあ、アメリカ人だとしても、強姦された女の子の写真をこんな、でかでかと載せるなんてなあ。全国版の高級紙だぜ。プライバシーも何もないよな」という男の声を耳で聞いた。

 そのまま何本か、ビールを付き合った。グアテマラのビールは『ガヨ』という名で、イングリッドが言っていた血族がオーナーらしい。ラベルには軍鶏に似た、気の荒そうな鶏が印刷されていた。

 安宿へ戻った時には、夜の九時を過ぎていた。

「ブエナス・ノーチェス」とレッスン初日に習ったスペイン語を使ってみたが、一階広間の木製デスクのフロント席の女の子から返事は返ってこず、僕を待ち構えていたかのように、わっと、すごい剣幕のスペイン語で喋り出す。僕は受付の女の子の甲高いスペイン語と予想もしない勢いに気圧され、フロントの前で、しばらく棒立ちになる。

「あんたが殺したんでしょ!」僕が何も理解できないで戸惑っているのに業を煮やしたのか、女の子が英語で言う。

 何のことだか分からず、僕は、にへら、と反射的に微笑んで、女の子は更に逆上し、感情が昂ってスペイン語訛りが強くなった英語で、「あんたが、あんなこと言ったから大変な目に遭ったわ。207号室、何て言うから!」と怒鳴って、その直後に、咽喉を嗄らしたように咳き込んだ。女の子は咽喉を押さえながら呼吸を落ち着かせてから、黙って立っている僕を呪うような目で見て、イングリッドのレッスンと同じ、まるで子供へ教え諭すような、なぜか片言の英語になって、肩を怒らせた大袈裟なジェスチャーを交えて話し出した。

 僕が理解した限りでは、女の子は僕がフロントから去った後、僕と売人の髭の男が言及していたこともあって、207号室が気になったらしい。帳簿を見て、この数日、宿泊料が支払われていないことに気付き、時間を見て、二階の部屋へ行った。当然、異臭がする。ドアを叩いても返事はない。

「――警察が来て、死体を運び出して、私は警官に小突かれて……ひどい目に遭ったのよ! だから、謝んなさいよ」

 なぜ僕がその事件へ関係付けられているのか分からず、顔面麻痺したみたいに作り笑いを浮かべるしかない。

「あんたが最初に見つけたんだから、あんたの所為でしょ!」

 木製デスクで椅子から半立ちになったグアテマラ人の女の子は、とても苛ついているように見えた。

「本当に、あんたが殺したんじゃないのね?」

 女の子は、じっと僕を睨む。僕は女の子の鳶色の瞳を見つめる。碌に反論できないと分かっている日本人の僕へ、多少の人種偏見も含めて怒りをぶつけ、鬱憤を晴らしたようだ。この国らしいこと、ではある。

「今度から気を付けなさい。きっと仕返しされるわよ」

 女の子はおそらくそんなことを、ジェスチャー付きのスペイン語で言うと、冷笑を浮かべ、やっと僕の部屋の鍵を渡してくれた。

 朝とは逆の方向で、207号室の前を通った。天井の電灯が弱々しい黄色い光線で不安気に通路を照らし、もう異臭はせず、消毒液とは違う、洗剤に似た化学薬品の臭いがした。

 アルコールの酔いもあって、すぐに寝入った僕は夢を見た。夢の始めの方は、その日、思い出すことのなかった少し前の記憶だった。一階広間で僕を呼び止めた売人の男、それと、売人の男よりずっと背が高く大柄な白人の若い女性。二人は中央公園の芝生の上でぴったり寄り添い、肩を抱き合って座っていた――先月、この二人を何度か見掛けていたのだ。白人女性は百九十センチを優に越えていて、力比べをしても僕は勝てないだろうが、スタイルは若い女性のそれで、Tシャツの形の良い胸の膨らみ、ジーパンの腰のくびれには、充分、性的魅力があった。女性は時々、売人の男の腰を抱え込むように抱いてキスをして、何かをねだるように男の尻を撫で回し、売人の男はにやにやと、焦らすような笑顔を浮かべた。歴史ある町では――男性優位なラテンアメリカでも――奇異な光景だった。そして、公園の左の方から、濃いチョコレート色の顔をした、カジュアルだが、こざっぱりした富裕層らしい若者――カピタルから来たのだろう――が二人の所へ真っ直ぐ近付いて行って、売人の男へ顔見知りのような気軽な挨拶をすると、そのまま馴れ馴れしく話し掛け続け、売人の男は迷惑そうな顔をしながらも相手をしていたが、不意に胸ポケットから何か、巻き煙草のような小さく細長いものを取り出して手渡すと、追い払うような仕草をした。しかし、若者は男の意図に反して、巻き煙草を口に咥えて、すぐ火を付け、その場で芝生の上に寝転がって空を見ながら、煙を上へ漂わせ、程なく、意識を失ったのか、腕を広げて大の字になり、何か譫言のような言葉を何度か発した。さすがに売人の男と白人の若い女性は周りを気にし出し、二人で若者を立ち上がらせると、両側から肩を貸して、公園からどこかへ連れ去っていった。

 その光景の後はずっと、もやもやとしていて、部屋の暗闇の中で薄く目が開いた時は、夢を見続けていた感覚だけがあって、その光景以外のことは思い出せなかった。放心状態のような虚ろな意識のまま、部屋の薄明りの中で目が慣れ始め、天井の高さが何となく把握できるようになり、寝返りを打とうとしたが、動かない。もう一度試すが、やはり身体が反応しない。生れて初めてのことに驚き、指先さえ動かせないまま、動揺した。何か、部屋の中に気配のようなものを感じた。次第に気配が大きく重くなって、何かが上から、何も見えないのに下りて来て、僕の身体の上で横へ広がる。見えない何かのイメージが、視覚を伴わない意識の中で少しずつ具体化していって、大柄な身体、白い肌、くびれた腰――あのオランダ人の女性――裸で僕の上に覆い被さって、両腕を押さえ付けてくる。女性の顔は暗闇に混じって良く見えない。僕の目の前には豊満な胸があり、そこには、「bitch」と刻まれている。なぜ僕のところへ現れる? 僕には訳が分からない。話が出来過ぎている。絶対、夢に違いない。女性は僕へ裸身を密着させるように、身体をずらしていく。僕はずっとなされるがまま。僕は金縛り状態で、身悶えしながら懇願した。やめてくれ、人違いだ、僕がやったんじゃない、頼むから成仏してくれ。これが受付の女の子が言っていた「仕返し」なのか? 理不尽過ぎる。この国らしいこと、では納得できない――

 

 ポサダ・レフヒオ――実際のところ、彼はメルカードの行き帰りに、その安宿を外から眺めていただけで、建物の中へ入ったことはなく、旅行者からの噂でしか知らない。レフヒオは世界中のバックパッカーが集まっていた安宿だが、彼はそこで起こったという多種多様な事件――外国人旅行者同士の刃傷沙汰から、白人女性だけを狙った猟奇殺人(全裸にされて、白い肌にはナイフで赤く血の滲んだ文字が刻まれていたという)、麻薬の過剰摂取で死亡して腐るまで誰も気付かなかった、等――沢山の怪しい噂があり、彼は歴史ある町へ到着してバスを降りた途端、スペイン語学校の客引きに捉まって、そのまま客引きに案内された別の安宿にしか宿泊せず、怖いもの見たさはあったものの勇気はなく、噂から作り上げたイメージと断片的な記憶、彼の旅の実体験を綯い交ぜにして、どんどん変な方向へと、空想が取り留めなく動いていってしまった。猟奇殺人は、『Sexo Libre』紙の得意分野で、特集記事でも組みそうだが、三度目の周辺国へ旅に出る前には、もう、あの新聞売りの少年をパルケでは見掛けることはなくなっていて、『Sexo Libre』紙は廃刊になっていたのかもしれない――彼は一購読者として、表現の自由の灯が消えたことを残念に思う――

 彼が三度目の旅に出たのは、イングリッドのためだった。正確に言えば、イングリッドとのレッスンの話題作りのためで、スペイン語の文法は男性名詞・女性名詞の存在を除けば英語とほとんど同じな上に、日常用語を既に習得済みの彼は、専門的な語学教育技術を持たないイングリッドには手に負えない厄介者だと気付いたのだ。それ以前にも、レッスンがずっと思うようにいかないことがあって、自分がイングリッドの重荷になっているような気がして、しばらくマエストロを交替しようか? と訊くと、イングリッドが強く否定したので、その時は杞憂だと彼は思った。周辺国の旅から歴史ある町へ戻ってしばらくは、「今回はどこへ行ってきたの?」、「面白い経験はあった?」という簡単な質問だけで、彼を喋り続けさせ、イングリッドは楽にレッスンをすることができた。スペイン語学校のマエストロの給料は出来高制なので、担当する生徒がいないと収入にならず、旅行者は入って来ては、すぐに去って行くばかりで、先進国の休暇期間が終わり生徒が少なくなると、数週間ずっとレッスンがないマエストロもいた。長期でレッスンする彼は、イングリッドにとって収入面で有り難い存在ではあって、安定した仕事とレッスンの内容をどうするかというジレンマで板挟みになっていたのだと、彼は思った。ハシゴダカのタカハシ君は歴史ある町から旅へ出て、心を開いて話し合える相手のいない、ぽっかりと空いた無為な時間――現在という空虚を痛切に感じるようになり、意味もなく延命することだけが目的になった高齢老人のように、とにかく旅へ出れば、移動すること、それ自体が目的となってくれて、イングリッドのことにも、あれこれ思い悩まずに済んだ。

 偶然のことながら、旅へ出発した次の日、日本製のスニーカーはついに破れ、彼はサンサルバドルの靴のメルカードで駱駝色の革製のシューズを買った。防水加工がなく、雨が降った時の吸水性が抜群なのを除けば、とても品質の良いシューズで、彼はインドでも履き続け、タイのバンコクで遂に破れてしまった。

 陸路での移動は、もう慣れたものだった。彼はバスを乗り継いでパナマまで移動し、南米のコロンビアへは空路を使った。その区間だけは道路が通じていなかったからだ。最初から南米へ空路で飛べば良かったのだが、グアテマラからの直行便がないとか、どの国も入国条件が出国予定を証明する出国便チケットを義務付けていて、中米ではまだ格安航空券が一般的でなく、往復チケットを購入すると高額になるとか、歴史ある町の旅行代理店を巡って検討した挙句、陸路を使った方が宿泊料や食事を考えてもずっと安い、という結論に至った。時間だけは無料で、豊富にあった。熱帯の生暖かい空気を顔に受けながらローカルバスを乗り継いで、また何度か国境を越えていった。

 ニカラグアのローカルバスでは夕方の帰宅ラッシュと重なり、ずっと満員状態が続いて、黄色い塗装のままのアメリカ製スクールバスの子供二人サイズの狭い座席は、どれも三人座る状態で、ニカラグア人は平均的に小柄な大人が多いとは言っても、日本人とそれほど体格に差がない大人が身体を押し付け合い、同じバスへ乗り合わせただけの赤の他人とべったり密着することに躊躇は感じないようで、乗客は随時入れ替わってはいたが、当たり前のように三人掛けするのは変わらず、外国人を避けるとか遠慮するという気配はなくて、彼はバスの右側座席の窓側へ押し付けられたまま、重いバックパックを膝の上に置き、汗を滲ませながら窮屈に座り続けた。彼の隣には先刻から、襟付きの白い半袖ブラウスと膝丈の紺色スカートの制服を着た女子中学生が座っていた。身体がぴったりくっ付いて、お互いに体温と身体の弾力を生々しく感じ合い、女の子は隣から濃いチョコレート色の顔の遠慮がちな目で、ちらちらと彼を見ていて、ぱちぱちと瞬きする大きな白い眼が印象的だった。彼も良識ある日本人を自認する大人として、セクハラに近い状態を何とかしたいとは思ったが、窓側へ三人掛けで押し付けられて、身動ぎも難しく、そもそも先に座席に居たのは彼であって、わざわざ隣へ座ったのは女の子の方で、ぎゅうぎゅう三人掛けをして鮨詰めになるのはニカラグアだからで、彼にはどうしようもないことだった。仕方なく彼は、罪悪感を持ちながらも中学生の女の子の視線には気付かない振りをして、正面に抱いたバックパックの濃いネイビーブルーを見つめながら黙っていることにした。

「ジャパニーズ?」隣の女の子が遠慮がちな細い声で彼に訊いた。

 彼は犯罪者のようにびくっとして、左にいる女の子のチョコレート色の顔の大きな白い眼へ顔を向けると、「シィ。ソイ・ハポネス」というスペイン語が口を突いて出た。女の子は口を開けて彼を見つめると、「あなたは、学校の先生なんですか?」とスペイン語で言った。彼は変な質問だと思ったが、即座に、「ノ」と首を横に振り、「ポルケ?」と逆に訊いた。

「スペイン語を話せるから……」

「旅行しているだけ。スペイン語を勉強したんだ」

 何とか彼にも熟せるレベルのスペイン語に留めるため、彼は複雑な会話にならないよう、簡潔に短く答えた。イングリッドとのレッスンで楽をするために身に付けた技術だった。

「私の学校に、日本人の先生がいるんです」

 その日本人は、ニカラグアの中学校でコンピューターを教えているという。

「日本の支援活動(? スペイン語の単語が理解できなかったが、文脈から推測した)で、ニカラグアに来ているんです。週に三回授業をしています」

 海外での支援活動の隊員を日本で募集しているのを彼はテレビで見たことがあり、その活動なのだろう、と彼は考えた。十分程度、会話をしたところで、女の子はバスを降りていった。もう夕方の遅い時間で、ライトが必要になりだしていた。

「アディオス。良い旅をしてください」

 女の子は座席の中央で立ち上がると、そう言って、左隣に座る乗客と座席の隙間を細い身体ですり抜けて通路へ出ていき、彼が女の子へ、アディオス、と別れの言葉を掛けると、女の子は少し振りむいて控えめな笑顔を見せながら、乗客がぎっしり立ち並ぶ通路の後方へ向かい、人混みの中へ紛れていった。

 スペイン語を学んで本当に良かったな、という心暖かな感慨に彼が浸っている間にも、すかさず同じ座席の通路側に座っていた五十過ぎのおばさんが座席の中央へ寄って、通路に立っていた乗客が座席の端へ座り、彼はまた窓側の壁へ押し付けられてしまった。おばさんと身体がぴったりくっ付き、おばさんは更に、必要以上に身体を彼へ押し付けてきて、窓側へ押し付けられた彼の肩へ側面の金具の突起が食い込んで軽い痛みを感じ、どこかヒンヤリとしたおばさんの体温と弾力のないダレた身体の感触が、先刻まで感じていた女の子の体温と若々しい肌の感触を上書きしていく。おばさんがずっと探るように、彼と女の子の様子を見ていたのは知っていた。外国人への反感は珍しくなく、外国人の男が年端のいかない女の子と馴れ馴れしく会話しているのを快く思っていないのでは、と思っていた。彼はずっと紳士的に振舞っていたはずで何ら非難されるべきことはなく、隣の着古したワンピースのおばさんの薄茶色の顔を、目を細くして睨んだ。すると、おばさんは彼の顔を覗き込むように顔を近付け、ぱちぱちと目配せをして、薄ら笑いのような少し下品な笑顔を作り、話し掛けてきた。

「ジャパニーズ?」

 彼は嫌々ながら頷いた。

「そうかい、そうだと思った。さっきから見ていたけど、スペイン語ができるんだろう?」おばさんは薄茶色の顔に、今度ははっきりと媚びを含んだ笑みを浮かべ、「あたしはさ、内戦があった頃、日本人の恋人がいたんだよ……日本から支援活動で、ニカラグアに来てたのさ……キョウコっていう名前だった」などと抑揚のない口調で長々と、彼が理解できたことを要約すればそんなことを、おばさんはニカラグア訛りのスペイン語で語った。

「キョウコ? キョウコというのは女性の名前だ」

 おばさんの話を遮りながら、彼は強い口調で矛盾をスペイン語で指摘した。

「あたし達は愛し合っていたんだ。キョウコもあたしに優しくしてくれた」と、おばさんは声のトーンを上げて、彼よりも声を大きくし、「あんたも日本人なんだから――あんたもあたしに優しくして欲しいね」と、おそらくそんなことをスペイン語で言って、猫が飼い主へ身体を擦り付けて甘えるように、腕と肩を意味有り気に揺すって、彼へ何度も合図を送ってきた。座席から逃げることのできない彼は、暗闇が深くなっていく窓の外の風景へ目を向けて黙っていた。

 一時間近く経って、やっと終着点の町のバス広場に到着した。内戦で荒廃したまま復興が進んでないらしいその町は、街灯がほとんどなく、もう外は漆黒の闇に覆われていた。乗客達は火事から避難するような勢いでバスから降りていったが、おばさんだけは彼の隣で重い岩のように動かなかった。バス広場に電灯は一つもなく、バスのヘッドライトと車内灯の届く範囲だけが視界の全てで、広場には他にバスはなく、幾つかの人影がバスから離れて行きながら暗闇の中へ溶け込んでいき、舗装されていないバス広場の砂地には、午前中に激しく降ったスコールの水溜まりがまだ多く残っていて、バスから放射される光を反射していた。車内には彼とおばさんだけが残ったまま、しばらく時間が過ぎ、運転席からバスの運転手が、バスから降りるよう強く促し、おばさんは彼のすぐ間近まで顔を近付けて彼の目を覗き込もうとし、しばらくじっと彼を見つめてから溜息を漏らし、やっと座席から立ち上がった。

 中米でコスタリカだけは、どす黒い排気ガスを吐き出す払い下げのアメリカ製スクールバスが見当たらなかった。もしかしたら、低開発の沿岸部では運行していたかもしれない。首都から発着する、幹線道路で長距離を走る韓国製かヨーロッパ製のバスは、熱帯気候対応型の強力なエアコンを装備し、初めてコスタリカに行った時はコスタリカ人の乗客達が皆、薄手の毛布を持ち込んでいて、何のためか不思議に思ったが、バスが発車してから理由が分かった。素肌にTシャツ一枚の彼は寒さで震え、頭痛までしてきて凍え死ぬかと思った。

 前回は首都のサンホセにしばらく滞在したが、ラテンアメリカなのに白人ばかりで、異質な感じがした。幼い子供が彼を指差して、チーノ、と馬鹿にしてくるのは他の国でもあることだが、将来の白人至上主義者の萌芽を見るようで嫌な気持ちになった。首都中心部の整備された広場の前へ通り掛かった時、広場の入口にX線検査機が設置され厳しい警備が敷かれていた。広場の入口に掲げられた横断幕と入口脇の立て看板には、スペイン語と英語が併記されていて、なぜかその時クリントン大統領がコスタリカに居て、間もなく広場で演説することを知った。白人ばかりの聴衆が次々と入場して行くのをしばらく眺めていたが、特に彼の興味を惹かなかったので、予定通り、貴重な古代マヤ文明の遺物が収められた博物館へ向かった。またある時は、彼が公園のベンチに座って休んでいると、口に丸いおしゃぶりを咥えた赤子を乗せたベビーカーを押す白人の背の高い女性が英語でにこやかに話し掛けて来て、アメリカ系の新興宗教へ勧誘された。

 今回はサンホセでバスを乗り換えしただけで、即時にパナマへ向かい、アップダウンの多いコスタリカの山間部を走った。快適なハイウェイが突然、途中で終わり、道路の両端の舗装が地震で崩れたかのようにギザギザになって、路面上の陥没が放置されたままという状態が延々と続き、外を歩いているのが、いつの間にか黒人ばかりになっていた。少し前にスコールが降ったようで、道路の陥没は大小さまざまな水溜まりになっていて、バスは大きな穴は迂回し、小さい穴はそのまま進んで車体が大きく揺れた。バスから窓の外を見ていると、黒人の子供や女性がスコップを持って、道路の水溜まりの穴を砂で埋める作業をしていて、道路の先では住民達がロープを張って、通行する車を通せんぼしていた。右車線と左車線で一台一台停車させ、太った短パンの若い黒人女性が運転席へ顔を突っ込んで喋っている姿が窓から見えた。彼が乗車していたバスも停められて、バスの運転手が窓越しにチップを手渡すと、女性の合図でロープが地面へ下げられた。

 コロンビアでは、空からデッキブラシが降ってきた。昔、学校でトイレのタイルをごしごし擦っていたのと同じ、柄の長い、太くて固い毛の付いた木製のやつだった。

 当時のコロンビアは反政府ゲリラの活動に勢いがあり、一部地域を完全支配し、麻薬組織も跋扈していて、初めて南米へ旅した時はかなりの警戒感を持ってコロンビアへ入国したが、拍子抜けするほど安全だった。強盗やスリが多いと言われた首都ボゴタの旧市街は、石を投げれば当たるほど、警察官で溢れていた。日本人宿のオーナーの話では、ちょうど一週間前に旧市街で爆弾テロがあり、警察官が警戒のため大動員されているとのことだった。しかし、ただ角に立っているだけか、うろうろ歩き回っているだけに見えて、テロ対策になっているとは思えなかったが、そのお陰で強盗やスリは旧市街には近付かず、夜も安全に一人歩きができた。一般のコロンビア人は親切で愛想が良く、昔は麻薬カルテルの根拠地の一つと言われていたメデジンは、南国の花々が映える近代的な都市だった。ラテンアメリカでは珍しく、先進国と同レベルの市内電車が運行されていた。見知らぬ東洋人が躓いて転ぶと、傍にいた通行人が心配そうに声を掛けてくれた。貧困が蔓延する国々で見られるような、殺伐とした雰囲気はなかった。麻薬カルテルと公権力が結託した結果としての平和かもしれないが、安全とは状況によって変化する相対的なものだと、彼は初めて認識した。彼が二度目に訪れたボゴタは日常を取り戻していて、旧市街の大通りでは大道芸が盛んで、繁華街に人が溢れて活気があった反面、縄張りの取り決めでもあったのか、ほとんど一ブロック毎に、スリ集団と偽警官に付き纏われ、夜の一人歩きもできなくなった。

 コロンビアからベネズエラへ向かう途中にある経由地として地名と交通と安宿の情報が二ページ分、ガイドブックに辛うじて掲載されていた地方都市で一泊しようとした。安宿の三階建ての建物と内庭が、槍のように先端の尖った高い鉄柵で囲まれていて、やはり先端の尖った高い鉄格子のような門の扉を開いて彼は内庭へ入り、ずっしりとベルトが肩へ喰い込んだバックパックを担ぎ直した時、何気なく目を上へ向けると、薄く雲が掛かった広々とした空があって、長い棒のような物が、スローモーションのような緩慢な回転をしながら、空から降ってくるのが見え、何が何だか分からないまま、長い棒の一部分が彼の頭に当たり、柄の長い、太くて固い毛の付いた木製のデッキブラシが地面へ落ちて、壊れもせず小さく跳ねるように地面を転がった。彼は頭を摩りながら空を見上げたが、ただ虚空があるだけで、何が起こったのか示すようなものはなかった。安宿の建物の方から、女性の嗄れた声が聞こえた。古い木造の横長の建物の二階の大きな窓が一つ開いていて、長髪ブロンドの半分以上が白髪になった白人の痩せた皺顔の女性が窓枠を掴んで、目を剥いて上から、呪いを唱えるような独特のイントネーションで彼へ言葉を投げ付けていて、彼は大学時代ドイツ語を学んでいて、ゲルマン系の言語ではないかと思ったが、何を言っているのかは、さっぱり分からなかった。

 何が何だか分からない状態のまま、彼が頭に手をやり、内庭でバックパックを背負って二階を見上げながら立っていると、安宿の開いたままの玄関から、オーナーらしいメスティーソのコロンビア人の男性が出て来て、彼に近付きつつ建物を見上げ、二階へ向かって強い口調のスペイン語で怒鳴った。皺顔の白人女性は険を含んだ表情をすると、にべもなく顔を引っ込め、窓を閉めた。オーナーは苦り切った顔をして、デッキブラシを拾うと彼を手招きし、玄関へ連れていった。受付デスクが玄関を入ってすぐ右側にあり、若いメスティーソの女性が座っていて、少し先の左側に階段があり、奥行きのない行き止まりになった壁にドアがあった。オーナーは、彼を玄関にあった椅子へ座らせた。あれは一体何だったんだ? と彼は訊いたが、日本語だったので通じなかった。オーナーと受付の若い女性は言葉が通じないと思ったようで、彼を扱いあぐねたように、じっと見た。彼は気持ちを落ち着かせてから、スペイン語で改めて、彼女は誰なのか? と訊いた。その時、階段から、ベージュのタンクトップに足首まで丈のあるレースのスカートという、ヨーロッパ人女性が暑い観光地でよく着ているカジュアルな夏着で、あの皺顔の白人女性が駆け下りて来て、オーナーと彼が呼び止める暇もなく、階段を駆け下りた勢いのまま早足で受付デスクの前を風のように通り抜け、皆が呆気に取られている間に内庭を通って、半分開いたままの門扉を擦り抜けるようにして外へ出て行った。

 何があった、とオーナーがスペイン語で彼に訊いた。彼はデッキブラシというスペイン語を知らなかったので、オーナーが壁に立て掛けていた現物を指差し、それが空から降ってきた、とスペイン語で言ったが、オーナーが共感を示してくれず不思議そうな顔をしたので、彼は少し考えてから、頭に当たった、と簡潔に付け加えた。オーナーはやっと彼に同情を示し、二階の窓にいた女性が廊下にあったデッキブラシ(? 文脈からの彼の推測)を投げたんだろう、と大袈裟な身振り手振りを使って言い、スペイン語が通じることに安心して口が緩んだのか、君を狙って正確に当てたのならすごいことだ、よく当てたものだ、みたいな余計なことまで言って、どこから来たのか、やはりベネズエラへ行くのか、と、『事件』と関係ない彼のことを質問し出し、その合間に時々、頭を指差して、「ケ・マーロ」とか、彼女は悪い人間だ、とか言って、饒舌になった。その間に、受付の若い女性が行き止まりの壁のドアを開けて中へ入って行き、しばらくして氷の小さな塊を素手で剥き出しのまま持ってきて――頭にたんこぶを作ったのはいつ以来だろうか? ――特に必要なかったが断るわけにもいかず、冷たい氷を素手で受け取って、頭に付ける格好だけした。指先が冷たかったが、熱帯の気温で氷は溶けていって、水滴が指を伝って手に流れていくのを感じた。オーナーによると、あの白人女性はドイツ人で、もう二週間もここに居て、夜中に奇声を上げたり、物を投げたり、問題ばかり起こす、と、自分の所為でないことを強調する言い訳のようにも思える愚痴を彼に言った。

 彼がそうやって玄関で話をしながら十分もしない内に、白人女性が戻って来て、玄関を走って通り抜けようとしたが、オーナーが呼び止め――というか、無視して階段を上がろうとするのを無理矢理押し留め、英語で、なぜデッキブラシ(「ブラッシュ」と言っていたので合っているだろう)を投げたのか? と強い口調で問い、彼に当たった、と言って、彼を指差したので、彼は便乗して自分の頭のたんこぶを指し示した。近くで見ると、白人女性の白髪の多い長髪は櫛を入れてないのか、ちりちりに乱れていて、皺顔には口紅さえ付けず唇がかさかさで、身体はまだ三十代のように背筋が伸びていたが、顔は老女のようだった。ベージュのタンクトップは色褪せていて、足首まで丈のあるレースのスカートもかなり着古していた。白人女性は口を窄め、汚いものを見るように目を細めて彼を見てから、タバコが無くなったから買いに行っただけ、と何でもないことのように英語でオーナーへ言った。まさかタバコ切れで不機嫌になって、見も知らぬ東洋人へ八つ当たりしたとでもいうのか、と彼は内心、かっとした。しかし、オーナーが、ドイツ大使館へ連絡する、と言った途端、白人女性はしどろもどろになり、彼に英語で何度も謝り出したが、猫を被った演技が見え透いていて、彼は首を横へ振って、謝罪の受け入れを拒否した。

 そこから長々と、彼と白人女性の謝罪と拒否のやり取りが玄関で続いて、オーナーが根負けし、次にまた問題を起こしたら追い出すということで、彼の同意を得ずに妥協した。それを聞いた白人女性は何事もなかったかのように、さっと身を翻して階段を上っていき、オーナーは彼に、部屋は空いているけど、泊まるのかい? とスペイン語で声を掛けた。彼は、あんな女の居る所に泊まるわけがない、という短絡的な思考で、「ノー」と唾を飛ばして言った。オーナーは黙り、彼も次に言うべきことがなくなってしまい、階段を見たり、玄関の外を見たり、若い女性を見て、目が合って、反射的に微笑んだりしたが、オーナーが首を傾げて、宿泊しないのなら、もういいじゃないか、というような表情で、にこっと微笑み、彼はどこか納得がいかず、少し思案してみたが、結局、立ち上がって、床へ下ろしていたバックパックを持ち上げて背負い、玄関から出て行くしかなかった。鉄格子の門を閉める時、追い出されたような感じが、どうにも気に食わず、安宿の建物の二階へ向かって、誰にも理解されない日本語で呪詛を吐いた。

 前回の南米の旅では、勉強中ということもあって彼はスペイン語に妙な拘り――スペイン語を上達して歴史ある町へ帰る、という使命感のような気分――があって、ブラジルはポルトガル語だという単純な理由で避け、太平洋側のエクアドル、ペルー、チリだけで引き返していたが、今回は同じルートを使わず、大西洋側を南下することにしていた。

 ベネズエラの国境からブラジルのマナウスまで、行き掛かり上、同じ国境越えのバスで同乗したイスラエル人バックパッカーの若い男と、旅の道連れとなった。辺境の小さなバス停留所の待合室に、バックパッカーが他に居なかったという単純な理由だろうが、イスラエル人の若い男の方から、英語が不得意な上に生来無口な彼へ、何度も積極的に話し掛けてきて、ベネズエラ通貨のボリバールをブラジル通貨のレアル(ブラジルでの発音は「ヘアウ」だった)へ交換した時の両替率が悪かった、と両替商の強欲に怒りが治まらぬようで罵詈雑言を並べ彼に共感を求めたり、コロンビアは安かったのに、似たようなレベルのベネズエラの物価が高いことに不平を言ったり、アメリカのパスポートを持つ二重国籍で、「僕はスパイなんだせ」と面白くもない冗談を言ったりした。入国審査の時に、係官へパスポートを二冊出して同じ冗談を言って、後ろで待っていた彼の方へ、どうだ、という得意満面の顔を向け、ブラジル人の係官は頭のおかしい人間を見る目をしただけで、淡々と事務手続きを行った。

 イスラエル人の若い男の言葉を信じるならば、盗難による不正使用の補償があって再発行のできるクレジットカードだけしか所持しておらず、ATMでキャッシングサービスを利用して現金はほとんど持ち歩かないとのことで、更に、そのイスラエル人の若い男の見解によれば、トラベラーズチェックとか現金は強盗に襲われたら全て奪われてしまうが、クレジットカードなら電話対応もしてくれるし、何かあっても安心で損をしないとのことで、君もそうすれば良かったんだ、とバスの中で、旅の上級者っぽい口調で自信満々に断言し、全て英語だったが、上から見下すような感じは充分伝わってきて、彼はただ黙って聞き流していたが、ブラジルの国境の田舎町にはATMがなかったため、現金を現地通貨でキャッシングするサービスが使えず、次の町にATMはあったが、歴史ある町と同じくシステム上の問題か、単純に現金を補充してないためか、とにかくキャッシングができず、食事をしようにも、高級レストランがあるならともかく、アマゾンの田舎の庶民的な食堂ではクレジットカードに対応しているはずもなく――いや、探せばクレジットカードを使える店はあったかもしれないが、そのイスラエル人の若い男はお金を使うことに極度に神経質だったので、値段の高い店へは決して入らなかっただろう――国境越えのバスへ乗る前に両替した僅かな現金しかないイスラエル人の若い男を見捨てるわけにもいかず、彼は自分から申し出て、お金を貸すことになり、何日も後になってから返してはくれたが、その間、その流れで、そのイスラエル人と意に反して相部屋をすることになってしまった。

 当時のブラジル政府は、一レアル=一ドルの金融通貨政策を行い、自国通貨の価値を高く見せ掛けていて、イスラエル人の若い男は、ブラジルは有り得ないほど高い、狂っている、と買い物や食事の度に不満を彼に表明し、アマゾンの田舎町でのことだが、散々探し回っても銀行や両替商が見当たらず、通り掛かりの人に彼がスペイン語をポルトガル語風にして(基本単語は発音が違う程度だった)尋ねると、そこのスーパーで両替ができる、と通り掛かりの人が指差して、ポルトガル語で教えてくれ、彼がレジの女性へ、両替をしたい、と恐る恐る簡潔に伝えると、スーパーの女性店主を呼んで来て、イスラエル人の若い男は自分は両替しないのに彼の前に出て、ドル現金の両替率を確認し、それは悪すぎる、もっと適性なレートにしろ、と強い口調で勝手に交渉し始め、十分以上、彼は一歩下がって眺めていたが、話が長くなりそうなので遮って、当面必要になる五十ドルだけ両替した。イスラエル人の若い男は彼に何度も、そんな馬鹿なビジネスをするもんじゃない、というようなことを説教口調の英語で言ったが、彼の暗算では損失があったとしても二百円程度で、日本の一番安いハンバーガー一個程度の損失に過ぎない金額で時間を浪費することに意味を見出だせず、しかもイスラエル人の若い男の食事代と宿泊費も彼が貸していたから、手持ちのレアル現金の減りも二倍で、次の日の食事代も怪しい状態だということを、イスラエル人の若い男は認識していないようで、しかも、スーパーの女性店主がにこやかに、彼等へミニカップのコーヒーを振舞ってくれて、コーヒーが水みたいに安いのか、その後もアマゾン川流域では川渡りの待合小屋などで、何度かミニカップのコーヒーを振舞ってもらえることがあり、彼は、いい加減だが人見知りしないブラジル人に好感を持ち、日本人的に、いつか何かの形で恩返しできればいいな、とか考え、旅をする内に、空想的に移住を考えるくらい、ブラジルが好きになっていったのだが、女性店主の両替レートにさんざん文句を言っていたイスラエル人の若い男は、無料でコーヒーが飲めたことを、信じられない幸運だ、とただひたすら現実的に喜んでいた。イスラエル人の若い男はマナウスの町から物価の安いペルーへアマゾン川を遡ってブラジルを脱出していき、彼はアマゾン川を下って南下し、イスラエル人の若い男のクレジットカードに対する信念は変わったように見えなかったが、やっと別れることができた。イスラエル人の若い男が言っていたように、全てをクレジットカードで賄って、現金を所持してないなら盗まれようはないのだが、空腹で泣き続ける赤子のミルク代を稼ぐために仕事をする貧困国の強盗は、強盗対象の所持金が五十ドルにも満たない場合、稼ぎが少ないことに怒り狂って相手を殺す、という話を彼はさんざん聞かされ、強盗へ差し出すために五十ドルの現金を常に携帯して、強盗に遭ったら人助けをしたと思って諦めろ、とアドバイスを受けていた。まるで命よりお金が大事でもあるかのようなイスラエル人の若い男を、彼は複雑な気持ちで見ていて、文化の違い、生活する社会環境の違い、関心のあり方の違い――複合的な要因が重なった結果、彼は心底うんざりし、知らず知らずユダヤ人全般への偏見を持つようになって、もしかしたら別れるぎりぎりのタイミングまで返済を故意に遅らせていたのかもしれない、と日本に帰国して何年も後になってから疑いを持ってしまうほどだった。

 彼はアマゾン川を、年季の入った大型船のデッキでブラジル人と身を寄せ合うようにハンモックで宙に寝そべって下っていった後、ブラジルの大西洋側を南下していったが、南半球は冬の季節に入っており、既に季節感を失って久しい彼は、そういうことを一切考慮せず南米へ旅に出ていて、サンパウロでどうにも肌寒くなって風邪を引き、南米が寒いのはおかしい、理不尽だ、という思いが強くなり、内陸部のイグアスの滝からパラグアイへ出て、そこから歴史ある町へ戻ることにした。パラグアイの首都アスンシオンの日系人経営の旅行代理店で、パラグアイからは中米への航空便がほとんどないことが分かり、手前のコロンビアへも月二便しかなく、日本の一流製鉄会社の現地駐在員としてやって来て、パラグアイ女性と結婚して移住したという日本人の中年男性社員が、パラグアイについての世間話と自分の身の上話を彼に日本語で嬉しそうに話しながら、ラテンアメリカ的に時間を掛けて色々調べてくれて、ペルーの首都リマからなら、中米を経由してアメリカまで行く航空便があることを突き止めてくれた。アンデス山脈を高山病に苦しみながらオンボロバスで命懸けの山越えをするつもりは毛頭なく、素直に飛行機を使ってアスンシオンからリマへ移動し、アスンシオンの旅行代理店の情報通り、コロンビア、コスタリカ、メキシコを経由しながら、アメリカのダラスまで行く航空便を見つけることができた。

 チケットを購入した三日後の午後、天井が高く横長の広々とした、リマの空港の出発便の搭乗待合のフロアで、彼はダラス行きが接続する搭乗ゲートへの待合場所になっているベンチに座っていた。その時間帯に他の出発便がないのか、待合のフロアは閑散としていて、ペルー人やラテンアメリカ系は一人も見当たらず、彼がダラス行きの搭乗ゲートへ来た時、ゲート近くには手荷物や空港内で買った免税品を足元へ置いたアメリカ人らしい白人系の人々が十人ほど群れて、立ったまま英語でお喋りをしていた。横一面が窓ガラスになったフロアの外には、まだ搭乗便の機体はなく、ゲート入口横にある搭乗受付カウンターにもスタッフの姿はなく、カバーが掛けられていた。アメリカ人のグループは列を作って順番に並んでいる様子ではなく、彼がずっと親しんでいるラテンアメリカとは違う、馴染みのないアメリカ合衆国的雰囲気を強く放射していて、近くに居辛い、異文化の落ち着かない居心地の悪さを避けて、ベンチを何列も並べた待合場所の、搭乗ゲートから一番遠い列の左端の座席へ、彼は座った。

 搭乗開始予定時刻まで、まだ四十分はあった。ベンチは肘掛けのない背凭れと座面が一人分ずつ分割されて、二十程の座席が連なった橙色の固いプラスチック製だった。グループ客に配慮してか、列が交互に向かい合わせになるように向きが変えられていた。彼が座る座席にも、向かい合わせになったベンチにも、彼の周囲に誰もいなかった。バックパックをチェックインカウンターへ預けていた彼は、貴重品の入ったナップサックだけで身軽になっていて、さわさわとした英語の声に、時折り甲高い笑い声が唐突に入ってくるお喋りを耳にしながら、コロンビアまでとコスタリカまでの所要時間をそれぞれ計算したり、コスタリカへの到着は深夜の予定なので、早朝のバスが動き出す時刻まで空港内で快適に休めるか心配したり、搭乗便の出発地がチリのサンチアゴだから、アメリカと南米の太平洋側を往復する定期便なのではないか、と根拠もなく推測したり、終点のダラスという都市名を耳にした時、彼はなぜだか、その南部の都市名に覚えがあり、どこで知ったのか思い出そうとしたが、結局、何も思い付くことはなく、天井と壁が接続する角の辺りを見上げて、有用な結論を得ることのない考え事をした。落ち着いたベージュ色を基調としたフロアの中で、色際立つ群青色の何かが目の端に入り、彼が左端に座っているベンチの列の反対側へ目を向けると、背は高くないが手足が異様に太く、完全直立歩行のゴリラとでもいった、横幅と厚みのある体形の二人の白人男性がベンチ列の角を曲がって来るところで、ベンチとベンチの間の通路を、合成皮革張りで小さな日除けの付いた群青色の派手なカートを押しながら、彼の方へ近付いて来た。二人はそれぞれ色違いの洒落た襟付きの柄シャツとスラックスを着ていて、三十代半ばくらいに見えた。唇の下へ縦に細く口髭を残しブロンドの顎髭と繋がった白人男性がカートを押し、金属フレームの眼鏡を掛けた顔の大きい熊のような黒髪の白人男性が後ろに付いて、ベンチの間をずんずんと進んで来て、群青色の派手な日除け付きカートの中には、白い帽子を被って黄色のベビー服を着た男の子らしい乳児が寝そべって、時々、両手足を動かした。二人は移動揺り籠のような群青色のベビーカーを先頭に、彼のすぐ手前までやって来ると、ベンチの左端に座る彼の洗い古したTシャツの『American Graffiti』というロゴへ目を留め、ちょっと奇異な、困ったものを見てしまったかのように目を細めて二人で顔を見合わせた後、向かいのベンチへ隣り合って座り、ペルー人サイズの座席から太い腰と足がはみ出て、日除け付きの群青色のベビーカーを自分達のすぐ傍へ太い腕で引き寄せた。ベビーカーの水平シートに寝そべった乳児は生まれて三、四ヵ月くらい、きょろきょろと動く目の白さが際立つ、濃い茶色の顔をした典型的なペルーのメスティーソで、二人の男性のどちらかの血を引いているようには見えなかった。ブロンドの顎髭の白人男性が太い腕でベビーカーを前後に動かし、金属フレームの眼鏡の白人男性は何度か、小瓶から小匙のスプーンで飴のようにとろっとした半液体状のものを乳児の口へ持っていって含ませ、ベビーカーの中を覗き込んで乳児へ英語の甘い声で囁き掛け、一度、ベビーカーから抱き上げて、ゴリラのようにごつい身体の二人が、乳児の頬へ交互にキスをした。アメリカでは金銭を払って貧困国の幼児を引き取ることや、ゲイのカップルが養子を取ることとか、ニュースやドラマ等で知識として知ってはいて、彼にとっては現実感の伴わない別世界の出来事だったはずが、いきなり目の前へ強引に割り込んできて、準備もなく無防備だった彼に否定しようもなくあからさまな現実として突き付けられ、何をどう考えていいのか、彼の思考は迷路へ迷い込んだように混乱した。

 彼は向かいのベンチのゴリラのような白人男性二人と群青色の派手なベビーカーから目を離せずにいたが、彼の視界の奥の搭乗ゲートの方から、金髪ショートカットの背の高い白人女性が長いベンチ列の右端の角へ、様子を窺い窺い、何気なさを装いながら少しずつ移動しているのに彼は気が付き、少しくすんだようなベージュ色のブラウスと同じ系統色の裾広がりの長スカートで、やはりアメリカ人に見えた。搭乗ゲート前でお喋りしていたグループの中にいたのかもしれない。女性はたまたま通り掛かったという何気なさを装い、どこか別のものを見ている風に視線を宙に泳がせてはいたが、ちらちら二人とベビーカーへ目を向けながら、ベンチとベンチの間の通路を静かに歩いて来て、やはり何気ない感じで彼と座席二つ分空けた場所へ腰掛け、がらがらのベンチに彼の周囲だけ、思い掛けず局所的な密集地帯ができた。金髪ショートカットの白人女性は、しばらく向かいのゴリラ体形の白人男性二人と群青色のベビーカーの濃い茶色のメスティーソの乳児の様子を観察した後、旅先で彼がよく耳にしたアメリカ式社交辞令の初対面の挨拶で二人へ話し掛け、同じ航空便に乗るのか、行き先、住んでいる町のことなど一連の会話を交わしながら、頻りに乳児を、可愛い、と褒め、何気なく乳児のことへ話題を切り替えていった。彼は中途半端にしか英語を理解できなかったが、二人のごつい白人男性達は視線をベビーカーの乳児へ向けたまま、白人女性の言葉を受け流すような感じで答えながら、ずっと白い眼を動かす濃いチョコレート色の乳児へ笑い掛けていた。金髪ショートカットの白人女性はベビーカーを押すゴリラのような二人を見掛けて、ちょっとした好奇心を満たしたかっただけのようで、会話が途切れて続かなくなると、席を立って戻っていった。

 彼の性癖と言ってもいいが、実際に見たはずの世界的な有名観光地のことは、もはや思い出すのも難しいのに、人が聞いて喜ぶような劇的なことが何もない、こういった出来事だけは時間が経っても細部まで思い出せる。彼自身が現実に体験したことだという強いリアリティがあるからだろうか? メスティーソの乳児は男の子で、ゲイのカップルに育てられると、やはりホモセクシャルになるのか、それとも普通に女性を好きになるのか、品のないことを、時々、彼が考えてしまう切っ掛けになった。ゲートへ接続した航空機はアメリカの大手エアライン・アライアンスのコードシェアでの共同運航らしく、購入したチケットの航空会社とは違うアメリカの航空会社の機体へ搭乗したのを彼は鮮明に憶えている。

 彼と同じ航空機から一緒に降りた乗客は二十人程で、コスタリカ時間では日付が変わるまで、まだ十数分あって、静まり返った空港内に、彼と降機した人々のリズムの揃わない床を踏む固い靴音と、さらさらとした衣擦れの音だけが寂しく響き、男性と女性の制服の係官が暇そうに待っていた入国審査のカウンターで、それぞれの歩幅と速度で形成されていた間延びしたばらばらの人波が、そのままの順番で列に変わって、彼は自然と列の中央辺りに並ぶことになり、順調に列は進んで、彼はパスポートをカウンターへ差し出したが、コスタリカの空港の入国審査の女性係官は、彼の入国を許可しようとしなかった。

 彼はその時まで完全に失念していたが、ビザなしでの入国は出国用チケットが必須条件となっていた。チケットを彼に販売したのはペルーの旅行代理店で、チェックをせずに彼を航空機へ搭乗させたのはアメリカの航空会社で、ペルーの出国審査でもコスタリカからの出国チケットはチェックされることはなく、彼には今更どうすることもできず、スペイン語で必死に、チケットのことは不可抗力であること、コスタリカに用はないこと、すぐグアテマラへ行くこと、歴史ある町のスペイン語学校で学んでいること――などを説明したが、ブルネットのショートヘアの白人の女性係官は胡散臭そうな目で彼を見て、「コスタリカで働くつもりじゃないの?」と、疑問形のスペイン語ではあったが、断定的に決めつけたような口調で言った。

「トラバホ……えっ、働く? コスタリカで? どうして?」

 思いも寄らない女性係官の言葉に、彼の日本語の素っ頓狂な声が深夜の閑散としたホールに響き、いや、いや、いや、いや、と言いながら、彼は首を横に何度も振った。

「ニカラグアから沢山、コスタリカへ来ているわ。今、大きな問題になっている」

 女性係官は彼を見据えて、少し威圧的にスペイン語で言った。彼もニカラグアからの不法労働者が周辺国に沢山いることを聞いたことがあり、それだけでなく、ニカラグアとコスタリカの国境を越えた時、大荷物を持った、徒歩やリヤカー付き自転車、乗合タクシーでの税関逃れの『密輸』が横行していて、国境を越えた後の道路の至る所で、ニカラグア人がコスタリカ人警察官に摘発されている様子を沢山見掛け、彼の乗ったローカルバスは途中で何度か停止させられ、警察官が乗り込んできて、一人一人の顔を確認しながら棚やシートの下を調べて、荷物を隠してないかチェックした。ニカラグアと先進国の日本を同列に置いたような女性係官の言い方に、取り立てて国家へ貢献したことも忠誠心を発揮したこともないが、彼は少しむっとし、「ニカラグアはずっと内戦があって貧しいからだろうが、世界第二位の経済大国の国民が、給料の安いコスタリカで働く理由はどこにもない」というようなことを、スペイン語に詰まりながら、間違いを言い直したり、知らない単語は英語を使ったりして、強く主張し、日本で働いていた時はコスタリカの十倍の給料を貰っていた、とラテンアメリカの人がやるような大袈裟な身振りをして大見栄を切ったら、女性係官は口を噤んだ。先進国の人間の無自覚な驕りために勢いで言ってしまっただけで、彼はコスタリカの給与水準を知らず、平社員の彼のサラリーだと日本円の通貨価値が高くても、実際は二倍か三倍というところだったかもしれない。

 女性係官は忌々しそうに彼を見ているだけで、口を噤んだまま、しばらく何も言わずにいた。東洋人のくせに屈服せず、スペイン語で反論を止めない彼に腹を立てたのかもしれず、ラテンアメリカの、特に権力側の人間に対しては、まずい対応だったはずで、彼はそれまでのラテンアメリカの旅の体験から、良くない雰囲気を察し、入国審査を通過したいという焦りもあって、お金はある、と自分から余計なことを言い出し、ナップサックに入っていた、トラベラーズチェックを綴じた横長の冊子を取り出し、女性係官へ見せた。女性係官は冊子に目を向けただけで、ふん、と鼻であしらった。

「クレジットカードも見せようか?」彼は更に、スペイン語で余計なことを言った。

 女性係官は、偽物かもしれないし、銀行口座に残高がなければ使えないし、ここではチェックできないから、意味がない、と彼の理解の範囲ではおそらく、そのようなことを言い、それに大金を持ってきていることは、コスタリカに住みつくために来た証拠とも考えられる、だとしたら絶対、入国させるわけにはいかない、とも言った。そう言われた時、彼がよほど気弱な顔をしていたのだろう、女性係官は意地の悪い笑みを浮かべ、あなたはペルーへ送り返さなければいけない、と脅すように言った。彼は進退窮まって、どうせ送り返すならペルーでなくブラジルにして欲しい、と思った。

 右隣のカウンターをもう一つ開いて彼の後ろに並んでいた人々を審査し終えた男性係官が横から近付いて、女性係官へ何か耳打ちした。女性係官は小声に耳を寄せて聞きながら、何度か小さく頷くと、目を細めて彼を睨むような目で見て、男性係官は冷めた目で彼へ一瞥を向けると、隣のカウンターへ戻って片付けを始め出し、女性係官はカウンターから前のめりに彼の方へ顔を近付け、「本当に、すぐ、ニカラグアへ、行くのね?」と一言一言区切るような強い口調のスペイン語で確認し、彼は一瞬、呆気に取られ、口を開けたまま答えられず、「バスでニカラグアへ行くんでしょ?」と女性係官が今度は英語で言い直すと、彼は慌てて何度も頷き、シエルト? シエルト? と何度も女性係官が繰り返すのに合わせて、彼は、シィ、シィ、と何度も頭を縦に動かし、五日間だけの滞在を許された。女性係官は、「特例よ、次は絶対ないわよ」というようなことをぶつぶつ何度も繰り返し、すぐに出国するよう念を押した。彼に逆らう気はなかったが、女性係官の気紛れのような豹変を、ずっと腑に落ちないままでいて、日本へ帰国して何年も経ってから、日本へ不法滞在した外国人労働者の強制送還についての特集番組を見た時、彼は何となく理由が分かった気がした。発着のほとんどない深夜の担当はあの二人だけだったろうし、強制送還のための書類の作成や、ペルーへ送り返す航空便の手配、それに、当人にお金の持ち合わせがなければ、公費の申請をしてコスタリカが負担することになるなど、複雑で様々な承認も必要な手続きを、深夜の寝ずの番で眠気に耐えながら、そんな手間のかかる仕事をする破目になるわけで――推測ではあるが、承認待ちで翌朝になっても深夜から引き続いての残業になるのではないか? ――一般的にルーズなラテンアメリカの行政能力だが、コスタリカの行政処理能力が日本並みでも数日掛かるだろうし、その間の対応も全てではないだろうが、あの二人が関わることになるだろうし、明らかに不法労働目的であるならともかく、自分から余計な仕事を増やすことになるのが嫌だったのだろう。

 彼はずっと遅れて最後に一人で入国審査のカウンターを通過し、常夜灯だけの暗い、荷物受取りの無人の広いフロアへ行き、到着便のターンテーブルを見つけようとしたが、機械式の到着便の自動表示板は黒い板の表示になってターンテーブルはどれも停止していて、暗闇の中で、どこにもバックパックの影は見当たらず、ロストバゲージになったのか、盗まれたのか、祈るような気持ちでフロアのターンテーブル周りを順に探し回ると、左から三番目のターンテーブルの脇に、彼のバックパックが投げ捨てられたように床へ転がっていて、朝になるとすぐ、北極のように寒いエアコンバスでニカラグアへ出発した。

 ニカラグアでは、およそ二ヵ月振りに乗った錆びのある黄色いアメリカ製スクールバスに、懐かしさのような感慨を覚えたが、ラテンアメリカでも有数の巨大なニカラグア湖をずっと右手に見ながらバスがひたすら走る道路の左手の、そう遠くない場所に太平洋があり、場所によっては、海面が見えたり、海岸線の傍をバスが走ったり、そんな海と湖に挟まれた細長い回廊のような地形が延々と続き、巨大湖と太平洋の間の一本道のような長い道路には本当に何もなく、右手に湖、道路脇の南国の植物と灌木、椰子の木くらいしか見るものがなく、五時間近く景色が変わり映えしないまま、通るのが三度目となると辟易するだけで、早く通過したいと思うばかりだった。

 翌々日にはホンジュラスへ入国し、そのまま北上して、その三時間後にホンジュラスを出国して、エルサルバドルへ入国した。ホンジュラスは大部分がカリブ海側へ面しているが、ニカラグアとエルサルバドルの間へホンジュラスが無理矢理割り込んだような形で一部が太平洋にも接していて、地形的な問題か、歴史的な領土争奪戦の結果か、国境線が入り組んでいた。エルサルバドルの国境の町からすぐ、サンサルバドルへ移動するつもりだったが、バス広場にバスが一台もなかった。木製の塀に囲まれた、地肌が剥き出しの広い敷地の入口には、『Terminal de Autobus』という木板の青色の文字の看板がちゃんとあった。彼は中へ入り、広場の中央に立って、しばらく待ってみたが、敷地内は休日の校庭のようにがらんとして、バスの出入りがなかった。外へ出て、通り掛かったエルサルバドル人に、サンサルバドル行きのバスはどこか訊いた。今はない、という答えだった。彼が理由を尋ねると、エルサルバドル人の小柄な男性は、「ウエルガだ」とスペイン語で答えた。彼にはその単語が分からず、「ウエルガって何?」とスペイン語で訊くと、その人は少し考え込んでから、自分の首を絞める仕草をした。彼は何も分からなかったが、礼を言った。もう夕方に近く、重いバックパックを背負って移動続きで疲れて、頭の回転が鈍っている自覚があったので、次の日にまたバス広場へ戻ることにして、安宿を探した。

 次の日の朝にまたバス広場へ行ったが、やはりバスは一台もなく、敷地内には誰もいなかった。小さな町のセントロを歩いてみたが、人の姿はあっても、バスの姿はどこにもなく、彼は仕方なく、チェックアウトしたばかりの安宿へ戻り、オーナーにバスがない理由を訊いた。

「ウエルガだ」安宿のオーナーもスペイン語で、前日の男性と同じことを言った。

 彼は、そのウエルガというのが何であるか、説明を求め、不明な部分は質問を重ね、理由までは把握できなかったが、エルサルバドル全国でこの数日か、もっと長く、バスが動いていないらしいことを理解した。その町は山の奥の国境から少し下った所にあり、彼は町まで来る時、山中の崖がホンジュラスとエルサルバドルを分断する国境線で、橋を渡って通過し、イミグラシオン――入国管理の事務所を出た後、ガイドブックに記載のあった、国境から町までの二時間に一本あるというミニバスが見当たらず、ブロック塀造りの簡素で小さな売店と定食屋の建物が二、三並ぶ細い一本道の先に、アメリカ製ピックアップトラックが一台停車して荷台へ数人乗って出発を待っていて、荷台に乗った人に訊くと、町まで行くことを知り、彼は一気にサンサルバドルまで行くつもりでいて、何もない国境で二時間も待つのは、サンサルバドルへの到着が暗くなった後になる恐れがあって、その時は、何も考えずピックアップトラックへ一緒に乗って山を下ったことを思い出した。

「いつになったら、バスは使えるようになる?」

「一週間か、一ヵ月か……分からないよ。決まってない」

「決まってない? おかしいだろう!」というようなスペイン語の文句を、オーナーへ言ってしまった。

 むっとしたような顔をして、オーナーが言った。

「町外れのメルカードへ行くといい。たぶんサンサルバドルへ行けるはず」

 グラシアス、と礼を言うと、彼は踵を返したが、玄関口で思い留まって振り返り、「ごめんなさい。あなたに失礼なことを言って」とスペイン語で、もごもごと謝った。何でもない、という風に、オーナーは右手を顔の前で何度も大きく振りながら、首を横へ振った。

 無許可の白タクが、メルカード前の路肩や近くの空き地に犇めき合っていた。ほとんどが、ボディにペンキ汚れやセメント汚れが付いたり、荷台の奥に大きな工具入れの箱や土木道具を積んだりした、普段は別の仕事で使われている使い古されたアメリカ製ピックアップトラックで、空き地の中でピックアップトラックの傍に立って、「あと一名! あと一名で出発だ!」と大声のスペイン語で呼び掛けていたドライバーへ、彼は勢い良く手を挙げて、駆け寄った。

「よし、チーノ。上に乗ってくれ!」ぶっきら棒なスペイン語でドライバーが言った。

 彼は荷台へ上がる前に料金を確認し、相場の二倍以上の乗車賃だったが、言い値で料金を払った。彼は肩紐がずれたバックパックを背負い直しながら、ぐるっと空き地を見回し、ピックアップトラックだけでなく、アメリカ製の中古自動車が何台か目に入り、乗務拒否中のはずのバスの運転手が混じっているかもしれない、とふと思い付くと、声を出して笑ってしまい、普段は建築作業でもやっていそうな汚れたジーンズを穿いたドライバーは、怪訝そうな顔で彼を見た。荷台へバックパックを背負ったまま乗り込もうとしたら、重心が後ろへ引っ張られ、ずり落ちそうになるのを何とか足で踏ん張り荷台へ上がると、先に乗っていたエルサルバドル人達が微笑みながら、「オラ、チーノ」と口々に言った。蔑称としてよく使われる「チーノ」だが、少なくとも荷台のエルサルバドル人は普通の綽名を呼ぶように自然な口調で、彼は不快な感じがせず、「ブエノス・ディアス。エルサルバドレーニョス」と挨拶を返した。彼が荷台に上がった後も、ドライバーは「あと一名」を連呼し、結局、追加で三名乗せてから、ピックアップトラックは出発した。

 白タクのアメリカ製ピックアップトラックは山岳地帯の山道を、荷台に人間を乗せていることを考慮しないスピードで、時々、路面で大きくバウンドしながら走り続け、バウンドする度に彼はバックパックごと身体が浮いて無重力浮遊し、振り落とされないよう、荷台の固い床へ尻をべったり付けて座り込み、荷物の落下防止のための荷台側面の囲いへ腕を掛けて上縁を手で掴んで、穴へタイヤが入ったような激しいバウンドでピックアップトラック全体が跳ね上がった時、彼は重力によって尻を床へ強く打ち付け、乗客達の、オーウ、という衝撃を耐え忍ぶ呻きが荷台のあちこちから聞こえ、彼は荷台の向かい側に座るエルサルバドル人のメスティーソの若い男と目が合って、お互いに苦笑いを交わした。

 山道は三十分程で、左右合わせて六車線ある幹線道路へ合流した。幹線道路は山間部を切り崩して新しく開通したらしく、道路の両側の切り崩した山の断面を、まだ新しい薄灰色の菱形のコンクリートタイルを規則正しく組み上げて、土砂崩れ防止を施してあった。高速走行でも無理のないよう、道路の起伏の勾配とカーブの曲がりの角度が計算し尽くされたなだらかさで丁寧に造成されていて、ピックアップトラックは荷台に人を乗せたまま、時速八十キロ以上、時には体感百キロ以上の速度で、脱輪やバウンドの心配もなく、運転席の汚れたジーンズのドライバーは鼻歌を歌いながら好きなだけアクセルを踏み込んでいたのではないかと思うが、アスファルトの路面は日本の高速道路と遜色ない滑らかさを達成していて、順調に疾走した。エルサルバドルにそんな快適な道路と高度な土木造成技術があることに、最初、彼は驚いた。荷台が直に強烈な風圧へ曝され、車間距離を全く気にせず唐突な急減速を繰り返し、僅かな隙間があればウィンカーの合図なしにすぐ車線変更する白タクのピックアップトラックの荷台で揺さ振られ、彼は振り落とされないよう必死に荷台の囲いを両手で掴んでいなければならなくなり、風が急激に体温を奪って寒い上に、目に見えない細かい粒子が顔や身体に当たって、絶え間なく皮膚を刺激した。彼は幹線道路の道路際に何度か、日本の国旗が描かれた看板を見掛けた。一瞬のことで、目を開けているのが辛い状況でもあり、スペイン語の文字まで読む余裕はなかったが、以前、話にあった、日本の経済援助で日本のゼネコンが作った道路の一つなのだろう、と思った。ピックアップトラックが横転したら荷台にいる彼は即死で、常識に外れた利用が当たり前の国々では、日本が良いものを作ったために悲惨な事故が多発しているのだと思うと、彼は荷台へしがみ付いた。

 幹線道路を二時間ほど走行すると山間部の道路の勾配がなくなり、次第に交通量が多くなって、渋滞までにはならなかったが、ピックアップトラックのスピードは自然と落ち、道路の両側に建物が並び始め、様々な種類のスペイン語の道路標識板が目に付く、少し寂れた感じはあるが一応は整備されたサンサルバドルの郊外らしい場所を走るようになり、歩道が幅広くなって横長の広場のようになった開けた場所に通り掛かると、ピックアップトラックは右へかなり強引に車線変更して寄って行き、路肩へ着けて停車した。荷台では一斉に大きな溜息が漏れ、次々とエルサルバドル人が立ち上がり、それを見て、彼もその場で立ち上がろうとしたが、バックパックの重さを忘れていて、バランスを崩して荷台の横から転げ落ちそうになり、疲れ気味の笑いが周囲で起こった。彼は荷台の囲いの上へ両手を置いて上半身とバックパックを支え、慎重に足を上げながら跨ぐようにジャンプして、ピックアップトラックから飛び降りた。歩道には人影がほとんどなかったが、人が列になって並んで待つのに十分な幅広さがあり、すぐ奥に小さな広場が隣接していて、南米で似たような場所をチリのサンチアゴで見たことがあり、サンサルバドル中心部までは行かない乗客が乗り降りするための、バス停留場所だと思った。

 彼は荷台から降りたものの、今、どこにいるのか全く分からなかった。サンサルバドルは初めてではないが、彼は旧市街のセントロ周辺とバスターミナルしか知らず、遠目に道路の行き先を示す交通案内標識が見えたが、地名に全く覚えがなく、首都であるサンサルバドルは小さな町とは違って、旧市街、新市街、その他に幾つも地区があるほど広大で、バスターミナルが方面別に少なくとも三つはあって、どちらにしろ今はバスが動いていない。中米には鉄道がほとんどなく、あってもアメリカのフルーツ会社の広大なバナナプランテーションの私有鉄道か、港への貨物輸送専用だった。白タクを利用するにしても、その白タクがサンサルバドルのどこに集まっているのか、ガイドブックに記載があるはずもなく、少なくとも彼の目に入る範囲の周辺にそれらしいものは見当たらなかった。白タクのアメリカ製ピックアップトラックのドライバーに訊けば何か分かったかもしれないが、彼が歩道でぐだぐだ思案している間に、もうどこかへ去っていて――幹線道路には中央分離帯のブロックがあるから、先の方のどこかの交差点で方向転換して、また乗客を集めるのだろう――荷台にいたエルサルバドル人も降りるとすぐ、各々その場を離れて去って行き、彼は目的通りサンサルバドルへは到着したものの、全く途方に暮れてしまった。彼は道路際へ寄り、バックパックを足元に置いて、高く手を挙げた。なかなか通り掛からなかったが、やっとタクシーが停まってくれた。自分でドアを開けて後部座席へ乗り込み、スペイン語で込み入った説明はできないので、タクシー運転手に、バスの代わりにグアテマラ方面へ行ける交通機関の動いている場所、ということを何とか伝え、そこへ行くよう頼んだが、知らない、と言われた。大都会では広すぎて、突発的に発生する白タクの溜まり場がどこなのかは口コミのようなものでしか分からないのかもしれず、彼は後部座席のシートで、運転席から身体を捻って振り返った私服のタクシー運転手の困り物を見るような視線を感じて、タクシーから降ろされるのではないかと焦り、旅で経験を積んで今までやってきたじゃないか、と自分に言い聞かせながら考え、小心者の前例踏襲的経験主義に則って、取り敢えずの安心を得られそうな、前回滞在していた旧市街のセントロの安宿へ行くよう、タクシー運転手にスペイン語で告げた。安宿の人ならばエルサルバドルの新聞やテレビを見ているはずで、情報はそこで集めればいい、と後付けで考えて嬉しくなり、明日か、明後日までの我慢だ、とも彼は考えた。彼の言葉を聞いたタクシー運転手は驚いた顔をして、何か言いたそうだったが、それでも前へ向き直ってタクシーを発進させ、運転中に軽く振り返りながら、新市街の方へ行くよう、彼に何度か言った。そんな贅沢ができるお金はない、とは正直に言えないので、以前も宿泊したから問題ない、と彼は返答した。それを聞いたタクシー運転手は前を向いたまましばらく黙っていたが、いや、やはり危ないよ、と重い口調で呟くように言った。外国人の彼を心配してくれていたらしい。彼がタクシーを降りる時にも運転手は、荷物は前に持つんだ、強盗に気を付けて、とスペイン語で彼に注意を促した。

 それから五日経って、週が変わってもウエルガはまだ続いた。市内バスも動いていなかった。いつ終わるのか、誰も知らなかった。毎朝、彼はフロントへ行って、幅広の通路のような狭いロビーの、入口からかなり奥にある階段の手前の受付デスクにいる安宿のオーナーに、ウエルガの状況を確認したが、オーナーはいつも気の毒そうな顔で首を横へ振るだけだった。日本のウエルガと違って、程々のところで何となく終わる、という感じではなく、チキンレースのような命懸けの意地の張り合いをしているようだった。グアテマラ方面へ行く乗り合いの白タクについても、全く手掛かりを得られなかった。一日の大半を冷房のない安宿の部屋の中で、真夏のような熱帯の暑さを凌ぎながら、ただ待つしかなく、会議室からどこへもいけない現在の彼と同じように、無為な時間へ留められ、彼はサンサルバドルの狭い空間から動くことができないままでいた。

「パナマへ行く予定があるかい?」

 落胆して部屋へ戻ろうとする彼へ、初めて安宿のオーナーが自分からスペイン語で話し掛けてきた。

「ノ」と言って、彼は首を横へ振った。「ボイ・ア・グアテマラ」

「そうか……知り合いを紹介しようと思っていたんだが」というようなことを、俯き加減の、はにかむような顔でオーナーは言った。

 彼がグアテマラへ行こうとしていることをオーナーは知っていたはずで、何か彼に話し掛ける切っ掛けが必要だったのかもしれない。安宿のオーナーはパナマ人だった。午後に受付をしている奥さんがエルサルバドル人で、このホテルを買って移住したそうだ。穏やかな話し方をする四十代後半くらいの白人系の男性で、大学出のインテリ風な雰囲気と落ち着きがあった。彼は暇を持て余していたし、ウエルガのせいか、宿泊客はほとんど来なかった。話をする時間は沢山あったが、彼とオーナーの間に共通の話題は多くなく、それよりもスペイン語の意思疎通の障害が大きく、会話は長続きせず、沈黙が続き、最後にオーナーがぼそりと言った。

「ウエルガはいつか終わる。待つしかないんだ」

 旧市街のセントロ近辺は、タクシー運転手が彼を心配してくれていた通り、寂れて雰囲気がとても悪かった。セントロのシンボルの大聖堂と中央公園に観光客の姿はなく、路上屋台も閉じていて、自動車の行き来はあったが、建物や道路には煤けたような汚れが目立ち、投げ遣りな雰囲気が漂っていた。セントロと数ブロックしか離れてない安宿の近辺は、シャッターを下ろし厳重に閉じたままの商店ばかりで、昼間でも人通りが少なく、二階建ての小振りなショッピングモールは、洋服店だけを除いて、テナントが空になっていた。一年近く前は、小さなビニールシートを敷いただけの路上販売業者が歩道と車道の境界にずらっと並んで、買い物客が真剣に商品を物色していて、下町のような騒々しい賑わいと活気があったが、今は自動車のエンジン音が遠くから響いて聞こえるほど静かで、同じ場所だと俄かには呑み込めず、彼は毎日三回、食事をする場所を探して、かなりの距離を歩くことになり、街灯はあったが夜になっても灯ることはなく、真っ暗闇になった。夕食を食べに出て遅くなり、月明りの下、街路の角から車道を渡ろうとした時、交差する道路の左手の三ブロックほど先の、煌々と電灯が明るく灯った通り筋が目に入り、ラテン演歌とでも言うべき独特なスローテンポの音楽がそちらから聴こえて近付いていってみると、所謂、売春街というやつで、急いで引き返したことがあった。

 東部方面へ行くバスターミナルまで歩いて行った帰りに、シャッターを下ろした店舗が連なって一つとして営業していない長い長い通り筋を、もう夕方に近い時間帯だが、熱帯の太陽がまだ明るくサンサルバドルを照らしていた時刻に、彼は歩いていた。東部方面へのバスターミナルはセントロから遠かったが、何とか歩いて行くことができる距離で、数えるのも嫌になる日数が経ってはいたが、ただ待つだけではなく、何かはしなければという意欲はまだ僅かに残ってはいて、うだるような暑さに耐えながら汗だくで部屋のベッドでぐったりしていた時、バスの方向は逆だが東部方面のバスターミナルへ行けば何かしら手掛かりがあるのではないか、と唐突に思い付いて、なぜ今まで思いつかなかったのか、自分の愚かさを叱責したが、いや、しかし、虚しい期待は戒めるべきだと思いながら、彼は勢い勇んで身支度をすると部屋を出て、ごちゃごちゃと入り組んだ路地に何度か迷って辿り着いた、高い鉄板の塀に囲われたバスターミナルに、バスがないのは予想通りだったが、通り掛かった人を捉まえては尋ねても、白タクの乗り合い場所を知っているエルサルバドル人には一人も出会えず、結局、虚しく安宿へ戻るしかなかった。

 ガイドブックの略地図では彼の安宿へ最も近道のはずのその通り筋は、奇妙なことに、狭い一本道の車道の右側がレンガやブロックの高い壁に直接接して、その向こう側に何か広大な秘密施設か何かがあると思われるほど、見通せるずっと先まで壁が延々と続き、車道の左側はシャッターを下ろしたブロック造りの車庫のような粗雑な建物が連なって、どの建物からもトタンの薄い屋根が前に張り出て、その下が一段高くなった歩道になっていて、やはり見通せるずっと先まで延々と続いていた。トタン屋根が落とす歩道の日陰は有り難かったが、高い壁とシャッターの下りたブロック造りの建物に挟まれた、閉塞して細長い圧迫感のある空間には人通りが全くなく彼一人だけで、車が通るのも稀で、延々と続く通り筋は直線ではなく、浅い角度の緩慢なカーブになっていて、歩いても歩いても視界の先に出口が見えず、どこまでも際限なく続いて出られない不安を彼は感じた。そこは、嘗て商店街だったというには素っ気なさ過ぎた。日本のシャッター商店街なら看板だけは、汚れたり錆びたりしても寂しく嘗ての名残りを偲ばせているものだが、ここは最初からそんなものはなかったのだろう、同じようなのっぺらぼうのシャッターと、上塗りのないブロック剥き出しの壁が繰り返しのように続き、何の商売をしていたのか、どれ一つとして分からなかった。その地区を東部方面のバスターミナルを探し歩いた時、スペイン植民地特有の碁盤の目のような規律がなく、作れるところに建物を散発的に作っていったような乱雑さと、建物の間に後から道路が成り行きで形成されたような、ごちゃごちゃした街路の交差や道の湾曲があって、個人の小さな町工場の跡のような錆びて朽ち果てた建物を幾つか見掛けてもいて、エルサルバドルで盛んだった靴の職人とか、砥ぎ職人、溶接工など、職人が店を構えて、この長い通り筋に軒を連ねていたのではないかと、彼はそんな職人達の姿の空想をしてみた。

 どこまで行っても単調で人の気配の感じられない景色が続き、人間がどこかへ消えてしまって、彼だけがこの空間に取り残されている――ウエルガに振り回され、熱帯の暑さに疲れ果てた頭がそんな錯覚をしそうに彼は感じ、それでも両足が思考と関係なく着実に右、左、と交互に動き続けていることに、彼は意味もなく、抑えようとしても一人で笑い出しそうになっていて、歩道の先の建物の前で屈み込んで、もぞもぞ動いているのが、人の姿だと認識するのに時間が掛かった。本来なら立ち止まって、待ち伏せ強盗ではないと判断してから近付いて行くべき状況だったが、彼の両足は機械的に動き続けていて、そんな用心が浮かばないまま前へと身体が進み、タンクトップと綿の白いショートパンツから露出した白い腕と脚へ彼の視線が留まって、ブロンドの髪の毛をゴムか何かで束ねた若い女の子らしいことに気付き、彼が改めて見直すと、白人系の女の子がしゃがんで腰を落とした姿勢で、シャッターの下へ手を入れて、上へ押し上げようとしていることが分かった。女の子はシャッターを持ち上げようと何度も力むが、シャッターは揺れてがちがちと頑なな金属音を鳴らすだけで微塵も持ち上がらず、近付いてくる彼に女の子が気付いて、立ち上がって彼を手招きした。手招きされなくても、彼の両足は動き続けていて、その歩道を進むしかなく、彼は女の子の前まで来ると、立ち止まった。

 肌の白い、白人系の十代の女の子だった。ブロンドの髪の毛を左右で束ねてツインテールにして灰色の瞳のぱっちりとした大きな目をしていたが、彼の目を引いたのは、不自然に頬が痩けていたことで、このままでは近い内に餓死するのではないか、と思ってしまうほど、手足がひょろひょろに細く、女の子は彼の目を見て、生きたミイラのように微笑んだ。ツインテールの女の子はシャッターの底板の方を指差して、「ポル・ファボール・ケ・……」などとスペイン語で言った。何をして欲しいのかという部分のスペイン語が理解できなかったが、訊き返す必要はなかった。彼は右肩に掛けていたナップサックを左肩へ掛け替えてから前屈みになって、右手をシャッターの底板と床の隙間へ差し入れ、軽く力を入れると、すぐ持ち上がり、そのまま勢いを付けて腕を持ち上げると、簡単に上の巻取りケースの中へ、人気のない通り筋へ無用に音を響かせて、シャッターは吸い込まれていった。

「フエルテ」――力が強いわ、と女の子は言って、喜んだ。

 店の中には家庭用冷蔵庫と、丸くて白い安物のプラスチックテーブルとプラスチックチェアがあった。壁は、ブロックを積み上げて作ったモルタルの継ぎ目が剥き出しのままで、建築途中か手抜き工事みたいに見え、左側に、ドアがまだ付いてない奥へ入る通り口があって、中は窓がないのか暗いまま、ぽっかりと口を開けていた。彼は、何か買ってあげなくては、という自分でも訳の分からない、不必要な思い付きに囚われ、その衝動のまま、コーラを買いたい、と女の子へスペイン語で言った。女の子は困惑した表情を浮かべ、まだ準備ができてない、というようなことを言い、外国人の彼が言葉を理解できてないとでも思ったのか、店の中へ入って冷蔵庫の扉を開け、黒や黄色の炭酸飲料水の瓶と瓶ビールが十本程度しか並んでない中身を彼に見せ、電気を入れていないから冷えてない、という意味のことを言って、冷蔵庫の裏へ回って、コンクリートの床へ投げ出されたままの冷蔵庫の電源プラグをコンセントへ接続して、冷蔵庫が低周波の低い唸るような動作音を発した。彼は勢い込んで、気にしないから、という意味のスペイン語を言って、チノパンのポケットから財布を取り出し、いつもコーラを買う時と同額のコロン硬貨を数えて、差し出した。ツインテールの白人系の痩せこけた女の子は、さらに困った顔をしたが、お金は嬉しそうに受け取り、「シエンタ・テ」と言って、プラスチックチェアを引き出して彼へ勧めた。コーラは温かったが、密閉された冷蔵庫に入っていたためか、飲めないことはなかった。右側の壁の方でカチッと音がして、天井の丸電球が点灯した。ツインテールの女の子が壁の電灯のスイッチを入れたのだった。暗くはなかったが、日が傾き出していた。まだ急ぐ必要はなかったが、暗くなる前には安宿へ帰るつもりだった。壁の左側にある奥への通り口の暗闇から、やはり白人系の、一目で十代と分かるショートヘアの女の子が恐る恐るという感じで顔を覗かせ、彼をじっと見て、彼が顔を向けるとすぐ奥へ引っ込み、中で誰かを呼ぶ声がした。更に奥の部屋から別の細い声、またそれとは別の怠そうな声が更に奥から聞こえてきて、床を擦るような安物サンダルの不揃いな足音を伴って、三人の女の子が連れだって壁の通り口から出て来た。その内の一人は、小学生の範疇に入りそうなメスティーソの女の子で、皆、一様に頬が痩けて、食事が足りないのか、手足がひょろひょろと細いことが共通していた。ツインテールの女の子は彼の横に立ち、三人はブロックの壁に沿って横に並び、にこにこしながら皆で彼を見つめた。あと一時間もしたら、夜になる時刻だった。

 年若い痩せ細った女の子達に囲まれ、安物の白いプラスチックチェアに腰掛けてコーラを飲む彼が、その時思い出していたのは、一年近く前のサンサルバドルのセントロの中央公園での出来事で、ちょうど、ミサでも開かれるのか、中央公園と道路を挟んだ向かいにある大聖堂の正面のアーチ形の巨大な扉が大きく開け放たれていて、彼の立つ中央公園手前の歩道からも、内部のミケランジェロ風タッチの巨大壁画を見ることができて、感動するよりも、『エル・サルバドール』という国名が示す通り、宗教権威の強さを示すようで、近寄って行くのは気が引けた。日本で彼は仏教施設や仏教美術にそんな感覚を持ったことがなく、日本では彼の身近に存在しなかったし教義については何も知らないキリスト教という宗教を毛嫌いしている訳でもなかったのに、なぜそんなことを感じたのか、今でも分からないが、ある種の押し付けがましさみたいな、煩わしい印象を受けたことは間違いがない。中央公園前の歩道の据え付け型の屋台小屋で、彼はコーラを買っていた。屋台小屋の中に座るメスティーソの小太りのおばさんはコーラ瓶の栓を抜き、ビニール袋へ移し替えてストローを挿し、手際よく口を結んでくれた。その場で確実に瓶を回収できる合理的なシステムだった。日差しが強く、暑い中、歩道には何をしているのか分からない、エルサルバドル人の男達が日陰へ固まって、暇そうに立っていたり座っていたりして、それがサンサルバドルの日常のようだった。彼が中央公園の反対側へ抜けていくために、コーラを吸いながら中央公園へ入っていくと、入口を入ってすぐの所に角材や棒を持った集団が立ち塞がっていて、彼は立ち止まった。身形の貧しい年若い少年や青年が三十人程、彼に細い背中を向けて、公園の向かい側へ奇声を発したり、手に持った棒を前方へ突き出したり、スペイン語で何か――おそらく汚い言葉――を叫んだりしていた。彼が公園の向かい側へ目を向けると、そちらにもやはり、棒や角材を持った集団がいて、同じように奇声を上げて、こちら側を挑発していた。彼には何が何だか分からず、しばらくその場で足が止まってしまったが、エルサルバドル人同士のいざこざとは関係ない部外者の外国人なら通り抜けしても問題ないような気がしてきて、声を掛けて道を開けてもらおうか、黙って隙間を抜けて行こうか迷っていると、向こう側の集団から一人の男が叫び声を上げながら走り出してきて、最初、彼には小さく見えていた姿が、ぐんぐんと大きく明瞭になってきて、ジーパンが所々破れて濃い茶色の細い腿と脛が丸出しで、汗まみれで汚れただぶだぶのタンクトップから肉の削げた腕と肩と脇が露わになった、清潔さとは縁遠い、髪がぼさぼさに乱れた裸足のままの若い男だと分かる頃には、彼の目の前の集団へ突撃して来て、子供の頃、剣道を習ったことのある彼の目には、勢いを付け過ぎて無駄に力んで見える大振りで、角材を上から振り下ろしていた。彼の目の前の集団は角材の振りを避けるため、反射的にばらばらに散り、何人かは距離を取って棒や角材を振って牽制し、それまで気付かなかったが、集団の横手の方に、プロが使う大型のビデオカメラを右肩に担いだメスティーソの平服の逞しい男性がいて、横から素早く、角材の届かないぎりぎりの所まで接近して、突撃してきた若い男と牽制する集団の男達を撮影した。突撃してきた男は素早く後退したが、すぐ近くで立ち止まって、挑発するようにまた角材を振り上げ、ぶんぶん回してから地面へ叩き付けた。裸足の若い男は波状的に軽い突撃を何度か仕掛けてきて、追い払おうと集団の何人かが応戦し、その都度、カメラマンもまた接近して、裸足の若い男が素早く逃げると、応戦した方も散らばりながら後退し、カメラマンはそんな若い男と集団の動きに合わせて撮影を行っていて、彼は、何のことはない、映画撮影でもしているのだろう、と納得しかけたが、カメラマンはM16ライフル――だと思うが――を二刀流のように、大型ビデオカメラと反対の左脇へ構えていることに気が付いた。平服のカメラマンの男は、いつでもM16ライフルで銃撃できる態勢をとって駆け足で近付いて撮影し、若い男や集団が動いて来ると急いで離脱する、それを何度も繰り返していて、まともな映像を撮影しているようではなかった。彼は引き返して、中央公園から出て行った。一年前の出来事はそれだけで、中央公園の外は、日陰に固まった男達の無気力な日常の風景があって、そのまま、ずっと忘れていた。日本へ帰って何年後かに知ることになったは、エルサルバドルが事実上、自国通貨を放棄し、アメリカ・ドルへ変更したことで、ウエルガと同じく、彼とは関係のない水面下で、根本的な何かが進行していたようだ。彼が安宿へ戻ると、受付デスクでパナマ人のオーナーが奥さんと話をしていて、彼を見ると、遅くなるかと思って心配していた、と言った。

 女の子達に同情したのなら、ちゃんと仕事させて、何日分か生きられる食事代を与えてやれば良かったのに、と後で誰かに言われた気がする。言われたとしたら、歴史ある町に長期滞在していたあの男だろう。ハシゴダカのタカハシ君とは、二度と会うことがなかった。良くも悪くも、あの男の美点は日本の世間的な常識や良識を振り翳さないことで、タカハシ君の他にこういった旅の打ち明け話をできたのは、その男ぐらいしかいない。それからの日々、安宿の部屋に一人でいるとなぜか、メキシコのジャングルを行くローカルバスで見掛けた半裸のカップルのこと――正確には、女性の方だけ――を頻りに思い出すようになり、その出遭いの後に見た、カリブ海の透明なブルーのイメージと印象が鮮烈な記憶と結びついて、ウエルガをやり過ごす日々――閉塞した世界とは別の、人間が素のまま生きていける世界があるかのような空想めいた気分に浸ることが多くなり、そこに彼女がいて、カリブ海に行けばまた巡り合えるのではないか、と彼女への思いが益々募り、失った何かを取り戻すかのように、またもう一度、どこかで遭遇する場面を彼は夢見るように思い浮かべた。

 また朝が――何度目の朝なのか、もう数える気力もなくなった朝が来てしまった。彼は長い熱帯夜を寝付けないまま過ごし続け、もう何日も前から、早起きしてオーナーへウエルガを確認することをしなくなっていた。心が萎えて、立ち上がる気力が湧かず、ベッドでぐったりと身を横たえたまま、それでも朝になると空腹を感じてしまう理不尽を否定しようと努力することで、意味もなく時間を消費し、部屋の温度がぐんぐんと上昇し始め、我慢できなくなって仕方なく、霧のかかった寝惚けた頭のまま、簡単に身支度だけして、朝食をとるために部屋を出た。幅広の通路のようなロビーの受付デスクに、人間の長い行列ができていた。彼を見ると、オーナーが嬉しそうに言った。

「ウエルガが終わったよ」

 サンサルバドルからグアテマラ国境まではバスを乗り継いでも半日で行ける距離だったが、彼が向かったのは、グアテマラとは違う方向だった。カリブ海へ行けば彼女にまた巡り合えるのではないか、という思いを彼は抑えられず、無駄と分かっていても向かわずにいられなかった。ガイドブックの略地図を頼りに、ホンジュラス国境へローカルバスを乗り継いで行き、国境を越えた後は東へと、ひたすら海岸線を目指し、三日目の夕方になって、やっと小さな港町に辿り着いた。ホンジュラスは横に幅広で、地図で推測したよりも距離があり、移動だけでもそれだけ掛かった。

 その町は小さな港があるだけの、活気がなく寂れた感じで、アメリカ海軍の補給地か寄港地らしく、武装の目立たない小型の補給艦が一隻停泊していて、カリブの海のはずであったが海面は廃液で黒く濁っていた。こんな所に彼女がいるはずもない――彼は翌朝の移動に備えて、歩く範囲で全てが収まっている小さな町ですぐ安宿を見つけ出し、部屋をとった。暗くなってから気付いたが、近くに妖しいネオンの店が何軒かあり、アメリカ人水兵が出入りする姿を見掛けた。エアコンどころか扇風機もない、宿泊よりも休憩の用途に特化しているらしい部屋に窓はあったが、釘付けされて開かなかった。海風があるだけ、外の暑さの方がマシだった。彼は港まで行き、しばらく補給艦を眺めた後、意味もなく、あちこち照明がある所だけを選んで歩き、それでも、港にへばり付いたような狭い町では思ったほど時間を潰せず、すぐに行く所が無くなり、結局、安宿にも近いセントロへ戻って行った。セントロの公園近辺は人通りがほとんどなかったが、街灯があり、安全そうに思えた。彼は足が少し疲れ、誰も見ていなかったので、公園を囲っている、鉄パイプを縦と横に組み合わせた低い柵の上に腰掛け、足が少し宙に浮いて、腰掛けた鉄パイプを両手で掴んでバランスをとった。鼻が慣れてしまったのか、もう潮の臭いは感じなくなって、しばらくそのままぼうっとしたり、彼女のことを妄想したりしていたが、目の前を自動車が何台か通り過ぎただけで時間が過ぎていき、彼は意味もなく、貧乏ゆすりみたいに足をぶらぶら動かした。

 真っ赤な旧型のアメリカ製オープンカーが道路のずっと左の方から、のろのろと散漫な感じで進んで来ているのに彼は気が付いた。彼が大して関心もないままでいる内に、亀の歩みのようにいつの間にか近くまで進んで来て、右の助手席には襟付きの青い半袖シャツを着た、少しお洒落した黒人の若い男が黒い筋肉質の右腕をドアの上に乗せていて、左側の運転席には水兵服のままの黒人水兵が、背中を左側のドアへ凭せ掛け、長い右腕を運転席シートの上を掴むようにして、身体の向きを右横へ向けた姿勢でハンドルの上に左手を置いていた。二人共、軍人らしい正確に短く刈り上げた髪型で、なぜか、お互いにずっと黙り込み、真っ赤なオープンカーの右方向にある公園の方へ、一心に視線を集中したままでいた。公園の前の道路をとろとろと妙な進み方をする真っ赤なアメリカ製オープンカーは、鉄パイプの柵に腰掛けて足をぶらぶらしていた彼の前まで来ると停止し、鼓動のようなエンジン音だけが周囲に響き続け、彼が怪訝に思って、運転席へ目を向けると、シートの二人が、じっと彼のことを見ていて、お洒落をした青い襟付きシャツの黒人の男の血走ったような目とぶつかり、急いで顔を背けた。夜の街灯の照らす中、そのままの時間が三十秒ほど続いたようだが、彼は何か不穏な感じがして、走って逃げ出そうかと考え始めた時に、真っ赤なオープンカーが一気にアクセルを吹かして急発進し、アメリカ製エンジンのむやみにデカいエンジン音と煙だけ残して、走り去っていった。

 緊張から解放されて、彼は思わず悪態を吐いた。そういった方面に疎い彼はただ不穏な感じがしたことを憶えているだけで、ずっと何が何だか分からないままでいて、部屋へ戻って、寝る努力をすることにした。暑くて掛け布団は掛けないまま、ベッドへ横になっていると、身体の脹脛とか腕などが痒くなってきた。ベッドのマットは湿っていて、ダニがいるようだった。彼は既にそういったことを経験済みで、バックパックの底へ詰めていた折り畳んだビニールシートを取り出して、ベッドに敷いた。

 走っている間中、常に車体がキイキイ、キイキイと軋む気掛かりな音を発する元スクールバスは、アメリカからの払い下げとは言え、流石にもう、乗り物としての限界を越えていて、乗客は彼とホンジュラスの主婦が二人、それぞれ離れた座席でお互い無関心に座っていて、ローカルバスは一時間程、渋滞とは無縁そうな細い街道を走り続けた後、街道から分岐した未舗装の一本道へ入り、低い灌木に囲まれた中を、途中に、スペイン統治時代のカリブ海賊対策のための小さな砦を通り過ぎて、海岸へ貼り付いたような小さな村へ入り、低い円柱状のセメントの塊があるだけの無人のロータリーへ入ると停車した。彼はアメリカ水兵がいた港町からローカルバスを乗り継いで、海に面した町を彼女と出遭ったメキシコのユカタン半島へ近付いて行くように、ガイドブックの略地図に記載のある順番でカリブ海沿いを北上して、五日目になって、グアテマラ国境と近い、海岸線沿いの北端の近くの村まで来ていた。もうこの先にガイドブックの略地図上に町がなく、彼の不確かな記憶ではバックパッカーの誰かから、その先は歴史的な国境線の緩衝地帯のような場所でジャングルとバナナプランテーションくらいしかなく、道路が接続してないので、グアテマラの南端にある漁村からボートで海を移動し、小さな海岸があるだけの寂れた漁村から上陸して、ホンジュラスへ海から入国した、と話を聞いたことがあるような気がした。ガイドブックには二行だけ、その不定期便のボートでの入国方法の記述があった。

 彼等三人がロータリーで降りると、バスは誰も乗車しないまますぐ発進し、低い円柱状のコンクリート塊の周囲をターンして、来た方へ折り返して走り去っていった。彼は取り敢えず空の眩しい太陽を見上げ、バックパックを担ぎ直してから村の中へ歩き出した。彼は左方に、きらきら光を反射する海面を見ながら歩いた。波は穏やかで、彼が見てきたそれまでのホンジュラスの海沿いの町で、最も透明に澄んでいた。少し進むと、幅が十数メートルしかない、海水浴場っぽい場所があり、『海の家』のような、南国によくある吹き抜けの小さな食堂が数軒あったが、一軒を除いて、全て閉まっていた。一年中海水浴ができそうなものだが、シーズンオフの時期だったのかもしれない。彼は海水浴場に面した、開店している吹き抜けの食堂へ入った。ガリフナ――カリブ海地域の黒人系――の太ったおばさんが木製のカウンターの中の椅子に座っていた。突然現れた客に驚いたのか、口を開けて、彼をじっと見た。

「コカ・コーラが欲しい」と彼はスペイン語で言った。

「ノ・アイ」――ないよ、と明るい笑顔でおばさんは言った後、「ペロ、アイ・ペプシ」――ペプシならあるんだけど、と続けた。

 日本では既に決着がついているが、その時の中南米では、コカ・コーラ文化圏とペプシ文化圏が激しく拮抗していた。同じ国内でも地域によってコカ・コーラかペプシかの違いがあり、場所によっては店舗単位で違うということもあった。ホンジュラスの末端のこの村はペプシ文化圏に属するらしかった。彼はどちらの文化圏の味方でもなく、おばさんが栓を抜いて差し出したペプシの瓶に口を付け、ごくごくと喉を鳴らして一気に飲み干すと、カウンターへ勢い余って、どん、と置いた。海水浴をしたいくらいに暑かった。炭酸が胃袋へ染みるようで、それが治まるのを待ってから、おばさんにスペイン語で尋ねた。

「ここに、『ホテル』はないかな?」

 スペイン語で宿泊施設は「オテル」――「テ」にアクセントがある――と発音し、日本語で『ホテル』と言うと、それなりの設備を持った宿泊施設をどうしても彼はイメージしてしまって気が引けたが、日本語の「安宿」へ正確に対応するスペイン語がないため、やはり『ホテル』と言うより仕方なく、「オスタル」はヨーロッパのスペインでは一般的だったが、中南米では一般的ではなかった。『オスペダッヘ』という言葉もあるが、古臭い言葉のようで、スペイン語学校でイングリッドがこういう言い方もある、と一度教えてくれただけで、現地で誰も使う人はいなかったので、彼は誤解を招かないよう、「安いホテル」とスペイン語を付け足した。

「ああ、この裏にウチのがあるよ。時々、あんたみたいな外国人が泊ってる」ということを、太った黒人系のおばさんは訛った独特のスペイン語で快活に答え、「付いて来て」と言いながら椅子から立ち上がり、そのまま振り返りもせず、店の外へ出て行って、彼は慌てて床の重いバックパックを持ち上げて、瓶の底の滴まで啜ろうと思っていたペプシをカウンターに残したまま、後を追い掛けた。

「ほら、この一階の部屋だよ」

 おばさんはガリフナ特有のトーンのスペイン語で言いながら、初めて振り返った。黒人系のおばさんが指差した、古い空き家のような小振りな二階建ての建物には看板がなく、テラスのある一階にはドアが一つで、小さなテラスには簡素な水洗い場があり、建物の右横に階段があって、二階の部屋のドアに繋がっていた。一階と二階の二部屋しかないようだった。

「上の部屋がいい」

 一階では防犯のこともあり、暑くても窓を開けたまま寝ることができないため、彼はそうスペイン語で言った。二階の部屋は空いてなかった。おばさんは、ずっとイスラエル人のカップルが泊っている、というようなことを、また快活にガリフナ風トーンのスペイン語で言い、彼は我慢するしか仕方がなかった。

「鍵を取ってくるから、待ってて」

 おばさんは彼をその場に残して食堂へ戻って行き、彼は改めて建物の様子を眺めているうちに、瓶の底に数滴飲み残したペプシのことを思い出した。

 部屋の中には、水シャワーと便器が据え付けられた小さなバスルームがあって、さらに、『SAMURAI』という、かなり使い込まれた香港製の頭部が回転するスタンド扇風機があって、値段にしてはサービスが行き届いていた。まだ午後の陽が高い時刻で、何もすることがなく、彼は部屋を出て、バスを降りたロータリーの方向へ海岸沿いに村を歩いてみた。円柱状のコンクリートの塊のあるロータリーを過ぎて、街道へ繋がる左の一本道へは曲がらず、そのまま海岸沿いに進むと、無舗装の小道の左側に沿って、疎らに何軒か海の方へ向いた平屋の古びた住宅があって、その中の一軒が、白いプラスチックテーブルとプラスチックチェアを数個、家の前と無舗装の道へはみ出して並べた簡素なカフェにしていたが、無人で、その先はジャングルになって、道が途絶えていた。そこまで十分も掛からなかった。逆方向へ戻って、黒人系のおばさんの店のある海水浴場の前に通り掛かると、狭い海水浴場の少し沖の方で誰かが海水に浸かっているのが見えた。栗色の髪の毛の後頭部と上半身裸の白い背中をした、水着の男性だった。海底はずっと浅瀬が続いているらしく、沖をゆっくり歩いて前へ進みながら、時々、しゃがむように海へ浸かり、また立ち上がる、ということを何度か繰り返した。彼の視線でも感じたのだろうか、水着の男性は海水浴場の方へ振り返った。栗色の顎髭を蓄えた白人の若い男性だった。幅狭い海水浴場のすぐ外を歩いている彼を見たが、無表情のまま、すぐ沖の方へ顔の向きを戻し、また海水へ身体を沈めた。

 子供用プール程度の海水浴場を通り過ぎると小振りな浜があって、その浜を遠巻きに囲むように住宅が疎らに並んでいるのが見えた。そこに見える範囲までが村の全体らしかった。浜の中央には、木の板を並べた細長い桟橋が海へと伸びていて、見た目に数十メートルはあって、かなり沖合まで突き出ていた。桟橋には小型の手漕ぎボートさえ繋がれておらず、沖合にも浜にも船の姿は見当たらなかったが、何人もの村の男達が桟橋の先端の方で、釣り糸を海へ垂らしている姿が見えた。彼は塗装が剥がれ気味の白い木の板の上を歩きながら、足元の海へ目を向けた。下の砂地まで見えるほど透明なブルーがゆったり波打っていて、やっと本物のカリブ海まで辿り着いたという気になれた。そのまま海面を見ながら、海上の桟橋の端のホンジュラス人の男達に近付いて、それぞれのバケツの中を順番に、それとなく覗いてみた。子供でも満腹になりそうにない、小さな熱帯魚が数匹いるだけだった。沖の海上に立っているためだろうか、意外と海風が強く、Tシャツとチノパンが軽く揺れ続け、彼は水平線のマリンブルーへしばらく視線を向けた後、浜へ戻ろうと振り返ると、良く日焼けしたメスティーソの小柄な中年男性が、気恥ずかしそうに彼を見ていた。

「大きい魚は釣れてないね」というようなことを、彼はスペイン語で言った。

「そのうち、釣れるさ」

 小柄な中年男性は小声で答えると、ぷいっと目を釣り糸の垂れた海面へ戻し、「あんたも自分で釣ってみたらいい」――という意味だと彼が解するようなことを、ぶつぶつと何度も呟いた。

 『海の家』で夕食を食べた時、ガリフナのおばさんに、どこかに釣り道具がないか、彼は訊いてみた。あるかどうか知らないが商店はあっちの、とどこか遠くを右腕を横斜め上へ真っ直ぐ上げて指差しながら、街道にある、とおばさんはガリフナ訛りのスペイン語で言った。トーンに癖はあるが、比較的遅い口調なので、彼にはおばさんのスペイン語は聞き取り易かった。しかし、彼のスペイン語の言い回しが直接的でなかったため、借りるつもりだったのに、うまく伝わらなかったようで、彼は街道からの分岐点の角に小振りな建物があったのを思い出した。二キロ程度だろうか? 歩いて行けないことはなかった。テーブルで彼がバナナの葉の魚の蒸し焼き――料理名はメニューにあったはずだが、今となってはそんな細かい事まで憶えていないし、特に語るべきこともない、おおらかな味だった――を食べていると、少し薄暗くなり始めた村のどこかから、眼鏡を掛けた高校生くらいの黒人系の少年が吹き抜けの店の中へ入って来て、ガリフナのおばさんへ独特のトーンの早口の英語で話し掛け、おばさんも同じく、スペイン語を喋る時と違って、口喧嘩をしているような早口の英語で受け答えし、会話の内容からすると息子らしく、彼が店で食事をしているせいで、家族の夕食が遅くなっているようだった。我慢して待つよう、おばさんからきつく言われた息子は彼の方を見て、目が合うと、にっと笑い、彼のテーブルまで来て、「エクスキューズ・ミー」と屈託なく言いながら、彼のテーブルの上に付け合わせとして置いてあったピクルスの瓶の蓋を開け、中のピクルスを指で摘まんで、何個か口へ放り込んだ。

 夜の七時を過ぎた頃、村はほとんど夕闇に包まれていて、一階の部屋の前にあるテラスの彼の部屋の窓の下に、古い木製の長椅子が据え置かれていて、彼はそこに一人で座って、外を見ていた。村には街灯がなく、夕闇のずっと向こうに家の灯りが点在していた。香港製の扇風機は、『SAMURAI』という名前に恥じない仕事をしていたが、窓を閉めたままでは籠った暑い空気を掻き回すだけで、彼は部屋の外のテラスの長椅子に座って、海上の水温の変化のためか、少し強くなった海風に当たり、波の音がひっきりなしに止むことなく聞こえ続け、波の音の中に紛れて遠くから、家族団欒の声なのかテレビ音声なのか判別できない人声が、途切れ途切れに聞こえてきた。蚊を集めないよう、彼はテラスの灯りを点けずにいたが、暗闇が深まると、外は一メートル先も見えなくなり、突然誰かが暗闇から出現して来そうな不気味さ――有り体に言えば、子供みたいに怖くなって、テラスの際にある水洗い場の横の、二階を支える木の柱にあったはずのスイッチを彼は手探りで入れ、水洗い場の上に天井から垂れた裸電球が黄色く弱々しい光線を落とした――そう言えば、ホンジュラスだったか、エルサルバドルだったかの海岸には、ヘヘンという吸血バエがいたはずで、咬まれると、ひどく痒いという話だった。

 空き家のように古びた安宿の建物は海水浴場の波打ちに近く、波の音が嫌に大きく、止むこともなく、夜眠れるだろうか、波の音を数えていれば自然に眠くなるのだろうか、と、彼はしなくてもいい心配をし、とにかく、朝食まで十二時間以上ある暇な時間を持て余していて、建物の横にある二階の部屋へ通じる階段の方から、上の段から下へと、存在を気取られるのを恐れるような、忍び足に似た音が耳に入り、彼は長椅子に座ったままテラスの左側へ顔を向けて、波の音の合間に紛れたその足音へ耳を澄まし、足音が地上まで下りて来た時、息を潜めて身構えた。建物の陰になった暗闇から、サンダルを履いた白い素足が見えたかと思うと、短パンを穿いた若い白人女性の姿がテラスの裸電球の弱々しい灯りの中へ現れて来た。女性は両手で、キャンプで使うような金属食器の皿を重ねた上に金属のカップを乗せて持っていて、白い素足を、彼の目にはスローモーションに見える動きで、ゆっくりと交互に動かし、彼の座る長椅子の方へは一度も目を向けないまま、テラスの端を水洗い場へ歩いて行って、女性が彼にTシャツの背中と白い素足の後ろ姿を向け、水洗い場の流し台へ両手に持っていた食器を下ろすと、金属が擦れ合う無機的な音が、単調な波の音にトライアングルのような効果を加えた。女性は彼にブロンドの皿っとしたストレートの髪の毛と背中を向けたまま、水道の蛇口を捻り、落下した水が水洗い場の流し台のセメントを打つ音と、食器が水流で動いて金属の鳴る音がした。少しの間だけ見ることのできた女性の顔立ちに、メキシコのジャングルのローカルバスで見掛けた半裸の彼女と同じ、完全に成熟する前のヨーロッパ系の若い白人女性に共通する面影があるように彼は思い、弱々しい黄色い光線で照らされた、その女性的な後ろ姿のフォルムに、しばらく縁遠かった感情が高まって彼は息を飲み、その時になってやっと、二階の部屋のイスラエル人のカップルのことを思い出して、昼間に海水に浸かっていた栗色の顎髭の若い男のことも思い出し、彼は少し冷静になって、二人はずっと二階にいたのだろうか、と不思議に思った。床を歩く音や話し声など、二階にいるという気配がなかったし、出入りする姿を一度も見ていなかった。部屋の中で自炊をしているのだろうか?

 黙々と食器を洗う女性の後ろ姿が、彼と関わることを拒絶しているように感じた。単に見知らぬ東洋人の男が薄暗いテラスに居て、警戒していただけかもしれない。食後の後片付けはイスラエルでも女性の仕事となっているらしい、と彼は考え、日本と変わらず、世界のどの国でも暗黙の男女の役割分担があるだろうに、欧米人が日本人を差別的だと言ったりするのは不当だろう、などと手前勝手な感想を持った後、彼は結局、劣情を含んだ好奇心に負けて、「ブエナス・ノーチェス」と女性の後ろ姿へ声を掛けた。僅かに顔がこちらへ動いたようにも見えたが、返答は聞こえなかった。女性は皿を洗い終わると、水を切っただけの食器を持ってテラスの端を歩き、また忍び足のような足音で階段を上がっていった。彼はベッドに入ってから、扇風機の風とモーター音、単調で耳に付く波の音がする中で、ずっと天井へ聞き耳を立てていたが、何も聞こえず、いつの間にか寝入った。

 扇風機のモーター音を耳にしながら、まだ半分微睡んだ状態で、薄く目が開いた。カーテンのない窓から射し込む陽の光は明るく、『SAMURAI』が夜の間中、休むことなく働いてくれていた。気温の上昇を感じて意識が戻っただけで、まだ早朝の六時になってないだろうことは、それまでの旅の経験で分かっていた。ベッドに伏したまま、半分目を閉じたようなぼんやりした視線で部屋をただ眺めたり、目を閉じたりを繰り返し、微かな羽音が聴こえた気がして床に視線を落とすと、床に一匹の大型の蛾が横になって羽を震わせながら死にかけていた。窓を閉めていたのに、どこから入ったのだろうか? とは思ったが、彼は何の感慨もなく、床に視線を落としたままでいて、アリが数匹、床の上を当てもなく、てんでばらばらに、うろうろと這い回っていた。かなりの時間が経ってから、アリはやっと床の上の蛾の存在を認識し、どうやって連絡を取ったのか、少しずつ黒い粒のようなアリ達が増殖していって、蛇行した細長い染みのような線になって、床にぞろぞろ蠢いて出て、蛾は最後の生命力で羽と脚を動かして抵抗したが、アリは淡々と作業を熟していき、脚が噛み切られ、羽が切り取られ、次第に達磨にされていき、最後は頭を切断されることで抵抗が終わった。細かく切り離されたパーツは、黒いアリの行進によって運ばれていった。何かの暗示のようにも思えたが、アリの手際の良さに感心したいような、それ以上考えるのが怠い感じで、ベッドに伏したままで、そのまま、また寝入ってしまった。

 『海の家』が開いている時刻を見計らって、テラスから三十歩ほど歩いて子供用プールのような狭い海水浴場へ行った。

「アリが部屋の中にいた」

 ガリフナのおばさんに、その日の宿泊代を払いながら、スペイン語で言った。詰まらない話題でもスペイン語の練習にはなる。単語帳で予め、「オルミガ」という単語を調べておいた。おばさんは黒い顔に、白い歯を見せながら独特のトーンのスペイン語で、「そーかい、まあ、アリで良かったじゃないの。サソリが出るから気を付けてねぇ」と言った。彼はサソリを意味するスペイン語を知らなかったが、「エスコルピオン」という発音で、理解した。彼が情けない顔でもしていたのだろうか? おばさんは高らかに笑い、「だーい丈夫! 刺されたって死ぬこたぁないよ。ちょっと痛いだけさぁ」というようなことを、快活な英語で言った。

 街道の角の商店には、村で必要と思われるありとあらゆる日用品があって、釣り針と釣り糸はあったが、餌までは販売してなかった。熱帯のジャングルが近く、土は湿っていて、土を掘ればいくらでもミミズが湧いて出るだろうから、商売にはならないのかもしれない。彼は子供の頃に一度だけ、父親と釣りをしたことがあるだけで、餌の付け方さえ知らなかった。この世の楽園のイメージを喚起する透明なブルーの海に、餌のない針に食いつく奇特な魚がいることを彼は期待して、そのまま桟橋の先端の村の男達に混ざって、海中へ釣り針を浸けた。彼は毎日、桟橋の場所を右から左へ移動したり、上下に糸を動かしたりして、工夫を凝らした。ある日の午後、恰幅のいいメスティーソの中年男が大物を釣り上げた。中年男は、桟橋の先端にいる周りの男達へ、サッカーに熱狂する子供のようなはしゃぎようで自慢し、彼にも魚を見せびらかした。

「今夜の夕食ができたね。奥さんが喜ぶ」

 彼は、いい年をしたラテン男の子供っぽい振る舞いがおかしく、冗談めかしてスペイン語で言った。

「食べたりはしない。こいつは売る。これが仕事だ」

 てっきり失業者の村の男達が食材を調達するためにやっているのだと彼は思っていたが、皆、漁師だった。毎日見ていても、さほど多くない釣果で生計が成り立つのか疑問で、彼は幾つか収入に関することを質問した。

「近くで道路工事があれば、そこで働くこともある」と上機嫌の中年男は、鶴嘴を振る身振りをして教えてくれた。

 村の海水浴場へホンジュラス人の海水浴客が訪れることはなく、『海の家』のガリフナのおばさんの息子が海水浴場の周辺を、眼鏡を掛けていたが学校へ通っている様子もなく、暇そうにぶらぶらと歩き、最高気温を迎える午後になって、イスラエル人の栗色の顎髭の若い男がまるでガンジス川の沐浴のように、沖合へ歩いて行って、海中へ身体を何度も沈めるだけだった。ガリフナのおばさんの思春期の息子は、イスラエル人の若い白人女性に興味があるのか、女性が食器を洗うために二階の部屋から下りて外へ出てくる度に、目を輝かせて水洗い場の所まで駆け寄って、英語で一方的に話し掛けて、海水浴場の近くをぶらついていたのは、それが目的かもしれなかった。イスラエル人の女性は彼が声を掛けた時と同様に、ほとんど反応を示さず、食器を洗い続けるだけだった。息子は無視されても、「アーオ!」と声を上げるだけで、挫けることなく毎日同じことを繰り返していた。

 そんな村の日々の時間だけが、二週間近く過ぎ、真夜中に窓を閉め切った蒸し暑い彼の部屋の中で、扇風機が空気を掻き回し続けていた。彼は一度もシーツを替えられてない汗の染みたベッドに横になり、暗い部屋の天井を見つめていた。単調な波の音も催眠効果はなく、逆に目が冴えてしまっていた。彼は魚を一匹も釣り上げることはなく、あの半裸の彼女とも巡り遭えないままだった――いや、そんなことは起こらない。彼はそれを始めから分かっていた。何ら事実の裏付けもなく、淡い期待を抱いていただけだった。二階のイスラエル人カップルのことが、ふと気になった。海で沐浴する時と食器を洗う時以外に、彼等を外で見たことがなかった。一日中、天井はひっそりとして、部屋にいる気配がしたことがない。ここで一体何をしているのだろうか? 何のためにここにいるのだろうか? ――その問いは彼へ返ってくる。自分は釣りの真似事をして、何のためにここにいるのか、彼自身にも分からなくなっていた。彼は目を閉じて、静かに息をしてみたが、一向に眠くならなかった。グアテマラの歴史ある町へ戻ろうとしていたことを、彼は思い出した。スペイン語学校へ戻ったら、またイングリッドを指名してあげなければ――と思い付き、そんな取って付けたような考えが、彼の意思を定めた。

「日本人は! 約束を守らにゃいかんなあ!」

 彼の独り言は声が大きかった。二階へも聞こえていたはずだが、それでも天井は何の気配もせず、扇風機のモーター音が相変わらず低く唸るような音を立てて、風をベッドへ送っていた。

 辺鄙な山中のグアテマラ側のイミグレーションは薄灰色で素っ気ない、壁も屋根も全てがコンクリートで造られた頑丈そうな平屋の建物だった。そのままトーチカとして使えそうで、肩へずっしり肩紐が喰い込む重いバックパックを背負い直してから、入国手続きの受付窓口は建物の中へあるはずだったので、彼はコンクリートのステップを上がって、ドアが開放されたままの入口を通った。意外と奥行きと広さのある部屋は、人の列が何もない部屋の中で右へ左へ蛇行しながら伸びていて、思っていたより人数の多い長い行列ができていた。奥にガラスで仕切られた窓口が二つあり、蛇行した行列に並んだ人を順番に、それぞれ受け付けていた。彼は行列へ視線を巡らせてみたが、普段着やジーンズの作業着を着たメスティーソの人々の中に民族衣装の原住民系が三割程度いて、イミグレーションにいる『外国人』は、彼だけだった。右側のコンクリートの壁際に、着古したような地味な暗い色の制服を着た男の警察官と、帽子や襟や胸ポケットなどに白い刺繍の筋の付いた、明るい紺色を基調にした下ろし立てのような制服を着た女の警察官が、並んで立っていた。日焼けした警察官や軍人が国境ゲートにいて、熱射の強い太陽の下で手動式の通行禁止のバーを上げ下げしているのは珍しくないが、イミグレーションの建物の中に立っているのは珍しい。壁際にいた二人の警察官は、彼を見ていた。ネイビーブルーのバックパックを背負った東洋人は周りから浮いて、目立ったのだろう。彼はさほど気にせず、手続き待ちのホンジュラス人とグアテマラ人が混じって並んでいる列の最後尾に付いた。

 列の最後に立っている、ジーンズを穿いた農家らしい初老の男性の汗と土が染み付いた濃いグレーの襟付きのシャツの背中をしばらく見るともなく見て、それから、列の前の方へ目を向けて、分かってはいたが、列がほとんど進んでないのを見て、溜息のように小さく息を吐いた時、後ろで女性の声がしたように思ったが、自分には関係ないと思って気に留めず、また目の前の初老の男性の汗と土が染み付いたシャツの背中へ目を向けると、バックパックの右の肩紐の上を後ろから軽く叩かれた。振り返ると、壁際にいた二人の警察官が後ろに立っていた。彼の肩を叩いたのは、濃い茶色の顔をしたメスティーソの男の警察官より十歳くらい年齢の若い、白人系の女の警察官の方で、「ミスター。ご協力をお願いします」というようなことを、英語で言った。スペイン語で声を掛けられたのなら、彼はすぐ気付いただろうが、英語だったので気が付かなかったようだ。その頃の彼はもう、外国語は英語よりスペイン語の方が耳に入ってきやすかった。

「ケ・キエレ?」彼はスペイン語で言った。

 女の警察官がまた、「ミスター、……」と英語で何か言った。荷物の検査をします、という意味かな? と推測を交えて何とか女の警察官の英語を理解した。

「入国手続きの、後では、駄目かな?」彼は知っている単語の範囲で慎重に区切り区切り、スペイン語で言った。「税関の検査は、入国手続きの後で、行うのだと、思う。しかし、今まで、入国の時に、一度も荷物を、検査されたことが、ない。本当に、必要?」

 女の警察官は一瞬、目を細めて黙ってから、冷静を装った冷たい表情をし、「セニョール。我々は警察です。あなたは拒否できません。だから、荷物の検査をします」というようなことをスペイン語で、早口に言った。それから、後ろへ控えていた、ぱっとしない年上の男の警察官へ何事か短く命令した。メスティーソの男の警察官は敬礼を、しなくてよいのか、忘れたのか、嬉しそうな表情を浮かべると、すぐ踵を返し、面倒から解放された時の軽やかな足取りで、壁際へ戻って行った。男の警察官より格の高そうな刺繍入りの制服を着た女の警察官は、眉を顰めて男の警察官の後ろ姿を睨んでいたが、彼の視線に気付いたからだろうか、何も言わず彼へ向き直ると、無言で、ぴしっと右腕を左側の壁の方へ伸ばし、右手の人差し指で、脇の方へ寄せられた簡素な横長の台を断固とした態度で指し示した。コスタリカの空港での入国審査と同じで、彼にそのつもりはなかったが、余計なことを言って、また権力へ楯突いた形になってしまい、彼は大人しくバックパックを横長の台の上へ置いた。両肩と背中から重荷が下りたことは、彼の気持ちを少し楽にしたが、女の警察官の目が真っ直ぐ彼を見ているのに気が付くと、嫌な気分になった。

 女の警察官は二十代後半か、三十前後に見えた。ブルネットを金髪に染めているようで、近くで見ると、生え際の髪の毛の色が所々、濃い茶色だった。大学卒業の高学歴で警察へ入った幹部候補生のルートか、あるいは、グアテマラの白人系の支配層である親のコネだったのかもしれないが、辺鄙な国境へ現場指導にでも来ているのだろうか、と彼は根拠もなく推測した。グアテマラ人やホンジュラス人はノーチェックでイミグレーションを出入りしていて、『外国人』に対する不当な行為に思えた。女の警察官はバックパックのジッパーをわざわざ彼に開けさせて、中から所持品を一つ一つ取り出しては、「これは何?」と、スペイン語のレッスンでもしているみたいに質問した。

「これは何?」――シャンプーのボトルです。

「これは何?」――ノートです。

「これは何?」――ナップサックです。

「これは何?」――デジタル時計です。

 時限爆弾の恐れがあると思ったのか、女の警察官はデジタル時計の電池を取り外して、台の上へ別々に置いた。

「これは何?」

 ガイドブックを意味するスペイン語を咄嗟に思いつかなかったので、無難に「エス・リブロ」――本です、と彼は答えた。女の警察官は、ページをぱらぱらと捲った後、背表紙を摘まんで何度か空中で振った。

「これは何?」――髭剃りです。

 女の警察官は彼に向けて斜めに、髭剃りで引っ掻くように腕を動かした後、台へ置いた。見ただけでわかる日用品ばかりのはずなのに、女の警察官は一々、彼に答えさせた。タオルや替えのTシャツの中に混じっていた彼の下着を取り出した時は、何も言わずに台の上へ投げ捨てた。中身が無くなると、バックパックの中へ手を入れ、バックパックの底や内部の仕切りなどを念入りに触ってチェックした。

「それでは、セニョール、――――」

 女の警察官のスペイン語に、彼の知らない単語が続いた。

「ノ・エンティエンド」と彼は理解できなかったことを伝えた。

「ボディ・チェック!」と女の警察官はきつい口調で言った。

 スペイン語で両手を横に伸ばすように言われ、彼はその通りにした。女の警察官は正面から彼に近付き、手が彼の両脇や背中に触れた。それから、彼は腰回りと臀部近くをぱんぱんと叩かれ、女の警察官は膝を床に付け、太腿と内股を足首まで軽く擦るように下まで触っていった。女の警察官は立ち上がると首を傾げながら、「ブエノ。テルミナモス」――十分よ、お終い、と事務的に言い、「サルガ、ウステ」と付け加えた。立ち去る、というスペイン語の命令形を彼は、部屋から出て行って、という意味に早とちりしてしまい、まだ入国手続きをしてない、と余計なことをスペイン語で口走り、女の警察官は顔を歪めて、ちっ、と唇を鳴らした。蛇行した行列から沢山の視線が彼へ集まって、待ち時間のいい見世物になっていた。バックパックを詰め直すのが大変だった。女の警察官が手伝ってくれるわけはなく、彼は急いで詰め直したバックパックを再び背負うと、蛇行した列の最後尾へ並んだ。彼が最初に列に付いた時に前にいた、ジーンズを穿いた農家らしい初老の男性が、列の中程の位置から彼に呼び掛け、手招きして後ろを指し示し、彼を列の元の順番へ入れてくれた。彼は初老の男性の配慮が沁み、咄嗟に日本式の深いお辞儀をした。初老の男性はしどろもどろに手を振って、何でもないという仕草をしながら照れていた。

 イミグレーションのコンクリートのステップを下りて地面へ足を付けた時に、建物の前の地肌が剥き出しになった空き地の端に、あの見慣れた、派手な塗装のアメリカ製の元スクールバスが駐車しているのが見えた。バスのフロントガラスの上にある行き先表示には、「カピタル」とあり――いや、シウダードだったはず……グアテマラの首都は世間的には「グアテマラ・シティ」、スペイン語では、「シウダード・デ・グアテマラ」と呼ばれ、正式名称は長たらしい名前で、グアテマラ人でさえ、誰も口にする人はいなかった。確か首都の正式名称が世界一長いのはタイのバンコクだったと思うが、それはともかく、グアテマラ国内では「グアテ」、あるいは単に「カピタル」とか、「シウダード」という通称で呼ばれていて、ローカルバスの表示の多くは『シウダード』となっていたが、バスの車掌が乗客を集める時には、グアテ、グアテ、と連呼するのが普通だった。古い体験の記憶は、実際の視覚的な記憶と、意味的な記憶の混同が起こりやすい。あと何年かしたら、彼は『カピタル』という表示だったと思い込んでいるかもしれない――実際にどちらの表示だったとしても、首都へ行くバスには違いがなく、彼は単純に、国境から首都へ乗り換えなしで行ければ、歴史ある町へその日のうちに到着できると考えた。バスの乗降口の扉は開いていた。彼はバスまで歩いて行って、乗降口のステップの上の運転席で怠そうに座り込んでいる、運転手らしい目付きの悪いメスティーソの男へ首都までの乗車料金をスペイン語で尋ねた。運転席の男は目を細めて彼を煩わしそうに見ただけで、黙ったままでいた。運転席のすぐ後ろの席にいたメスティーソの中年の女が、彼に愛想良さを装った作り笑顔で、「ハロー。ワット・ドゥ・ユー・ウォント?」と、日本人のカタカナ英語のような、スペイン語発音の英語で言った。彼はスペイン語で再び、首都までの乗車料金を尋ねた。

「このバスは、カピタルへは行かない」

 黒い髪の毛を頭の上で団子のように纏めた中年の女は、慎重で探るような、ゆっくりしたスペイン語の話し方をした。

「この先に、オムニブスがあるから、そっちを使うといい」

 中年の女はそう言って、前方を指差した。『オムニブス』とは、乗り合いの小型バスのことだった。特に辺鄙な入出国場所では、近くの村や町までの唯一の交通機関として、よく利用されていた。彼は何となくの違和感を持ち、通路の奥の方へ目を向けた。座席の上の棚や通路に、黒いシートで包まれた大きな荷物が溢れていた。バスの屋根の上にも黒シートの大荷物が多数括り付けられていて、歴史ある町に多数あったメルカードの個人商店や辻売りの仕入れを行うための乗り合いバスとか、出稼ぎ先からの帰省バス――みたいなもののように彼は思った。ローカルバスを流用して、表示をそのままにしているだけのようだった。座席の窓には全て黒い幕が引かれ、外の眩し過ぎるくらいの陽光を遮って、内部は暗く、通路の大荷物の陰に多数の乗客の息を潜めるような気配があった。外から見えないようにして、税関逃れをしているのかもしれなかった。コンクリートの建物の中にいる女の警察官は、彼ではなく、こういうのをチェックすべきだと思ったが、何にしろ、彼が乗車できるバスでないのは確かなようだった。彼は、表示が紛らわしいなぁ、と思い、自分の気不味さを無意識に取り繕おうとしたのだろう、「このバスは、どこへ行くの?」と意図せず、スペイン語が口を突いて出た。どことなく遣り手婆のような雰囲気のある中年の女は、不意を突かれたように口籠って、「北……」とだけ、スペイン語で答えた。

 歴史ある町へ午前中に到着し、彼はいつもの安宿で一息吐いてから、スペイン語学校へレッスンの申し込みに行った。凸凹な石畳の通り筋を歩いて行くと、スペイン語学校の由緒ありそうなコロニアル様式の一階建ての建物が先の方に見えてきて、彼はなぜか懐かしいという感慨が湧き、白い漆喰の壁のアンティークな木彫りの扉は、まだレッスンの時間中だったので開け放たれていた。横広がりの内玄関の先の、受付デスクや資料棚のある土間のような小部屋には誰もいなかった。その奥の小振りな中庭の先にあるレッスン用の部屋の方から、日本人らしい自信なさげな拙いスペイン語や、聞き覚えのあるマエストロやマエストラのはきはきしたスペイン語が聴こえてきた。彼はスペイン語で呼び掛けながら、事務所として使われている小部屋の入口へ顔を入れて、中を窺った。校長が、居眠りしていたわけではないが、簡易ソファへ目を閉じて座っていた。校長はひょっと顔を上げると、彼を指差し、「おおっ、君……エー……名前、何だっけ?」というような感じのことを、スペイン語で言い、彼は自分の名前を言った。

「ああ、うん、そうだったね、そういう難しい名前だった……」というようなことを、校長は取り繕うようにスペイン語で言うと、「レッスンを受けるんだね?」と彼に確認した。

 彼は首肯し、イングリッドで、とスペイン語で簡潔に言うと、校長の顔が曇った。

「ベロニカではどうかな? イングリッドと同い年で――あっ、でも、今週は生徒がいるから……来週からならレッスンできるし……」

 ごちょごちょと、そんなスペイン語の説明を続ける校長の提案の意図が彼は汲み取れず、「イングリッドは? 空いてるなら明日からでも」とスペイン語で言った。

 校長はしばらく彼の顔を見つめたままで、黙っていた。

「イングリッドは……しばらくレッスンできない」校長は苦り切った顔をしてスペイン語で言った。「だから、他のマエストロで……」

 彼は、イングリッドの予定が空くまで待つ、と何度も食い下がったが、校長はもぐもぐと良く分からないことをスペイン語で言い続け、遂には逆切れしたように、「だから、イングリッドは駄目なんだ!」と喚き出し、「明日からレッスンしたいなら、チャタの生徒がいないから、チャタにしよう。明日の朝から。いいね!」というようなことを、有無を言わさぬ強い調子のスペイン語で捲し立てた。スペイン語での交渉では分が悪く、ラテン男の手前勝手な言い分に言い負かされてしまい、彼はムカつきながらも、前払いで、事前に用意していたお金を払うとすぐ、学校を不機嫌に出ていった。

 翌朝、レッスン開始間際にスペイン語学校へ集ったマエストロとマエストラの中に、イングリッドの姿はなかった。彼はレッスンの前に、校長からチャタを紹介された。チャタは原住民系の雰囲気が強いメスティーソの四十過ぎの中年の女性で、背丈は彼の三分の二くらい、横幅は彼の倍以上あり、校長が紹介の時に、先月に三人目の孫が生まれた、と冗談ぽく言い、マエストロ達が祝福の言葉を掛け、彼はその時、「孫」というスペイン語が分からず、校長が英語で言い直した。グアテマラの女性は、若いうちに結婚したりしなかったりのまま、中学生くらいで子供を作るのが珍しくなく、結婚して生まれた方の孫だろうか、と彼は下世話なことを考えてしまった。

 彼は当然、チャタの顔を見知ってはいたが、言葉を交わすのは初めてだった。レッスン部屋で向かい合って席に着き、彼が形式的に、「今日からレッスンをよろしく。チャタ」というようなことを簡単なスペイン語で言うと、チャタは、「私の名前はチャタじゃないの!」と強い口調のスペイン語で彼に言った。校長からは「チャタ」と紹介されていたし、マエストロ達もそう呼んでいた。チャタは、私の名前はカルロッタで、チャタというのは『ニックネーム』(彼に配慮したのか、ここは英語で言った)よ、と言った。彼は少しの間、首を傾げ、どうしてカルロッタではなく、チャタと呼ばれるのか、訊いた。

「子供の時に付けられたの」と、チャタ――改め、カルロッタは苦々しそうにスペイン語で言った。

 校長と、このスペイン語学校のマエストロの何人かは、年齢は違うが、お互い昔からの顔見知りで、校長は二歳年下で小学校も同じで、その頃に皆から「チャタ」と呼ばれるようになった、ということだった。彼は歴史ある町で同じ安宿に宿泊し続けているが、初めて宿泊した時の部屋番号が五号室で、長期滞在した彼はいつの間にか、安宿の経営者家族と手伝いの親戚の若い男から、スペイン語で「五号室」と呼ばれるようになっていた。周辺国への旅で、部屋番号はもう変わってしまっていたが、その日も受付で宿泊料を払う時に、安宿の初老の奥さんから、「ブエノス・ディーアス。『五号室』」と挨拶されていた。歴史ある町だけがそういう気風なのか、ラテンアメリカ全般の気風なのだろうか、と彼は漠然と考えた。

「本当は、チャタって呼ばれるのは嫌なのに」とカルロッタは呟くように言った。

 彼は、「チャタ」というのは『五号室』のように何か意味があるのだろうかと思い、カルロッタに質問した。

「チャタ、って言うのはねぇ……」と少し考えてから、鼻がこう、と掌で自分の鼻を圧し潰すようにし、低いってこと、とカルロッタはスペイン語で言って、彼に、「でも、私、鼻が低くないでしょ?」と確認を求めた。

 日本人と同じくらいではないか、と彼は思って頷き、カルロッタから「ソブレノンブレ」という新しいスペイン語を教えられた。

「さて、あなたはスペイン語の文法は終わってるし、何を勉強したい?」

 カルロッタからスペイン語でそう言われ、彼は回りくどい言い回しのスペイン語ができなかったので、イングリッドはどうしたのか? と簡潔に訊いた。カルロッタは少し戸惑ってから、「……イングリッドは辞めたわ」と、彼の予想していた通りのスペイン語の返答をした。

「どうして辞めた? 別の学校へ替わった?」

 競争の激しい旅行者向けのスペイン語学校では、よくあることだった。カルロッタは、にっと含みのある笑顔をして、「先月、カナダへ行ったわ」とスペイン語で言った。

「カナダ?」

「そう。すごいわよね。いいことよ」

 彼にはイングリッドとカナダが結びつかず、カルロッタに説明を求めた。カルロッタは声を少し潜め、「えー……生徒と親しくなって、その生徒がカナダ人だったの」というようなことを言って、彼はなぜか、ネットカフェのジョンのことを思い出し、「すごい熱烈だったわ。結婚生活の準備のためにカナダへ行って、来月――だったと思うけど、戻ってくるらしいわ」などとカルロッタはスペイン語で続けた。イングリッドは辞めた、と一言告げればいいことなのに、金払いの良い生徒である彼を逃がしたくないがために、校長が回りくどいことをしたということなのだろう、と彼は考えて、溜息を吐きたくなった。

「私はまだホンジュラスにも、エルサルバドルにも行ったことがないのに、羨ましいわ。私もコヨーテで、エスタードス・ウニドス(中南米では、アメリカを『合衆国』と呼ぶのが普通だった)へ行こうかしら」とカルロッタは愚痴のようなことをスペイン語で言った。

「コヨーテ?」

「知らない?」

「動物の名前……」彼は違うと思いながらも、一応、スペイン語を口にした。

 カルロッタは、はっはー、と甲高い声で笑ってから、お金を払うとアメリカへ連れて行ってくれる人々がいて、カルロッタの知り合いの息子が、それでアメリカへ行き、今はアメリカで働いている、とコヨーテという組織というかシステムについて、マエストラらしく、彼の理解度を確かめながら、スペイン語で説明し、少し真面目な顔になって、「あなたもイングリッドを日本へ連れて行ってあげればよかったのに……彼女、かわいかったでしょう」と彼に言った。彼はそんなことを一度も考えたことがなく、呆けたような顔をしたようだ。カルロッタは彼の顔を見て笑い、「残念だったわね。こういうのは早い者勝ちよ」とか、おそらくそんなことを、誤解したまま、スペイン語で言った。

 午前中のレッスンを終え、あと五日もレッスンが続くことに気が重くなり、途中辞めして、幾らかでもレッスン料を取り戻せないか思案しながら、学校から安宿へ戻る途中にある中央公園に通り掛かり、中央公園の正面のカテドラルの前に、客待ちをするグアテマラ人の観光ガイド達が立ち並んでいるのが見えた。歴史ある町で団体観光客の自由行動がある、という情報でも流れたのだろうか? 普段は二、三人しかいないカテドラル前に、身なりを整えた二十人以上の観光ガイドらしいグアテマラ人が密集して、普段はない移動式の屋台が幾つも場所取りをして営業していた。観光ガイド達は欧米人が通り掛かると声を掛けるが、東洋人の旅行者には声を掛けることはない。英語のガイドだから、彼のように英語が満足にできない旅行者には無用だった。

 観光ガイド達の間に混じって、カテドラル前に見覚えのある男の顔を見つけ、彼は思わず立ち止まった。欧米人観光客に好印象を与えるよう服装やヘアスタイルで品の良さを装った大勢の観光ガイド達の中で、濃い眉毛、口と顎にざっくばらんな無精髭を蓄えた薄茶色の顔のグアテマラ人の男はあまり好ましい感じではなく、彼は誰だかすぐには思い出せなかったが、彼が顔を見知っていたのは確かで、気になって離れた所から、じっと見つめ続けて、やっと思い出すことができた。この歴史ある町で何度か見掛けた売人の男で、観光ガイド達の中に紛れて、高校生くらいの見窄らしいメスティーソの若い男と話をしていた。彼の視線に気づいた売人の男は、彼の方へ見下したような薄笑いを浮かべ、彼を見ながら隣の若い男へ何か、口を動かして話し掛けるのが見え、おそらく人種差別的な言葉を口にしていたのだろう、売人の男は愉快そうに笑い、彼は再び安宿へ向かって歩き出し、中央公園の中へ入っていった。

 

 彼はここまで記憶を辿り続けてきて、売人の男に感じた嫌な気分を思い出してしまい、しばらく窓の外へ目を向け、巨大製鉄所の煙突から立ち上る太くはっきりとした白い煙を眺めながら、溶鉱炉がフル稼働する様を思い浮かべ、そしてまた続きを辿ろうとして、どこまで進んだのか思い出すのに手間取り、彼を見下したような売人の男の顔を思い出したところで、また不快になる。しかし、もう長い年月が経過した出来事だし、と自分を宥め、観光ガイドに紛れて、高校生のような若い男と何を話していたのか、気紛れな寄り道のように彼はそれらしい状況を想像してみる……

 

「用があるってのは、お前か?」

 俺に、そう声を掛けてきた男はヤクの売人で、主に外国人の若い女の子へコカインを売り捌いていた。その女の子達とは、お金の他にも美味しい思いをしているという噂だった。指定された待ち合わせ場所は間違いようもなかったが、待っている間、認可証を胸ポケットに留めたり首から吊り紐で下げたりした、品良く着飾った観光ガイド達に周りを囲まれ、屋台もあって、俺は場違いな居辛さにじっと耐えていた。その男は、コヨーテにもツテがあると、人から聞いていた。俺にはコヨーテの助けが必要だった。

「アメリカへ行きたいんだ」

「ああ、そういうことか……」と男は頷いた。

「コヨーテに紹介してもらいたい。あんたならできるんだろう?」

「ああ、まぁ……そうだな……」

 男は俺の顔をじっと見たまま何か考え込んで、しばらく黙っていたが、優しい作り笑顔を浮かべ、「それよりもな。もっと、いい話がある。お前でもできる、楽な仕事を紹介してやろう」と、男は親し気な感じで言った。

「あるグループが金持ちの娘を狙っていて、人を集めてるんだ。誘拐した娘の監視役とか、雑用をする奴を欲しがっている。楽な仕事だし、絶対捕まりっこない。顔を覚えられても、金を手に入れたら、娘はジャングルへ捨てちまうし――へへっ、殺す前に娘といいことできるかもしれないぜ……どうだ、やってみないか?」

 涎を垂らしそうな男の顔から、俺は顔を背けた。グアテマラ人が見知らぬ相手に愛想良くする時は、気を付けなきゃいけない。そんなことは頭の悪い俺でも分かる。

 昨年、この町の大金持ちの娘が誘拐された。娘の父親は身代金を払った。だが三ヵ月経っても娘は解放されなかった。誘拐事件で人質が戻って来るなんて、この国では有り得ない。殺されて、どこかに埋められているか、ジャングルに捨てられたかだ。娘の父親は犯人逮捕のために、莫大な懸賞金を掛けた。すぐにタレこみがあり、犯人達は捕まった。俺の親父の幼馴染みには、俺より年上の息子が二人いて、誘拐犯の中にその二人がいた。二人は裁判に掛けられて、すぐ死刑が執行された。この国では普通のことだが、公正で中立な法律に則ったのではなく、娘の父親の強い意向と金の力が働いたらしい。俺の親父は幼馴染みに深く同情した。こういう誘拐犯罪はギャングの上層部が立てて、下っ端にやらせる。実行犯には身代金の一部を与えてやり、懸賞金が掛かると、そいつらをタレこむ。つまり、ギャングは身代金と懸賞金の二度儲かるわけだ。警察もそれは分かっていて、碌に捜査なんてせず、懸賞金を掛けるように両親を説得する。そんなのに騙されるなんて、と親父は嘆いていた。俺はそいつらのような馬鹿じゃない。

「そんなことより、コヨーテのことを知りたいんだ」

 俺が男らしく、きっぱり言ってやると、売人の男の顔から一瞬で愛想の良さが消え、顔が歪んだ。

「何だ。詰まらない奴だな。せっかく、この俺が仕事を紹介してやってるのに。ビビってんのか? えー? なあ? 男の癖に。勇気がねえのか? 腰抜けか?」

 男は一転して俺を小馬鹿にし、あからさまな態度で言った。俺は歯を食いしばって黙って耐え、男を目で睨んだ。男がいつも言っているであろう、躊躇する奴をその気にさせるための明らかな挑発に乗って、親父の幼馴染みの二人の息子と、同じ二の舞を演じるわけにはいかなかった。男は俺の表情を見て、引っ掛かりそうにないと思ったのか、すぐ諦め、感情を押し隠した事務的な顔をした。

「一応、念を押しておくが――」男は少し脅すような口調で言った。「料金はアメリカへ入国してからの後払いになるが、払わなければお前の家族が酷い目に遭うんだぞ。いいんだな?」

「入国に失敗した時はどうするんだ? 失敗することもあるって聞いた」

「そりゃあ、そうさ」男は肩を竦めた。「一回目が失敗しても、三回までは追加料金なしで再挑戦できるんだ。な? 良心的だろ。国境を抜けようとして捕まっても、すぐメキシコへ追い出されるだけだから、そのまま国境で待機して、チャンスを待つんだ」

 男は説明を続けた。地下銀行に口座を作ること。仕事はアメリカ側の業者が紹介してくれること。メキシコの国境までは、組織的なルートができていて、難しいのは国境をうまく突破することだけだ、ということだった。俺に文句はなかった。この国にいても、俺には強盗をやるしか生きる道はなかった。いや、強盗にはなれたのだが、金を稼ぐことに失敗してしまった。十字架の丘で一緒に強盗をした友達も、もう俺を相手にしてくれなかった。一人きりじゃ、何もできない。

 突然、男が笑い出した。

「おい、チーノがこっちを見ているぞ。もしかして、お前の親戚か何かか? お前も吊り目だしな」

 中央公園の前から外国人観光客らしい東洋人の男が、こっちを見ていた。売人の男は俺を見下した嫌な言い方をしたが、ぶん殴るわけにもいかない。コヨーテに話を通してもらえなくなる。チーノは公園の中へ入って行った。

「そうだ。大事なことを忘れていた。俺への手数料は現金で前払いだ。大した金額じゃない。百ドルでいいぞ……え、払えない? それなら五十ドルだ……それでも無理? 仕方がない。二十ドルに負けてやろう? それなら、何とかなるだろう?」

 男にいいように言われっ放しで、二十ドルをどうやって稼ぐか思い付けず、俺は急に心細くなった。

「心配するな。もう大勢が成功しているんだ。成功すれば、全て解決だ。俺もお前もハッピーになれる」

 俺はこの男の言葉を信じるしかない。取り敢えずナイフや身の回りの物を売って、金を掻き集めようと決めた。

 

 彼が居なかった四か月足らずの間にも、歴史ある町は変化していた。アメリカ人経営のTボーンステーキのレストランは、店名は同じだったが方針転換して、観光客が気軽に入店できるようにするためか、カフェになっていた。それでもメニューには、まだTボーンステーキがあった。古くからの中華食堂が一つなくなり、ドアが開け放たれた、若い外国人旅行者向けのカフェになっていた。誰から聞いたか忘れたが、長期滞在の旅行者だったイスラエル人の経営だということで、ネット接続されて三十分単位で有料利用できる英語版のパソコンが一台あり、小さな本棚に世界各国の英語ガイドブックが多数置いてあるのが外から見えた。昼や夜の食事時に、大型液晶モニターでDVDの映画の上映をしていたらしい。『北京(中国語風にベイジンと読むらしい)』という日本人経営の中華カフェ兼レストランができていた。インターネットカフェも、中心部から外れた場所に幾つかできたらしい。中央公園に面した角の一画の古い建物は、何世代も前から住む個人の所有だったが、高騰する土地の固定資産税と諸々の税金が払えなくなって売却が決まり、町の住民の噂では、マクドナルドが出店するのではないか、と話題になっていて、ショットガンを持った警備員に警護されたマクドナルドに、外国人観光客が殺到する光景を歴史ある町で見るのも時間の問題だった。

 チャタとのレッスンは一週間で終わりにし、スペイン語学校へ通うこと自体を止めた。二回目のレッスンの時、チャタは、「旅で何があったか、話してみて」と彼に言って、イングリッドと同じ手法を使った。彼はまだ記憶に新しかった、四日前のグアテマラに入国した時の女の警察官のことを話した。地位の高い警察官がいて、外国人の荷物検査と身体検査をするほどチェックが厳しく、今まで検査などされたことがなく、全く理由が分からない、等とスペイン語で掻い摘んで語った。すると、チャタは何か思い付くことがあったのか、チャタの方から何やかやと熱心に話し出し、聞き役に回った彼には難しい単語が多過ぎてうまく理解できず、チャタは席を立って、事務所から辞書と何日分かの『自由報道』という新聞を持ってきて、何日前かの新聞の一面の顔写真入りの新聞記事を彼に向けて見せ、白人の幾分頭髪が後退した、高級そうなスーツを着てネクタイをした知的な感じの初老の紳士が微笑んでいて、チャタは辞書で引いた英語の説明を指で示し、それらの英単語とチャタの説明を勘案すると、『中央銀行総裁』とか、そういう地位にある人物だろうと彼は推測して、その紳士は帰宅途中に防弾仕様の公用車ごと誘拐され、一週間ほど行方不明になっているのを彼は理解した。チャタによると、大統領の支持基盤は軍部で、財政悪化を懸念して言うことを聞かない『中央銀行総裁』との確執があったらしい。彼が入国したのは、誘拐事件の二日後だった。グアテマラの政治事情について、チャタは近所の人と世間話をするような熱心さで自分から喋り、「今、グアテマラ中が大騒ぎしているのよ」とかスペイン語で言った割りに、彼にはグアテマラ国内が以前と変わったようには全く感じられなかった――それにしても、誘拐事件の捜査のために、出入国の検査を厳しくするのは分かるが、グアテマラ人はノー・チェックだった。誘拐犯が外国人だという確証でもあったのだろうか? いや、出国して国外へ逃走しようとする外国人ならともかく、私のようにグアテマラへ入国する外国人を厳しく検査することに、何の意味があったのだろうか? 警察は誘拐された人質が返ってこないのを分かっていて、それどころか、身代金の要求がなかったようだから、誘拐に見せかけた政治的暗殺だと誰もが口に出さずとも分かっていたはずで、あの女の警察官は暇潰しで検査をしたに違いない――

 スペイン語学校に通うのを止めて何もすることがなくなった彼は、意味もなく、歴史ある町を歩き回った。もうこれ以上スペイン語のレッスンをする気もなく、大体、なんでスペイン語を必要以上に上達したいと考えたのか、自分でも理由が分からなくなっていた。歴史ある古い町の、大都会のような変貌の速さにも馴染めなかった。幸いなことに、とんかつ風のドイツ料理、シュニッツェルの店は、まだあった。メルカードの建物の隅の、市場とは区別されたギシギシと音を立てる古い階段を上がった二階にあった。中米では基本的に、寄生虫がいるからと豚肉を食べないため、とんかつを食べたくなった時に、歴史ある町に長期滞在していた日本人旅行者から勧められ、その日本人旅行者はカツレツだと言葉で説明してくれたが、実際に食したのは、とんかつの半分くらいの厚さの豚肉をパン粉を付けて衣揚げしたもので、パン粉の衣にラードの味がし、揚げ物にオリーブオイルをかけるのは初めてのことで、どんな味がするのか予測もつかなかったが、オリーブオイルの上品な香味のせいだろうか、とんかつの庶民的なソース味とは違う、新鮮な味覚を体験した。好みで黒胡椒を振り掛けるようになっていた。

 旅行代理店があちこちに増え、カフェやレストランのような観光客が立ち寄るあらゆる場所にブースがあり――というかテーブルを一つ借りて、担当者が携帯電話でどこかのオフィスへ連絡しているだけだが――国内ツアーやシャトルバスの手配をしていた。彼は町の中心部から外れた、小さな書店だった所へ通り掛かった。彼はその書店へ入ったことがなかったが、この町で唯一、『Lonly Planet』や『Footprint Handbok』等の英語のガイドブックが購入できるので、バックパッカーの間では知られていた。ロンドンの古書店のような風格があった正面玄関は、ステンレスの金属枠と透明ガラスのドアへ替えられ、旅行代理店になっていた。正面玄関の横に、航空チケットの値段の一覧が張り出されていて、どれも彼が知っているチケットの値段よりずっと安かった。歴史ある町にもいよいよ格安航空券が出回り始めたようで、彼は迷信深いつもりはなかったが、自分が「引き際」とでもいうような流れに乗り始めていることを漠然と感じ、歴史ある町から自分を引き離すには、一っ飛びに場所を変えてしまうのが手っ取り早いと考え、彼はそのまま、玄関横に張り出された一覧を丹念に読み始め、メキシコのリゾート地のカンクン行き――片道のみで百ドル以下だったと思うが――の飛び切り安いチケットの値段が目に留まった。暇があれば手元にある唯一の日本語書籍である日本語ガイドブックを繰り返し丹念に読む彼の頭へ、カンクンからキューバへの格安ツアーのあることがすぐ浮かび、名前だけ知っていて、何も知らない社会主義国、しかもスペイン語が通じるという未知の場所への好奇心が沸き上がって、キューバを経由しヨーロッパのスペインへ渡るというアイディアも浮かび、玄関の前に立ったまま、ルートや滞在の仕方などのプランを頭の中で組み立て始め、そのまま一覧の前に立って考え込んでいると、旅行代理店のアルミ枠のガラスのドアが内側から開いて、「ようこそ。安いエアチケットをお探し?」というような、発音の綺麗なアメリカ英語で、白人女性が彼に声を掛けてきた。彼は旅行代理店の出入口を塞いで営業妨害していることに気付いて少し慌て、咄嗟の言い訳のように、カンクンに行きたい、と英語で言ったが、舌がもつれて変な英語になって、「キエロ・イール・ア・カンクン」とスペイン語で言い直すと、何となくしっくりときた。女性は、「ちょうどプロモーションしている航空会社があります。中へどうぞ」という内容と思われる英語を口にし、大手企業の女性管理職のような白いタイトスカートのスーツを着た三十代前半に見える白人女性は、彼をドアの中へ招いた――今考えると、玄関横に一覧表を貼り出していたのは、安い値段に興味を持つ有望顧客を誘導し、客引きするためのトラップだったようにも思える――

 無駄な物が置かれてない、殺風景な店内の奥に事務デスクが一台だけあり、事務デスクの上の右側に電話機、左側にパソコンがあった。書店だったにしては奥へ細長いだけで面積は大きくなく、英語のガイドブックとかペーパーバックの売り上げで細々と商売していたのだろうか、と彼は思った。左右の壁には、グアテマラ各地へのツアー案内や航空会社のポスターが貼ってあった。他に従業員は見当たらず、女性管理職みたいな白人女性が一人で経営しているようだった。彼は、事務デスクの前の椅子を勧められて、座り、女性は事務デスクを迂回し彼の向かい側へ回って、壁を背に事務デスクの椅子へ座った。女性は事務デスクの上のキーボードを正面から少し左横へ退けてから、彼へ完璧な営業スマイルを振り撒きながら、「カンクンへは往復で? 片道で?」と英語で言って、首を傾げた。

「ソロ・イール」と彼はスペイン語で答えた。

「プロモーション中のカンクン行きは――ちょっと、お待ち下さいね」

 彼が耳に心地良い発音の綺麗な英語に感心している間に、女性は、彼から見て左側のパソコンへ身体の向きを変えて軽やかにキーボードを打ち、今はもう懐かしい、モデムのピー、ガー、ピーーー、ピロピロピロピー、という、モデム間の通信ハンドシェイクとネゴシエーション音が彼と白人女性しかいない店内に響き渡った。白人女性は顔立ちにラテン系を思わせるところがなく、生粋のアメリカ人か、アメリカの市民権を持った、何代も前からのアメリカ生まれアメリカ育ちのグアテマラ人なのかもしれなかった。急速に観光化する歴史ある町にビジネスチャンスの匂いを嗅ぎとって、やって来たのだろう。女性は黙って液晶モニターを見つめたまま、何度か手入れの行き届いた白い指を上下に動かしてキーボード入力した後、目を細めて液晶モニターを見つめ、「週に一便だけ……次の便は……来週の火曜日の早朝になります」と液晶モニターを見ながら英語で言い、彼へ顔を向けると、今なら空きがありますが、遅くなると席がなくなるかもしれません、と彼がアパートを探し回った時に日本の不動産屋でも聞いたことのある印象的なセリフを、上品な英語で口にした。

「ブエノ。ヨ・ロ・コンプロ」と彼はスペイン語で即決した。

 女性は、通路側か窓側か、などと彼の希望を英語で確認した。

「分かりました。席の確保と予約を取って、チケットを発行するために時間が掛かるので……そうですね――一時間程したら戻って来てください」

 女性の上品な英語と完璧な営業スマイルに嬉しいという感情が加わったように見え、彼も何か良いことをしたような気分になった。

「エスタ・ビエン。デントロ・デ・ウナ・オラ」と言って、彼は席を立った。

 彼はネットカフェで、メキシコのカンクンの情報やキューバツアーの情報を調べて時間を潰した。受付デスクには、『ジョン』に変なナンパをされていた子持ちの若い女性ではなく、少し年の入った小太りの女性がいて――そう言えば、ずっと前から、あの子持ちの女性ではなくなっていたように思う――出入口近くのデスクには、白人の経営者の息子らしい若い男性が座っていたが、カフェを出る時に呼び止められることはなかった。約束の時刻の五分前に彼が旅行代理店のドアを開けると、奥の事務デスクに座った女性がにこやかな笑顔で、「お座りください」と英語で言って、手で椅子を示した。彼が椅子に座ると、女性は、「残念ですが、まだチケットが届いてません。今歩いて来ているはずです」というような英語を口にした。チケットが歩いて来る、と女性の英語を解釈した彼は、聞き間違いかと思って首を傾げ、スペイン語で、「ビエネ・ア・ピエ?」と言いながら、二本指を事務デスクの上で交互に付けて動かした。

「ええ、もう間もなく、歩いて来るはずです」と耳に心地良い綺麗な発音の英語で女性は答えた。

 にこやかに微笑む女性へ、彼が二の句を継げずにいると、女性の予言通り、数秒後にノックもなくドアが開き、濃い茶色の顔にまだ少年の面影が残る若い男が入ってきて、足早にデスク横まで進むと、彼の目の前で無言でチケットと小さな紙片を女性へ手渡し、女性が小さな紙片の伝票のようなものにサインした。大して広くもない、歴史ある町の石畳の凸凹な道路はスピードを出せず、渋滞することが多く、さらに駐停車禁止区域ばかりなため、歩いて配達した方が効率的で、それを思い付いた業者が新しくビジネスを始めたのだろう。頭の良いやり方だ、と彼は感心し、変わりゆく歴史ある町に残念な気もした。

 支払いはトラベラーズチェックで、女性の目の前で日本の漢字で名前をサインした。女性はトラベラーズチェックを手に取って、真剣に漢字のサインをじっと見極めるように、何度も左右へ緑色の瞳を動かした。そんな無駄なことをしなくても、と彼は思って、下手な英語で、チャイニーズ・キャラクターが理解できるのか? と訊いた。

「いいえ」彼女は微笑みながら、首を横へ振り、「本当はサインのチェックをしないといけないんですけど、あなたは日本人に間違いないようだから、大丈夫でしょう」と彼へ、にこっと警戒心を解いた笑顔を投げ掛けた。

「どうかな? 以前、グアテマラ人みたいだって言われたことがある」

 彼は調子に乗って、下手な英語で余計なことを言ってしまった。一度、旅行者同士で夜遅くまで深酒して、翌朝寝坊して三十分以上遅刻した時に、イングリッドからそう言われたことがあった。白人女性は事務的な表情の底に、冷たい感情を秘めたような顔をし、彼は取り急いで旅行代理店を出て行った。

 

 外国語を一生懸命習得しても、話す内容が下らなければ害悪でしかないなあ、と彼は溜息混じりに思う。彼はそれからずっと、歴史ある町へ戻っていない。これからもないだろう。十数年の時間が流れ、昨年のテレビドキュメンタリーでアメリカの違法移民が取り上げられていて、「コヨーテ」という名称がテレビ音声から一度だけ流れ、すっかり忘れていたその名称が耳に飛び込んで来て、彼は不意打ちの驚きと共に、様々な思い出が感慨深く甦ってきたことがある。国境の大荷物を積んだ首都行きと表示のあったあの怪しいバスは、コヨーテのバスだったかもしれない、と会議室にいる彼は今更ながらに思い付く。歴史ある町を捨てて、コヨーテでアメリカへ向かった想像上のグアテマラ人の若者のことを、彼は考えてみる。三回のチャレンジで、アメリカへの入国は成功するのだろうか? 未来のない場所から外へ出られるだろうか? 彼もまた会議室から逃げ出したいと切望していた。

 

 俺は、『シウダード』行きと表示されたバスに乗せられた。普段乗っているのと全く同じ、毎日見慣れた派手な塗装のオンボロバスで、最初は本当にこのバスで首都へ行くんじゃないだろうかと、心配になった。バスが路面の滑らかな幹線道路に入ってから、首都とは反対の方向へ走っているのを確認して、俺はやっと安心することができた。荷物で溢れた通路を挟んで向かいの席に座っていた、俺と同じくらいの年の若い奴が話し掛けてきた。

「俺は、ホセ。お前は?」

 ホセは緊張しているように見えた。俺もずっと不安で胸がどきどきしていた。

「俺、フランシスコ」

「そうか、よろしくな……そう言えば、エスタードス・ウニドスにはサン・フランシスコという町があるらしい。守護聖人と同じ名前だ。縁起がいい。きっと成功する」

「ああ、きっとそうだ」俺は自分にも言い聞かせるように答えてから、ホセに訊いた。「そのサン・フランシスコって町は、エスタードス・ウニドスのどこいら辺りにあるんだ?」

 ホセはちょっと考え込んで、ぼそっと、「北の方」と答えただけで、俺から顔を背けて前へ向き直ってしまい、それきり二度と俺に話し掛けてこなかった。窓には黒い幕が張り巡らされていた。俺は何もすることがなくなって、ただオンボロバスの馬鹿でかいエンジン音を聴いているしかなく、前の日から眠れなかったためか、いつの間にか寝入っていた。

 何度か食事と休憩で停車しながら、次の日の朝に、バスはグアテマラとメキシコの国境に到着した。グアテマラ側のコンクリートの建物のある場所で、バスは停車した。コヨーテの中年女だけが降りていったが、暫くすると戻って来た。俺を含め乗客がバスから降りることはなかった。バスはゆっくりと進んでいって国境のゲートを越え、俺は初めて国を出ることになった。メキシコ側の建物のある場所では、薄い緑色の制服を着たメキシコ人の男がバスに乗り込んできた。制服のメキシコ人とコヨーテの中年女は嬉しそうに抱き合って挨拶をし、冗談を言い合って笑った。制服のメキシコ人は、バスの通路を乗客達の大荷物を避けながら後ろへ歩いて行って、俺達の人数を数えた。

「よし。約束の通りだ。オーケー」

 バスの乗降口の所で、コヨーテの中年女が丸めた札束を取り出した。制服のメキシコ人はチューインガムか何かを貰うような何気ない感じで受け取ると、俺達へ向かって、「幸運を祈る」と言い、機嫌よく手を振ってバスを降りていった。メキシコ人は気持ちのいい奴らのようだ。国境から暫くは道路が狭く、少し揺れることもあったが、メキシコのハイウェイに入ってから、まるで弾丸のようにオンボロバスは走った。これなら今日中にでもアメリカとの国境に到着するだろう、と俺は期待に胸を膨らませ、迫りつつある行動の時を思って、心臓がドキドキした。

 俺の予想は外れ、夜になってもアメリカに到着する様子はなく、変わり映えしない景色がどこまでも続いた。俺はコヨーテの中年女に、アメリカへはまだ到着しないのか、と尋ねた。

「まだまだ先だよ」中年女は呆れた顔で言い、「あんた、分かっちゃいないねえ。メキシコはね、グアテマラの何倍もでっかいんだよ」と俺を鼻で笑った。俺は女に馬鹿にされたのが悔しかったが、何もできず、俺はふて寝をするしかなかった。

 何日もバスの中で寝泊まりした。どういう事情があったのか、丸一日バスが動かない日もあり、バスの中で、ただじっと座らされた。焦れた俺が理由を訊いても、コヨーテの中年女は煩そうに俺を見るだけで、何も答えなかった。そうやって毎日、一日の大半をバスに閉じ込められて何もすることがなく、もう先を心配することにも疲れ果て、バスの座席でうとうととするようになった。

 ――俺は夢を見た。

 殺伐とした荒野の中を歩いていた。周りにはホセやバスの乗客がいて、ガンガンと容赦なく照り付ける太陽で、今にも俺は倒れそうだった。コヨーテの中年女だけが元気に声を張り上げる。

「さあ、もう少しで国境だよ。頑張んな」

 俺の意思とは無関係に動く両足が、俺を国境まで連れていってくれるのを期待しながら、サン・フランシスコが国境の近くだといいな、と思った。荒野には衣服が散乱していた。背の低い木立へ、洗濯物を干すように引っ掛けられている物もあった。余りにも暑くて、俺達と同じような誰かが脱いでいったのだろうか? 財布でも落ちてないだろうかと、俺は地面へ目を配りながら歩いた。

「見えたよ。あれが国境だよ」

 コヨーテの中年女の声がして、俺は顔を上げ、前を見た。前方に柵があった。俺達の行き先を塞ぐように、見渡す限りずっと、見えない所まで横へ長く伸びて続いている。俺は嬉しくなって、柵へ取り付こうと走り出した。いきなり何かが飛んで来て、俺の頭を掠めていった。石や瓦礫が幾つも飛んできた。いつの間にか柵の上に白い奴らが跨って、鉈や棍棒を振り回していた。俺達へ敵意を剥き出しにしている。アメリカの原住民達だろう。俺達を歓迎していないことは、話に聞いて知っている。肌の白いそいつらは、俺達を追い払おうと必死になっている。荒野に散乱した衣服は、白い奴らにやられてしまった連中のものだったのだ。無駄な抵抗だ。原住民は征服され踏み潰される運命なんだ。グアテマラはそうだった。白いインディヘナが何をしようと、俺は絶対に国境を越えてやる。俺は十字架の丘の時と同じように、ナイフを取り出そうとポケットへ手を入れた。しかし、俺の手はナイフを掴むことができなかった。俺は焦って、ポケットの中を確認したが、あるのは十センターボ硬貨三枚だけだった。それで俺は、二十ドルを用意するためにナイフを売り払っていたことを、思い出した。

 ――バスが急停車して、俺は目が覚めた。

 オンボロバスのあちこちを、外から乱暴に蹴飛ばす音がした。後ろの窓ガラスが割られて、悲鳴が上がる。外へ出ろ、と怒鳴る声。空に向かって発砲する音。

 俺達は大人しく、バスを降りるしかなかった。殺気立ったメキシコ人の男達に銃で小突かれながら、横一列に並ばされた。道路の反対側から、女達の助けを求める弱々しい声が聞こえる。男達の荒い息遣いと下品な笑い声、女達の甲高い悲鳴と悲痛な泣き声が、混ぜこぜになって聞こえてくる。道路のこちら側に集められたのは男ばかりで、道路を背にして、真っ暗闇の荒野へ向かって並ばされていた。俺達は両手を頭の後ろへ付けて、跪くよう言われた。

「ゴメスのカルテルには、ちゃんと金を払ってる!」とコヨーテの中年女が必死に叫ぶのが、背後の方から聞こえた。

「俺達のボスじゃねえ。黙ってろ!」

 コヨーテの中年女が取り乱して、ヒステリックに叫ぶ。次の瞬間、コヨーテの中年女が殴り倒されたのが分かった。

「面倒くせえ」ライフルを構える微かな金属音が聞こえ、「あと二回。あと二回」――俺は譫言のように繰り返した。今回は失敗しても、俺にはまだ二回チャンスがある。道路の向こう側で何発か銃声がした。俺達を監視していた二人の男が、頭へ手を遣って跪いた俺達の列の背後へ回って行った。あと二回、あと二回……俺にはまだチャンスが――

 

 ノックもなく、いきなり会議室のドアが開いた。

 いや、会議室に一人で、ずっと孤独な回想と空想を続けていた私が、ノックに気付かなかっただけなのかもしれない。自分がなぜ会議室にいるのか頭から離れていて、完全に専務のことを忘れていた。私は突然のことに驚いたまま、声を出せず、しばらく呆然と専務の緩慢な動きを見ていることしかできなかった。まだ若い三十代の専務はドアの外で、左手に大きな白いマグカップを持って立って、少し疑わし気な目付きで私が中にいることを確認してから、無言のまま会議室の中へ入って来ると、右手でドアを閉めた。専務は上着を脱いだ白いYシャツ姿で、紺のネクタイに何本か金色の線が斜めに入っていた。マグカップは量多めのコーヒーで満たされていて、専務はこぼさないように気遣いながら歩き、マグカップを会議室の簡易テーブルへ静かに置くと、パイプ椅子を引いて、ホワイトボードの手前に、専務は私と向かい合って座った。私は無性に、窓の外の巨大製鉄所の煙突が今、どんな煙を吐き出しているかを確認したくなったが、我慢した。

「社長室に居た」と専務はぶっきらぼうに言うと黙った。

「はあ……」と、私は何のことか分からないまま反射的にただ頷き、少ししてから、会議室へ遅れて来た理由を説明したのだと思い付いた。

 専務は私へは目を向けず、形だけ、何か飲み物が必要か? と私へ訊いて、私が、缶コーヒーがあります、と答え、専務が目を合わせないまま、ああ、と気のない返事を呟いたのを耳にしてから、もう缶コーヒーを滴まで飲み干していたのを思い出したが、専務が、必要ありません、という答え以外は要求していないように感じたので、何も言わなかった。

「何で、あのメーカーだったんだ!」

 専務は前振りもなく、いきなり本題を口にした。これから起こることは、だいたい想像がついた。私は思わず窓の外へ視線を移して、対岸の巨大製鉄所の煙突を探し、白い煙を吐いているのを確かめると気持ちが少し和らいだ。

「聞いてるか?」三十代の若い専務は苛立たしそうに言った。

 私は窓の外の煙突から視線を戻し、「はい」と返事をした。

「なんで俺が決めたメーカーじゃないんだ? えー?」

 下の階へ聞こえたのではないかと心配したが、専務は気に掛けていないようだった。

「どうして、そうなった?」

 どうしてそうなった、と訊かれても、あんたの父親の気紛れだ、とは答えられるわけがなく、専務の背後にあるホワイトボードの青いマーカーに視線を向けて、「社長から、そうするよう命令されましたので……」と答えるのが精一杯だった。

「ふざけるな!」と専務は私に怒鳴った。

 パソコンはあっても、統合的な基幹業務システムを持ってなかったこの会社が、小型の社内サーバーを導入して、クライアント端末からネットワークで、経理や在庫管理等の各種業務を連携することになった。社長が常に人材不足を嘆く、社歴だけは長いこの会社には、役職者に誰もサーバー・クライアント方式の本格的な業務システムの構築・管理の経験がなく、社長になる前の訓練じゃ、失敗してもいいからお前の好きにしてみろ、と専務の父親でもある社長が「全てを専務に一任」し、コンピューターに多少詳しかった平社員の私を補佐に付け、システムエンジニアでもない私が、とにかく資料を集め回り、分かることも分からないことも、システムの要求仕様や導入方法、社内のための運用マニュアルの素案……大量の検討書類を作成した。しかし、技術的なことや運用のことは全くシステムメーカー選考の考慮事項ではなく、誰も私の作成した検討書類やマニュアルに興味を持たなかった。

 社長と専務もそうだった。経費節減も常に口にする社長がなぜ突然、数千万円もの経費を掛けて業務システムを導入する気になったのかは、知らない。同じ地元の競合他社が導入するという噂を耳にして対抗心と虚栄心が湧いたとか、そういう思い付きに近いものだったのかもしれない。あるメーカーの営業担当者は、専務を頻繁に接待して、気に入られていた。一方、対抗メーカーの営業担当者はターゲットを専務ではなく、最初から社長にしていて、接待慣れしていた社長にフィリピン・パブ通いという新しい遊びを覚えさせたという噂が、どこからともなく私の耳にも入って来ていた。専務の指示通りに、二週間近く掛け、自宅でも寝る間を惜しんで私が作成した最終決済のための稟議書を、A4用紙で数百枚に及ぶ各種資料と共に社長へ提出したが、昨日、社長の指示で、専務が選定したメーカーと業務システムがひっくり返された。息子には直接言いにくかったのだろう、専務が出張で留守にしている間に私を呼んで、口頭でそう命令した。今朝、私が出社するなり、専務が会議をすると言ったのは、その件だと分かっていた。

「俺の口から、もうメーカーの担当には、そっちに決定したと言ってしまったんだ。今更、他のメーカーになったなんて言えるか!」

 専務が右の掌でテーブルを強く叩いて、会議室の簡易テーブルが大きく揺れ、白いマグカップのコーヒーが波打ったのが見えた。

「命令を受けたのはあんただから、あんたから社長に、俺の選んだメーカーにするよう言うんだ」

 専務はマグカップの持ち手へ指を掛け、口へ持っていきながら言った。それで決定が覆るはずがない。完全な八つ当たりだ。

「全部、担当者であるあんたの責任だろう。土下座して頼んで来い! そうすれば、許してやる」

 専務が手に持った、コーヒーで満たされた大きく白いマグカップへ目がいった。ここで反論めいた言い訳をしたら、コーヒーが飛んで来るような気がする――カフェ・ブエラ。

 何の脈絡もなく唐突に、人生には何も意味がない、という考えが浮かぶ。少なくとも私の人生には意味がないことは受け入れるしかなさそうで、だからこそ、それに執着するのを止めさえすれば、自由になれる気がしてくる。

 専務が何か言っているが、もう耳に入ってこない。私は孵化しない卵のように、ただ、ここに在るだけ。何だか嬉しくなってきた。理性ではなく、非現実的な気紛れが湧き出てきて、彼の口を動かそうとする。

 

〈了〉

 

 

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