……という話にしたかった。(ここまでがタイトル)

構想段階で燃え尽きましたが短編として書いたところまで供養します。

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第1話

 気が付いたら、俺はフォドラと呼ばれる地で「おれ」になっていた。

 

 そしてどうやら「おれ」は、ジェラルト傭兵団、という傭兵団の一員らしい。

 数年前に団長のジェラルトが拾ってきた孤児の娘なんだと。

 

 野営地らしき場所で、手に薪を抱えたまま。夢から覚めたみたいに、全てが朧げな俺にそう教えてくれた。……緑がかった黒髪の、ベレト、と呼ばれる少年が。

 

 …………ウム。神妙な顔でひとつ頷く。

 目の前にいるベレトも、同じように──といっても仏頂面のままだが──頷いた。それから、どうしたの? とでも言いたげに首を傾げる。

 

「どうしたの? ピエリス」

 

 言いたげにではなく実際に口にしたな。

 ……察するに、ピエリスというのは「おれ」の名前らしい。

 

「ファイヤーエムブレム、だなって……」

「ファイヤー……?」

 

 ファイヤーエムブレム風花雪月。コンスタントに味わえる地獄が味わえるゲームだといわれる、その世界に来てしまったらしい。いや、らしいじゃないが。

 

 

 

 

 

 たいしてやり込んだわけでもないゲームだし、一人称から察する通り、性転換してるし。

 おまけにこれまでの「おれ」としての記憶があやふやで、下手したら今の俺が「おれ」でないことがバレて追い出されるかもしれない。

 

 と、取り乱しかけた俺だったが──しかし、なってしまったものはどうしようもない。

 既に起きた事実はどう足掻いても覆せないのだ。どんなに頑張っても「おれ」の意識は戻ってこないし。(瞑想とか滝行とか、思いつくものは全部試したが無駄だった。)

 

 そもそも「おれ」はもう消えてしまった可能性すらある。意識の底で眠っているだけなのか死んでしまったのか。それとも俺のように、この体とは全く無縁の別の誰になっているのか。

 「おれ」がどうなったかはわからないが、少なくとも現状、いくら頑張っても気配すら感じない。

 

 ならば変に慌てるだけ時間の無駄だと、妙に落ち着いた感情で過ごすこと早数年。

 

 

 「おれ」は俺とさして変わらない性格だったらしく、疑われることもなかった。

 時にベレトと共にジェラルドに剣の教えを乞い、時に傭兵団の一員として働く。

 

 現代日本人からすると、傭兵としての暮らしはなかなかキツかったが。やらなければ殺られる世界だといえど、喧嘩だってしたことがない人間にいきなり人殺しなんてできるはずもなく。

 

 

 俺にとっての初陣で、さあ敵にトドメを刺すぞというタイミングで剣を取りこぼしてしまったときは終わったと思った。焦り倒したベレトのカバーがなければ死んでいた。

 目の前で見知った子供が人を殺すという光景に、戦いが終わったあとちょっぴり吐いた。うそ。ちょっぴりどころか胃の中が空っぽになるまでゲロゲロした。

 

 死体とベレトを交互に見て顔面蒼白で立ち尽くしていたら、ジェラルトにしっかり叱られた。

 曰く、「敵にかける優しさは甘さと一緒だ。傭兵である限り、お前の甘さは喜ばしいもんじゃねえ。」だと。お前のそれもなかなか治らねえな、とちょっと困った顔をしていた。

 

 どうやら「おれ」は、俺とそう変わらない感性の持ち主だったらしい。道徳的には満点だが、傭兵的には落第だ。

 命の価値が軽すぎるこの世界では、さぞ生きづらかったろう。

 

 だがしかし、人間とは慣れるもの。気が付けば戦闘への忌避感は消えていたし、少しずつ強くなっていく感覚に喜びすら感じていた。

 敵を殺すことの抵抗もすっかり無くなって、胸を張って立派な傭兵になったと言えるだろう。

 

 

 初めて会った時よりも随分と身長がデカくなったベレトを見上げてしみじみと頷くと、ベレトが不審そうに俺を見た。

 ……哨戒中に考えることではなかったかもしれない。森の中で、鳥の鳴き声が響いた。ホーホケキョ。

 

「エリー。どうした?」

「いや……何でもねえよ。ベレトもデカくなったなって思っただけだ」

「そうか?」

「そうだろ。会話する度に見上げなきゃいけないから首が痛えんだよな〜〜」

 

 そう言ってベレトを見上げると、彼は感情の色が薄い瞳を細めて俺を見下ろした。目線の差は、おおよそ頭ひとつ分ぐらいか?

 

「エリーは小さいまま、だな」

「オ? 別におれは気にしてないから良いけどよ。相手が相手なら戦争だぞ、それは!」

 

 小気味良い会話を交わしている最中、ここではない場所で戦闘音を察知した。

 ベレトと共にそちらへと駆け出す。

 やや開けた場所に出て────アッなるほどそういうことね、と理解した。

 

 

 追われている3級長と、その奥に見える賊。ゲーム本編がこれから始まるらしい。

 

 

 ────本来ならいるはずのない俺が存在しているとはいえ、シナリオの流れと大きく乖離することもなく。

 更に薄くなってしまった記憶の通り、ベレトはエーデルガルトを庇い、恐らくソティスと交信して。なんやかんやあった後、俺たちはガルグ=マクに招かれることとなった。

 

 そして、ベレトが士官学校の教師として勧誘されるところまでは想定通り──なのだが。

 

 

 

 

 

「え、おれがここの生徒に?」

 

 思わぬところで流れ弾が飛んできて面食らう。

 ベレトよりふたつかみっつほど年下だろうと推測されているから、年齢的には可笑しなことではないのだが。

 

「はい。貴女さえ良ければ、このガルグ=マクで学びませんか?」

 

 ……う、うさんくさい。

 穏やかな微笑みを浮かべるレアだが、俺は彼女がトンデモマザコンドラゴンであると知ってしまっている。

 何か企みがあるのでは……? と戦々恐々とする俺の肩を、ジェラルトが叩いた。ばちん! と良い音が鳴る。

 

「いってえ!」

「なに珍しくビビってんだ? いいじゃねえか、ベレト共々揉まれてこい!」

「いやベレトはどっちかっていうと揉む側だろ……」

 

 とはいえ、士官学校が実際どんなものなのか気になっていたのも事実だ。

 ジェラルトに背を押されたわけではないが、恐る恐る頷いた。

 

「よかった。ここでもエリーと一緒だ」

「学校だしずっと一緒ってわけでもなさそうだけどな」

 

 ベレトはどことなく嬉しそうだった。……灰色の悪魔、なんておっかない呼び名がついてるくせに、もしかして寂しかったのか?

 

 

 それからはトントン拍子で話が進んだ。ベレトは青獅子の学級を選び、「知己と一緒の方がいいだろう」というレアの計らいで、俺も青獅子の学級へ編入することになった。それでいいのか士官学校。ベレトに限って、身内への依怙贔屓なんてものはないだろうが。

 

 ………………まぁ。そのおかげで、俺の首の皮は繋がったんだが。

 

 

 

 

 

 4月、大樹の節。

 

 青獅子の学級のみんなは、思ったよりもあっさりと俺たちを受け入れた。

 まぁそりゃそうだ、ここで余所者に気を悪くするような意地悪な人間はいない。

 

「ピエリスちゃん、強いんだって?」

「シルヴァンだったか? ちゃん付けはするな、ピエリスでいい。もしくはさん付けにしろ」

「おっと、ごめん。ピエリスって呼ばせてもらうよ」

「ヨシ。……で、おれが強いかどうか気になるのか?」

「気になるというか、なんというか。先生が随分と君の剣の腕を褒めるもんだからさ」

「ベレトのやつ…………おれに負けたことないくせして、おれのこと褒めてるのか?」

「そ。強い先生がベタ褒めするもんだから、フェリクスがピエリスのこと気にしててね。近いうち、手合わせを申し込まれるかもね」

 

 うげえ。思い切り顔を顰める。無駄にハードルを上げるんじゃない!

 どうにかフェリクスを避けていたが、最初の休日で捕まって、結局手合わせする羽目になった。

 

 ……結果? 圧勝とまではいかないが、ちゃんと勝ったぞ。

 

 

 

 

 

 5月、堅琴の節。

 

 短期間だが、ずいぶんと青獅子の学級に馴染んだ。

 フェリクスに勝負を挑まれながら、色々と噂の絶えないシルヴァンを揶揄ったり。クラスメイト達と仲良くやれている、と思う。

 

 あとは……そうだな。どういう訳か、定期的にベレトとディミトリと3人でお茶会を開いている。大体週に1回のペースだ。

 何がきっかけかはよくわからない。多分発端はこの2人だろう。俺は気がつけば巻き込まれていた.

 

「フェリクスがいつもすまないな」

「そう思ってるなら止めてくれよ……。 オイ、ニヤニヤするな。笑い事じゃないぞ!」

「……いや、すまない。微笑ましくて、つい」

「ぐっ。……ベレトお前、元凶がなに澄ました顔してんだ! オラッこれも美味いから食え! おれも食う!」

「がふっ」

 

 我関せずといった調子でタルトを食べていたベレトの口に、上等そうなクッキーを3枚ほど突っ込んだ。咽せる様子を横目に、俺は1枚ずつクッキーを頬張る。……ウマイ!

 その様子を見ていたディミトリは目を丸くして……一拍置いてから、限界を迎えたように吹き出した。

 

 

 

 

 

 6月、花冠の節。

 

 マクドレド奇襲戦があった。

 民兵を扇動していたロナートは、アッシュと浅からぬ関わりがあったらしい。……正直、忘れていた。政治的なことには疎いし。

 例え覚えていたとしても俺にはどうにもできないし、どうしようもないことではある。

 

 しかし理解していてもモヤモヤが消えるわけではない。動揺するアッシュを敵の攻撃から庇ったのは、たぶんその現れだろう。普段の俺なら絶対にやらない。

 

「エリー。どうしてあんなことしたんだ?」

「よせよ、ベレトまで説教か? さっきまでアッシュに怒られてたんだぞ」

「攻撃を受け流すわけでもなく、そのまま受けるものだから驚いたよ」

「…………おれもあの時はびっくりして、咄嗟に構えられなかったんだよ」

 

 つい先ほどもした言い訳だ。嘘ではない。あの時の俺は頭の中が真っ白で、ほとんど条件反射で身を差し出していた。でもベレトはたぶん、嘘だって思ってるだろう。ひょっとしたらフェリクスも。そりゃそうだ。いつもなら難なく受け流せるレベルの攻撃だったからな。

 

 ……命があってよかった。この右腕の痛みを教訓にしよう。この先だって、俺にはどうしようもできない不幸がたくさんある。

 もっと辛い出来事もあるし、そもそも一番の悲劇はとっくに過ぎ去っている。罪悪感なんてもの、抱えたって仕方がない。友達が悲しむことを知っていながら見過ごした。それがなんだって言うんだ。

 

 そもそも、見過ごすも何も、俺には何もできないんだから。

 

 

 

 

 

 7月、青海の節。

 

 腕の怪我が治る間、アッシュやメルセデスを筆頭としてみんなにやたら世話を焼かれた。

 庇われた本人であるアッシュと治癒が得意なメルセデスはわかるが、それ以外のヤツらは絶対面白がってるだろ。特にシルヴァン。

 

「ふふっ。みんな、ピエリスのことが心配なのよ〜〜」

「いや、にしたってアーンはおかしいだろ!? もしやイングリットにアネット、おれを子供だと思ってないか?」

「あらあら……」

「……メルセデス、何で今残念そうに匙を戻した? まさかお前までそっち側じゃないよな!?」

 

 飯ぐらい自分で食えるぞ。

 フン、と鼻を鳴らして昼食を食べている様子を、同席していたアッシュが苦笑いで見守っていた。

 

 ちなみに。怪我が治るまでの間は、フェリクスから手合わせを申し込まれることはなかった。たぶん、気を使ってくれていたのだろう。

 

 

 

 

 

 8月、翠雨の説。

 

 ゴーティエ家家督争乱があった。

 出撃前に、ベレト共々シルヴァンに呼び止められる。薄々感じてはいたが、こいつら俺とベレトでニコイチだと思っていないか? ……大きな間違いという訳でもないし、信頼の現れとでも思っとくか。

 

 ……戦自体は、大きな損害なく終わった。

 俺も、マクドレド奇襲戦の時のようなヘマはしていない。知ってるからと言って、俺に何か出来たかもしれないなんて思うのはただの思い上がりだ。改めてそう思った。

 家族が大切であればこそ、ケジメは自分の手でつけるべきだろう。

 

 

 

 

 

 9月、角弓の説。

 

 とうとうフェリクスに一本とられた。

 これで俺も解放されるか、と思ったところ、「散々負け越しているのに、一回勝ったぐらいで満足できると思うのか?」と釘を刺される。

 

「でも、それでわざと負けようとはしないから、ピエリスも真面目ですよね」

「イングリット。お前もフェリクスも、わざと負けようとしたら怒るだろ」

「私は……怒るまではいかないけど、ちょっとがっかりするかもしれません。フェリクスは確かに怒りそうですね」

「ほら見ろ。お前らが真面目だから、おれも真面目にやらざるを得ないんだよ! そこでおれがサボったら負けたみたいで悔しいからな」

 

 くそ、後でベレトに頼んで稽古だ。

 

 ……剣術といえばイエリッツァだ。彼に頼もうかとも少し考えたが、やめた。アイツはとんでもない厄ネタだ。袂を別つことがわかっていながら、わざわざ進んで関わることもないだろう。

 

 

 

 

 

 10月、飛竜の節。

 

 無事と言うべきかはわからないが、フレンが青獅子の学級に編入された。

 ……フレン救出戦はなかなかキツかったが。死神騎士はとんでもなく強かった。ベレトめ、よりにもよって俺を足止め係りとしてぶつけるな。前節のことなのに、まだ昨日のことのように思い出せるぞ。二度とやりたくない。

 

 しかも今季の課題はクラス対抗戦だ。

 こちらにベレトがいるからといって、他クラスの面々が弱いわけではない。まったく骨が折れる。休みが欲しくなるぞ。

 

「いよいよグロンダーズ鷲獅子戦だな。頼りにしてるぞ、ピエリス」

「ディミトリか。……おれなんかを頼りにして大丈夫か?」

「もちろん。先生の指揮もそうだが、お前の剣があればなお心強いよ」

「そうかよ。……そうかよ!」

 

 

 グロンダーズ鷲獅子戦は、俺たち青獅子の学級が制した。ベレトがついているのだから当然といえば当然だが、いやしかし激戦だった。エーデルガルト達の軍隊並みの統率もそうだし、クロード達のいやらしすぎる策も見事だった。

 

 ガルグ=マクに戻ったら、みんなで盛大な宴を行うらしい。

 

 食堂で思う存分食事を楽しんだ後、さあ解散かと思ったところで──ディミトリに声を掛けられる。

 

「いつものお茶会でも思うが、ピエリスは本当に美味しそうに食べるな」

「実際ウマイしな。……で、用件はなんだ? わざわざ呼び止めて、まさかそれだけってわけじゃないだろ?」

「……その、なんだ。礼を言わせて欲しくて。鷲獅子戦で勝利を収められたのは、先生と──お前のおかげだと思ってる」

「よせよ、おれなんか何もしてないぞ。感謝ならベレトに伝えろよ」

「ああ。俺たちが強くなれたのは、先生の指導があってこそだ。しかし……それを素直に受け入れられたのは、お前の存在が大きいよ」

 

 ディミトリの言っている意味がよくわからない。

 疑問が顔に出ていたのか、仕方がないな、と言いたげにディミトリの口元が綻んだ。

 

「正直に言うと、最初に会った頃……俺は少しばかり、先生のことが怖かった。何を考えているのかがわからない…………人間らしさを感じない、と言えばいいのか」

「ベレトはあれでも、ちゃんと人間らしいぞ」

「ああ。今はもうわかってる。お前のおかげだ。……先生は、お前といるときが一番わかりやすいからな」

「そうか? おれが居なくたって、お前たちは信頼しあえるだろ」

「そうかもな。でも、きっかけが有るか無いかの差は、お前が思っているよりもきっと大きい」

 

 少なくとも俺はそう感じているぞ、とディミトリは話を締め括った。

 

「なーに2人していちゃついてるんです。俺も混ざりたいなあ。いいよな、ピエリス?」

 

 ずし、と頭に重みが乗った。視線を上に向ければ、なんとシルヴァンが俺の頭を肘置きにしてやがる。

 人の頭を勝手に肘置き場にする不届き者に文句を言うより先に、青獅子の学級のみんなが集まってきて、タイミングを失ってしまった。

 

 やいのやいのと騒いでいれば、とうとうベレトまでやってきた。

 

「みんな。何してるんだ?」

「あ、先生! みんな、先生とピエリスが好きって話をしてたの」

「そうか? ……少し照れ臭いな、エリー」

「ぐ…………おれに振るな!」

 

 ベレトはわかりやすく嬉しそうだった。

 思い返せば、コイツもよく笑うようになったな。

 

「……そういうわけで。みんなお前と先生を信頼してるんだ。これからもよろしく頼む」

「……ベレトは朴念仁だからな! みんな、よろしく頼むぞ」

「ああ。こちらこそよろしく。ピエリスはお転婆だから、よく見ていてあげてほしい」

「は!? ベレトおま……クソ、勝手にしろ。…………勝手にしろッ!」

 

 カウンターを喰らってしまった。お転婆。…………俺、お転婆なのか? たしかにお淑やかではないと思うが。

 つい声が裏返ってしまったせいか、俺の発言は照れ隠しと受け取られたらしい。みんなが可笑しそうに笑う中、俺はむくれてそっぽを向いた。

 

 

 

 

 

 11月、赤狼の節。

 

 ルミール狂乱戦があった。

 胸糞悪い。

 

 俺には、語るべき言葉は無い。

 

 

 

 

 

 12月、星辰の節。

 

 年に一度の舞踏会を目前に、青獅子の学級のみんなはどことなく浮き足立っていた。

 浮かれるまま、5年後もここでこうして集まろう、と話しているの妾やりと眺める。

 ……そういえば、約束をもとにみんな合流して、後編が始まる流れだったか。数年後、俺はどうなっているのだろう。ベレトは確か、数年間行方不明になるんだったか。ベレトの居ない数年を覚悟しなければいけない。

 

「もちろんその時には、先生とピエリスも来てほしい。2人が欠けていては、青獅子の学級とは言えないからな」

「もちろん」

「いいぜ。美味いもんご馳走してくれよ」

「良かった。それじゃあ、決まりだな」

 

 

 

 

 そして迎えた舞踏会当日。

 

 とんでもなく豪勢な催しだが、生憎と俺はダンスを踊れなかった。元日本人、現傭兵団育ちの孤児が舞踏会で踊れるワケないだろ。白鷺杯も他のヤツが代表に選ばれたしな。

 ……ベレトは普通に踊れそうだが。アイツのスペックどうなってるんだ?

 

 変にダンスに誘われて無様を晒す前に、修道院を抜け出すことにする。

 ひとのいない場所を探して歩いていると、中庭にたどり着いた。見覚えのある立ち姿がふたつ、佇んでいる。ベレトとディミトリだ。

 

「ピエリスか。お前も舞踏会を抜け出してきたのか?」

「まあな。楽しい催しだけど、おれ、踊れないんだよ。……そういうお前らはこんなとこで内緒話か?」

「む。いや、別に内緒というわけではないが……」

 

 ディミトリは、少し困ったように微笑んだ。そのうちピエリスにも話すよ、と言われて、いったい何の話だと首を傾げる。

 

「2人とも、少し付き合ってくれないか? そろそろ、舞踏会にも飽きただろ?」

 

 ベレトと顔を見合わせる。少し考えて──勿体ぶっただけだ。断る理由はないから、考える意味もない──俺たちはディミトリについて行くことにした。

 

 向かった先は女神の塔だ。

 ……そういえば、こんなイベントもあったか? でもあれは、一番親愛度が高い生徒と発生するイベントだった気がする。

 今この場にいるのは俺とベレトとディミトリの3人だし、たぶん記憶違いだろう。

 

 女神の塔で願いをかけると必ず叶う、という伝説があるらしい。

 願い事の話になって、誰も理不尽に奪われることのない世界であるように、とか。お前たちとずっと一緒にいられるように、とか。冗談めかしてそういうことを話していたが──ふと、ディミトリが顔を曇らせる。

 

「実を言うと……反省しているんだ。軽々しく未来の約束をすべきではなかった、と。……俺には、命を賭しても、遂げねばならないことがあるのに、な」

「そうかな。それでも、未来を見ることはいいことだ」

 

 ベレトが穏やかにそう言った。

 ディミトリの表情は曇ったままだ。大好きな先生の話でも、こればっかりは素直に受け入れられないらしい。

 ……フム。

 

「じゃあおれは、いつまでもお前らが健やかであるよう願う。無理矢理かもだが……コレ思い出して死ぬ気で帰ってこい」

「死ぬ気で……。はは、ピエリスはたまに乱暴だな」

 

 そうだろうか。ベレトを見ると、同調するように頷いていた。俺はどうやら、お転婆で、たまに乱暴らしい。……いやこれ、たまになのか? ずっと乱暴じゃないか?

 

「……そろそろ戻ろうか。いつまでもここに3人で居るわけにもいかないしな」

 

 …………まぁ。俺が何かを言っても、言わなくても。こいつらは大丈夫だ。

 他の誰でもない、俺だけはそのことを知っている。

 

 

 

 

 

 同月、旧礼拝堂救出作戦。

 

 俺たちはガルグ=マクの廃区画で、魔獣に対処しながら襲われた生徒を保護していた。

 見える範囲では全員保護できた、と思うのだが……赤毛の女生徒が、ひとりこちらに駆け寄ってくる。

 

「待ってくださぁい!」

「逃げ遅れたのか。大丈夫か? ここは危ないから、はやく戻れよ」

「はーい」

 

 女生徒が俺の横を何事もなく通り過ぎる────ことはなく。

 すれ違い際、彼女は手に持ったナイフで俺を刺していた。

 

「ウザいんだよね、あんた。あたしのステキな計画を邪魔してくれちゃってさー」

 

 腹が熱い。血が止まらない。やばいな、これ。もしかして致命傷か?

 

 立っていられなくて、傷口を抑えて膝をつく。

 薄くなる視界の中、血のついたナイフを片手に酷薄な笑みを浮かべる彼女を見て、思い出した。

 

 本来なら、これは──ジェラルトが────、

 そこまで考えたところで、ふと気がつく。…………痛みがない。傷が消えている?

 

 俺は、何事もなかったかのように無傷で立っていた。

 

「──逃げ遅れたのか。……。…………?」

「ッエリー! 避けろ!!」

 

 たった今起きたことをなぞるみたいに、こちらへ駆け寄る女生徒の姿があった。

 ベレトの必死な呼び声に、反射的に距離をとる。

 

 ナイフの刃先が脇腹をなぞっていく。血が派手に飛び散ったが、先ほどと違い致命傷ではない。クソ痛いことに変わりはないが。

 

 傷のせいで──というよりは、何が起きたか理解できなくて立ち尽くす。

 ベレトが剣で女生徒を攻撃するのも、新手によってその攻撃が防がれるのも、ただ見ていることしか出来なかった。

 

 ──ベレト、いや、女神ソティスによる時を操る力。

 彼女による時間の巻き戻しを、どういうわけか知覚出来ていた。

 

「おいピエリス、……ピエリス? しっかりしろ!」

「──ジェラルトさん? 無事で良かった」

「なに寝惚けたこと言ってやがる、自分のことを心配しろ! 傷は深くないが、浅くもない。ボサッとしてると死ぬぞ!」

 

 どうやら敵2人は逃亡したらしく、ベレトがこちらに駆け寄ってきた。見たことがないくらいに必死の表情だ。ばさりと上着をかけ、傷口に触れないよう抱えられる。

 

「雨が…………、体を冷やしたら不味い。はやく治療を!」

 

 幸い、メルセデスの迅速な処置のおかげで大事に至ることはなかった。

 ベレトは治療の間、ずっと俺の近くにいた。……まったく、仕方ないやつだ。

 

 

 

 

 

 1月、守護の節。

 

 ベレトの頭が緑になった。……この表現はなんか語弊があるな。

 

 正確に、最初から説明するなら。

 先の敵がどうやら封じられた森にいるらしいと言うことが判明し、俺たちはその討滅に向かった。接敵し、交戦────相手を仕留めたと思ったタイミングで虚を突かれ、ベレトが闇に呑まれ。

 すわゲームオーバーか、と絶望しかけたところ、随分と変わった姿でベレトが復活し、なんとか勝利を納めた。

 

 色素の薄い緑髪は、レアの髪色に近い。つまりこれは、そういうことだ。原作を思い出さなくたってわかる。

 戦いが終わりぶっ倒れたベレトを見下ろして、フン、と鼻を鳴らした。

 

「ったく、心配かけやがってよお……」

「…………ピエリスだけは先生のことを言えないんじゃないか? あっ、おい、さすがに引きずるのは……」

「なんだよ」

「その……俺が担いで走った方が良くないか?」

「いい。おれが運ぶ。どうせ寝てるだけだしな」

 

 ディミトリは何か良いたそうだったが、結局何も言わなかった。

 ベレトを引きずりながら、2人並んで歩く。

 

「……ピエリスと先生は本当に仲が良いんだな。絆、と言えばいいのか……」

「ああ。おれとこいつは、ガキのころから一緒にいたからな」

「幼馴染……のようなものか?」

「うん……どっちかっていうと、家族だな」

「家族、か」

「おれはこいつのこと、スゲーのに手のかかる弟みたいに思ってるよ」

「…………普通は先生が兄じゃないか?」

「なんだよ! ベレトよりはおれの方がしっかりしてるだろ?」

 

 ディミトリは少し考えた後、苦笑いした。なんだよ。

 ……まあ、ベレトが俺のことをどう思っているかは知らないが。今まで気にしないようにしていたが、俺が「おれ」でないことにも気づいてるかもしれない。いや、本当のところどうかは知らないが。でもベレトなら気づいてたって不思議じゃないなと思う。

 

 「おれ」のことは俺にはどうしようもない。俺にとってこいつらが大事な仲間である、という事実があれば、今はとりあえず良いだろう。

 

 

 

 

 

 2月、天馬の節。

 

 ディミトリの様子がおかしい。黙りこくって何かを考えているかと思えば、獣みたいな眼でどこかを見ている。ベレトは── 旧礼拝堂救出作戦でジェラルトが死ななかった影響かはわからないが、それほど変なところはない。

 蒼月の章は復讐劇だ、という記憶があるが、ディミトリはともかく、ベレトが復讐に取り憑かれている様子はなかった。

 

 ……それが良いことなのか、悪いことなのかは俺にはわからないが。

 

 ディミトリとエーデルガルトの因縁は、俺が易々と口出しするべきものじゃない。家族を奪った憎き炎帝の正体が、級友──それも異母兄妹かもしれない、なんて。どんな感情なのか俺にはわからないし、わかるべきでもない。

 

 

 通例となったお茶会で、ディミトリがハーブティーの入りのカップを口に運ぶ。たぶん、ろくに寝てないんだろう。目元にうっすらとクマがある。

 この場では、最近見せていた獣みたいな目つきはない。心穏やかに──とまではいかずとも、少しはリラックスできているようだ。

 

「これから先、どうなるだろうか」

「なんだベレト、珍しいな。先のことが心配か? お前がいれば……マァ、大丈夫だろうよ」

「そうかな。そうだといいんだが」

 

 そうだよ。だってお前は、この世界で唯一絶対の存在だ。

 お前がいれば、青獅子の学級は──少なくとも、ディミトリは大丈夫だろう。

 

 

 

 

 

 3月、狐月の節。

 

 ガルグ=マクの戦いが始まった。

 アドラステアとの全面戦争だ。

 

 ……聖墓での戦い以来、輪をかけておかしくなったディミトリの様子が気掛かりだが。そこはまぁ、ベレトに任せておこう。

 

「おれは────死ぬ気でここをなんとかしなくちゃいけないから、な!」

 

 鋭利な刃先が振り下ろされるのを、死ぬ物狂いで弾く。がいん、と振動がして、剣を持つ手に痺れが走った。それだけで相手との実力差をなんとなく理解して嫌になる。

 

 追撃が来る前に一度間合いを開け、フッと息を吐く。

 相手は騎乗した死神騎士だ。この程度の間合いなんて、一瞬で詰められるだろう。

 

「……この戦いは、あくまで余興に過ぎん」

「念入りに人を分断させてから奇襲しておいて言うことがソレかよ!?」

 

 そもそも何で俺? 黒鷲の学級とはそんなに関わりないし、ベレトを差し置いて死神騎士──イエリッツァに目をつけられるようなことをした覚えもないぞ。……いつぞやの戦いで足止めのために粘着はしたが。それにしたって、ベレトより俺が優先される謂れはないぞ。

 

 次から次へと襲い掛かる攻撃をひとつひとついなしていく。あまりにも必死過ぎて、剣筋も何もあったものじゃない。相手の隙を見つけはしても、それを突く暇もないんだからお手上げだ。

 

 この戦いに余裕なんてない。死神騎士に太刀打ちできそうなベレトもレアも消耗して、生死不明になるほどの戦乱だ。

 級友達に助けを乞うのも酷な話だし、そもそも丁寧に分断してくれやがったおかげで孤立無援。

 

 

 幾許かの時間切り結んだあと、とうとう俺は死神騎士に敗れた。

 あーあ、死んだな、これ。

 

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

 

 置き土産だ、と。無造作に投げられて、ごろり、と転がったものが何なのか、ディミトリはすぐに理解ができなかった。

 数拍遅れて、それが人間の首である、ということに気がつく。

 

 薄らと緑を帯びたうつくしかった白髪が、血と土に汚れている。光を失くした金眼は、確かにディミトリの方に向けられているのに、何も写していない。

 甘さを含んだ、どこか幼くまろい顔立ちは、ディミトリがよく知る人物のものだった。

 

 ディミトリにとっての日常の象徴。

 先生が1番大切にしていたもの。

 

 いつものハーブティーの香りが鼻を抜ける。気のせいだ。ここにティーテーブルはないし、ピエリスが喜ぶようなお茶菓子も、先生が自分達にと用意した茶器もない。ここには死体しかない。

 

 吐き気が込み上げる。

 蹲ったディミトリを前に、血だらけで渇いた唇が動いた。

 

『おいおい、大丈夫かよディミトリ。ゲロするならトイレに行ったほうがいいぞ』

 

 無論、幻聴だ。 

 ピエリスは二度と喋らない。

 

『てかベレトはどこに行ったんだ? こんな大事なときに……仕方ないやつだな』

 

 ベレトはいない。ピエリスも死んだ。

 ディミトリは、また失った。

 


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